56・【ロゼ視点】お父様が王都にやって来ました!
数日後、ノーマン卿はすぐに学院を離れた。
わたくしが、グレースと共にお見送りに行くと「こんな事件とっとと終わらせましょう」と笑い軽く手を振って出発された。グレースとノーマン卿の間に何があったのか……グレースは、どこか心配そうな顔をしながらも、覚悟を決めた強い眼差しで微笑んでいた。
二人の様子を伺う限りでは、恋……と呼ぶには早いのかもしれない。ただ、二人だけの特別な空気が確かにそこにはあって、ノーマン卿の身の安全を祈る気持ちとは別になんだか微笑ましくも感じた。
でも、あまり揶揄っては可哀相よね? 今はそっとしてあげようと思ってにこにこと微笑むわたくしに、グレースは不思議そうな顔をしていたけれど、「なんでもないわ」と笑って言っておいた。
ノーマン卿が魔草の現物を持って帰ってくるまでは、わたくしはカレン先生と治療法の検討に取り組む。イスが魔草の影響を受けた時、咄嗟に使ったわたくしの魔法は、実はマグマアントと戦った時の応用だった。
向けられた魔力を包むようにして自分の魔力を放ち、その質を変える。
その方法が一番手っ取り早いのではと思ったけれど、カレン先生によると、その方法はかなりの荒療治だったそう。
イスは、元々保有する魔力量も多く幸い光属性という事もあって、自身の意識回路を普段から知らず知らずの内に強化、保護していたから大丈夫だったけれど、自分の意識の中で二つの魔力がぶつかり合えば何かしらの影響を及ぼす危険性があるとの事。そうとは知らず魔法を使ってしまって、わたくしは青褪めたけれど、レオ様は「あの場では仕方がなかった」と仰ってくれた。イスも、「何ともないから気にしなくて良い」と……そうは言っても、本当にごめんなさい。イス。
やっぱり、勢い任せはダメね。こんな風に魔法を使うのも初めてだから、学びや練習は必要そう。もっと緩やかに、じわじわと魔草の魔力を変質させていく事ができないか色々と方法を模索する事になった。
イリーナ様とグレースも警戒を怠らず情報収集に勤しんでいた。けれど、そんなわたくし達の動きを他所に学院内は平和そのもの。わたくし達も、常時警戒していると言うよりは、時々救護室に集まっては報を共有し……レオ様とも、サウスクラン以降同じ雰囲気のまま穏やかに会話を重ねた。わたくしは、その時間がとても嬉しくて、毎日少しずつ小さな幸せを感じながら過ごした。そうして気が付けば――季節は秋になっていた。
◇◇◇
王国の秋は、肌寒い。邸宅や学院、王城などの建物内は魔晶石で暖かくしているけれど、外は足元に冷たい風が吹き抜ける。夕刻。少しずつ空が暗くなる中、わたくしはコートを身に着け、邸宅の扉の前で到着する予定の人を待っていた。
すると、ほんのり優しく灯る街灯の下、背の高い門扉の間に我が家の家紋が入れられた馬車が到着したのが見えた。わたくしは待ちきれずに、扉の前から馬車止めのスペースまで歩み寄る。馬車も、秋の花々が咲き乱れる庭園を通り過ぎ、わたくしの目の前までやって来た。扉が開くと同時に、中から出てきた人物が両手を広げ、わたくしを持ち上げて笑顔を見せてくれた。
「ロゼ! 久しぶりだね。何だか、綺麗になったんじゃないかい?」
「ご無沙汰しております、お父様! お父様こそ、益々魅力に磨きがかかられて、本当に素敵ですわ」
そう。なんと、今日から数か月間、お父様が王都の邸宅でお過ごしになる事に!
