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アルコールに関する内容が含まれます。
本日は2話投稿です。よろしくお願いいたします。
ゼノンの事はなかなか頭から離れなかった。
アレックスはゼノンを忘れる必要はないんだよ、って言ったけど…。
可愛い顔が浮かんで涙が出た。
明るい時間はまだ気が紛れた。
でも、夜は悲しくって辛かった。アレックスの胸で甘えても寂しかった。眠れない夜は長かった。
ある夕暮れ時、アレックスが、久しぶりに街に行ってみないか、と私を誘った。
それを聞いて私がまた涙ぐんでいると、アレックスが私の頭をポンポンとした。
「3人で街に行った時の事を思い出してたのかい?
楽しかった事は何回でも思い出そうよ。ゼノンの事を忘れないためにもね。」
それでも私は浮かない顔をしていたらしい。
「じゃあ…こういうのはどうかな?
2人で夜の街の巡回するんだ。姿を消して街の平和のために見回る。俺達の新しい仕事にしよう。」
まるで正義の味方みたいね…と私が言うとアレックスも、それはいいなぁと笑った。
その夜から時々2人で姿を消して、夜の巡回に出かけるようになった。
あ、流れ星。
今夜も2つの月は綺麗だね。
ここにこんなお店が出来てる。
そんな事を言いながら、そぞろ歩きした。
橋の上でアレックスが私を抱きしめてキスしてくれたり、疲れたふりをした私をおんぶしてくれたり。姿が消えているから、恥ずかしくなんかなかった。
それは私達にとって単なる気晴らし。
寂しくて辛い夜を乗り越えるためのちょっとした遊び。
それでも、途中で泥棒やケンカを見つけるとそのままにはして置けず、アレックスが魔力でサッとつかまえ、証拠と一緒に準騎士団の詰所に放り込んだ。
準騎士団の団員も捕まった者たちも大騒ぎになっていたけれど…。
この街のためですもの。ゼノンは喜んでくれているわ。
私達はそう思って夜の街に出ていた。
巡回を続けていた夜の街で、私達は1人で泣きもせずふらふらと歩く男の子を見つけて思わず声をかけた。
どうしたのと聞いても何も答えないその子を、迷子だと準騎士団の詰所に連れて行ったのだけど、不安げな顔がとても気になった。
しばらくしてからまた同じ場所に行ってみると、同じ子が道端に座って泣いていた。男の怒鳴り声と女の叫び声が聞こえて来て、男の子が耳を手で押さえながら、お父さん、やめて、やめて、と言って震えていた。
私が慌ててその子に近づこうとすると、アレックスがニヤリと笑って私を止めた。
「なぁ、ゾーイ。俺達は "正義の味方" だよな。
だったら、こんなのはどうだい?」
アレックスが指をパチンと鳴らすと、アレックスは足首まである銀鼠色のマントを被り、眼だけを隠す同じ色の仮面を着けていた。私は薄紫のマントでアレックスと同じ様に仮面を着けた格好になっていた。
「まぁ!アレックス!本物の正義の味方みたいだわ。」
アレックスは照れた様に笑って私を見た。
「こういうのはね、見た目が肝心なんだって聞いた事があるんだ。それっぽくなっただろ?
ゾーイ、あの子を頼むよ。あの子と大人しくしていなさい。いいね?」
私は男の子の前に姿を現して、男の子をそっと抱き上げた。
「怖がらないで。私達はあなたの味方なの。もう大丈夫よ。安心して。」
男の子は私の首に抱き付くと、お母さんを助けて…と震えた。私は男の子をマントで包み込む様に隠して、アレックスの後を追った。
酒の匂いが充満する部屋には、女に手を上げようとする男がいた。アレックスはゆっくりと姿を現して、男に向かって指を差して言った。
「お前…。暴力はいかんなぁ。」
「なんだ、てめえ!何処から入りやがった!失せろ!」
アレックスは立っているだけだったのに、殴り掛かろうとした男が壁に吹っ飛んだ。眼をギョロつかせて、懲りずにまた手を上げた男はアレックスに拘束魔力を軽くかけられて動けなくなった。
「子供と女は準騎士団で預かる。
2度と暴力を振るうな!わかったか!」
アレックスの怒りを込めた低い声が部屋に響いた。
「おへんじは?」
男は震える声で、はいと答えた。
私達はそんな男を捨て置いて、ぐったりとしている女と男の子を連れて準騎士団の詰所に飛んだ。
仮面とマントを身につけた私達は物凄い不審者なんだけど、目の前でぐったりとしている2人の様子を見て、団員たちは私達の詮索は後回しにした。
暴力を振るった男のいる場所を教えると団員数名が直ちに男を確捕しに行った。母と子は抱き合って震えていたけれど、少しづつ落ち着き始めたみたいだった。
私とアレックスは気づかれないようにそっと詰め所から姿を消した。
数日後、アレックスが様子を見てきてくれた。
男の子と母親は病院に入り手当を受け、退院後は保護施設で暮らせる様になっていたと言う。酒を飲んで暴れていた父親はアルコールの治療施設に入る事が決まったそうだ。
これで安心と言うわけではないけれど、あの親子が少しでも前に進んでいけます様に、と私達は願った。
私達の夜の巡回は続いた。
でも、この出来事の後から、私達の夜の巡回はいつの間にか私達の何かを変えてしまっていたの。
夜の巡回は単なる気晴らしで、寂しくて辛い夜を乗り越えるための遊びのはずだったのに…。いつの間にか、そうではなくなっていた。
ただ、今になって分かる事は1つだけ。
私とアレックスは、動き始めてしまった、という事。
何処に向かっているのか、私達自身にもよく分からなかったけど、動き始めた私達はもう家で大人しく隠れている様な、そんな元の暮らしには戻れなくなっていたの。
そして、"正義の味方" という言葉とマスクとマントはアレックスをどんどん大胆にしていった。アレックスの中に在る何かが、少しづつ大きくなっていったのだと思う。
その頃からアレックスには変化が起きていた事に、私は気がついていたから。
ある日、私が見たのは、アレックスがシャツのボタンを外して、鏡に映る自分の左胸をじっと見つめる姿。
アレックスは左胸に刻まれた、この国の王家から与えられた騎士の紋章を浮かび上がらせていた。
なぜ…?
