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俺はパール国との交渉で忙しくなってしまった。
ソフィアの顔もゆっくりと見ることができない日が続いたが、仕方ない。
なぜそんなに忙くなったのか、というとパール国は我が国への襲撃に対する関与を全面的に否定したからなんだ。しかも奴等は好戦的ですぐに、これでは戦ってわが国の無実を証明するしかありません、などと口角泡を飛ばす勢いで捲し立てる。
これ以上の争いは避けなくてはならない。
被害を被るのは双方の国民だよ。
そんな時にルーク ルベール伯爵が俺を訪ねて来て、作戦の提案をしたんだが…。
…まぁ、セコい手ではあった。
でも、このまま小競り合いから全面戦争になるよりかはマシだとも思え、やってみる価値はあった。
「ルーク、やれるのか?」
そう聞いた俺に、ルークはニヤリと笑った。
そのセコい手とは、クリムドールが溺愛する15歳の娘シェリルを人質にするというものだった。
シェリルはこんな事件とは全く関係ない、明るくて、とても可愛らしくて、誰からも愛される女の子なんだが…。
ある夜、俺とルーク、ジェイク3人だけがいる所にクリムドールを引き据えた。ルークはクリムドールの前で腕を組み、ニヤニヤとしながら仁王立ちした。
「おいっ!クリムドール。
お前の可愛いシェリルを助けて欲しいか?
助けてほしいだろうなぁ。優しくて可愛い、いい子だものなぁ…。
だったら、パール国がこれまでの事に関与してるって、お前の手で証明してみせろよ。
上手くいったらシェリルの命は助けて、逃してやるよ。
でも言っとくけど、俺達はそんなに優しくはないぜ。失敗したら、シェリルは…。」
ルークはかなり酷い処刑方法をクリムドールの耳元で告げた。
クリムドールはそれを聞いて真っ青になり、それだけはお許しを…言う通りにしますから、と言った。
俺達はクリムドールをわざと逃がし、パール国に亡命させた。クリムドールの周りには、姿を消したルークとジェイクが交代でピタリと張り付き、クリムドールが裏切りそうな時は即連れ帰る事になっていた。
「裏切ったり失敗しても、お前をすぐ殺したりしないさ。まずシェリルをお前の目の前で処刑してやる。ゆっくりと時間をかけて…。少しづつ…。
ふふん、楽しみだな。」
作戦の間、ルークは繰り返しクリムドールの耳元でそう言い続けたらしい。
まあ、結局、そのセコい手が功を奏した訳で、パール国と平和的な解決に向けての交渉ができる様になった。
クリムドールはパール国に殺される前にジェイクがサッと連れ帰った。クリムドールにきちんと刑を受けさせるために、何がなんでも生きて連れ帰れとジェイクに言っておいたんだ。
セコい作戦が終わった後、俺はルークを庭の四阿に呼び寄せ、護衛を全員遠ざけた。
赤い月と青い月が輝く夜、俺達2人は四阿で向かい合って座った。
「お前、特別な魔力を持ってるよな?」
突然そう切り出した俺をルークはくすりと笑って見た。
「特別な魔力…?それはどんなモノですかね。
もし…万が一にでも、そんな魔力を持っていたとしても、私は誰にも言いませんよ。絶対に。
今まで我が家に現れた未来予知の魔力を持つ者達がどんな最後を迎えたか、知っていますか?
皆、酷い最後ですよ。その事実は全て闇に葬られていますけど…。
父も、国王陛下、宰相殿も、皆それがわかっていてゾーイにその力を使わせようとした。あんなかわいい私の妹を…。
ゾーイも本当にバカです。せっかく惚れた男と逃げたのだから、逃げ続ければよかったんだ。
子供の頃から父上の言葉を、暗示にでもかかった様にずっと信じて、最後には自分で自分を追い込んでしまったなんて。
父は最後の日に、お前も強くなったとか言ってゾーイを送り出したのだと思います。行くなとは言いもしなかったでしょう。父にとってゾーイは、この国を守るための単なる道具だったんです。
あのペンダントだって、売り払って金に換えればよかったんだ。
でも、まぁ、そのおかげでセオドラ殿下と私は今こうしてここにいるわけですからね。
…なんとも言えない気持ちですよ。
おっと…!
