67・【グレース視点】月夜に咲く赤い花
一日早いですが、投稿します!
どうか楽しんでいただけますように……!
ロゼもイスも……みんなどこへ行ったんだ?
宴も酣。パーティーは順調に終盤に差し掛かる。
デビュタントという事もあってか、思っていた以上に声が掛かりそのまま踊り続けた。
体を動かすのは好きだから構わないが、いい加減喉も乾いた。
そう思い、歓談用のスペースに降りてスパークリングの飲み物を手に取る。
グレッグ兄さんもいないな……。
ロゼと違って、兄がいなければ私は飾りの様なものだ。
こうして歓談用スペースにいても、話しかけてくるのは懇意にしているクラスメイトやイリーナ様経由で知り合った騎士隊の人々くらいで、それも今は殆どがみなダンスホールにいるから静かなもんだ。
テーブルの上に山積みに用意されている食事を手に取り、嬉々として口に放り込む。
王城の振る舞いとだけあって蕩けるほどに美味しい。
ふと、脇にある窓から木々の深緑が目に入った。
ふと、自分の姿を思い出す。
私が今着ているこの美しい深緑色ドレスをくれたのは、この木々の様に深い森の香りを漂わせる男だった。
今から2か月前。
ウィル・ノーマンという男は、秘薬“フェアリー・コンプレックス”の原料となる魔草“妖精の涙”の採集の為、国境にほど近い魔獣の森へと向かった。彼の強さは、指導を受けていた私もよくわかっている。けれど、その森には上級の魔獣も多く住まうと言う。幾ら強いとはいえ……命懸けである事は明らかだ。
出立の前日、いつものように指導を受け、心配する私に彼は言った。
待っていて欲しいと。必ず、パーティーの日までには戻るからと……。
『僕の用意した贈り物も、受け取ってくださったら嬉しいです。きっと注目の的になる。……ああ、でも。あまり他の男に気を許さないでくださいね。貴族に手を掛ける大義名分を作るのは、中々面倒なので』
背中にぞくっと冷たい汗が流れる。……余計な事を思い出した。何故ニコニコとした表情のまま、あんなにも冷たい瞳が出来るのか不思議でならない。あの時は、何の事だと首を傾げたが、まさかドレスの事を指しているなんて思いもよらなかった。
数名と踊ったが、あれは社交の一環だ。別に気を許したわけじゃない。
そもそも、そう言った本人が約束を違えているんだ。私がその言葉を守る義理はない。
そう言いながらも、頭の隅で必死に言い訳をしている私は、相当奴のペースに巻き込まれていると言って良い。このドレスも、直す必要がないほどにピッタリだった。だからこそ余計に両親にどういう関係なのかと詰められる羽目になった。
私は、グラスに口を付けながら、つい思い出してしまう。
身分に臆する事もなく、こんな女らしくもない私を、熱の籠った瞳で真っ直ぐに見つめて来る彼を。……心配するのなんて、当然じゃないか。パーティーまでには帰ると言ったのに、どうして今ここにいないんだ? 何か……予想外の何かが起こったんじゃないだろうか。
はぁと、思わず熱の籠った溜息を零す。彼への思いが、初めて恋慕を向けられたことによる熱なのか、それとも自発的に彼を想っての事なのかの判別ができない。曖昧な気持ちのまま期待させるのはどうなんだろうと思いつつ、贈られたドレスがあまりにも美しくてつい袖を通してしまった。
けれど、これではまるで期待しているのはこちらのようだ。彼が何とかこの場に駆けつけて、このドレスを着た私を見て褒めてくれるんじゃないかと……今もまだ諦めきれず扉の方ばかり見てしまう。そんな事の為に、ホールから離れられずにいる。
騎士の嫁になどなるものじゃないと、昔おばあさまが言っていたのを思い出すな。
心配して待つばかりなんて性に合わない。やっぱり、私達は縁がないのだと思う。
もうやめようと、空いたグラスをテーブルに置いて大扉に向かう。
義務は果たした。休憩する為の個室で、ゆっくり座ってグレッグ兄さんを待とう。きっとどこかで誰かと話でもしているのだろう。