アレックスは王家を裏切って私と逃げたのに、なぜまだ騎士のままなの…?
あぁ、そうか…と世間知らずの私でも理由は分かった。
アレックスは最強の魔力を持つ男だ。でもこの国の騎士の紋章が胸にある限り、アレックスは他国のためにその魔力を使い、この国を襲う事は出来ない。
王家が恐れるほどにアレックスの魔力は強い、という事だった。
理由はどうあれ、騎士の紋章が胸に刻まれているアレックスは、今でもこの国の騎士なんだ…。
そう思ったら、声を掛けられなかった。
アレックスは自分の左胸の紋章を見て、何を考えていたのだろう。
ある夜、アレックスが、たまには王都に行ってみるかい、と私に聞いた。それはほんの思いつきだった。深い理由なんてなかったはずだ。
王都は変わらないかしら…と聞く私にアレックスは、変わらないだろう、多分ね、って笑った。
だけど王都に着いた瞬間に、私はものすごい違和感を感じたの。王都ってこんな所だったかしら…そう思っていると、突然アレックスが私の手を握りしめた。
すると、強い魔力を持つ何かが、ふわりと私達のそばを通り過ぎて行こうとした。それは急に止まり私達のいる辺りをじっと見ていたけど、通り過ぎて城の方へと消えて行った。姿を消している私達を "見る" 事ができなかったらしい。
私達はしばらくそのまま動かずにいて、辺りを警戒した。
「ゾーイ。帰りなさい。1人で帰れ「帰らないっ!」」
「ゾーイ。危ないか「いやよ。アレックスと一緒に行くわ。」」
アレックスは口をへの字にちょっと曲げてから、私の頭をポンポンとした。
「俺の奥さんは…まったく!
今は情報を集めるだけだ。俺のそばを離れるなよ。
いいね?」
私達は城の中には入らず、城の周り、騎士団の詰所、準騎士団の詰所、と回って家に帰った。
居間の椅子に座ったアレックスは一言、まいったな…と言った。
「アレは隣のパール国の奴らだったね。でも騎士団も準騎士団も気づいていない。気づけない様に王都全体に魔力がかかっている。
城の中にはもうパールの奴らが入り込んでいるかもしれないけど、下手に動くと面倒なことになるな。
一体、何が狙いなのか…。」
しばらく考えていたアレックスは、私を見た。
「俺は潜入調査を開始する!
ゾーイはここにいて、この村を守れ!
…どうだい?正義の味方っぽいだろ?
明日はダウム爺さんの果樹園で、収穫の手伝いをする事になってるんだ。パール国とこの村と、2人で手分けしよう。俺の代わりにゾーイが行ったら、ダウム爺さん喜ぶよ。」
なんだか誤魔化されている気もするけれど、私は素直に頷いた。パール国に私が一緒に行っても足手纏いになるだけだもの。
次の日の朝早く、アレックスはパール国へと飛んだ。しばらく帰ってこなくても心配するなよ、って私の頭をポンポンとして頬にキスしてから飛んでいった。
私が行ったダウムおじいさまの果樹園では、収穫のお手伝いよりお茶の時間の方が長くなってしまった。だって、いつの間にか他のおじいさまやおばあさま達がどんどん集まって来てしまったんですもの。
結局、皆で食べてお話をして、楽しく過ごして終わってしまった。おまけに果物や野菜、パンにクッキー、ジャムまでいただいて、私は何をしに来たのやら…と苦笑いをした。
この村はいつもと同じ。
王都にあった違和感はここにはなく、穏やかに時間が流れていた。その事がわかって、安心した。
アレックスは3日後にやっと帰って来た。
もう1話投稿いたします。
ゾーイとアレックスは…。
引き続きお楽しみください。
 




