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76・【ロゼ視点】いつまでもいつまでも

どうか、楽しんでいただけますように!


 お母様のお手紙を読んでから、わたくしは、少しずつ自分の考え方を変えるようにした。

 

 本当に、少しずつ。一歩一歩、焦らずに。

 ほんの少しだけ自分を責めるのを止めて、五感を大切にしてみたり。

 温かい陽だまり、美味しい食事、心地の良い鳥の囀り。

 

 そうしている内に、扉越しにだけれど、お父様とお話しできるようになった。

 お父様が「慌てなくて良い」と仰ってくださったので、思いっきり甘えてしまおうとわたくしは学院も休み続けた。来年の事が心配になったりもしたけれど、自宅でも頑張って学んだら、飛び級試験を受けて2学年に上がらせて貰えると聞いて……。

 

 折角なら、イスやセレーナ様と同じ学年になりたいと思い、その試験を一先ずの目標にしてお勉強にも励んだ。出来る事があるのは嬉しい。無為な日々に、意味が生まれて来る。


 そうして気が付けば、季節は冬を通り越えて春の足音を感じられるほどになっていた。


 今日は、久しぶりにグレースとイスと、三人で通信具でお話をする事になっている。

 お父様や、マーサやエマ以外の誰かと話すのは久しぶりで、とても緊張する。

 お手紙で、二人の近況は知っていたけれど……なんて声を掛けたらいいかしら?


 久しぶり? 元気にしてる?


 通信具が連絡の訪れを知らせ、わたくしはドキッと胸を跳ねさせる。

 何度か深呼吸して、その蓋を開ければ……二人の姿が浮かび上がる。


「「「………………」」」



 それぞれ、顔を見合わせ言葉を詰まらせる。

 な、何か言わなくちゃ……!

 内心であわあわしていると、イスが口を開く。


「……おい。だいぶ痩せてないか?」


 ……え? わたくしの事? 首を傾げていると、グレースも口を開く。


「本当だ……! ロゼ! ちゃんと肉は食ってるのか!? フルーツサンドは食事じゃないぞ! あれはスイーツだ」


 わたくしは、眉に皺を寄せて告げる。


「……フルーツサンドも、立派なお食事でしょう? だって、あれはパンなのよ?」

「いいや、認めない。私はやっぱり、肉とスープがなければ食事とは認めない」

「……僕もどちらかというとそっちかな。スープはどっちでも良いけれど、出来れば野菜もつけて欲しいな」

「なんだ、イス。菜食主義か?」

「これを菜食主義とは言わないだろう。僕は、肉も食べる」


 途端に()()()()調()()になっている事に各々が気が付き、はたと止まって、全員で顔を見合わせてくすくすと笑い出す。まったく気負う必要は無かった。これが、わたくし達だった。


 わたくしは、静かに口を開く。


「……心配を掛けてしまって、ごめんなさい。ようやく、少しずつ元気が湧いてきたの。待っていてくれて、ありがとう」


 そう微笑んで言うと、二人も微笑み返してくれる。


「待っているのなんて、当たり前さ。言っただろう? 私はいつだって君の側にいるって」

「……物理的には一番遠くに行ったけどな」


 グレースは現在、家族から一人離れ西の辺境の地にあるイリーナ様の生家で見習い騎士として仕えている。そこで腕を磨き、いずれ王都の騎士隊の入隊トーナメントに出場する事を目指していると、お手紙に書かれていた。髪は、あの日のままとても短く、今日はラフなパンツスタイルをしている。男装の麗人に、ますます磨きが掛かっていて、思わずときめいてしまう。

 尊いものを見たと心を煌めかせていると、グレースは揶揄うようにイスに言う。


「水を差すもんじゃないぞ~、イス。そんなんじゃ、セレーナ嬢に愛想をつかされるからな」


 言われて、イスは頬を染めて息を飲む。

 そんなイスを見るのが初めてで、わたくしは、あらあらとつい口元に手を添える。

 

