69・【ロゼ視点】顛末
「何があった?」
レオ様は、ゆっくりと立ち上がり跪く騎士様の前に立つと低い声で問う。その物々しい様子に、わたくしも後を追うように立ち上がり身構える。
「はっ! 予見されていた通りホール内にて騒動が起き、学院専属騎士隊隊長イリーナ様の指揮の下、制圧が完了致しました。両陛下共にご無事でございます。しかし、イシドール皇太子殿下並びにセレーナ・レイヴンスタイン伯爵令嬢のお姿の確認が取れておりません」
……え?
告げられた内容に、頭がついていかない。
困惑したままにゆるゆると視線を上げてレオ様を見るが、レオ様は動揺する素振りも見せず騎士様を真っすぐ見つめて問う。
「……そうか。見張りを命じていた者達はどうしている?」
「宰相閣下およびにハンゼン子爵に関しては、引き続き影達がその動向を見張っております。ただ……グレッグ・ウィンドモア、ケイティ・ハンゼンの両名は見失ったようです。見た事もない術に攪乱されたと報告を受けております。グレース・ウィンドモア伯爵令嬢は、共犯の疑いもある為一度身柄を拘束し、邸宅にて家族と共に監視下に置いております」
「そ、んな……」
わたくしは息を飲んで、瞠目する。
何を言っているの? グレースが共犯? グレッグお兄様は、何故追われているの?
イスは? セレーナ様はご無事なの?
わたくしは、レオ様の腕の裾を掴んで問う。
「レオ、様……?」
レオ様は、労し気な眼差しを返してくれる。けれど、難し気に眉根を寄せ掠れた声で言う。
「……すまない」
何故、謝るの? どうして、そんな苦し気な顔をなさっているの?
体の震えが止まらない。何か……何か尋ねなくてはと思うのに、口はハクハクと空気を吸い込むばかりで、言葉が出てきてくれない。レオ様は、わたくしの背を支えながら言う。
「マーサ」
「はっ」
茂みからマーサが現れる。どうしてマーサがここにいるの?
わからないことばかり……。混乱するわたくしを他所に、レオ様がそっとマーサにわたくしを引き渡す。
「……すまない。俺が送り届けるつもりだったが、この場を離れる事が出来なさそうだ。邸宅まで、無事に帰りついてくれるな?」
「ええ、もちろんでございますわ。お嬢様の事はご心配なさらず」
カタカタと震えが止まらない手でマーサの腕を掴む。
「……ロゼ」
レオ様が、優しく声色を落として声を掛けて来る。
わたくしは、びくっと肩を揺らす。心臓がドキドキして鳴りやまない。
レオ様に視線を向け、口からは、自分でも驚くような問いが飛び出していた。
「わたくし達を、騙して……いたのですか?」
なんて、酷い聞き方だろうと思った。レオ様もマーサも驚いて息を飲んでいる。
わたくしははっとして、慌てて言葉を重ねる。
「ごめんなさいっ、わたくし……」
「……結果的には、そうかもしれない」
レオ様の声に、言葉を飲み込む。お隣に、並べたと思っていた。少なくとも、事件に関する事だけは……信頼して、頼って貰えていると、そう思っていた。でもそれは、わたくしの思い上がりだったみたい。
「そう……ですか」
視線を下げて呟く。レオ様が、慌てて口を開かれる。
「ロゼ……俺は、」
わたくしは、レオ様の言葉を遮るように首を大きく横に振る。
わかっているのだと、でも、今は聞きたくないのだと意味を込めて。
「……ごめんなさい。今は、本日の所は……レオ様はどうか捜査の方に……」
ごめんなさい……と、震えながら繰り返し謝る事しか出来なかった。
わたくしは、マーサに促されるまま邸宅へと戻った。
◇◇◇
翌朝、邸宅はいつも通りの静けさだった。
お父様は、王城に呼ばれたとの事で不在だった。恐らく、事件に関する何かだろう。
でも、わたくしが呼ばれる事はなかった。
まだまだ子供なのだと言う現実を突き詰められたようで悲しくて……そんな事を思う自分がまた子供っぽくて嫌だった。
昼過ぎ、通信機に連絡が入り慌てて蓋を開くと、少し疲れた顔をしたグレースの姿が浮かび上がった。
「グレースっ!」
「ロゼ……」
お顔を見られると、幾分ほっとする。傷を負ったと聞いていたけれど、治癒の魔法でどこに傷を負ったのかもわからないまでに治っていた。わたくしは、椅子に腰かけて事の経緯を尋ねた。
ホールで騒動が起きた事、何者かに魔獣が誘引された事。
騒動の原因は“フェアリー・コンプレックス”を常用していた者達が、満月とホール内に拡散された魔草の香りに反応して起こしたものだったと言う。現在、みな拘束されて一人一人事情を伺っているそうだ。
「学院内にも流行っていたなんて……一体どうやって……?」
そう尋ねると、グレースが少し躊躇うような表情を見せながらも教えてくれた。
「兄上が……匂い袋を持っていたのを覚えているか?」
