70・【グレース視点】私のやるべき事
前回、次話投稿の時刻を載せ忘れてしまい申し訳ありませんでした!
遅くなりましたが、投稿致します。楽しんでいただけますように…!
ロゼが、泣きそうな顔をしていた……。
私は、通信具の蓋を閉じ、溜息を吐く。
兄上は、今、どこにいるのだろう。
私は、部屋を出て廊下を歩く。
私達家族に対する嫌疑は早々の内に取り払われたようで、監視の目は邸宅の外に留められるようになった。偏に、全て公爵閣下の計らいだろう。
少し歩けば、兄上の部屋に辿り着く。
扉がほんの僅かに開かれていた。
中からすすり泣くような声が聞こえ、こっそりと隙間を覗いてみる。
兄上の机の前で静かに涙を流す、母の背中が見えた。
あまりにも居たたまれず、踵を返し足早に部屋に戻る。
この感覚、あの時と似ている。
ロゼがマグマアントの巣に落ちた時だ。
きっと誰かが何とかしてくれる。でも、誰かって誰だ?
公爵閣下か? イリーナ様か? ノーマン卿か?
私は、気が付けば走るようにして部屋に入り扉を荒く閉めてベッドに俯せた。
……クソっ! 私には、また、何もできないのか!
私は、イスに誓ったんだ。
飯事のような誓いだったが、心は本物だった。
イスの身が危険に晒され、ロゼが泣いている。
私の兄の所為で。
それなのに、私は……何も出来ないのか。
クソッ、クソッ!
感情の昂りに合わせて何度も枕を殴るが、勿論手ごたえなんてない。
ぎりっと唇を噛み血の味が滲む。まともな精神じゃいられない。
すると、コンコンと扉を叩く音がする。
「誰だっ!」
勢い任せにそう言うと、扉の向こうから侍女の声が聞こえてくる。
「も、申し訳ございません……、お客様がお見えです」
「……客?」
私は、首を捻り、気だるく身を起こした。
◇◇◇
促されるまま応接室に行けば、深緑色の瞳の男がそこに座っていた。
正直、今一番会いたくない人間だった。
扉を開け、思わず立ったまま開口一番に声を出す。
「何をしに来たっ……!」
ノーマン卿は、苦笑しながら落ち着いた様子で答える。
「お一人では、お辛いのではと思いまして」
「慰めにでも来たのか? ならば無用だ。そんな事をしている暇があったら今すぐイスの居場所を見つけてこい!」
「……現在、軍部を上げて捜査しています。どうか落ち着いてください。これではお話も出来ない」
私はぐっと喉を詰まらせ、悔しい気持ちを抑えてノーマン卿の座るはす向かいの席に腰を掛け人払いをした。そして、その森林に似た瞳を睨みつけ言葉を発する。
「話とはなんだ」
ノーマン卿は、ふぅと溜息を零し手元を見つめて話す。
「今回の事件の事です。僕の知る範囲で良ければ、なんでもお答えします」
私は、片方の眉を上げて問う。
「……公爵閣下の指示か?」
ノーマン卿は、困ったようにふっと笑い言う。
「僕自身の意思です」
その顔を見て、少し冷静さを取り戻し尋ねる。
「……大丈夫なのか?」
「まあ、バレたら左遷くらいはさせられるかもしれませんが……これでも結構必死でして」
「必死?」
首を傾げて尋ねると、眉尻を下げて気の抜けた声で答える。
「あなたに嫌われたくない」
思わず、私を見て来る瞳を見つめ返してしまったが、ぱっと視線を下げて逸らす。
今は、その気持ちが少し困る。
私は、自分の気持ちを隠すように、事件の事を尋ねる事にした。
「……事件の全容が知りたい。まず、国は首謀者が誰だと考えているんだ?」
居住まいを正せば、ノーマン卿もそれに倣い背筋を伸ばして真面目な顔で答えてくれる。
「他国だと言う意見に落ち着いてきてはおりますが、どこの国がというのは意見が割れているようです。バレナ参事官は、国内に率先して手引きしている貴族がいると考えているようです」
「それが、神殿やハンゼン子爵、宰相閣下なのではないのか?」
