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71・【イシドール視点】暗闇の中で

早いですが、投稿致します!

楽しんでいただけますように…!


「……っ」


 目が覚めると、体の至るところに痛みを感じた。

 起きた反動で体を動かせば、ガッと椅子の足が地面に擦れる音と足首からはジャラっと鎖の擦れる音がした。暗闇で視界が悪い。魔力を抑制する魔道具も使われているようで、いつもの様には視界が良くならない。どうやら椅子の背に括りつけられているようで、腕はがっちりと固定され動かない。

 

「……殿下?」


 声がしてそちらに目を向けると、ほんのりと浮かぶシルエットが見える。

 僕は慌てて声を出す。


「セレーナ嬢! すまない……怪我は?」


 衣擦れの音とシルエットから、首を横に振っているのが分かる。

 セレーナ嬢は、少し涙の滲む声で告げる。


「いいえ、いいえ! わたくしは、全く。良かった。ずっと目を覚まされなかったので……」


 こんな暗がりで、さぞ怖かっただろう。

 僕は、怪我がないという言葉に一先ず安堵し、周囲に再度目をくべる。

 僅かにでも魔力が集められないかと視界に集中すれば、僅かながらに見えて来る。


 声の響きから考えても、通常の個室よりは広い空間である事が分かった。

 それから、この独特な香り。……暗闇に浮かび上がる、白い……布の塊?

 何かを覆っているのか?


「……彫刻?」

「え?」

「いや……ここに来るまで、何か見たかい?」


 聞けば、セレーナ嬢は再度首を横に振ったようだった。


「いいえ。顔に袋を被せられてしまっていたので……ですが、王城からは数時間は掛かっておらず、数十分ほどの距離の場所かと存じます」

「そうか……」


 思考を整理していると、ギーっと耳障りな音と共に扉が開き光が差し込む。

 そこには、良く知る人物が立っていた。


「お前は……」

「殿下……またお会いしましたな」

 

 ばたんと扉が閉まり、宰相、ロドリゴが手に持つランタンだけが唯一の明かりとなる。

 ロドリゴは、コツ、コツ、と靴音を鳴らしながら入ってきて、ランタンを近くの机の上に置いてその脇にあった椅子を引き寄せ腰掛ける。足を高く組み、顎を高く僕らを冷たい目で見つめて口を開く。


「だから申し上げたでしょう。後悔なさると」

「……いつ誰が後悔したって?」


 僕が睨めば、ロドリゴはやれやれと肩を落として口を開く。

 

「……そちらのお嬢さんに感謝された方が良い。縛られているにも関わらず、殿下に手を出せば自分も舌を噛むと随分と暴れられた。お陰で追加の薬を使われずに済んだのですからな」


 驚いてセレーナ嬢を見れば、セレーナ嬢は口を噤んで俯いた。

 彼女には、追って感謝の意を示そう。しかし、今は、それよりも気になる事がある。


「どうやって影を撒いた?」

「……我々は認めなければいけないですな。古魔術の発見と開発は、他国では我らが思っている以上に進んでいると」


 やはり、古魔術か。

 精霊の力を借りると言うそれは、実に繊細で異彩な事が出来ると聞いたことがある。ただリスクとしては、魔法を使うごとに大量の魔力が奪われるという事。

 恐らく以前神殿で見た、年若い女性達から魔力を抜き取っていたアレは、何らかの古魔術に使用する為に必要な魔力を集めていたのだろう。貴族達の考えそうなことだ。自らの身を危険に晒さず、貴族ではない者達にそれを背負わせる。そして、それほどの事をして集めた魔力で何をしたいか……。集まっていた面々を見るに、概ね予想が出来る。


「卿がそちら側に渡ったのは……ご令嬢の事があったからか?」

 

