57・【レオノール視点】父と娘
王都にある格式の高いプライベートクラブは、秘密保持の為に会員にしか出入り口の場所を教えていない。給仕は全員学院よりも強い誓約の魔法が掛けられており、内部で仕入れた情報を外に漏らす事は出来ない。金さえ積めば、個室も用意してくれる。
俺は、その一室で酒を飲みながら、ある人物を待っていた。
「……お待たせしましたかな?」
カフェラテ色の癖のない髪を後ろに流し、年を追うごとに艶が増す不思議な男だ。先日のマーサと良い、フォンテーヌ侯爵家の人間は老化を止める秘儀でも使っているのだろうか。
「……アデルバード、久しいな。いや、フォンテーヌ侯爵と呼んだ方が良かったか?」
アデルバード・フォンテーヌ侯爵。ロゼの父親だ。
娘とは、あまり似ていないか? いや……よく見れば、眉や耳などのパーツが所々似ているかもしれない。
「アデルバードで構いませんよ。王子殿下……おっと。今は、公爵でしたな」
「……今のはわざとだろう?」
「さて? どうでしょうか? お元気そうで何よりです」
アデルバードは、ふっと微笑みながらカーブを描いたソファーの対角線上に座り、酒を頼む。年は確かカレンと同じくらいで……俺の数個上だったような気がする。まあ、爵位で変に気を使ってこない奴ばかり選んで側に置いている俺も悪いが、口の減らない男だ。
「どうだった?」
早速本題に入ると、アデルバードは懐から封筒を一通取り出した。それを受け取り中を検める。
「調べてきましたよ。お陰で、娘との時間が一日二日減りましたがね」
「……一日二日で済むところが流石だな。これは、風刺画か?」
「隣国スヴァルトの街道で配られていた物です」
封筒の中には数枚の風刺画が入っていた。内容はユーモアに富んだものから、見るに堪えない物まで様々。以前イシドールにも話したが、俺は“フェアリー・コンプレックス”の流通元は他国にあると踏んでいた。そこで、今回ロゼが関わる手前フォンテーヌ侯爵家当主に通達を出すという事が決まり、丁度よいとアデルバードに調査を依頼した。
フォンテーヌ侯爵家が誇るのは、武力だけではない。その優れた情報収集能力と、点と点を線として繋げていく――集めた情報を確実に活かす為の土台となる知識量だ。勤勉と言えば良いのか……本人は無自覚なようだが、その気質は確実にロゼにも受け継がれている。
風刺画を何となしに眺めていくと、ある共通点に目が向かう。思わず眉間に皺を寄せて口を開く。
「手に持っているのは……花、か?」
「ええ。黒く枯れた花や葉です」
貴族、騎士、男、女、老人、子供……様々な立場の者が誇張されて描かれているが、狂ったように道端で女を襲う騎士も、それを囃し立てる男女らも、そして路肩で死にゆく老人も、寂しく寄り添う子供達も、みな黒い萎れた植物を持っていた。
恐らくこれは、この植物達が齎す影響を描いたものだ。
「スヴァルトは、ここまで荒れているのか?」
「多少誇張されていますが……貧民街は概ねそのような感じかと。王族は、自身を立て直すのに必死で国の端にまでは目を向けられていないようです」
「なるほどな……」
植物の形状は様々。どこまで正確に情報を掴んだ上でこれを書いたのかは不明だが、原材料を把握しているのだとしたら、多くの薬草が取引されている事になる。この様子だと、件の魔草が紛れていても不思議ではない。
「一人の絵ではないな……絵師は何者だ?」
「戦争により筆を折られた画家の卵達だったようです。民草には人気の絵師達でしたが、我々が関与した頃には全員捕らえられた後でした」
「……全員?」
「ええ。国家反逆罪です」
絵師が捕らえられたとなると、ますますこの風刺画達に隠された物に信憑性が増す。それも、国家規模で隠蔽しようとしていることになる。俺は、ふむと口元に手を当てながら重ねて尋ねる。
「これらの薬草の栽培と販売の元締めはわかったか?」
「……確証はありません。如何せん時間もなかったもので。ただ、二人の王太子の内一人が怪しい動きをしていました。此度の和解に物申し、まだ戦うべきだと主張し続けていた男です。何とかして、戦果をあげたかったようですね」
長らく争い続けた二国。どちらの国も我が国と土地の一部が隣接している為、火の粉が我が国に降り注がんとするたびに大火を防いでいたのは、ほんの少し前の事。戦いの傷跡の残る国に、こういった闇が存在する事はある程度予測していた。
もし、スヴァルトが我が国に“フェアリー・コンプレックス”を流しているとしたら……目的は金だろう。平和で裕福な国から、少しでもせしめてやろうという奴だ。
