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60・【ロゼ視点】創立記念パーティーが始まります

お待たせいたしました!

今日もよろしくお願いいたします☆彡



 今夜、ついに創立記念パーティーが開かれる。

 わたくしは、午前中の早い時間から準備に追われ、出立の時間になって(ようや)く全てが整った。

 

 「お嬢様……本当にとても、とても、お美しいです」


 自室の鏡の前でエマが涙目で言うので、わたくしは「ありがとう」と微笑んだ。

 マーサは、いつも通り「まあ、まあ」と微笑んで毛皮のコートを着せてくれた。

 二人に付き添われて部屋を出て、2階のエントランスを通り過ぎる。

 そこには、幼い頃のわたくしの姿絵とお若い頃のお父様とお母様の姿絵が飾られている。

 

 ……わたくしも、お母様のように美しくなれているのかしら?


 思わず絵の前でそんな事を思い、絵の中のお母様に「行ってまいります」と心の中で唱え螺旋階段に向かう。階段を降りた先には黒地に赤い差し色の正装を召されたお父様の姿が見えた。お父様は、わたくしに気が付き声を掛けてくれる。


「ああ、ロゼ……。息を飲むほどに美しいな」

「お父様」


 お父様がとても素敵で嬉しくて思わず急ぎ足で歩み寄ると、お父様は「危ないぞ」と笑って腕を差し出してくれた。エスコートを受けて歩を進めると、開かれた扉の脇では家令のブランドンが静かに涙を拭っていた。


 いつもよりも豪奢な家紋入りの馬車の横には、ヨルダンが控える。

 馬車に乗り込み、揺られること数分。



 

 国を一望するかのように(そび)え立つ、白亜の城。

 その足元にありゴールドに輝く背丈の高い門扉を潜り抜け、花が咲き誇る外園を超えて城内に進む。

 

 馬車止めで馬車を降り、屋内でコートを預け武器の不所持確認――今夜は常に身に着けていたソーサリーワンドもしていない――と魔法制御の制約を受けて、会場へ。会場の扉の前に辿り着いた頃には、わたくしの緊張もピークに達していた。

 

 子供達が参加する茶会や交流の場で練習は積んできたけれど、正式な夜会用のドレスを着て大人達も集うパーティーに足を踏み入れるのは初めて。改めて自分の今の姿を意識する。

 

 学院では三つ編みで一つに纏めている髪も、今日は華やかなアレンジと緩やかなウェーブで後ろに流し、精巧な細工の美しい髪飾りで飾っている。

 メイクは、清楚に、けれど(あで)やかに。薔薇の花が咲いたようなピンク色の唇と、白い肌をより映えさせるチーク。そして、きらきらと輝く目元は、エマの自信作。


 ドレスは、首筋とデコルテを大きく開けて。わたくしの瞳と同じ淡藤色の滑らかな生地に星をちりばめたような細かな宝石とレース、そして重なるフレアが愛らしさを演出してくれている。


 ……レオ様は、いらっしゃるかしら? ドレスを、褒めてくださるかしら。


 俯いていると、頭上からお父様の声が聞こえた。


「大丈夫かい?」


 わたくしは顔を上げて背筋を伸ばし、何度か深呼吸繰り返して淑女の微笑みを携える。


「ええ。参りましょう」


 わたくしの声に応じるように、扉の向こうからわたくし達の名を呼ぶ声が聞こえた。

 扉がゆっくりと開かれて、わたくし達は眩しい光の中へと足を踏み入れた。


 

 ◇◇◇



 お父様に連れられて、家門に関係する方々にご挨拶をして回る。

 

 始めはとても緊張していたけれど、少しずつ場の空気にも慣れていき、お父様とお相手の方が話している合間に傍目でグレースの姿を探せるまで余裕が出てきた。入場は、生徒達が高学年から順に入場し、次いで学院関係者、祝辞に訪れた貴賓の皆様、そして最後に王族という順番になっている。時間的に、もう到着はしているはずだ。