「……確かに、少なくとも“星の指導者”、通称“黒衣派”の神官マクシミリアンは、我が国での“フェアリー・コンプレックス”の流通に大きく関与しているものと見られています。しかし、あくまでも販路として利用されただけなのではという見解です。宰相閣下やハンゼン子爵は、ただ信者としてあの場に居ただけなので、明確な繋がりはわかっていません。現在、このお二方の役割と流通方法について捜査中です」
私は、思わずはっと鼻で笑う。
「つまりは何もわかっていないんじゃないか」
「相手が相手ですので、物証を探っています。ただ、創立記念パーティーの事件を受けて、国は公開捜査に踏み切る事を決定しました。僕が採ってきた魔草“妖精の涙”の検証が済み次第、今後、“フェアリー・コンプレックス”並びに原料となる魔草“妖精の涙”の国内への持ち込みが禁じられます。使用は勿論、所持者も禁固刑が下されます。各医院にも治療法などが共有される事になりましたので、被害者の数は徐々に落ち着いてくるはずです」
創立記念パーティーと聞いて、私はある可能性を思い出し尋ねる。
「創立記念パーティーの事件は、予め予見されていたのか?」
あまりにも手際が良かった。私が廊下で戦った者はさて置き、ホールに辿り着いてからは一瞬の事だった。ノーマン卿は、ふっと笑いながら答えた。
「……さすがですね。首謀者ないし出資者が他国の者であるなら、創立記念パーティーは持って来いの舞台だと参事官が仰ったんです。近隣国に様子が伝えられますから。また、"フェアリー・コンプレックス"が学院内にある程度拡散されている事も見越して、一堂に会する場なので摘発にも打ってつけだろうと言うことで、イリーナ様をはじめ信頼に足る者達と薬の影響を受けていないだろう近衛騎士隊と共同で踏み込めるように脇に控えていました」
私は、はぁと溜息を零す。すっかり掌で踊らされていたか。恐らく、犯人達が事を起こしやすいようにさりげなく場も整えていたのだろう。休憩室までの道のりも、思い返せば近衛兵が極端に少なかった。ノーマン卿は、言葉を続ける。
「グレッグ・ウィンドモアとケイティ・ハンゼンの両名に関してですが……」
兄上の名前が出てきて、私の鼓動が大きく跳ねる。
ドクドクと痛いほどに脈打ち、思わず膝の上に置いた手にぐっと力が入る。
その様子を見てか、ノーマン卿が躊躇うそぶりを見せたので、私は眉根を寄せて一段低い声で頷く。
「……続けてくれ」
「……この両名は、“古魔術”が使える為に実行犯として打ち立てられたのではという見解です」
私は思わず息を飲む。確かに、兄上は古魔術の研究における第一人者だと聞いていた。でも、“使える”なんて初耳だった。
「“古魔術”は蘇ったのか?」
「そう考えるのが妥当だと言う結論に至りました。具体的な所は、当人達への聴取が必要となりますが、特にケイティ・ハンゼンは、同時刻に二か所に姿を現したり、記憶を操作したり、テレポートの様に瞬時に場所を移したりと事例が多くあります。グレッグ・ウィンドモアに関しては、匂い袋を受け取った者達の証言から、僅かにですが人の印象を操作したり、暗示のようなものを掛ける事が出来たのではないかと推測されています。そもそも、古魔術の起源とされている闇属性魔法は、人の心を惑わせる魔法というのが通説ですから信憑性はあると考えられています。“古魔術”使用における罪の詳細はこれから定まっていくらしいので、両名は一先ず“フェアリー・コンプレックス”流通と今回の騒動を巻き起こした容疑で捕らえられます」
自分の兄にそんな事が出来ると思うと複雑な心境だ。
こうなってから何度も思い出すのは、小さい頃からずっと見てきた穏やかに微笑む顔や諭すように怒る顔、普通の家族の一員として過ごす兄の顔なのに……いつの間に魔草なんて怪しい物に手を出してしまったのだろう。古魔術に関しては、確かに好奇心が旺盛すぎるところはあったが、分別のわからない人ではなかったのに。思わずぎゅっと唇を噛む。
どうして、気が付けなかったのだろう……。ノーマン卿は、話しを続ける。
「元々、古魔術は魔法が使えない者達の為の魔法という側面があるようで、元来魔法大国の我が国では知識が薄いそうなんです。これを機に、情報が集められると思います」
