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68・【イシドール視点】囁く声

お待たせいたしました!

お楽しみいただけますように!


 

「君は……」

「で、殿下! ご機嫌麗しゅう……その、これには事情がございまして……」

 

 茂みの向こうには、頬を真っ赤に染めたセレーナ・レイヴンスタイン伯爵令嬢が居た。

 彼女とはクラスメイトであり、学院に入って以降、学生会でよく行動を共にするようになった。礼儀正しい真面目な女性という印象だ。


 ……ああ。なるほどそういう事か。


 彼女の気持ちには、薄々勘付いていた。僕は、ロゼほど鈍くはない。

 クラスメイトとしてロゼと懇意にしていた事も知っているし、恐らく、ロゼの差し金だろう。


 もしかしたら、ロゼがいるんじゃないかなんて思った自分が嫌になる。

 はぁと一度溜息を吐いた後、僕は、その場に足を踏み入れ彼女に話しかける。


「……こんばんは。良い夜だね」

「は、はい! 若き王国の太陽にご挨拶申し上げます」


 セレーナ嬢がカーテシーをする。いつも何となく思っていたが、所作の美しい子だな。

 

「わたくしは、すぐに立ち去ります故……どうか、殿下はごゆるりとお過ごしくださいませ!」

 

 そう言うと、彼女は駆け出してしまいそうな勢いで僕の横をすり抜けた。

 少し、予想外の反応だった。失礼だけど、嬉々として残るかと思ったから……。

 思わずその手を掴んで引き留める。

 

「……っ、君さえ良ければ! 居て貰って構わない。一人でホールまで戻るのも物騒じゃないか」

 

 王城とはいえ……いや、()()()()()()()、こんな暗がりで淑女を一人で行動させるわけにはいかない。有事の際は、王家の責になる。思わず手を掴んでしまったが、失礼だったなとその顔を見るとセレーナ嬢は顔を青褪めさせていた。何だろうと首を傾げると、咄嗟に両手を握られた。


「殿下……! 大変……っ! 手が……手が、驚くほどに冷とうございます! どこかお加減が悪いのではありませんか!?」


 ああ……魔草の後遺症で貧血が起きていたのかもしれない。問題ないと言おうとしたところで、視界が真っ白になり見えなくなる。気が付けば彼女の手を掴んだまま地面に膝を付いていた。目の前でセレーナ嬢が同じように屈み、支えるように手を伸ばしてくれているのが分かるが、視界は霞んだまま頭の中がグラグラと揺れて覚束ない。


「殿下っ! お待ちください、今侍医を……!」


 そう言い立ち上がろうとする彼女を、手に力を込めて止める。

 瞳を閉じて、思わず声を荒げる。


「ダメだっ!」


 グラグラと揺れる視界を何とか落ち着けようと試みる。胸が、ドクドクと不快に打つ。

 そんな中、絞り出すように告げる。


「……すまない。大事にしたくないんだ……」

 

 そう言いながらも、寒気と吐き気が同時に襲ってくる。

 少し無理をしすぎたか……。

 耐えていると、あたたかい温もりで背中を摩られたのがわかった。


「……どのような姿勢でいらっしゃるのが宜しいでしょう。横になられますか?」


 静かに落ち着いた声で語り掛けられ、スッと少し体が楽になったような気がした。

 僕は、フルフルと首を横に振りその場にストンと腰を落とした。

 すると、セレーナ嬢は僕が凭れやすいように隣に座り、頭を乗せる為に肩を貸してくれる。力を抜けば、幾分眩暈も落ち着いてきた。


 それから、暫くの時間沈黙が続いた。僕の体調の事を慮ってくれているのだろう……セレーナ嬢は、何も言わず、微動だにしなかった。僕も目を閉じ、深い呼吸を繰り返して少しずつ体を癒した。だいぶ魔草の成分も抜けてきたと思ったのに……今日は余程疲れたのだろうか。


 ゆっくりと瞳を開けると、眩暈も収まり木々の隙間から星空が見えた。

 視線を巡らせたら、膝の上に置かれたセレーナ嬢の手が見えた。小刻みに震え、月に照らされた指先はほんのり赤く色づいている。僕はふっと吐息だけで微笑み、彼女に凭れたままゆっくりと口を開いた。

 

「……すまない。折角の美しいドレスが汚れてしまうな」

「そんな……わたくしの事など、お気になさらないでくださいませ」


 緊張しているのかどこか強張った声だったけれど、誠実で、心から案じてくれている響きを感じた。僕が口を開くより早く、彼女は続けた。


「これは……これはきっと、わたくしにとって都合の良い、素敵な夜の見せてくれる夢なのですわ。わたくしは、そう思う事に致します……」


 詰まるところ、“今日の事は一夜の幻だと忘れるから、気にしなくて良い”と。

 察しの良い事だ。口止めをする必要はないと言いたいのだろう。

 僕はその言葉に素直に甘え、話題を替える事にした。


「……君は、どうしてここへ?」


 ロゼに連れて来られたのだとしても、その経緯がわからない。

 セレーナ嬢は、変わらず体は動かすことなく、答える。

 

「それは……端的に申しますとロゼ様に助けて頂いたのです」

「助ける?」

「ええ……最近、とある殿方からお誘いを受けているのですが、わたくしの望むところではなく……ロゼ様が暫くこちらに身を隠していたら良いとご提案くださったのです」


 なるほど。ロゼらしいな。

 きっと、咄嗟に手を貸したのだろう。でも、ロゼは方向音痴だったはずだけど……よく無事にここまで辿りついたな。きっとセレーナ嬢も困惑しただろうロゼの案内を想像して、くすっと笑いが零れて来る。そんな僕の様子に気が付いたのか、セレーナ嬢が思わずと言った口調で呟く。