 会場は、既に生徒とその付添人とで、多くの人に埋め尽くされていた。

 それでも窮屈に感じないのは、ホールが広いからというのもあるけれど、内装のお陰も大きいかもしれない。例えば、そう、およそ三、四階ほどの高さがあると思われる吹き抜け。そこには豪奢なシャンデリアが大小連なり、会場を明るく照らしている。


 サイドには星空と庭園が望める大きな窓が並び、中央には陛下を始め王族の皆様と縁者の皆様が着席される中二階の席がある。その下には楽団員のスペースとダンスホールが広がり、さらに左右に用意された段差の少ない低い階段を下ると、わたくし達が今いる歓談用のお料理が並べられたスペースへと続いていく。高低差を上手く利用して、空間が最大限に活かされている。


 建国後すぐに建てられたのだから、確か築500年ほど。魔法で補強しているとはいえ、古さを全く感じさせない……さすが王国が誇る大ホールだわ。その壮大な美しさに、思わず溜息が零れてしまう。


 そんな事を思いながら会場を見回していると、ふと遠くにベージュ色の長い髪が見えた。

 最初はセレーナ様かと思って目で追ったけれど……それは、久しく見るケイティ・ハンゼン子爵令嬢だった。お父上のハンゼン子爵と共に歩いている。魔力を抜き取られている影響か、俯いていてどこか生気の乏しい瞳。何だか、痛ましい……。本当は今すぐにでもお声を掛けて助けてあげたいけれど、それが出来ないのがもどかしい。

 

 気を取られていたら、後ろから声が掛かる。


「フォンテーヌ侯爵、そして侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」


 聞き慣れた、爽やかに通る声。振り返ると、すらりとした体躯に濃紺の正装を身に纏い、黒に近い藍色の髪を後ろに撫でつけ、切れ長の海色の瞳を優しく細めたグレッグお兄様が、胸に手を当て紳士の礼を取って立っていた。そのお姿は、徹夜明けのボロボロな様子は鳴りを潜め、いつもよりぐんっと大人っぽい。次期伯爵としての風格を纏っている。周囲の子女達が頬を染めてヒソヒソと言葉を交わし合っているのは、お兄様の事を見ていたからだったんだわ。わたくしが反応するよりも早く、お父様が口を開いた。


「やあ、グレッグ。久しいな。見違えるほど大きくなったね」


 わたくしも、カーテシーでご挨拶をする。顔を上げると、グレッグお兄様の後ろに……深緑色のマーメイドドレスを着たグレースが見えた。どこか照れたように微笑み、同じように美しくカーテシーをしてご挨拶をしてくれる。


 ノーマン卿から贈られたドレス……着る事にしたんだわ!


 感動して声が出そうになるけれど、逸る気持ちをぐっと抑え、お父様とグレッグお兄様に調子を合わせる。


「お兄様、ごきげんよう」

「ごきげんよう、レディ・フォンテーヌ。デビュタント、おめでとう。ドレスがとても似合っていて、綺麗だね」

「ふふ、ありがとうございます。お兄様も、今日もとても素敵ですわ」

「ありがとう。良ければ、後で一曲踊って欲しいな」

「まあ、わたくしで宜しければ」


 その時、ふわっと花の香りを感じた。

 ラベンダーのお花の香り……お兄様ったら、あのサシェをいつも持ち歩いているのかしら?

 もしかしたら、香水代わりに持ち歩いてくださっているのかもしれない。今度は、パーティー用にもう少し華やかな香りのお花をお渡ししようかしらと内心微笑ましく思っていたら、お父様がグレッグお兄様にウィンドモア伯爵の事などを尋ねられ、そのままお話は領地の内容へと移行していった。一緒に聞いていたい気持ちもあるけれど、重要な事はきっと後からお父様が教えてくださるはず。だから今は……と目配せをして、グレースと二人で飲み物を取りに行くとお父様方の側を離れる。


