4
俺がクリムドールの件で忙しい間、ソフィアは体調の変化もなく過ごしていた。
あんな事があった後なのに、と俺は訝しく思いながらも胸を撫で下ろしていたんだ。ただ、書物庫に閉じ込められた時のことを聞くと、ソフィアの眼がちょっとだけ泳いだ。
「…わたくしの部屋に突然、薄紫の守護神様が現れて…そのまま意識がなくなったみたいです。…次に気がついたらセオドラ様がそばにいてくださいました。」
薄紫の女は何か言わなかったのか、どんな様子だったのか、と聞いても、わたくしは何も覚えておりません、と答えるばかり。月祭りに参加できなかった事も、わたくしは来年参加いたします…などと言っている。
まぁ、たとえソフィアが何か隠していても、それで何か出来るわけでもないし…とそのままにしておいた。
傷つかないように、そっとしておいてやりたかったんだ。
クリムドールの事が一段落して、久しぶりに1日ソフィアと過ごせる日に、俺はソフィアに誘われて庭に出た。
ソフィアの部屋の近くに新しく造った小さな四阿に行ったんだ。ソフィアが庭に植えた赤いチューリップが咲いたら一緒に見たいです、なんて言ったから座って休める様にしたくて…四阿を造ってみた。
ソフィアが庭師に相談してチューリップを植えた場所は、陽当たりの良い、ちょうどソフィアの部屋からも見える場所だったから、四阿もそれに合わせて部屋から見える場所に作った。
その日は吹く風が暖かく心地よい日で、澄んだ青空にはいつもと変わらない大きな赤い月と青い月が輝いていた。
ぽかぽかと陽が差す真っ白な四阿の周りには、色とりどりの花が咲いていた。白や黄色の蝶が飛び、中には紫色の大きな蝶もいて、ソフィアは嬉しそうに見ていた。
花壇の中の小さな小さな一カ所だけが白い石で囲ってあって、その中に一輪、赤いチューリップが咲いていた。ソフィアは俺の手を引いてチューリップのそばまで行って見せてくれた。
「ほら、セオドラ様!見てください。1つだけですけど、今年も咲いたんです。」
ソフィアはすみれ色の瞳を輝かせて俺を見た。
「わたくしの幸せを感じるやりたい事が、また1つ叶いました。セオドラ様から頂いたチューリップが今年も咲いて、2人で一緒に見ることができて、とても嬉しいです。
庭師のナハドさんが、1つの球根は2、3年しか花を咲かさないけど、球根がどんどん増えるからいつまでも楽しめるって教えてくれたのです。だから、今年もお花が終わったら、球根を掘り起こして取っておきます。そのうち、この庭がチューリップ畑になってしまうかもしれません。楽しみです。
他のお花も自分で咲かせてみたいです。」
ソフィアはそう言うと、四阿の周りをゆっくりと歩いて花を眺めていた。
ねぇ、セオドラ様…と珍しくソフィアが甘えた様な声を出した。
「庭師のナハドさんのお手伝いを少しだけしてもいいでしょうか?この四阿の周りのお花のお世話をしたり、お水をまいたりしたいのです。
ナハドさんからは、セオドラ様の許可がないとダメだから、きちんと許可をもらってください、と言われたのです。
毎日は無理だと自分でも分かっています。だから週に2回ぐらい、短い時間だけにします。アリスにも必ずそばにいてもらいますから…。」
ねぇ、いいでしょう…?
ソフィアはそっと俺を上目遣いして見つめたんだ。
いつの間に、こんなかわいい仕草を覚えたのやら…。
「いいんじゃないか。外の空気を吸うのも体にいいって医者も言ってたよね。でも無理はするんじゃないよ。」
俺が言った言葉に、ソフィアはありがとうございます、絶対に無理はしませんと嬉しそうに微笑んで、俺に抱きついた。
ソフィアと一緒にいるだけで、心が暖かくなる。
きらきらとした瞳が俺を癒してくれる。
2人で四阿の椅子に並んで座ると、ソフィアはちょっとだけ眉を顰めて、俺の顔を覗き込む様に見た。
「セオドラ様。お仕事、大変だったのでしょう?