「え? ええ、サシェを作るって。わたくしもお花を沢山お出し、して……」
ドキドキと嫌な予感がする。その予感は、すぐにも的中してしまう。
「そのサシェに混ぜられていたんだ。“フェアリーコンプレックス”が。恐らく……ロゼの魔力に紛れさせる事で、魔草の種子の持つ魔力の気配を隠したのだろうと言う事だった」
「そ、んな……」
なら、わたくしの所為で……? くらりと眩暈がする。
グレースは、続けて言う。
「兄上も、“フェアリー・コンプレックス”を常用していたらしい。ただ、兄上は日常的にロゼの花びらの舞う茶や、花そのものを側に置いていた。だから、ロゼ自身も気が付かなかったのだろうと……そこに他意がなかった事は、バレナ公爵閣下をはじめ、フォンテーヌ侯爵閣下も証言してくれているようだ」
「……っ! じゃあ、お父様は今……」
「ああ。その証言をする為に城にいるそうだ。昨夜から私の両親も城に詰められていて、先程帰ってきた母上から聞いた。父上は、まだ王城だ。私自身の嫌疑は、この2か月間イリーナ様と行動を共にしていた事で、イリーナ様が晴らしてくれているらしい。……公爵閣下の計らいに感謝だな」
レオ様……。
昨夜、わたくしは何てことを言ってしまったのだろう。
全てを話せない事なんて、レオ様のお立場なら当たり前なのに。
謝りたいけれど……それより今は……。
「……イスとセレーナ様の事は、何か聞いている?」
グレースは首を横に振る。わたくしが、あんな人気のない所にお二人をお誘いしたばかりに……。わたくしは、両手に顔を埋めて深く溜息を吐く。お二人が、無事に戻らなかったらと思うと、どうしたら良いのかわからない。
「ロゼ……、勘違いするな。すべて、君の所為なんかじゃない。君の魔法を悪用したのは……兄上だ」
「……でも、わたくしが余計な事をしなければ」
「ロゼ……聞くんだ。罪は全て企てた人間にある。公爵閣下が今追ってくださっている。信じて待とう。イスだって、きっと無事に帰ってくる」
今、辛いのは渦中にいるグレースの方なのに……。わたくしは、ここでもまた「ごめんなさい」と謝る事しかできずに話を終えた。自分の無力さが、悲しかった。
◇◇◇
週末が明け、学院のある日。
わたくしは、制服に袖を通した。マーサは、「念のためお休みするべきです」と何度か言っていたけれど……イリーナ様やカレン先生のお顔を見た方が、ほっとするからと邸宅を後にした。
学院までの道のりで、これまでの事を色々と振り返る。
入学した朝の気持ちや、レオ様との事。
イスやグレースとの事……そして新たに得た友人達の事。
一つ一つを大切にしてきたつもりだった。
でも、わたくしは、どれほどのものを見落としてきたのだろう。
……グレッグお兄様。
実の兄のように、いつも優しく諭してくれていた。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
学院に到着し、馬車止まり降りていくと……明るい声が聞こえてきた。
「ロゼちゃーん」
「……カレン先生」
やっぱり、カレン先生のお顔を見るとほっとする。
わたくしを、待っていてくれたのかしら。
「マーサさん……だったかしら? ロゼちゃんが学校に向かうって教えて貰ってね。迎えに来ちゃった」
「そう……でしたか」
「大変だったわね? 大丈夫」
優しい声色に溜まっていた涙が零れそうになった。
わたくし達は、構内に向かいながら話す事にした。
概ね経緯を話し、わたくしの思っている事を話した。
カレン先生は、気遣うように言う。
「でもさ、グレースちゃんの言う通り、どれもこれもロゼちゃんの所為じゃないじゃない」
「そう……でしょうか」
「そうよぅ。殿下の事に関しても、偶然が重なってしまっただーけ。大丈夫よ。あいつが何とかするでしょう。大切な甥っ子だもの」
カレン先生とお話していると、本当に心が軽くなってくる。
そうよね。きっと、大丈夫。
中庭に辿り着き、ふと校舎を眺めると青い空が見えた。
わたくしは、はぁと重い気持ちと一緒に息を吐いた。
すると、突然聳え立つ建物の上階から、バサッと何かがばら撒かれた。
ヒラヒラと紙が舞い、足元に落ちて来る。
カレン先生が怪訝な顔をして、しゃがみ込んで一枚拾う。
「……っなによ、これ」
わたくしは、カレン先生の手にある紙を見て固まる。
そこには……2年前、無かった事になったはずの、淫らな姿をして笑う……わたくしの姿絵があった。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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