「……神殿の、神官達は捕らえられたのか?」
「罪状が定まっていなかったので、正式決定すると同時に踏み込む予定です」
一つ、一つ、紐解いていく毎に思考がクリアになってくる。
事件に関しては、とにかく摘発される者達の行く末を見守るしかなさそうだ。
けれど……。
「疑問が二つある」
「……ええ。なんでしょう」
「一つは、何故イスが拐されたかだ」
ノーマン卿は、ふぅと小さく息を吐き、静かに答える。
「イシドール殿下が、匂い袋を受け取っていた事はご存じですね?」
「……ああ。神殿でも、彼だけ反応が強かった事に疑問を抱いたが、合点がいった」
「恐らく、創立記念パーティーの騒動は殿下の誘拐が目的だったものと思われています。そもそも、我が国に魔草を流通させたのも、金銭目的と合わせて国内の混乱が目的だとするならば、“薬漬けの皇太子”の完成具合が気になるところではあると思いますので……」
「……つまり兄上の役割は、」
「ええ。殿下に“フェアリー・コンプレックス”を使わせる事でしょう」
そうか……と、今度は一際強く兄上に怒りの感情が湧いて来る。
ロゼが魔法を解除できたことは、相手には伝わっているのだろうか。
どちらにせよ、皇太子に手を出したとなれば犯人は誰一人無事ではいられないだろう。
兄上も……捕まれば重罪は免れない。
私が、表情を険しくそんな事を考えていると、ノーマン卿が尋ねてくる。
「もう一つを……お聞きしても?」
私は、ぐっと喉を詰め、絞り出すように声を出す。
「こんなことを卿に聞いても仕方ないのかもしれないが……」
「かまいません。なんでしょうか?」
私は視線を伏せ、一度呼吸を整えて尋ねる。
「……兄上の動機は何だと思う?」
この安定した国で、兄上は爵位も約束されていた。
家族仲も悪くなかった。休憩室で会話していた女性がハンゼン子爵令嬢だとして、その相手が兄上だとしても……どちらかというとハンゼン子爵令嬢の方が力関係は弱そうに感じた。
ノーマン卿は、首を傾げながら言う。
「そこに関しては、我々も不明なところでして……。ご両親も思い当たる節はないと仰っていました。ただ、闇属性魔法には死者の霊魂を鎮める魔法というものがあったそうで、サウスクランの神殿の神官達が傾倒した裏には“死者を弔う”という冥府の神ノクタの信仰と通じるものがあったからではとされています。――お兄様には、亡くされた大切な方がいらっしゃいませんでしたか?」
亡くされた大切な方……パッとは思いつかないな。
家族や私達以外の交友関係は、正直把握していない。
でも、と……思考をじっくりと巡らせてみると、何故か兄上がいつも持ち歩いていた懐中時計が記憶に蘇った。時折、眠れないんだと笑う夜、彼は父と酒を酌み交わしながらその時計を側に置いていた。
その時は、眠らなきゃいけないのにと時間を気にしているものだと思っていたけれど、あの時計は誰かに貰った物だと聞いたことがあるような……。
私は、すくっと立ち上がりノーマン卿に告げる。
「……私のやらなければいけない事がわかったかもしれない」
「は?」
「感謝する」
踵を返し扉を出ようとすると、ノーマン卿が慌てて立ち上がり腕を掴んで引き留めて来る。
「いやいやいや! ダメです! 嫌疑は晴れたとはいえ、容疑者が家族に接触してくる可能性がある以上、ノーマークというわけにはいかないのですから」
「ならマークして置けば良いだろう。何故行動まで制限されなければいけないんだ」
「いやぁ~……そもそも僕がここに来たことも良い事ではないんです」
「なら、とっとと帰れ。ここから先は独断だ。あ」
「はい?」
「髪の短い女は嫌いかい?」
怪訝に眉を顰めるノーマン卿に、私はにっと微笑みかけた。
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事件もいよいよラストスパート!
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