アリスから聞きました。
私が書物庫にいた間に起きた事件で、たくさんの人に刑罰を与える事になったって。
セオドラ様、お辛いでしょう?
お疲れではないですか?」
ソフィアの白銀の髪がほんの少し風に揺れた。俺を見つめるすみれ色の瞳には、疲れたような俺の顔が写っていた。
ソフィアが俺の頬を柔らかな手でそっと撫でた。
「今日はわたくしのお願いを聞いてくださって、ありがとうございました。ご一緒できて、本当に楽しかったです。
でも、そろそろお部屋に戻って休みましょうか?
それとも暖かいですから、ブランケットをアリスに持って来てもらって、ここで少し横になりますか?」
ああ、もう…!
俺の妻は可愛すぎる!
俺は思わずソフィアを抱きしめキスをして、耳元で囁いた。
「それよりも…。このまま、2人でどこかに消えてしまいたい…。ジェイクにもアリスにも内緒の場所で2人きりで…。
そこで俺は、何もかも忘れてソフィアとのんびりと幸せな時間を過ごしたい。」
するとソフィアが、ふふって笑って囁き返した。
「セオドラ様。
わたくしはセオドラ様の笑ったお顔が大好きです。笑顔のセオドラ様といると、わたくしもとても幸せな気持ちになります。だから…2人で幸せな時間を過ごして、セオドラ様に笑顔になっていただきたいです。」
俺はもう一度キスをして、目を瞑って俺にしっかりと抱きついているんだよ、ってソフィアに囁いた。
「ジェイク!
2、3時間、ソフィアと消えることにした。
すまん、あとは頼む。」
俺がソフィアを見つめながら、ジェイクにそう大きな声で告げると、ジェイクの慌てふためく声と走ってくる足音が聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。
「殿下!お待ちを!どこに…」
2人でどこに行ったのかって?
そんなのは2人だけの秘密に決まってるだろう。
戻って来た時、ジェイクは俺にだけ、しこたま文句を言った。
「ソフィア様、殿下と楽しく過ごせましたか?
お体の調子は大丈夫ですか?
それはよかった。たまには殿下と気晴らしをするのも大事ですからね。
アリス殿にはソフィア様を叱ったりしない様に言ってありますから大丈夫ですよ。悪いのはぜぇ〜んぶ、このセオドラ殿下ですから!」
ジェイクは俺をキッと睨み、ソフィアを見てにっこりと笑った。
「もう直ぐお食事の時間ですよ。
アリス殿が待っています。」
夕食なら、俺も…と腰を浮かせると、ジェイクの奴が俺をシュッと指差す。
「…殿下はそこを動かないっ!」
ソフィアはちょっと口がへの字になっていたが、俺には、またお食事の時に…と言い、ジェイクには、あまり殿下を叱らないでくださいませ、お止めしなかったわたくしも悪いのですから…などと言って部屋を出て行った。
な、ソフィアは可愛いだろ?
そんな顔をして誤魔化そうとしたが、ジェイクは首を左右に振った。
行き先は言ってもらわないと困る。
くどくどとジェイクが文句を言った。護衛がついて来たら息抜きにはならんだろう、という言葉は軽くいなされた。
まあ、仕方ない。
俺はこれでも王太子だから…。
長々とお説教を食らった後、これからはちゃんと教えると謝って、やっとジェイクから解放された。
魔力を使って飛ぶ、というのは結構体力を使う。ソフィアの様に魔力を持たない者は、誰かに連れられて飛ぶだけでも疲れたり、目が回って気持ちが悪くなったりするんだ。
俺はその事を心配したけど、ソフィアは冒険を楽しむ気持ちが強かったんだろう。その日の夜、俺にこっそりと囁いたんだよ。
「セオドラ様、今日はありがとうございました。
わたくし、セオドラ様と幸せな時間をご一緒できて、とても嬉しかったです。
また、2人で…。
今度は誰にも内緒で…こっそりと…。」
俺はソフィアに甘い。その自覚はある。
だって、俺の愛するかわいい妻だよ。
甘やかしたいじゃないか。
とろとろにとろけるほどに…。ね。
だから…
それから時々2人で、誰にも内緒で…こっそりと…。
でも、それは誰も知らない2人だけの秘密だ。




