65・【ロゼ視点】素直が一番
書きあげられたので、一日早いですが投稿します。
楽しんでいただけますように!
「では、こちらで待っていてくださいませね。ただ、有事の際は大きなお声を出してくださいませ。あちらに近衛の騎士がおりますので」
「ロゼ様、あの……」
わたくしは、この秘密の場所にセレーナ様を置いて、自分自身はホールに戻りイスを呼んでくるという作戦を立てた。本城に戻ろうと踵を返しかけたところで、セレーナ様から不安げな声が掛かる。わたくしが、道に迷ってしまわないか心配なのかしら?
「ご心配なさらないでください。帰り道は、本城の使用人に声を掛けますわ。大回りで来てしまいましたが、中を通れば然程時間は掛からないはずです」
「いえ……そうではなくて……」
セレーナ様が、もじもじと指を動かし視線を彷徨わせる。睫毛を震わせて、弱々しい声で尋ねてくる。
「……わたくしがこちらにいても宜しいのでしょうか?」
「え?」
「殿下は、休憩する為にこちらにいらっしゃるのでしょう? わたくしが居ては、ご迷惑になりませんかしら? むしろ、ロゼ様がいらした方がずっと……!」
途中まで言いかけて、セレーナ様はぐっと言葉を飲み込み、「ごめんなさい……」と口を噤んだ。こんなにも、気弱な様子の彼女を初めて見る。本当に、恋はどうしてこうも人を弱くしてしまうのだろう。嫌われたくないと思うほどに、近づく事さえ怖くなっていく。でも……と、わたくしは静かに告げる。
「セレーナ様……わたくしは、殿下の友にしか成り得ません。縁あって長い時を共にはしましたが、その心に背負う重荷を分け合う事は、終ぞできませんでした」
励まし合い発破を掛け合ってきたけれど、イスが心から安堵して笑う姿を見た事があっただろうか。誰もが心の奥に持つ孤独や寂しさを、ほんの一瞬紛らわす事は出来たのかもしれない。でも、それでは平行線。決して交わる事はなく、ただ変わらない日々が続くだけ。
「彼には、誰よりも彼の事を一番に考えてくれる方が必要なのだと思います。もし本当にセレーナ様にそのご覚悟がおありなら、どうかこの機会に向き合ってくださいませ。……それに、勿体ないではないですか。こんなにも素敵で、特別な夜ですもの」
本当の心を見せない限り、恋は始まらない。恥ずかしくても、終わりを迎えてしまう事が怖くても、いつかは心の片鱗を見せなくてはいけない。格好良く始まる恋なんて、きっと、どこにもないのだわ。相手の為にどこまで格好悪く、素直な気持ちを曝け出せるかというのも大切だと思うの。
雲が動き、月がますます輝く。セレーナ様の透けるようなベージュ色の髪が美しく輝く。装備は十分。わたくしは、セレーナ様の手を取り精一杯の笑顔を見せる。
「セレーナ様、今日はまるで月の女神様みたいに素敵ですわ。どうか自信をもって、笑ってくださいませ。わたくしは、お二人をそっと応援しておりますわ」
この春に出来た新しい友人。ずっと励まし続けてくれた彼女に、素敵な事がありますように。
そう願いを込めて、緊張で冷えてしまったその手に温もりを分けるように一度ぎゅっと握りしめ、手放す。そして、軽く手を振りながらわたくしは急ぎ足で茂みを抜け出した。
大庭園の中央に辿り着き、大きな噴水に近付く。そこから王城に向かおうと視線を上げれば、本城に続く幅広い階段の上から一人の男が降りてくる。
「……ああ、見つけた。セレーナはどこです?」
赤茶色の髪を後ろに撫でつけ、優し気に垂れた赤い瞳。この顔は……確か一学年上のボルデーム伯爵家のご子息。執念深く、わたくし達を探していたんだわ。それなりに格式のある家柄なのに、わたくし相手に名乗りもせずこんなに大胆な事をするなんて。わたくしは、じりっと後ろに一歩下がり、毅然と答える。
「さあ……存じ上げませんわ。途中で分かれましたもの」
「……隠されても無駄ですよ。馬車止めの前で待てば良いだけだ。ああ、いっそ馬車に乗って待っていれば良いのか。二人きりでゆっくりと話せる」