そこで、調査を依頼していたもう一つの事に関して尋ねる。
「アイラ・マノアは見つかったか?」
アイラ・マノアは、国が秘した魔草師であり、イスの実母だ。国を出られない盟約を魔法で結んでいる為、国内のどこかにはいるはずなのだが……。アデルバードは首を横に振る。
「いいえ。恐らく何者かが囲っています。正直、他国より自国の方が動きにくい。他の領地に関わる際に、知らなかったでは済まされないマナーが沢山ありますからね」
「……手足が生えたか。これだから禍根は残しておかない方が良いんだ」
恥部だなんだと言うくらいなら、息の根を止めてしまえば良かったものを。胸の内に冷たいものを感じ、酒を煽る。アデルバードもふっと口角を上げて、それに倣う。喉の奥が熱くなるのを感じながら、思考を纏めていく。
神殿や古魔術信者達は良いカモだったのだろう。彼らは国に背き、自らの傷や好奇心に沿って生きている。俺はグラスを手放し、テーブルをコツ、コツ、コツと指で弾きながら考える。
出来る事なら、アイラ・マノアを捕えたかった。しかし、アデルバードが言うように、恐らくその捜査は難航するだろう。だが、如何せん時間がない。こうしている間にも被害は広がり続ける。零れた水が流れて被害を大きくする前に、そろそろ拭い取ってやらなければいけない。指を止め、結論を出す。潮時か……と。それを感じ取るように、アデルバードが口を開く。
「アイラは、引き続き私の方でも追ってみましょう。どこまで出来るかわかりませんが」
「助かる」
「それよりも……」
アデルバードが目を眇めて、にっと口角を上げる。その表情に圧を感じ、俺は思わず内心たじろぐ。絶対に、俺にとって都合の良い話ではないとわかる。
「娘が随分とお世話になっているようですね?」
「……」
俺は思わず、こめかみを押さえ、盛大に溜息を零した。風刺画を灰皿の上で燃やしながら、続きを話す。
「どこまで知ってる」
「概ね全てかと」
「……何と言うか、悪い。すまなかった」
俺が色んな意味を込めてそう言うと、アデルバードはふっと肩の力を抜き微笑んだ。
「……いいえ。娘も無茶をしたのでしょう。こちらこそ、礼を言わなければいけませんね。娘の命を守ってくれた事、心より感謝いたします」
「いや……」
マグマアントの件だとわかり、あれは俺の授業での事だったからと口を挟もうかとも思ったが、野暮ったくなるかと口を濁す。アデルバードも、特に俺からの言葉を待っているわけではないようで、手元のグラスに視線を移し話し続ける。
「私達親子は、貴方に感謝しなければいけませんね。私は不出来な父親です。娘の側に、数えるほどにしかいませんでしたから……」
「それは、戦闘もあったし……なにより、ドラゴンとの盟約があったからだろう?」
フォンテーヌ侯爵領は、広大な森を有している。森の中には魔力の湧き出るポイントが複数箇所あり、魔晶石での保護膜などものともしない強力な魔獣が横行する。しかし、被害が最小限に留められているのは、トップに立つドラゴンのお陰だ。
フォンテーヌ侯爵家は、代々当主がこのドラゴンと盟約を結んでいる。盟約の内容は至って単純で、年老いたドラゴンに僅かながらでも魔力を送り続ける事。だから、公爵は毎回決められた日数しか領地を離れる事が出来ない。長くても、数か月。これは、フォンテーヌ侯爵家の弱点となり得る為、当主と王家にしか伝えられていない事実だ。しかし、アデルバードは首を横に振る。
「……それを、都合の良い言い訳にしていたように思います。私は、逃げたのです。ロゼを身籠り弱っていく妻の事も、そして儚くなった現実も、全てが受け入れ難かった。……今でも、後悔ばかりが頭を過ぎります」
フォンテーヌ侯爵夫妻の仲の良さは、社交界でも有名だった。俺は実際に会った事は無いが、とても美しい奥方だったと聞く。悔やみきっている人間に、慰めの言葉など意味はないだろう。俺は、ただ黙って酒を飲んだ。アデルバードは、テーブルの上で手を組んで話を続ける。
「残された娘と……どう接してよいのかもわからず、王都の家に一人置いて領地に籠りました。その負い目からか、顔を見る度に何とも言えない……まるで責められたような気持ちになってしまいましてね。益々、王都に顔を出す頻度は減っていった」
酷い父親でしょう? と、自嘲気味に笑う。
そんな問題を抱えているとは、思わなかった。ロゼからは、そういった悲しみの色は一切感じない。ただ純粋で、明るく、いつだって真っ直ぐだ。アデルバードは、続ける。
