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73・【ロゼ視点】暗転*

本日のお話には、暴力的なシーンが含まれます。

もし、トラウマなどある方は読まずにページから離れて頂けるようにお願い申し上げます。

本日も、どうかよろしくお願いいたします。


 ハラハラと、無数の紙が落ちてくる。

 わたくしは、全身の血の気が引く感覚と共に地面に膝を付いた。みんなが、わたくしを見ているような気がして、自身を隠すように両手で頭を抱え(うずくま)る。


 見ないで……!


 そう叫びたいのに声が出てこない。それどころか、呼吸が浅く儘ならなくなり喉がヒューヒューと嫌な音を立てはじめた。カレン先生の労る声が背中から降ってくる。


「ロゼちゃん……! 大丈夫、大丈夫よ……」


 声に引き寄せられて顔を上げ、救いを求めてカレン先生の腕を掴むけれど、くらくらと視界が定まらない。そんな中、場を震わせるほどの大きな声が耳に届く。


「どらぁあああああ!」


 視線を向けると、立ち上る水飛沫が空に舞う紙を捉えていた。その下には、黒に近い藍色の短い髪の……細身の男性? いいえ。侍従の格好をしてるけど、あれは……。


「……グレース?」



 声にならない声で呟く。

 グレースはサーベルを片手に、水飛沫を舞い上げながら駆け巡る。騒ぎに気がついたようで、イリーナ様もどこからか飛び出して来て、カレン先生に事情を尋ねる。


「……なにがっ、」


 イリーナ様は、カレン先生の手元にあった用紙を見て、何が起きたのかを直ぐに察したようだった。カレン先生の手にある紙を引き抜き、ビリビリに破り捨て足で踏みつけた。


 グレースの声が聞こえる。


「ロゼっ!」


 名を呼ばれ弾かれるようにグレースを見ると、グレースはわたくしに背を向けたまま声を発する。


「安心しろ! 私が全部片をつけてやる! 私は、何があっても君のそばにいるからな!」


 そう言うと、グレースは建物の中に入っていく。後ろを追ってイリーナ様が駆け出す。


「グレース様! お待ちください!」


 わたくしは、両手を口元に添え、小刻みに震えながら涙を溢した。グレースの想いが、とても嬉しかったから。


 負けちゃダメだと、カレン先生の力を借りて息を整えていく。でも、「ぐっ……」とくぐもった声を溢しカレン先生が地面に伏す。何があったのかと考える間もなく、わたくしも視界が暗転した。



◇◇◇

 

 気がついたら、目の前には乾いた木目が広がっていた。どうやら、木の長椅子のようなものに寝かされているみたい。


 体が……頭が、酷く重たい。

 腕の力を使って何とか身を起こすと、至るところにキャンドルが灯されていた。

 古い……チャペルのような雰囲気。窓はないので、今が何刻かもわからない。

 


 でも、目の前にあるのはノクタの像ではなく、我が国の主神――愛と豊穣の神フレイの像だった。何故かその事にほっとしていると、後ろからカツン、カツン、と足音が聞こえ、わたくしは振り返る。


 そこには、()()()()()()()()()()、グレッグお兄様がいらっしゃった。


「……目が、覚めたかい?」


 いつも通りの、優しい眼差しと声色。だから、どうしても混乱してしまう。お兄様が、“フェアリー・コンプレックス”を学院内に広めていたなんて、到底信じられない。


 グレッグお兄様は、通路を挟んで隣の長椅子に腰を掛けた。そして、真っ直ぐにフレイの像を見るので、わたくしもつられて像を見つめる。波打つ美しい髪と慈悲深い、優しい眼差し。うっすらと微笑む唇と、静けさ。グレッグお兄様が、静かに口を開く。