余計な事を喋りすぎました。」
そのおかげで、俺は今、こうしてここにいる…か。
確かにそうだ…。
俺は返す言葉が見つからなかった。
ルークと俺はしばらくの間、黙って夜空に浮かぶ2つの月を眺めた。
ふう、と息を吐いてルークが言った。
「ご心配なく。私は未来予知の力も、殿下が言う特別な魔力なども持っていませんから…。」
ふ〜ん、お前は特別な魔力は持ってないんだ…
みたいな顔でルークの顔を見ていると、ルークがニヤニヤと笑った。
「まぁ、私には殿下が思う様な魔力はありませんけど、物事の先を読む力や分析力はあるつもりですよ。私は父の片腕として鍛えられてきましたからねぇ…。」
なるほど、そう言うか。
俺は子供の頃からお前が妙に感がいいのを知ってんだけどね。
食えない奴!
それで私に一体何のご用事でしょう、とルークが俺を見た。
「お前、ロッシュ宰相の元でしばらく修行してこい。
そして、俺の片腕になれ。」
ほう?
「俺は王太子だ。いつの日にかこの国の王になり、常に陽が当たる場所に立つ事になる。
でも、陽が当たる所には影も闇もある。それは、俺達の父親を見ればよく分かる。
俺の影や闇の部分なんて公にはできんだろ?だから、これからもお前が俺の闇の部分を担うんだよ。
お前なら出来るだろう?」
ルークはほんの少しだけ考える素振りをした。
「セオドラ殿下がこの国の王となった時、私が宰相として殿下の斜め後ろに立つという事だ…と理解しました。
言っておきますが、私は腹黒いですよ。
その上、冷酷な男です。殿下がこの国の役に立たないと分かった時には殿下を切り捨てます。」
それでいいなら、とルークは片方の唇を微かに上げて笑った。
「じゃあ、ロッシュには俺が話をつけておく。」
立ちあがろうとした俺にルークは、まだ話は終わってない、と言う。
なんだよ、と顔を見る俺にルークはにっこりと笑った。
「今回の私の働きに対し、褒賞をいただきます。」
褒賞?
「ええ。褒美をいただきます。
シェリル クリムドールを。」
「お前!どういう事だ?」
真面目な顔でルークが言った。
「ごほうびをください、と言っているのですよ。
当たり前でしょう?いい働きをしたんですから!
シェリルは私が頂きます。
大丈夫です。重罪人の娘ですからね。妻にはしませんし、私の子も産ませず、囲っておきます。
でも、王都に置いておくと皆に狙われますからねぇ。隠しておきましょう。
隠し場所は聞いても無駄ですよ。私が1人でシェリルを愛でるのですから。
では、早速シェリルを頂いていきます。」
スクっと立ち上がったルークは2歩3歩と歩いてから振り返った。
「あちこちの貴族や豪商人達からシェリルの居場所を聞かれますよ。かわいいシェリルの事を皆狙っていましたからね。
その上、政治の道具としての価値はものすごく高い。皆、欲しいでしょうねぇ。
皆には修道院に送った、とでも言ってください。場所は誰にも言えないと。まあ、殿下も聞かれても居場所は言えないか…私は教えませんからね。
特に、弟君のウィリアム殿下にはご注意を!