 この春、セレーナ様は皇太子妃候補として正式に王城で教育を受けていく事が決まった。

 まだ婚約者ではないけれど、中々その席に座る方がいなかった為に事実上の婚約者として扱われているようだ。イスは視線を彷徨わせる。

 


「…………そんな馬鹿な……」

「乙女心を甘く見るなよ。ほんの些細な事で、冷めるのは一瞬と言うからな」

「グレース、すごいわ! 核心を突いているような気がするわ」

「ちなみに、イリーナ様のご母堂の受け売りなんだけどな」


 グレースは、はっはっはと快活に笑う。イスは、ガクッと頭を垂れて溜息を吐きながら告げる。


「そういう君は、男心を学んだ方が良い。ウィルが、手紙の返事が返ってこないだの、通信具が繋がらないだの毎日煩いぞ。今日だって、この場に来ると言って聞かなかったんだからな」


 ノーマン卿は、今、イスの専属騎士として働いている。何かと指示しやすいからとイス自身が声を掛けたらしい。今度は、グレースがぼっと火が吹くかと思うほどに顔を真っ赤に染めて、慌てた調子で言い募る。


「手紙は……苦手なんだ。そもそも、アイツが悪いんだ! 歯の浮くようなセリフばかり言うからっ……」

「まあ、ノーマン卿は意外とロマンチストだったのね」

()()()ね。でも、大したことは無い。最後は大体狼の例えに落ち着くから」


 新情報にわたくしは、思わずくすくすと笑ってしまう。

 そんなわたくしを見て、グレースが尋ねてくる。


「ロゼだって他人事じゃないんだからな! レオノール様とは、その後進展はないのか? もう間もなく約束の一年じゃないか」


 わたくしは、う゛……と固まり、シュンっと肩を落とす。

 そう……もう間もなくお父様の約束の一年が訪れる。

 レオ様からのプロポーズは愚か、最近は全くの音信不通だ。何度か、連絡を入れてみようかと悩んだけれど……一度離れてしまうと、何とお声を掛けて良いのかわからなくて足踏みしてしまう。


 本当にどうしたら……。

 わたくしは、指を一本立てて二人に相談を持ち掛ける。


「ねえ……だから、久しぶりの作戦会議はどうかしら? 議題は、“お父様との約束の期限の延長交渉について”!」


 グレースとイスは目を丸くしてわたくしを見て、弾かれたようにはっはっはと笑い出した。

 そんなに笑う事かしらと、始めはむぅっとしたけれど、いつの間にかわたくしもつられてまた笑ってしまう。


 居る場所が例えどんなに離れても、大人になってしまっても、なんら変わらずに笑い合える。

 わたくし達が育んだ時間は、きらきらと輝いて、確かにここに残っていた。



 ◇◇◇


 それからまた暫く、穏やかな日々が続いた。

 飛び級の試験は無事に合格判定を貰い、来月には二学年になる。

 でも、わたくしはまだ迷っていた。


 正直、とても怖い。


 社交の場では……お外では、わたくしはどんな風に語られているのだろう。

 あの姿絵は、すべて回収できたのかはわからないという事だった。

 騎士隊の方々も処理に走ってくれたようなのだけれど、こっそりと持ち帰られては調べようがないそうで……。


 レオ様……。


 つい怖くなると、癖のようにその名を呼んでしまう。

 どうか(ちから)を分けてくださいませと。



いけないわ……。

 扱いが段々愛と豊穣の神様と同じになってきている。

 神様、お母様、レオ様。

 ぐぬぬと、つい眉間に皺を寄せてしまう。

 

 来春からの授業項目に、レオ様のお名前はなかった。

 特別教諭は、一年だけの事だったみたい。

 そもそも、“フェアリー・コンプレックス”の事件の捜査の為にいらしていたんだもの。

 当たり前よね……。


 でも、何とか再び接点を持つことはできないかしら?


 もう、さすがにご迷惑かしら……。

 でも、()()()以来、お話もしていないんだもの。

 こんなにも、元気になりましたとご報告するくらい自然よね?

 

 それであわよくば……そう、せめて、文通!