 声を抑えながらも、はしゃぐような気持ちで言う。


「グレース! とても似合っているわ。そのドレス、本当に素敵ね!」

「……ありがとう。ロゼも綺麗だ!」

「ふふ、嬉しいわ。まだ、ノーマン卿はいらしていない?」


 グレースが、首を横に振り答える。わたくしは、「そう……」と少し気を落とす。

 もう、学院関係者の殆どが入場を済ませていた。でも、カレン先生やイリーナ様のお姿も見えない。もちろん、レオ様も。


 昨夜、お父様から、レオ様はソフィア様が行方不明になって以降、その事を理由に社交の場にお顔を出されなくなったと伺った。何か急を要さない限りは来ないだろうから、あまり期待しない方が良いと。折角、綺麗に着飾ったのに……。でも、レオ様は学院関係者でもあるが、身分は貴賓に近い。もしかしたら、これからなのかもしれないと考えていたら、入場の声が耳に届く。


「レオノール・バレナ公爵閣下、ご入場です」


 わたくしは勢いよく顔を上げ、扉に注目した。

 会場にも、どよめきが走る。きっと、長い間社交界に在籍する貴族達も、そのお姿を見る事さえ叶わなかったのだろう。元第一王子であり、現公爵。国の英雄、軍神、前王の再来、そして冷酷な戦闘狂……あらゆる噂を纏いながらも、その身を国の影に潜めてきた尊き人。


 扉がゆっくり開かれ、わたくしは、目を見開いて息を飲んだ。

 それは会場中のみなが同じだったようで、誰もが動きを止め、ただ一点を見つめていた。


 レオ様は、黒地にゴールドの装飾が入れられた軍服に、黒いマントを纏われていた。伸びていた灰茶色の髪を短く切り、お髭も綺麗に剃って、精悍で端正な顔立ちがよく見える。その額と頬の傷跡さえ、彼の内に秘める強さを物語っているようだった。レオ様が会場を見渡すようにアンティークゴールドの瞳をこちらに差し向けるだけで、人々はまるで金縛りにあったかのように動きを止める。爵位の低い者の中には、視線を合わすことが出来ず頭を下げてしまっている者もいた。自然とひれ伏したくなるような、圧倒的な存在感。


 でもわたくしにとっては、そのお姿はまるで、はじめてお会いしたあの日のようで……。

 

 夢にまで見た方が急に目の前に現れて、思わず口元を手で覆い、高まる気持ちと共に涙が瞳から溢れてしまいそうになった。胸がドキドキと大きく脈打ち、顔が上気して、自然と体が震える。


 あまりに見つめすぎていたかもしれない。わたくしの視線に気が付いたのか、レオ様もこちらを見て、視線が絡む。何故か、レオ様までとても驚いた顔をされていて、固まって動かなくなってしまった。わたくしは、その様子に少し不安を覚える。

 

 どこか、おかしなところがあったかしら……?


 視線を下げ、自分の姿をちらりと見て、肩に落ちてきた髪を後ろに流す。

 でも、おかしなところはない……はず。

 それとも、もしかしてドレスの意図に、気が付いてくださったのかしら。


 レオ様を再度ちらっと見上げると、レオ様はぴくっと体を揺らし、後ろから声を掛けてきた侍従と共に王族席に向かってしまわれた。……何だか、とても遠い方に感じる。


 このまま、最後まで参加されるご予定かしら? せめて、ご挨拶はできるかしら?


 レオ様が来場された余韻に人々が騒めく中、次いで入場の声が上がる。


「ロドリゴ・フォン・シュバルツベルク公爵閣下、ご入場です」


 再び、会場が静まり返る。

 コツ、コツ、という足音が響き、厳格な雰囲気を纏う初老の男性が現れる。サウスクランの神殿では、ほんの小さなお姿しか認めることは出来なかった。ほんの少しの衣擦れも許さないような空気を醸し出す鋭く切れ長な赤い瞳、やせ細った頬と体躯。黒の燕尾服に真っ白な肌が浮かぶ。


 そんな彼が、ただ一点を睨めつける。わたくしは不思議に思い、その視線を辿ると、そこには王家縁者の席に座るレオ様が居た。レオ様もまた、冷たい瞳でその視線を受け止めている。けれどその口元は、薄っすらと微笑んでいるようにさえ見える。一触即発の雰囲気の中、宰相閣下もまた案内を受けてその場を移動する。