私は、使用人の一人を捕まえてグレッグ兄さんが来たら休憩室にいる旨を伝えて貰えるよう頼んだ。恐らく、一番間近な休憩室は人も多いだろうから、一番人の少なそうな北の遠い休憩室を指し示して。使用人は、少し目を丸くして驚いた顔をしたが、「よろしく」と一言残してその場を去った。
通常、貴族子女はホール間近な休憩室で休むことを勧められる。やはり、安全上の理由だ。しかし、私も毎日絶えず鍛えている。ここまでくると通常の貴族なら腕っぷしで負ける事はないだろう。騎士だったとしても、帯剣していなければ何とかなるはずだ。
大扉を出て、静かな廊下を歩く。フレンチドアから見える庭園は月明かりに照らされて美しく、まるで時間が止まってしまったかのように静かだった。
踵の高い靴を履くのも珍しい。コツコツという自分の足音を楽しんでいたら、休憩室に近付く。中に入ろうと扉を押そうとしたところで、中から声が聞こえてきた。
『……彼らに言われた通りにやってきたわ。後は、予定通り、時間になれば暴れ出すはずよ』
女性の声だった。聞いたことがあるような、ないような……。
しかし、内容が少々物騒だなと感じた。相手の声は遠くて聞こえない。私は少し静止して耳を欹てた。
『本当に……こんなことをして、大丈夫なのかしら。彼らは、本当にわたくし達を守ってくれるの?』
こんなこと、彼ら……もう少し情報が欲しい。周囲に人はいない。そっと扉に体を寄せる。
『……違うわ! ごめんなさい! わたくしはただ……少し心配になってしまっただけなの。もう、死んだ人間の影ばかり追って私を見ない両親のところになんていたくない。あなたさえいれば良い。二人で遠い国でやりなおしましょう? きっと幸せになれるわ。……お願い、見捨てないで』
ぐすっと啜り泣く声……話している相手は男か? 部屋に突入するべきか悩んでいたら、不意に何者かの気配がした。咄嗟に身を躱せば、今まで身を寄せていた扉にガスっと鈍い音と共に刃が突き抜けていた。
「……っ!」
得物は、見慣れぬ形状の細い剣。恐らく暗器の部類だ。闇に浮かび上がる顔を見て、思わず息を飲む。相手は、王立高等学院専属騎士隊の騎士だった。間違いない。学院内でも数度見かけたことがある。しかし、どこか様子がおかしい。
「ぐ、ぐが……はな、……はなは、どこに……はな……」
目は焦点が合っておらず、口の端からだらだらと涎を垂らしている。動きもフラフラとぎこちない。けれど、急に動きが素早くなり暗器を大きく振りかぶる。それを既の所で躱すが、暗器が掠め、避ける度に腕や足に鮮血が走る。丸腰では敵いそうもない。段々と息も上がってくるが、思いの外頭は冷静だった。
この騎士は、恐らく見張りだ。つまり、部屋の中の人物と関連がある可能性が高い。私はノーマン卿との訓練を思い出し、振り翳された短剣の軌道を拳で横に払い逸らし、ダンスを踊るように身を回転させて相手の懐に入り、しゃがみ込んで体のバネをを使い勢いよく顎下を突き上げた。運よくそれが入り、騎士は「ぐぅ……」という呻き声と共に後ろに転倒する。私は、男が倒れるのとほぼ同時に立ち上がり、扉のノブを回し体当たりで部屋の中へ侵入する。しかし、部屋の中は暗く、人の気配もしない。窓が大きく開いてカーテンが揺れていた。
……逃げられたか!
ギリッと歯噛みをする。けれど、不意にふわりと漂う残り香に気が付き、私は大きく目を見開いた。
……この香りは、
ただ、思考に耽る間もなく、ドンっと背後の扉が大きく開かれる。騎士が何やら叫びなら、再び暗器を振り上げ突き刺そうとしてきた。それを、床を転がり何とか避け、目に入ったテーブルクロスを引き騎士に思いっきり被せる。急に視界を奪われ狼狽える騎士の脇を抜け、扉から外へ出てホールへと走る。走り難いとスカートをたくし上げ、途中で靴も脱ぎ捨てた。
走りながら考える。ドキドキと鼓動が大きく耳元に聞こえ、指先まで脈打っているように感じる。あの香りを、私は知っていた。今日、王城に来る前からずっと側で嗅いでいた――ラベンダーの花の香り。
どういう事だ? 何が起こっているんだ!