これは前々から決まっていた事だけれど、わたくしはとても嬉しくて、ここ数日ずっとソワソワとしていた。お父様が旅の埃を落とすのを待って、わたくし達は夕餉を共に頂く為に食堂に移動した。
食堂のテーブルには、珍しく沢山の料理が並ぶ。
いつもわたくし一人で、食材も勿体ないからと量を減らして貰っていた。
それに、やりたい事が沢山ある時はお部屋に用意して貰う事も多くて、ここまで盛大なのは本当に久しぶり。磨き上げられた食器たちが誇らしげに輝き、心なしか、シャンデリアの明かりもいつもよりずっと明るく見える。
使用人のみんなも、当主を前に活き活きと嬉しそう。
わたくしも、みんなに負けじと精一杯のおもてなしをしなければと、内心拳を握る。
そんな思いでお食事をいただきながら、学院の話をする。どんな事を学んだか、どんな友人が出来たか。一頻り楽しい時間を過ごし、スイーツと食後のお茶が出された所で、お父様が片手を挙げて使用人を全て退室させた。わたくしは、それだけでドキッと緊張する。お父様は、一口お茶を口にされて、ゆっくりと口を開かれた。
「さて……事件の大体の概要を陛下より書簡で賜った。君の口からも、教えて貰って良いかな?」
「はい、もちろんですわ」
どこから話すか逡巡し、わたくしはお父様もご存じのマグマアントの一件を皮切りに、順を追って、先日の報告会で得た内容まで丁寧に説明した。お父様は、時々リアクションを返しながらも基本的にはただ黙って聞いてくださり、数分の後、全ての事を語り終えた。
「……なるほどね。言いたい事は色々とあるが、まあ、まずは陛下の勅命だ。一貴族として、しっかり努めなさい」
「はい、お父様。……その、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「まったくだ。君は如何せん、突発的に動くところがあるからね。誰かを助けたいと思う気持ちは素晴らしいが、まずは自分の身を守る事も考えなさい」
「……はい。ごめんなさい」
わたくしは、う゛ぅと項垂れる。向こう見ずなところを直さないと、魔法の事にしても、結局は周囲に危険を及ぼしかねない。俯いていると、お父様がふっと吐息で微笑まれたのがわかった。顔を上げると、優しい瞳でわたくしを見つめていた。
「……子供だとばかり思っていたけれど、いつの間にかこんなに大きくなってしまったんだね」
「お父様……」
「私との約束は果たせそうかい?」
わたくしは、ピタリと動きを止める。1年……もう、気が付けば半分を過ぎてしまっていた。レオ様との関係は、良好だ。でもそれは、あくまでもこの事件を共有する仲間として。
最近はとても心を開いてくださっているように感じるけれど、レオ様は元々、とても優しい方だから。きっと、仲間として認識されただけで、恐らくそこに恋愛感情はない。それに、わたくしもレオ様を知れば知るほど、レオ様にプロポーズして貰うなんておこがましさすら感じてしまう。あんなにも素敵な方に、そんな風に思ってもらう資格がわたくしにはあるのかしら?
自信がない。でも、思いは募るばかり。他の方と寄り添う自分なんて想像が出来ない。
だから、今はただ首を横に振るしかない。二重の否定の意味を込めて。
「わかりません。でも、諦める事はできません」
お父様は、何も答えずまたふっと笑われてカップに手を伸ばす。けれど、お手元のお茶がなくなってしまったようで、カップを持ち上げるもすぐにソーサーに戻された。使用人は全て下げてしまったので、わたくしが予め用意されていたポットの元まで行き、お父様のカップにお注ぎする。注ぎ終えたら、お父様の日々のお疲れが癒えますようにと祈りを込めて花びらの魔法を掛ける。お父様は微笑み、「ありがとう」と言ってカップに口をつけられた。
「……ああ。やっぱりこの香り、癒されるな。フローラも、毎日こうしてお茶を淹れてくれていたんだ」
お母様……。わたくしの中のお母様は、エントランスの肖像画が全て。
あとは、お父様やウィンドモア伯爵夫妻、そして使用人のみんなから聞いた話ばかり。
みな一様に、美しく、朗らかで、笑顔が絶えない、誰からも愛される方だったと言う。
わたくしは、自分の席に戻りお話の続きを伺う。
「……わたくしは、お母様の代わりになれているでしょうか?」
微笑んで聞くと、お父様はははっと笑う。
「もちろんさ。ありがとう、ロゼ」
「また、お母様のお話をお聞かせ願えますか?」
「どんな話が聞きたいんだい?」
「では、お母様はどんな学生だったのかを伺えますか?」
「ああ、良いだろう。彼女はとても努力家だったんだ……」
その後は、いつも通り、お母様のお話をたくさん聞いた。
愛おしそうに、でも時折瞳の奥に切なさを宿すお父様のお顔を眺めながら……。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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