72・【イシドール視点】光の先に
少し早いですが、投稿致します。
立て続けに申し訳ありません!
楽しんでいただけますように(>₋<)
僕は驚いてセレーナ嬢を見る。ハンゼン子爵が声を荒げる。
「黙れ! 女が口を挟むところではない!」
「まあ! “女”とは驚きましたこと。こうして、わたくしや皇太子殿下を筋違いの逆恨みで捕らえ、脅かすあなた方は“人でなし”ではなくて? 人ではない者に、男だ女だと語られたくはありませんわ!」
「何っ……!?」
「人は、あらゆる悲しみや憤りの上に営みを作る生き物です。国の情勢、時代、他者との関わり……自分自身でさえ儘ならぬもの。そんな中でも、協力し合おうと、より良い未来を描こうと奮起しているのではないですか! そんな人々を、傷つける権利があなた方におありなのですか?」
よく見るとセレーナ嬢の体が小刻みに震えている。
その様子から、いつ僕の身に彼らの拳が振り下ろされるかという状況だったから、標的を自分に移そうとしているのだと気が付く。セレーナ嬢の思惑通り、ハンゼン子爵が叩きつけるように腕を離し、僕は椅子ごと地面と柱に体を打ち付ける。無抵抗の人間に容赦なしだなと苦笑し、少し咳きこむ。
「弁えなさい! 触れてみて、わかりませんか? あなた方の目の前にいらっしゃるのは、わたくし達と同じ温もりのある一人の人間です。それにも関わらず、自らの責から逃げる事無く国を思い、日夜研鑽を積んでいる高貴なお方です。あなた方とは、生きる覚悟が違うのです!」
その啖呵に、思わず笑いが零れる。
逃げても良いのだと言われる事はあったけれど、逃げださなかった事をこんなにも認めて貰える事は初めてだったから。自分に寄せられる期待が心地いい。踏ん張ってきて良かったと、すべてが報われたような気がした。
「……っこの!」
ハンゼン子爵がセレーナ嬢に手を振り上げたその刹那、僕の脚につけられた魔力抑制装置がバリンッと重たい音を立てて割れる。それと同時に縄を焼き切り、振り下ろされたその手首を既の所で掴む。
「……もう十分だ。ありがとう、セレーナ嬢」
恐らく、僕が薬漬けで弱っていると油断しきっていたのだろう。でなければ、こんなにもレベルの低い抑制具を用意するはずがない。魔力を最高レベルに開放し全身に巡らせた為、バチバチと雷が体に纏わりつき発光する。僕は、掴んだ手をそのままに、四方に向けて魔力を放つ。
「ぐぁああああああああ!」
ハンゼン子爵は感電し、叫び声をあげてその場に倒れる。
放った魔力は、後ろに控える男達の得物を弾き、あちこちに置かれていた彫刻を壊していく。予想していた通り、ここはサウスクランにあるハンゼン子爵が支援していた彫刻家の個展だった。さらに、壊れた彫刻の中から、大量の液体が詰められた革袋が雪崩れ落ちて来る。
「……やはり、流通ルートはこの彫刻か。通常古参の中に入る事さえ一苦労なこの世界で、新鋭の彫刻家が順調に名を上げていった理由が分かってしまったな」
「……っく、」
マクシミリアンが、腰を抜かしながらも悔しそうに歯噛みする。
後ろの雇われたと思われる男達は、どう反撃をしようかと間合いを取っている。
僕は、セレーナ嬢を背に庇いつつ敵に向かって手を伸ばす。魔力を増幅させコントロールしやすくしてくれる媒介を持たない今、一人でどこまで応戦できるかわからないが、彼女だけは傷一つなく帰したい。
身構えていると、何故か暗がりに急に霧が立ち込める。
思わず鼻と口を腕で覆うが、縛られていたセレーナ嬢はそれが出来ずゴホゴホっとむせる声がし、思わずそちらに気を取られてしまった。
その一瞬の隙に、男が一人飛び掛かってくる。僕はまた魔力を開放し、数人の男達を感電させる。通常なら気を失うはずだった。しかし、男達の様子がおかしい……。
口の端から涎を垂らし、痛みを感じていないかのように襲い掛かってくる。僕はその腕を雷で弾きながら身を躱すが、正直肉弾戦は不利でしかない。そこに、セレーナ嬢を殴ろうとしている手を見つけ、思わず抱きしめ庇うと背中に打撃が入る。
「……ぐぅっ」
「殿下!」
もしかしたら、縄に雷が伝いその肌を傷つけてしまうのではと危惧してセレーナ嬢の拘束を取れずにいたが、背に腹は代えられず、縄を掴み焼き切る。案の定、「……っ」という痛みを耐える声が聞こえたが、幸い拘束は解けた。その隙に、後頭部にまた一撃が入る。
けれど倒れるわけにはいかないと、足を踏ん張り、振り返り男の胸倉を引っ張って顔に掌を当て電撃を流せば、漸く一人が床に倒れた。控える男は、あと三人。その内の一人は、黒衣を身に纏い明らかに小柄で、攻撃もせず男達の後ろで小さくなっているだけだ。
もしかして、魔法士か……? そんな考えが頭を過ぎる。