わたくしは、ひゅっと息を飲む。体温が一度二度下がったように感じた。
馬車の様な密室で、二人きりで何を話そうと言うのだろう。
伯爵子息を睨めつけ、声を上げる。
「なんということを……! それは、立派な犯罪行為です! あなただって、ただでは済まされませんわよ!」
「構いませんよ。彼女を手に入れられるのならなんだって……そもそも、彼女はただ恥ずかしがっているだけなんだ。だって、毎晩僕に恋の言葉を囁いてくれているのは彼女の方なんだ!」
どうしよう……想像以上に話が通じない。戸惑っていると、伯爵子息は階段の一番下に辿り着いてしまう。そして、どこかぼんやりと言葉を零す。
「あれ……? でも、あなたからも花の香りがする。もう、あなたでも、良い、のか……?」
その言葉を理解できないでいると、じりっと伯爵子息が近寄ってくる。
底知れぬ恐怖を感じて、わたくしもじりっと後ろに下がる。でも、もうそこは噴水で……。
伯爵子息の手がわたくしに伸びるのと同時に、何をされるのかと思わずぎゅっと瞳を閉じて身を固くする。けれど、いつまでたってもその手が触れる事はなく、代わりに大好きな人の香りを感じた。
「……何をするつもりだ?」
聞き慣れた低い声。目を開けると、目の前には黒く大きな背中があった。
一瞬の事だったけれど、とても怖かった。わたくしは、微かに震えながら息を零し、その背中に縋るように黒いマントを握りしめた。
「……っう、痛い。離してくれ……!」
気が付けば、レオ様は伯爵子息の手首を強く握りしめていた。そして、伯爵子息を見向きもせず声高に告げる。
「近衛! こいつを拘束しておけ。後程事情を聴く」
レオ様の声を聞き付けて、数名の近衛騎士が駆けつけて来る。
その後は、何だかんだと意味のわからない事を叫びながら彼は連れていかれた。
レオ様がこちらを振り返り視線が合うと、わたくしはほっと脱力してしまい足の力がかくんっと抜け噴水の方に身を傾げる。けれど、大きな腕が支えてくれたので、水にはまるでつく事なく態勢を持ち直せた。
「ごめ、なさ……」
「いや……今の奴とは、知り合いか?」
予想外の事を尋ねられて驚き、レオ様の腕に掴まったまま顔をあげ、ふりふりと首を横に振る。
「今さっき……初めて言葉を、交わしましたわ。わたくしではなくて、レイヴンスタイン伯爵令嬢に執拗に付きまとっていた方です」
「そうか……」
「どうかなさいまして?」
「いや、恐らく気のせいだ。それより、少し休むか? 歩けるか?」
まだ少し足に力が入らなかったけれど、尋ねられてわたくしははっと気が付き、慌てて言い募る。
「……いいえ、いいえ! イスの、イスの所にいかないとなのです。セレーナ様が……あの、待っている方がいらっしゃって……」
わたくしがアワアワと口にすると、レオ様はくすっと笑う。
「落ち着け、大丈夫だ。人を遣わそう」
いつもの様に手紙を飛ばすのではなくそう言うという事は、レオ様も、例外なく魔力抑制措置を受けているのだろう。でも、これは呼びつければ良いと言う話ではない。セレーナ様が、どんなお話をするかわからない以上、それとなくあの場所に誘う必要があるのだ。だから……。
「……そんな無粋な事は、」
出来ないと言おうとしたら、レオ様は自分のマントを外しわたくしの肩にフワッと掛け、そのままわたくしの体を軽々と持ち上げた。ただでさえ、今日のレオ様はいつもの数倍素敵なのに! そんな事をされては、かぁと全身の体温が上がり、言葉が出てこなくなってしまう。
「安心しろ。適任者がいる。……ずっと見られ続けているのも居心地が悪いしな」
誰の、ことかしら……?
キョトンと首を傾げていると、スタスタと近くのベンチまで運ばれてそのままゆっくりと降ろされる。レオ様は、「少し待ってろ」という言葉を告げて大股で脇の茂みに近付き、またすぐに戻って来られた。
「あ、の……?」
「大丈夫だ。意図は伝わった」
そう言うと、人一人分ほどの距離を開けて、レオ様はそっと隣に腰掛けられる。
茂みの向こうに、誰かがいたのかしら?