 

 二人続けての重鎮の登場に、会場は緊張感のある空気に……。

 けれど、次ぐ人の名前を聞いて、その空気がガラリと変わる。

 

「我が国の若き太陽イシドール・ヴァナラント皇太子殿下、ご入場です」


 「きゃーーーー!」と絹を裂くような黄色い声があがる。

 

 白と水色を基調とした正装に身を包み、白いマントを纏うイスが入ってきた。

 いつもさらりと流している金色の髪は、他の貴族同様後ろにながし顔を全面に出している。

 陛下によく似た面立ち。いつもの外交スマイルだけど……顔色は随分と良いみたい。



 魔草の影響か、ここのところ少し塞ぎがちだったから、良かった。グレースと顔を見合わせて、視線だけで会話をする。声には出さないけれどグレースも同じ気持ちでいるのが分かる。イスの小さな変化に安堵し、再度イスを見上げれば、イスもこちらに気が付いたようでふっと微笑む。三人にしか分からない素直な微笑み。漸く、元の三人に戻れたような気がした。


 

 

 最後に国王陛下と皇后陛下が共に入場され、貴族達は一斉に頭を下げる。男性は胸に手を当て、女性は一様にカーテシーをし、陛下の着席を待つ。


 皇后陛下が席につき、国王陛下が玉座の前に一歩進み出て、お声をくださる。


「面を上げよ」


 みな頭をあげ姿勢を正す。衣擦れの音が揃って心地いい。

 陛下は、よく通る声で厳かに告げる。


「今日の善き日……この場に立てた事を嬉しく思う。我が国は建国500年を迎え、人の生の中では想像も出来ぬほどの長き時を、親から子へ、そのまた子へと受け継いできた。学院は、この国の成長と共に先人達が創ったものだ。多くの血と涙を流し、悔やみきれぬ別れを超え、この国の未来を担う若者達が同じ過ちを犯さぬようにと願いを込めて……」


 王家を示す、強いゴールドの髪と碧い瞳。色合いは、イスととてもよく似ているけれど、やっぱりレオ様にもどこか似ている気がする。人を惹きつけるオーラや慈悲深い眼差し……けれど、それだけでは済まされないだろう厳しさを孕む声。


「ここにいる者、全てが同じ思いとはいかないだろう。それぞれの人生があり、負うものがある。しかし、まずは、この国の民である事をどうか誇りに思って欲しい。そして、この国の未来は、そなたらの肩に、腕に、そして脚に掛かっているのだと言う事を忘れないでくれ。この尊き国の輝きを保ち、さらに光り輝かせるのは、そなたらの心根次第なのだと」


 陛下の言葉に、心が震え空気が揺れる。言葉には出来ない、押し寄せる何かに胸が飲まれる。

 

「我が国の民達よ。いついかなる時も希望を失うな。我こそが、栄えある未来を創り出すのだと奮起せよ! いかに無駄な努力に思えても、今日の学びは必ずや100年後の子供達の笑顔に繋がるだろう」


 自然と頭が下がる。この国の貴族として、襟を正さなければと。イスは、いずれあの場所に立つのでしょう。それが、どれ程までに重たい責か……今日、改めて実感した。だからこそ、側を支えるわたくし達が、しっかりしなければいけないわね。心を新たにしていると、陛下がふっと笑われて締めくくられる。

 

「あまり長く話しては、興覚めだな。さあ、今宵はとにかく祝おう。この場にこうして集えた事を。宴を始めるよう!」


 陛下の掛け声と共に割れるような歓声と拍手が沸き起こる。楽団が演奏を始め、使用人達も一斉に動き出す。


 あらゆる思惑が渦巻く社交界。それぞれの思いが交錯しながら……華やかなパーティーの幕が上げられた。




貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。


次回は、11/8(水)7:00を予定しております。

お待たせして本当に申し訳ありません。

今日も読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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