けれど、考える間もなく男達がまた襲い掛かってくる。今度は、落とした短剣を拾い上げ握りしめている。僕は、セレーナ嬢から距離を取り、叫ぶ。
「ロドリゴ!」
ロドリゴは、扉を背に立ちマクシミリアンを落としていた。
セレーナ嬢を背に庇い、一人の男の頭を鷲掴んだかと思えば、男は目を剥きだらんと力なく崩れ落ちる。ロドリゴも王家特有の光属性である事は間違いない。恐らく、神経回路に直接働きかける類の技なのだろう。
背中にゾクッと冷たいものを感じながら、短剣の切っ先に集中して躱していく。
このままではと雷撃を飛ばせば、男は避け壁に大穴が開く。その向こうは、朝日で眩しかった。このまま室内で争っていても勝機はない。
僕は、切っ先を避けながらその穴に近付き、振り翳される短剣を避けるのと同時に脇に立っていた魔法士と思われる小柄な男の黒衣を引っ張り共に穴の外に向かって背後から倒れた。幸い、短剣を振り回した男も飛び出してくるのが見える。二階だったようで、三人縺れるように落下する。ふわっと体が浮遊感を感じた瞬間、伯父上の言葉が頭に過ぎった。
『もしどうしようもなくなったら安心して後ろにぶっ倒れろ。背中を支えてやるから』
ふっと、口元が笑う。
すると、掴んでいたはずの黒衣の感触が無くなり、耳元で声がする。
「……さすがですね、殿下。でも、これで終わりではありませんよ」
僕が目を瞬いていると、突風が僕の背を押し落下の速度を遅めた。
そして、怒号と共に沢山の足音が地面を揺らし建物内に入っていく。
僕がぜーはーと荒く息をしながら地面に横に立っていると、日の光を遮るように大きな影が上に掛かった。
「大丈夫か? よくやったな」
アンティークゴールドの瞳が優しく細められて見下ろしてくる。
「……ちょっと、遅かったような」
「はは、悪かったな。中の様子がわからずタイミングを見計らってたんだ」
手を指し伸ばされ、それを握り起き上がる。
正直ボロボロだったが、土を払い真っすぐに立つ。
僕たちが拘束されていた部屋以外にも黒衣の者達が多く居たようで、全員制圧されていた。
建物の中から、ロドリゴとセレーナ嬢が騎士達に付き添われて出て来る。
二人が僕らの前に立ち止まり、ロドリゴが口を開く。
「……よく、わかりましたな。私が、国を裏切っていないと」
ロドリゴの表情は変わらない。僕は、理由を告げる。
「“我らは”と言っていたから……この国の事を」
ロドリゴは目を見開き、すぐにふっと鼻だけで笑う。
すると、伯父上が懐から何かを取り出し彼に渡す。
「ロドリゴ……これを。ソフィアの手紙だ」
「……! 何だとっ!?」
ロドリゴは、珍しく本当に驚愕した表情に変わり、訝し気に震える手でそれを受け取った。
僕やセレーナ嬢も、同様に目を見開く。生きていたのか……。
伯父上は、ははっと笑って告げる。
「すまない。お前の捜索の手を妨げたのは俺だ。ソフィアは、生きてる。今は夫となる人物と子供と共に過ごしている。どうか、わかってやってくれ……」
その言葉を受けて、ロドリゴは暫しその封筒を眺め、中を検めた。
そう、長くは無いようで、たった一枚に収まっていた。しかし、読み終わる頃には顔をくしゃりと歪め、日と意を真っ赤に染め大粒の涙を零していた。
ロドリゴは、その顔を隠すように片手に顔を埋め言う。
「……どうやら、思いの外早くに退くことになりそうですな」
僕は黙ってロドリゴを見つめる。すると、ロドリゴはふっと目元と口元を微笑ませた。
「……残られる、殿下が正しいという事です」
最後まで憎まれ口な物言いが微笑ましくさえ感じる。
ただ、穏やかな空気も束の間、ノーマン卿が慌てた様子でやって来る。
「参事官! イリーナ様より伝令がありました! 学院の方が……ロゼ様が窮地に陥れられているようです!」
僕らは一斉に息を飲む。伯父上の焦った表情を見て、僕は声を掛ける。
「伯父上、行ってください」
「しかし……」
「ロゼはあなたを待っている筈です。……それに、もし宜しければ、ここの指揮を執らせてくれませんか?」
伯父上が目を丸くして、動きを止める。けれど、すぐにふっと微笑み声高に告げる。
「すまないがここを離れる! 以降は皇太子殿下の指揮に従え!」
伯父上は、繋がれていた馬にひらりと跨り風のように走り去っていった。
僕は、騎士達の中心に立つためにマントを翻す。しかし、そこでピタっと足が止まる。
あの魔法士は……何者だったのだろうか。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
次の投稿は、明日11/25㈯7:00を予定しております!
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