殿下はシェリルを愛しているのですよ。
ん〜…違うなぁ。愛していると思っている、が正解ですかね。2人とも結婚する気にはなっていましたよ。
あぁ、おかわいそうに…。
初恋の相手を私なんぞに攫われて。それが分かったらウィリアム殿下はさぞかし…」
では、ロッシュ殿との調整はお願いします、そう言ってルークは消えて行った。
ルークの消えた後には微かに風が舞った。
俺は1人で笑った。
あんな風にワルぶっているが、俺はルークの事を子供の頃からよく知っている。妹思いのいい奴なのだ。きっとルークには政治に巻き込まれているシェリルの姿がゾーイと重なって見えるのだろう。
クリムドールとの約束をきちんと守るためにも、これ以上シェリルを争いに巻き込ませないためにも、ルークは褒賞としてさっさとシェリルを連れ去って行く。ルークはシェリルを自分の愛人にしたりせず、どこか静かな所で、ひっそりと幸せに暮らせる様に計らうはずだ。
ルーク。
お前、やはり切れ者と言われるロッシュ宰相の後釜にピッタリだよ。
世話をかけるけどよろしく頼む。
俺はルークの消えていった方を見つめた。
後日、俺はクリムドール元伯爵家の処罰を発表した。
もちろん、俺と父の国王、ロッシュ宰相とで決めた事だ。
クリムドール元伯爵と一連の出来事に加担した者達、弟、息子達は国家叛逆罪で大昔から決められている刑罰を与えた。
額に黒い大きな星型の刺青を入れ、馬に乗せられて王都を引き回し、極寒の地に送られる。そして、北の辺境にある古城の塔に送られて残りの日々を過ごすというものだ。
全ての魔力は封じられるので、皆、ただ塔の中の小さな部屋で生きているだけの過酷な日々となる。
事件には関係していないと分かった親族達にも大昔の刑罰通りに実行した。黒い星形の刺青は手の甲や首筋など少し目立たない場所に。そして、血の繋がりの濃さで古城の塔に入れられる期間を決めた。塔を出ても皆、魔力は封じられている上に監視下に置かれるため、復讐などできはしない。
領地も財産も全て没収だ。生きていくのが精一杯の暮らしになる。
父上やロッシュは小さな子供や赤子は刑を与えなくてもいいだろうと言ったが、俺は反対し、しっかりと罰した。可哀想だけどね。
アレックス、ゾーイときちんと向き合わなかった事を俺は後悔してるし、そこから学んだ事もある。
こういう時こそ中途半端な事をしてはいけない。
可哀想でも、辛くても、やらなくてはいけない。
それが、1つの国の頂点に立つ者のあるべき姿なんだ。
そんな厳しい刑罰の中、シェリルだけは修道院送りとし、理由は簡単に、クリムドール元伯爵との取引が成立したため、と発表した。
いろんな者達がシェリルのいる修道院を俺達から聞き出そうとした。
言うわけないだろう…と思うが、皆、結構ひつこく押してきた。まあ、本当に誰でも手に入れたくなる様な、かわいい娘だったからね。
弟のウィリアムは俺に会いに来た。
そして、泣きながらシェリルを愛しているのだと言った。
「兄上、私は密かにシェリルと会っていたのです。
シェリルが16歳になったら父上と兄上の許しをもらい、結婚しようと2人で約束していたのです。」
ウィリアムはぽろりと涙を落とした。
「兄上、最後に…ほんの少しでいいのです、シェリルに会わせてください。」
ウィリアム、泣き落としは効かないよ…と心の中で思いつつ、俺はウィリアムの肩を抱いた。
「お前も分かっているだろう?それは出来ない。
シェリルは罪人の娘なんだよ。しかも、国家反逆罪という重罪人の娘だ。お前とは結婚は出来ないし、愛人として囲う事も出来ない。もちろん、2度と会う事も叶わない。
辛いよな。
でも、お前は俺の弟だよ。
いずれは王弟殿下、と呼ばれ、俺と共にこの国を導いて行くる男になるんだ。
辛くても、これを乗り越えて前に進め。」
俺の様に…酒に飲まれて堕ちたりするな。
思いっきり泣け。
俺がそばにいてやるから。
小さな声で、そうウィリアムに言った。
ウィリアムは声を出して泣き出した。
「兄上、今だけです。
今だけ泣く事を許してください。
…本当に大好きだったのです。」
バカな大人達のせいで…。
皆、翻弄される。
ウィリアムの背をトントンとしながら、俺はウィリアムが泣き止むのをずっと待った。