 ロドリゴは、ぴくっと眉を動かす。暫し口を閉ざすが……変わらぬ調子で答えた。


「ええ、そうです。“死者が蘇る魔法に興味はないか”というのが、彼らの文句でしてね。まさか本当だとは思っておりませなんだが……」


 何かを思い出すように、言葉を区切る。


「そんな奇跡が、あっても良いかと思いましてね」


 その表情は変わらず冷たく無表情に見えるが……彼は、彼なりに娘を想っていたのかもしれない。しかし、魔力を抜き取られた女性達はどうなったのだろう。人の体は、すべてバランスの上で成り立っている。無理にバランスを崩せば――魔力過多症の時、僕がそうだったように――恐らく無事ではいられないだろう。自分の身内を蘇らせる為の犠牲を致し方ないと思うのなら、それはもう悪魔の思考と言っても良いのではないだろうか。


 そんな事を考えていると、俄かに扉の外が騒がしくなり、またギーっと音と共に数人の男が入ってくる。光を背負って入ってきたのは、ハンゼン子爵と……神殿で見かけた黒衣を身に纏う初老の男、神官マクシミリアンだった。


 僕らが黙って見つめていると、彼らはランタンの光を高く上げ勝手に話し始める。

 始めに口を開いたのは、ハンゼン子爵だった。


「ん? 違う……これは、私の娘ではない! お前たちは誰を連れてきたんだ!」

「は? ベージュ色の髪に黄色いドレスの女性と言われていたのでてっきり……」


 セレーナ嬢のドレスは、白だったが……確かに月の光に照らされると、淡いゴールドの装飾部分が際立って違う色に見えたかもしれない。娘という事は、ケイティ・ハンゼン子爵令嬢か。


「話が違うぞ! 娘はどこだ? 共に逃がしてくれるのではなかったのかっ!?」


 捲し立てるハンゼン子爵に、マクシミリアンがしゃがれた声で話しかける。

 

「……落ち着きなされ。王国の軍に捕らえられたと言う情報は入っていない。彼女なら、古魔術を使用してどこまでも逃げ(おお)せるでしょう。あちらの国には、我らが支部もある。その者達に通達を出し、保護して貰いましょう」

「……あの男が悪いのだ、忌々しい! あの青二才め……娘を誑かしおって! あの男はもう捨て置き、我らは早々に移動を開始しようぞ! 約束通り皇太子も捕らえたのだ、文句は言われまい!」

「そもそも、お主の娘御が勝手をなさるのが悪いのでしょう。力を得た途端に好き勝手……お陰でこちらは計画を前倒しにしなくてはいけなくなった事を忘れて貰っては困る」


 青二才……。その言葉を受けて、脳裏に浮かぶのは一人だけ。

 国の名でも零してくれたら助かるのだが、流石にそこまで阿呆ではないか。

 話の内容によると、ここに連れて来られる予定だったのは僕とケイティ・ハンゼン子爵令嬢だったようだ。しかし、同じく来る予定だったグレッグ兄さんは訪れず、子爵令嬢も……もしかすると裏切ったのかもしれないな。ロドリゴは、溜息を吐いているが口を挟む様子はない。


 黙って話を聞いていたら、マクシミリアンがこちらを向く。


「皇太子殿下……申し訳ありませんな。個人的な恨みはございませんが、崇高な目的の達成の為、交渉の材料とさせていただきました。……お加減はいかがですかな?」

 

 あの日神殿でロゼに“フェアリー・コンプレックス”の効果を打ち消してもらってからは、グレッグ兄さんのサシェは受け取るふりをして王国の研究機関に流してきた。彼らは、僕に薬の効果が残っていると思っているだろう。情報を聞き出す為、調子を合わせて尋ねてみる。


「……お気遣い痛み居るな。僕達をどこへ連れていくつもりだい?」


 マクシミリアンの眉がピクリと跳ねる。悟られたか?