ホールに近付き、廊下ですれ違う人は何事かと目を剝いてこちらを見て来る。
そんな事にも構わず、大扉からホールに飛び込むと、ちょうど目の前で事は起きた。
一人の貴族女性……あれは、確かロゼのクラスの女生徒だ。オリーブ色の髪の、名をオリビア・モンティーグと言ったか。その女性が、虚ろな瞳をしてマリオネットの様に力なく動いたかと思うと、急に酒の入ったボトルを握り中身を自身に頭から掛け始めた。
「きゃぁあああ!」
「うわぁあああ!」
周囲の人間がどよめき、距離を取る。オリビア嬢は、空になったボトルをぽろっと手放し空を仰ぐと、急に何かを叫び始めた。
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ! あぁぁあああああ!」
それを合図にしたかのように、数名の人間が同様に暴れ始める。暴れ始めた人間には、子女や騎士、教員までいた。踊っていた男は急に目の前の女の首を絞め、食事をしていた女は叫びながら皿やグラスを床に叩きつける。場は騒然とし、正気の人間が逃げようと一斉に大扉に向かったその時だった。
――シャアアアアアアアアアア!
後ろを振り返れば、大扉から真っ黒な大蛇の魔獣が顔を出した。上級魔獣のヒュドリスク。口を大きく開け、鋭い二本の牙と赤い舌を見せている。ちょうど私の真後ろにいて、その影が掛かる。
ああ、もう駄目だ……と思った。私はここで、蛇の餌食になるのだと。
しかし、その刹那。ヒュドリスクの首がズルっと大きくずれて、目の前が赤く染まった。
ブシュッという音と共に、顔やドレスに血が降り注いだ。自分の体を見て、深緑色のドレスに大きな赤い染みが出来て……私は何故か、花が咲いたようだと思った。そんな風にぼんやりと思考を停止させていると、ヒュドリクスの首を大きく跨ぎ、男が近づいてきた。
明かりに照らされると仄かに緑に見える髪と、同様に深緑色の瞳。男もまた、自分の顔についた血を手の甲で拭いながら、ニコニコとした顔で私のすぐ前にやってきた。
「遅くなってすみません。やっぱり、そのドレスとても似合っています。……お美しいです」
男は、そう言うと私の顔についた血を指で拭った。
普通の貴族令嬢なら、間違いなく倒れていただろう。けれど、私は心からの安堵と歓喜……そして不思議な高揚感を覚え、自分に触れる手にそっと手を添え頬を綻ばせて告げた。
「……おかえり。次はもう少し動きやすいもので頼む」
その言葉を聞いたノーマン卿は、目を瞬かせ、すぐに目を細めて心底嬉しそうにふふっと笑った。
「ええ。そうしましょう」
二人でそうして見つめ合っていると、聞き慣れた声がホール内に響く。
「近衛兵隊、および高等学院専属騎士隊! 一同掛かれ!」
怒号と共に騎士達が駆け抜け、一瞬で場を制圧する。まるで、予定していたかのように。
号令は、本来王族しか立ち入れない中二階の席に立つ、イリーナ様が掛けていた。
私は、ふらりとイリーナ様の足元に近付く。ノーマン卿も、特に止めるでもなく私の背を支えながらついて来る。階下からその姿を見つめていると、一人の騎士が慌てた様子でイリーナ様に近付き、跪いて報告を始める。
「ご報告申し上げます! 暴れ出した者全員の身柄を拘束致しました。両陛下もお怪我はなく、現在近衛兵が付き添っております。しかし……」
報告の騎士が歯切れ悪く口元を歪める。嫌な予感がする……。
私が一歩身を乗り出すと、騎士は続きを告げる。
「しかしながら、現在、皇太子殿下のお姿が確認できておりません……!」
私は今一度、大きく目を見開いた。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
次回は、11/21㈫7:00を予定しておりますが、早めに書き上げられたらまた投稿します。
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読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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