「……やっぱり、神と言えばフレイだよね。あの美しさも、華やかさも、眺めていると心が癒されるよ」


 わたくしは、お兄様の横顔を見つめる。

 キャンドルの灯が、その白い頬に揺れる。水色の瞳に、赤く炎が宿ったように見えた。


 不意に、お兄様がこちらを向かれ、わたくしは困惑しながらもその視線を受け止める。


「……何故、こんな事になっているのかわからないという顔だね」

「……おにいさ、」

「君に"兄"と呼ばれたくないんだよねぇ」


 言いかけて、重ねるように冷たく言い放たれ、わたくしはびくっと肩を震わせ身を縮こませる。グレッグお兄様の真意がわからず、動揺と恐怖で体の芯が震える。


 お兄様はふっと笑う。


「……これは、復讐だよ。ロゼ。君は、罪を贖わなければならない」


 罪、という言葉が、聖堂内に木霊した気がした。わたくしは、一体何をしてしまったと言うのだろう。

 

 瞳を揺らしてグレッグお兄様を見ていると、グレッグお兄様はふぅと溜息を零し、懐から懐中時計を出された。それを掌に置き、慈しむように撫でる。


「これは……フローラ様に貰ったんだ」


 ……お母様?

 お兄様はフレイを眺め、懐かし気に……そして愛おしそうに語る。


「フレイは、フローラ様に似ていると思わないかい? フローラ様も、本当に素敵な方だったんだ。僕はね、幼い頃はとても引っ込み思案で、両親と中々反りが会わなくてね。でも、フローラ様はそんな僕の話をいつも楽しそうに聞いてくれたんだ。そして、『決して、諦めるな』、『自分を誇れ』と、背中を押してくれた。僕は、彼女のお陰で自分を貫いて来られたんだと、今もそう思っている」

 

 するとお兄様は、両手で懐中時計を握り締め、そのまま額に押し付けて震える吐息を零した。

 次の瞬間、垣間見えたその表情は、見覚えのあるものだった。それは、お父様が、お母様を語る時と同じ。まるで涙を堪えているように悲し気に歪むお顔。


「何故、彼女が死ななければならなかったんだ……!」


 ぎりっと、音が聞こえてきそうなほど強く握られた拳、掠れる声に、胸の痛みが伝わってくる。どうする事も出来ず黙っていると、お兄様が冷たい瞳でわたくしを睨んだ。その気迫に、またふるっと体が震える。


「……知らないだろう? フローラ様が何故亡くなられたのか。フローラ様はね、君の所為で亡くなったんだ。君の宿した魔力量が多いとかでね……君を産むために、()()()()()()()()、苦しんで苦しんで死んでいったんだ!」


 お兄様が、目の前の長椅子の背凭れを拳でダンっと叩きつける。急に出される大きな声と音に、わたくしは溜まらず身を固くして瞳を閉じ俯く。けれど、それは許さないとばかりにお兄様は立ち上がり、わたくしの髪を鷲掴みにして強く引き上を向かせる。


「…………痛っ……」

「胃が、焼きつきそうなほどに腹立たしかったよ……誰からも愛される彼女を、僕らから奪っておいて、君は幸せそうに過ごしていた。君は、本当に気が付かなかったのかい? 周囲の者達の内に潜む悲しみに。だとしたら、君の頭の中は相当に空っぽか、悪魔のように心のない女かのどちらかだ」


 サウスクランで言われた、イスの言葉を思い出す。

 

『気が付かない振りをしているのかな? そうやって美しい顔で笑って、人の心を無視して踏みにじって楽しいかい?』


 涙なんて流したくないのに、瞳がぐっと熱くなる。そこで、くらっと一瞬世界が回り、鼻につく香りに気が付いた。あまりにも異様な雰囲気に飲まれ、気づくのが遅くなってしまった。思わず目を見開けば、グレッグお兄様が片方の口の端を上げる。


「……やっと気が付いたか。ここのキャンドルはすべて、君の魔力で作り出された花とフェアリーコンプレックスを練り込ませてある。流石にこの量を炊けば、君にも効くんだな」

「……どうして、」


 わたくしは、絞り出すように掠れる声を出した。

 