でも、レオ様が大丈夫というのだから……きっと、そうなのだろう。
わたくしは、もぞもぞと姿勢を正し、ふぅと吐息を零して前を向く。
顔を上げれば、自然と噴水が目に入った。月の光が水面に反射して、きらきらととても美しい。
黙していると、噴水の水が流れる音だけが耳に届いて、ふわりと風に乗って花の香りがする。
こんなにも静かな場所なのに……わたくしの心臓は先程からバクバクと騒がしい。
お会いしたら、何を話そうと思っていたのだったかしら? ただ、会いたいという気持ちが先行してしまって、よく考えていなかった。
ちらっと横を見れば、レオ様もただまっすぐ噴水を眺めている。何を、考えていらっしゃるのかしら?
きっと、わたくしは、とんでもない変態なのだわ。
だって、礼節を弁えた距離だとわかっているのに、この人一人分ほどの距離がもどかしいんだもの。レオ様が好きという気持ちに、溺れてしまいそう。
どうしたら……と思っていたら、レオ様が沈黙を破るように口を開いた。
「その、ドレス……」
「! っは、はい!」
「その……勘違いだったら申し訳ないんだが、サウスクランで考えたのか?」
わたくしは、ちらっと自分の姿を見る。淡藤色の生地に、星空を模したドレス。
レオ様が、好きだと教えてくれた色と柄。わたくしは、なんだかとても恥ずかしい気持ちになり、頬に熱が集まるのを感じたけれど、コクンと素直に頷く。
「……そう、です」
たとえあの時、咄嗟に他の色を思いつかず社交辞令でわたくしの瞳の色を褒めて言ってくれていたのだとしても、与えられた僅かなヒントに頼った。少しで良いから、レオ様の心を動かせないかと画策して……。でも、よくよく考えたら、少しあざとすぎたかしら。
グレースの様に予めドレスを贈って貰っていたり、婚約者だったならまだしも、レオ様好みの色で勝手にドレスを作ったりして……あまりにもあからさまで、ふ、不快な思いをさせてしまっていたら……。
自分の考えに思わず体を震わせる。それにしても、どうしてレオ様は黙っているのかしら。
わたくしは、恐る恐るレオ様の方に顔を向ける。レオ様は肘掛に肘を付けた手で口元を覆って噴水の方を見ていた。暗がりだったけれど、なんとなくそのお顔が赤らんでいる気がして……。思わずじっとそのお顔を見ていたら、視線に気が付いたようで、レオ様はこちらを向いて優しく瞳を細めて笑った。
「驚いたよ。あまりにも綺麗で……少し見惚れた」
心臓が大きく跳ねる。止まってしまったかと思った。リップサービスだとしても、それはあまりにも……。わたくしは、複雑な気持ちで眉を寄せて告げる。
「そんな事……言ってはいけません」
「なんでだよ」
「だって、そんな事を言われてしまっては……自惚れてしまいます」
思わず剥れたような口調になってしまった。わたくしは、レオ様を見ている事が出来ず視線を伏せる。でも、レオ様がはぁ~と大きく溜息を吐かれて、わたくしはその意図がわからずすぐに顔を上げた。レオ様は、難しい顔をされながら言う。
「あのなぁ。言っておくが、立場としては俺の方が弱いと思う」
何を、言っているのかしら?
わたくしは、首を傾げて尋ねる。
「ご身分は、レオ様の方が断然上ですわ?」
「そういう事じゃない。俺は、もういい年だ」
「大人で、素敵だと思います」
「ガサツで言葉遣いも大して良くない」
「あら。わたくし、レオ様の率直な物言い好きですわ。ほっとしますもの」
ふふふっと笑えば、レオ様はガクッと項垂れる。
どうしてかしら?