 けれど、変わらず静かな調子で答える。


「……知る必要のない事です。どの道、貴殿にまともな明日は訪れまい」

「ほう? ならば、まともに話せるのは今日が最後か。ならば、是非伺いたいね。このシナリオを考えたのは誰だ? グレッグ・ウィンドモアか?」


 尋ねると鼻で笑い吐き捨てる様に答えたのは、ハンゼン子爵だった。


「はっ! あの青二才に、斯様な事を考える事など、まず出来ないでしょう。我らが支持しているのは、もっと高貴で才気に溢れるお方だ。奴は、我らの目的に乗っかって来たに過ぎない」

「……“死者を蘇らせる”というものか。まるで子供に言って聞かせる御伽噺(おとぎばなし)だな。そなた等も、その高貴で才気溢れるお方とやらに騙されたのではないのか?」


 この手の激情型は、煽るに容易い。僕がそう言うと、ハンゼン子爵は僕の胸倉を掴み、椅子ごと体を引き上げる。セレーナ嬢が「殿下っ!」と声を上げ、それを制そうとする声が聞こえる。

 ハンゼン子爵は、目を血走らせ歯をぎりぎりと食いしばりながら声を荒げる。

 

「……痴れ者め! そもそも、我が子を儚くしたのは王国の責任ではないか! 王国がもっと……もっと早くに魔獣への対策を成していれば、こんな事にはならなかったのだ!」

「……っ、全て人の所為か? そもそも、お前が子供の管理を怠ったのが大きな責任だとは考えないのか? 王国は、その時代時代に持てる技術を用いて王国民を守ろうと努めて来たはずだ。だからこその“今”があるんじゃないか!」


 僕が反論すれば、ハンゼン子爵は拳を大きく振り上げる。

 しかし、その腕が振り下ろされる前にマクシミリアンがハンゼン子爵の肩を叩き、口を挟む。


「殿下……年若い貴殿には、まだ想像も出来ないのでしょう。王国は、決して万能ではない。辛酸を嘗めるのは、いつだって国民なのです。古魔術は、王国の身勝手で封じられた先祖の知恵です。呼び起こすのは、自然な流れなのです」


 僕は、体を持ち上げられたままマクシミリアンに言葉を返す。


「……っは! 馬鹿にするのも大概にして欲しいな。どれほど国の歴史を学んできたと思っているんだ。全ては愚かな歴史を繰り返さない為ではないか! そもそも……お前達は、国を何だと思っているのだ? 自分達を擁護し、()()()()守ってくれるものか? そんな国は、この大陸中を探しても存在しないだろう。国とは、同じ土地に集う人間の集団に過ぎない。それぞれが役割を担い、応じた責務を果たさねば国は回らぬ」

「……王家がそのような考えだから、淘汰される者が出て来るのではないですかな? 役割を担えぬ者も大勢おります。彼らは無条件に守られるべきではありませんか?」

「生きている限り、役割のない者などいない。一つの家族を考えてみよ。年老いて動けなくなった者とて、長年生きてきた知恵を与え、人生の素晴らしさを語るという重要な役割がある。病で伏している者、傷を負った者とて、自らがそうしようとしない限り他者に影響を与えない人間などいない」

「詭弁ですな……。傷を負い、伏した者達ですらも役割を担わせようと言うのですか? 斯様に重たいものを背負う事などできましょうか。我らの様に掛け替えのない大切なものを失った人間も、同じにございます。失ったものを取り戻さない限りは、どのような言葉も届きませぬ。明日は……永遠に訪れないのです! 復讐に心を燃やし、涙で瞳を洗い、絶望に身を委ねるしかない!」


 マクシミリアンが、声を荒げはじめる。彼自身、“フェアリー・コンプレックス”の影響が少しあるのかもしれない。瞳孔は開き、表情がどこか乏しい。手は震え、ランタンを握り締めるその手に狂気さえ感じる。そんな風にその様子を観察していたら、セレーナ嬢が凛とした言葉を発した。


「どこまでも、他力本願な方たちですわね。何が起こっているのかはわかりませんが、その絶望を王家に向けるのは筋違いではなくて?」



貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。


続きは明日11/25㈯7:00アップ予定ですが、書きあがり次第投稿します!

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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