「……どうして、他の人を巻き込んだの? なぜ……」


 何とかそれだけ告げると、お兄様は冷たくわたくしを見下ろしながら告げる。


「ある程度は仕方ない部分もあった。僕一人の(ちから)では、出来る事は限られているからね。協力を得る為には、こちらも手の内を示さねばならない。……でも、全て君を苦しめるにはちょうど良いと思えたよ。君の魔法も、実に都合が良かった。花の劣化を防ぎ、薬効を倍増してくれる。みんな恐ろしいほどに素早く狂っていったよ」


 役立たずではないと、レオ様に励まされたわたくしの魔法。それが、そんな使い方をされるなんて……。悔しくて、ぎりっと奥歯を噛み締めていると、お兄様はふっと微笑んで言う。

 

「そういえば、姿絵は気に入ってくれたかな? 良くできていただろう? 君の本性をそのまま映し出したような絵だ」

「……あの姿絵は、あなたが……!」

 

 声を荒げれば、またいっそう髪を強く掴まれる。痛みに「……っ」と息が詰まり、顔が歪む。

 でも、お兄様は全く意にも介さず続ける。

 

「そうだよ。それに、それだけじゃない。本当は、レオノール様を失えば君を絶望に落とせると思ったんだ。だから、古魔術を用いて彼の上に丸太の山を崩したりもしたんだけど……彼はさすがだね。何て事無く躱してしまうし、隙が全く無くて困ったよ」


 レオ様の名前を聞き、カッと熱が上がる。わたくしは、掴まれる髪を抑えながら、グレッグお兄様を睨みつける。


「レオ様に手を出したら許さないっ……!」


 お兄様は、はっと乾いた笑いを零す。そして、汚らわしい物を扱うようにわたくしを放り投げ、突き飛ばした。


「許さないか、よくそんな事が言えるな! イスも可哀相に。君なんかに想いを寄せたが為に、あんなにも痛々しく傷ついて……」


 わたくしは突き飛ばされた勢いで地面に手を付き、はっと思い出す。最後に踊った時のイスの表情を。思い返せば、何度も、何度も見てきた切ない顔。それが、まさか自分に向けられたものだなんて思いもしなかった。


「……そ、んな」


 お兄様は、伏せるわたくしの足元でコツンと足を止め、自身の髪をかき上げながら口を開く。


「レオノール様だって君に想いを寄せられたが為に、これから存分に傷つく羽目になるんだ」

「……レオ様に、何をするつもり?」

「さあ、何だろうな?」


 グレッグお兄様は、にいっと艶めかしく微笑む。わたくしは、ゾッと悪寒が走り反射的に逃げようとした。でも、足首を捉えられ、肩を強く掴んでその場に押し倒されてしまう。グレッグお兄様は、わたくしの腕と顔を強く掴み、まるで自分が酷く傷つけられたように表情を痛々しく歪めて告げる。


「みんな、みんな、お前が悪いんだ……! お前がここにいる所為で、誰もかれもが心の奥底を引っ掻き回され、深く重い悲しみを抱えることになる。だから……どうかみんなの為に、ボロボロになってくれ」


 お兄様の重みが伝わり、わたくしは両腕を突っ張り、足もばたつかせて声を上げる。

 でも、“フェアリー・コンプレックス”の影響か、頭に血が昇る程に思考がバラバラになってしまうようで、力が上手く入らない。


「いや! いや、いや、いやぁ! はなしてっ……!」


 騒いだら、パンっと乾いた音を立てて頬を叩かれる。ぐらりと視界が揺れ、反射で涙が零れる。

 

「無駄だ! 嫌だったら舌でも噛んでみるんだな! 安心しろ。()が済めば城門の前にでも捨て置いてやる。恨むなら、罪に気が付かずのうのうと生きてきた自分自身を恨むんだな……!」


 その言葉に、わたくしはピタリと動きを止める。そして、呟くような声で告げた。


「…………知っていたわ」

「……は?」


 お兄様の手が、僅かに緩む。わたくしは、見開かれるグレッグお兄様の瞳を見て告げる。


「……わたくしは、悪魔のような女なの」


 