「小さな頃は、泣き虫で頑固で、天真爛漫な子だったそうなんです。……まあ、最近になって漸く、ロゼのそんな一面を見るようになりましたが、それも全て、貴方のお陰と言えますね」
「……は? 俺の?」
急に矛先が俺に向いて、驚いて思わず声を出す。アデルバードは、はははっと笑いながら話す。
「ええ。貴方に関する事だけは、ロゼは絶対に譲らない。そもそも、貴方に憧れているんだと言った時もそうでした。それまでは、私はずっとロゼはただただ大人しくて、ニコニコとした良い子だとばかり思っていました。なのに急に、水を得た魚のように貴方の事を語りだしたんです。面白いでしょう?」
それに対して、俺は何と答えれば良いのか……。いつもの彼女の様子を思い出して、顔を顰める。ただ、泣き虫で頑固で、天真爛漫なのは今も変わらないように思う。共に過ごす時間が少なすぎたんだろう。親子なんだ。これから幾らでも挽回していけるじゃないか。
そう思っていたら、アデルバードは調子を変えずに続ける。
「……あの子の貴方を語る素直な笑顔を見て、私も漸くあの子に歩み寄る事が出来た。お父様は、ご本人と何度か共に戦った事があるんだよと。その話をするたびに、目を輝かせて喜んでくれた。だからこそ、貴方との事も、娘の思うままにしてやろうかと随分と悩みました」
ドクっと、鼓動が脈打つ。その後に続く言葉が、何となくわかってしまった。
「私は……貴方を娘の相手にと、認める事は出来ない」
落胆……とでも言えば良いのか、妙な気持ちだ。わかりきっていた事なのに、言葉の重みをずんっと体に感じる。アデルバードは続けた。
「こんな事を、私に言う資格がない事はわかっています。でも、自らを幽霊のように扱い、世間から離れて生きようとする今の貴方に、娘の未来を託すわけにはいかない。……こんな父親だけれど、心から、愛しているんです」
貴方に、娘を求める気持ちがあるのかもわかりませんが……と、アデルバードは笑って締めくくった。俺は、返す言葉を失った。アデルバードの気持ちは尤もだ。けれど脳裏には、自分に向かって明るく微笑むその笑顔と、自分の名前を幸せそうに呼ぶ声が蘇る。
『レオ様』
アデルバードは、グラスを煽り酒を飲んでいる。俺も、何も言わずそれに倣いグラスを傾けた。そして、一つだけ気が付いた事を言う。
「……俺が、初めて彼女に会った時」
「……? はい」
「彼女はお前を探していたよ」
アデルバードは、目を丸くして俺を見て来る。俺は酒を飲みながら続ける。
「……共に思う気持ちがあるなら、命ある限り、幾らだって歩み寄って行けるだろう」
俺の言葉に、アデルバードはふっと相好を崩しゆっくりと首を縦に振った。そして俺はふと、記憶が蘇る。ロゼの手を洗う癖は、どうなったのだろうか……。淫らな姿絵を記事にされそうになり、父親がその話を消してくれたと彼女は言っていたが……犯人は特定できたのだろうか?
今後、聞く機会もなさそうなので尋ねてみることにした。
「数年前の……記事の原版の件を聞いたんだが……」
「……記事?」
なんのことです? と、アデルバードは目を瞬かせた。それは、本当に知らないと言う顔だった。どういう事だ?
原版は、アデルバードの執務室にあったと言う。フォンテーヌ家の人間が、外部からの侵入を許すだろうか。俺は一先ず、「なんでもない……」と首を横に振り話を流し、別の事を尋ねる。
「……先日、ロゼと共にマーサとヨルダンと会ったが、彼らは幼い頃からフォンテーヌ家に仕えているのか?」
アデルバードは、首を縦に振りながら答える。
「ああ。フォンテーヌ家というより、マーサに至っては妻のフローラについて来たんだ。フローラをとても慕っていて、忘れ形見のロゼを守りたいと王都に留まる事を望んだ。フローラは、最期の時をロゼの為に王都で過ごしていたから、王都の邸宅にはフローラを慕うものが多い。それに比べると、ヨルダンは最近だ。10年は経っていない。亡命者の中に腕の立つ者がいると聞いて拾い上げた」
「そうか……」
絡まった糸くずのように、スッキリしない何かが胸の内に広がる。
その後は、その他の他国の情勢など幾つか情報を共有しあった。けれどその間も、俺はどこかでその事ばかりを気にしていた。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
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