「本当に……」

「ん?」


 僕が問い直せば、セレーナ嬢は慌てた様子で付け加える。


「あ、いえ……その、何と申しますか……他意はなく、本当にお二人は仲が宜しいのだなと……」

「……まあ、“幼馴染”だからね」


 対外的には。

 僕らの関係に、僕の気持ちが反映される事は一度もなかったから。

 セレーナ嬢は、少しの間沈黙し、小さな声で尋ねてくる。


「…………お辛くはないのですか?」


 ……問われた瞬間、すべての時が止まった気がした。

 僕は、腕の力で体を支えゆっくりと身を起こす。セレーナ嬢が、その背を支えてくれた。

 二人の視線が絡むと、彼女は瞳を揺らしてそのまま視線を伏せる。

 僕は、ふぅと息を一度吐き、考えを整理する。

 これだけ察しの良い子なら、誤魔化すだけ無駄か。顔を前に向けて答える。


「……辛くないと言えば、嘘になるかな」


 ロゼへの気持ちを吐露するのは、グレッグ兄さんに次いで二人目だ。

 この気持ちは、僕が大きく吹聴すれば、周囲の者が実現しようと動き出してしまうから。慎重に慎重に隠してきた。でも、人に話すと少し楽になる。今日を幻としてくれるのなら、たまには良いのだろうか。

 

「……辛くても良いから、側に居たかったんだ」


 僕が俯きがちに呟けば、セレーナ嬢は問い返してくる。

 

「……“()()()()()”?」


 見れば、小首を傾げていた。本当に察しの良い子だなと、少し笑いが零れる。


「もう、終わらせる事にしたんだ。この不毛な想いも……幼いままの自分も」


 僕は、ずっとロゼが羨ましかった。

 彼女のいる場所が、とても明るく見えたから。

 ロゼの側は、温かくて、優しくて、僕がどんなに闇に飲まれたとしても丸っと包み込んでくれる豊かさがあった。ロゼの孤独を知っていながら、僕はその事をズルいとさえ思っていた。自らで輝こうとしない者の幼稚な嫉妬だ。そんな僕が、端から選ばれるはずなどない。


 それに、伯父上も伯父上だ。

 伯父上がもっと、誰から見ても救いようのないクズならば、いくらでも蹴落とせたのに。

 国の為と言って何もかもを諦めようとする癖に、大切な者はその身を挺してでも護り抜いてしまう。彼を前にすると、つい心が疼いてしまう。僕も、そんな事を言える人間になりたいと。


 大好きな二人だった。

 そんな二人が揃ってしまえば、もう(まばゆ)いばかりだ。

 

「彼女のお陰で僕は漸く今、スタートラインに立つことが出来たんだ。感謝しかないさ」

「……そう、なのですね」


 セレーナ嬢は、何か言いたげではあったけれど、言葉を飲み込んだようだった。

 今は、強がりかもしれない。でも、いつか彼らの隣に立つことが出来たならと……。

 

『……本当にそれで良いのか? ロゼに選ばれなかった“僕”に、その未来に、生きていく価値なんてないだろう』

 

 …………は? 

 

「……どうかされまして?」

「……え? あ、いや……」

 

 セレーナ嬢の声に、はっと意識を戻らされる。……今のは誰の声だ?

 ドクンと胸が脈打ち、気持ちが捕らわれ沈んでいくこの感覚に身に覚えがあった。

 この前よりずっと弱いけれど……微かに指先が震える。


 僕は思わずホールの方角を振り返り、凝視する。


「セレーナ嬢……」

「は、はい……」

「君は、いつホールを出たんだ?」


 唐突な僕の質問にも、セレーナ嬢は真剣に悩んで答えてくれた。


「殿下と……ロゼ様が踊ったのを見届けた後、数分ほど留まっておりましたがすぐにホールを出ました」

「ロゼが、いつホールを出たのかは知ってるかい?」

「いえ、正確には……ただ、わたくしが外に出た時には既に小庭園の方にいらっしゃいましたわ」


 という事は、僕と踊った後、ロゼはすぐにホールを出たのか。

 なら……もし、ホール内に魔草の香りが充満しても、ロゼは気が付けなかったんじゃないだろうか? ただでさえ、魔力抑制措置を受けている状態だ。


 空を見上げると、満月が輝く。魔草は、月の満ち欠けに反応する。

 僕の不調は、後遺症ではない。新たに加えられた魔草の成分と満月が、体内に残っていた僅かな症状を蘇らせたんだ。


 

 なら、今ホール内は……。


 そこまで考えたところで、パキッと乾いた音が耳に届く。

 僕は、セレーナ嬢は背に庇い、音のした方を睨めつける。


「何者だ」


 5……6人の布袋で顔を隠した男達に囲まれる。各々に持つ得物が、きらりと光る。

 体形は様々。恐らく、騎士もいれば魔法に長けた者もいるのだろう。ならば、例え今僕に魔法が使えたところで、躱されてしまうかもしれない。

 

「……皇太子イシドールで間違いないな。命が惜しくば、無駄な抵抗はしない方が良い。悪いが、共に来て貰うぞ」


 背後では、セレーナ嬢がガチガチと恐怖に震えているのが伝わってくる。

 巻き込んでしまったな……。

 僕は、はぁと溜息を零し、両手を高く挙げた。


 その後、ガツンッという衝撃と後頭部の痛み……そして、「いやぁ! 殿下! 殿下ぁっ!」と叫び続けるセレーナ嬢の声を聴きながら、僕は意識を手放した。



貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。


次回は明日11/22(水)7:00を予定しております!

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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