 その直後、ドンっという音と共にわたくしの上に覆いかぶさっていたお兄様の体が離れ、長椅子が大きく動くガガガガガガ……ガンッと言う音が鳴り響いた。

 驚いて身を起こすと、黒く大きい背がそこにはあって……ちらりと見えるその表情は怒りで冷え切り、握りしめる拳は戦慄いていた。

 

 どうして……あなたは……。


 こうして何度でもわたくしを助けに来てくれるのだろう。

 結局、どんなに努力を重ねても、わたくしはどこまでも幼く、思慮も浅く……何の役にも立てないのに。

 

 グレッグお兄様が苦し気にゲホゲホと咳き込み、腹部を抑えながら椅子に寄り掛かるようにして立ち上がる。


「お早かったですね……どうしてここが?」


 レオ様は、グレッグお兄様を睨めつけたまま言う。


「教えてやる義理はないが……まあいい。フォンテーヌ侯爵家では、至宝とされるご令嬢の居場所は常に把握できるようになっているそうだ。それを上手く使わせてもらったよ」


 わたくしは頭の片隅で、サウスクランで聞いた話を思い出す。制服のポケットを探ると、ヨルダンが持っていた魔晶石が、いつの間にか中に入れられていた。きっと、マーサの仕業だろう。


 みんな……どうして……。

 わたくしは、顔をくしゃっと歪め涙を零す。

 グレッグお兄様は、狂った瞳で告げる。


「至宝か……ロゼは人を殺した罪人だ。人を惑わし、傷つける妖婦なんだ」


 レオ様は、はっと鼻で笑い、その言葉を嘲笑うように口を歪めて言う。

 

「なんだ……お前も惑わされた口か?」

「……何を馬鹿なっ!」

「お前の罪状は既に決まっている。薬に侵されているとは言え、その罪は重い。……嬲り殺されたくなかったら、その口を閉ざせ。お前の汚い口から彼女の名が出て来るだけで許し難い!」


 大地を震わせるような低い声だった。

 レオ様は、グレッグお兄様に背を向け「連れていけ!」と騎士様に命を出す。

 すると、わたくしの前までやって来て、その身を屈める。わたくしは、びくっと体を震わせて、後ろに下がる。


「……ロゼ?」


 労わるような視線。ゆっくりと伸ばされる手を前に、わたくしは体をガタガタと震撼させながら、耐えがたいとばかりに弾かれた様に口を開く。


「…………い、や……いや、いや、いや、いやっ!」


 目を閉じ、首を思いっきり横に振り伸ばされた手を拒む。ありったけの声で叫ぶ。


「誰も……誰も、わたくしを見ないで! わたくしに触れないでっ! 嫌い、みんな大っ嫌い……!」


 涙がぼたぼたと零れ、それを両手で塞ぐ。わたくしは、しゃくりあげながら救いを求める様に声を上げる。

 

「お母様……お母様、お母様! お母様! おかあさまぁっ!」


 グレッグお兄様……わたくしも、ずっと思っていたの。愛と豊穣の神フレイは、お母様にとてもよく似ているって。だからわたくし、何かあるとずっと神様に祈っていた。お母様に語り掛けるように。


 ねえ、何故お母様はここにいないの? わたくしは、その温もりも、微笑みさえも知らないの。

 それなのに、愛情だけは確かに胸の内にあって……なんて残酷なのかしら。


「おかあさま……おかあさま、お願い……」


 ああ、本当だわ。きっとこんなことを言えば、レオ様は傷つく。でも、口が止まらない。


「…………わたくしも、連れていって……」


 震えて泣いていると、ふわっと肩に何かを掛けられた。耳元で、マーサの声が聞こえる。


「……お嬢様。参りましょう?」


 その後は、どうしてその場を後にしたのかわからない。でも、これだけはわかる。

 

 お母様は美しい。だけど、わたくしはどこまでも醜い……――。



貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。


次回投稿は本日19:00を予定しております!

いつも応援ありがとうございます!

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱

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