 それだけでも、してくださらないか頼んでみようかしら?

 承諾して貰えたなら、頑張ってお外に出られるような気もする。


 然は急げと、手紙を書こうと机に向かう。

 すると、その上に沢山の記事が置かれている事に気が付いた。


 わたくしは、思わずびくっと体を揺らす。

 14歳の頃にお父様の執務室で見た……あの時の事を思い出してしまって。


 どうしてこんなものが……とドキドキと動悸する胸を抑えながら、ごくりと喉を鳴らしてゆっくりと近づく。すると、大きくレオ様のお顔が見えた。


 驚いて駆け寄り、ページを捲る。

 日付は様々で、ここ数か月の記事がランダムに置かれているように見えた。


「……っえ?」

 

 どれも、レオ様について書かれた記事だった。


『レオノール・バレナ公爵閣下、宰相位に着任!――ロドリゴ・フォン・シュバルツベルク公爵、ご令嬢発見に伴い、ご令嬢の自作自演の馬車による事故は自らの責任であると表明。自らは辞任する事でその罪を贖えないかと国王陛下に直訴。国王陛下はこの申し出を受け入れられ、宰相位を新たにバレナ公爵閣下に任命。不仲説も覆される事となった』


『レオノール・バレナ公爵閣下、北の大地でスノウウルフの生き残りを発見!――かつて王国軍によって絶滅したとされていたスノウウルフの子供達を発見・保護。フロストヘイブンには、魔獣討伐隊の基地が置かれ、密猟などの対策を強化。今後は、魔獣も生態系の一部と考え、その命を尊ぶ新たな組織を設立を予定している』


『レオノール・バレナ公爵閣下、フォンテーヌ侯爵家の研究員たちと共同開発!――フォンテーヌ侯爵家が支援する研究者達が居場所を示す画期的な魔道具を開発し、世間を賑わせた記憶も新しい中、バレナ公爵閣下はその魔道具と“フェアリー・コンプレックス”の騒動で使われていた古魔術を応用させ、蓄えた魔力を対となる魔道具に転送する装置を開発。近年中には完成の予定』


『レオノール・バレナ公爵閣下……』


 

 すごい……、すごい、すごい!


 わたくしは、思わず瞳を輝かせる。高揚で口元が綻ぶ。

 これで、レオ様の評判が覆るわ……!

 レオ様は、堂々と社交界に居場所を作り、尚且つ理想の形に国を変えていこうとしている。


 やっぱり、わたくしのレオ様はすごい。

 前に、着実に進んでいる。

 

 スノウウルフの記事では、とても素朴に微笑むレオ様の姿絵が堂々と載せられていた。

 

 ……もう。またライバルが増えてしまうわ。

 

 わたくしは、記事を置いて自分の頬をパチパチと叩く。

 弱気になってる暇はない。

 どんなにどんなに考えたって、レオ様を諦める事なんて出来なかったのだから……。


 わたくしは、諦めずに出来る事をやるまでだわ!


 決意を新たに、ふぅと息を吐く。

 視線を上げ、ドレッサーに映る自分の姿を見る。


 

 今日は、部屋の外に出ると朝から決めていた。

 その事を告げたら、エマが……レオ様が以前サウスクランで褒めてくださった淡藤色のワンピースを選んでくれた。

 

 鏡に向かって、微笑んでみる。イスやグレースの言う通り、少し瘦せてしまったかしら?

 でも、思ったより顔色は悪くない。その全て、頑張ってくれていたエマのお陰ね。


 ……うん。これを着ていると、元気が湧いて来る。

 

 きっと、学院も大丈夫。

 イスやセレーナ様だっているのだし、わたくしには、心強い味方が沢山いるんだもの。


 そう思い、今一度深呼吸をして、扉の前に向かう。

 ここを出るのは、本当に久しぶり。


 えいっ……! と、思い切って扉を開け、目の前に広がる光景に息を飲んだ。


貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。


次の話で本編完結となります! 本日19:00配信予定です!

良ければぜひ、ご覧ください!

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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