困っていると、レオ様はゆっくりと顔を上げて、少し視線を彷徨わせた後ぼそっと呟くように言う。
「それに……ダンスも踊れない」
その言葉に、わたくしは目を丸くしてしまう。考えてみれば、ずっと戦場にいらした方だもの。ダンスが踊れなくても不思議ではない。わたくしは、どこかで自分の基準に合わせて、一緒に踊れたらなんて考えてしまっていた。そんな自分に驚き、申し訳なく思う。
でも、わたくしの様子をどう捉えたのか、レオ様は言葉を重ねる。
「君を……ダンスに誘う事も、あの会場で、堂々と側にいてやる事も出来ない」
それは、言葉を返せば、踊れたなら誘ってくれたという事かしら。わたくしは、思わず顔が綻んでしまう。嫌われてしまったらと、そればかり考えていたから。レオ様は、顔を顰めたまま、まるで探るように尋ねてくる。
「格好悪いだろう?」
わたくしは、思わずふふっと笑ってしまう。ずるいわ。格好いいのに、可愛らしいなんて。
レオ様は、わたくしが笑う理由が分からないようで、困惑した表情を見せる。
わたくしは、何だか気持ちに余裕が出てきて、ちょっと大胆な気持ちになってきた。
「あの……もう少し、お隣に寄ってよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
身を持ち上げ、人一人分の距離を詰めて座り直す。両手でマントが落ちないように胸の前で引き寄せ、レオ様を見上げてふふっと笑った。
「お声が、聞こえやすくなりましたわ」
「……ああ」
「誤解を、解きたいのですが……」
「誤解?」
レオ様のお声に、わたくしはコクンと頷く。素直に話す為に、一度深く深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。
「わたくしは、レオ様が格好いいから好きになったのではありませんわ」
「……は?」
心底わからないという表情で、聞き返される。わたくしは、真っ直ぐにレオ様の瞳を見て告げる。
「ダンスなど、踊れなくても構いません。手を握って頂くだけで、わたくしは十分嬉しいのです。社交の場で、隣にいらして頂けなくても大丈夫です。……いいえ、本当は、いらして頂けたら誇らしく嬉しいかもしれません。安心もしていられると思います。でも、本当に気が進まないのなら、わたくしも一緒に抜け出してしまえば良いと思いませんか? どうか、連れ出してくださいませ」
あなたが、わたくしを思ってさえくれたなら。そういう前提が必要な話ばかりだけれど、プレゼンテーションの鍵は、いかに相手にその様をイメージさせるかだもの。間違ってはいないはず!
わたくしは、そっとレオ様の片手を両手で持ち上げて握る。告白……に、なってしまうかしら? でも、もう隠せていられないのだし……なにより今は、嫌われてしまう恐怖よりレオ様に素直な気持ちを知っていて貰いたいと思う気持ちの方が大きい。だから、勇気を出して告げてみる。
「出来ることも出来ない事も全てひっくるめて、わたくしはレオ様を格好いいと思いますし、格好悪いところは愛しいと、思うだけですわ」
レオ様は、表情が抜け落ちてしまったかのように茫然とした顔をして、ゆっくりと空いた手を動かした。何をされるのだろうと瞳を震わせてドキドキと待っていたら、レオ様は急にその手をバチンっと音が鳴る程に自分の目元に打ち付け、はぁ~~~と深い溜息を吐いて再び項垂れてしまった。
「……まだダメだ。まだ早い。耐えろ俺」
わたくしは、レオ様のその全ての行動に驚き目をぱちくりとしていたけれど、項垂れているレオ様がどんな表情でいるのか気になり、体を傾けてそのお顔を覗き込もうとする。吐き気をもよおしてしまうほど、嫌だったのかしら……少し心配になりながら見つめていると、レオ様は目元から手を外し、わたくしを見つめて言う。
「……ロゼ」
「……はい」
思わず、喉がごくりと鳴る。何を告げられるのだろうと内心冷や冷やしていると、握っていた手をぎゅっと握り返される。手元に気を取られていると、耳元で低い声で告げられる。
「……いずれ、俺からちゃんと言うつもりだ。だから、その時は覚悟しておけよ」
わたくしは、ひぃっと背筋を伸ばしてしまう。今、一体何の宣戦布告をされたのだろう。
どうして、そんなにも怒らせてしまったのか……でも、繋いでいる手は離れることなく、優しいし温かい。それに、触れるか触れないかの体の距離が絶妙に近くて、体が固まったまま動かす事が出来ない。
ど、ど、どうしたら……と目を回していたら、後ろから慌てた声が聞こえる。
「公爵閣下!! 至急のご報告がございます!!」
静かで穏やかな二人の夜は、ほんの一瞬の事だった。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
次回は、11/16(木)7:00~を予定しておりますが、
早く書き上げられたらまた予告なく投稿するかもしれません。
驚かせてしまったらごめんなさい。どうかよろしくお願いします。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています!




