53・【ロゼ視点】安心する場所
神殿を後にしたわたくし達は、一先ず、馬車止めまで急いで足を進めた。
イスの顔色が悪いから、一早く手当てを受けた方が良いという事になった。
ただ、王城の医師よりは事情を知るカレン先生の方が適任だと考えて、イスとグレースは学院へ向かった。今日は学院がお休みだから、カレン先生が学院にはいない可能性もある。だから、わたくしはこの街に残り、事の子細をレオ様に伝える役を引き受けた。レオ様ならきっと、カレン先生に連絡を取る事が出来るから。
イスに今一度「レオ様に告げて良い?」と確認したら、イスは頷いて「よろしく頼む」と言ってくれて、ほっとした。
馬車を見送り、レオ様とマーサを探さないとと振り返ったところで、まるで示し合わせたように彼らは居た。
アンティークゴールドの瞳がわたくしを捉え、足早にこちらへ向かってくる。わたくしも、合わせるように駆け寄った。
「大丈夫だったか!? ケガは?」
レオ様は、少し慌てた様子だった。事情を知らない筈なのに、その慌てた様子を少し不思議に思いながらも、わたくしは微笑んで首を横に振る。
「わたくしは、どこも……でも、お会いできてよかったです。お話しなくてはいけない事があって……」
話していると、レオ様の顔がぎくっと強張る。そして、隣を歩くマーサまで。
二人の様子に戸惑っていると、レオ様はゆっくりとわたくしの手を持ち上げる。
見ると、わたくしの手首には強く握られた後が痣になって残ってしまっていた。
「あ……これは、」
視線を腕からレオ様のお顔に向けると、レオ様が眉根を顰めて静かな声で聞いてくる。
「……何があった?」
伝わる手の温もりや、その声から、ああ、もう大丈夫なんだと安堵を覚える。
わたくしは、ゆっくりと、遭遇した出来事を一つ一つ話し始めた。
◇◇◇
街の中腹に向かって歩きながら事の子細を話し、カレン先生に手紙を飛ばして貰い、大体の出来事を報告し終えたところで、今度はわたくしがレオ様のお話を伺う。
「……つまり、わたくしの居場所はマーサが把握していたのですか?」
「ああ。マーサの付けているイヤリングと、ヨルダンが剣につけている飾りが繋がっているそうだ。ヨルダンと共にいる限りは場所がわかる上、危険が生じた際は応援信号も出せるんだと」
「まあ……そんなにすごいものが」
全く知らなかった。どうやら、フォンテーヌ侯爵家お抱えの研究者が新しく発明したものらしい。マーサを見るとにこっと微笑みを返されて、何だか日常が戻ったように感じられ、気持ちがほっこりする。
「ただ、一時、通信が阻害されたんだ」
「……え?」
わたくしが驚いて顔をあげると、レオ様はわたくしの方を見て続きを話す。
「恐らく、その神殿にいる間だろう。方角的にもな。魔晶石レベルの魔力なら阻害出来る程度の魔法士が仲間にいるようだな」
だから少し焦ったと、レオ様は教えてくれた。
通信が阻害されたという事は、魔力による干渉を防ぐような結界が張られていたという事になる。懸念していたのは、中を覗き見られる事かしら?
わたくし達が難なく中に入り込めて、あんなにも堂々と覗き見ていられたのは、恐らく内部には動きを感知するようなシールド魔法は張られていなかったから。魔力を出す際も抵抗はなかったし。建物の中にさえ引き入れてしまえば大丈夫だろうと言う、自負があったのかもしれない。ほんの一瞬で、イスがあれだけ惑わされてしまったんだもの。
ただ、もし魔法士を雇っているとするなら、犯人は相当財力のある人間だ。魔法士は、単に自身の属性魔法に優れているというものではない。魔晶石や魔道具を使いこなし、雇い主の希望を叶える為にあらゆる手を使う。その分、経費も掛かる為、容易には雇い入れられないのだ。
でも、参列者を考えると不思議な話ではない。決して多い人数ではなかったけれど、貴族籍を持つ者が数名。宰相閣下を始め、著名な方々だった。彼らから何らかの金銭を受け取っていたとしたなら、魔法士を雇い入れる事も難しくはないでしょう。
そうなると、やっぱり神殿がと考えるのが普通よね。
ノクタ信仰は幾つかの派閥に分かれる。昨日話していた神官の方は、どの派に属しているのかしら。神殿内部……それも、主神ではなく古神を崇めている人々については、わたくしもあまり詳しくない。顎に手を添えてう~んと考えていると、レオ様から声が掛かる。
「あと……今日は悪かったな」
「……え?」
「俺の事情に巻き込んじまって……」
レオ様の表情が少し曇り、わたくしは驚いて首を横に振る。
「そんな! 謝るのは、わたくしの方です! わたくしが勝手に動いて……レオ様やソフィア様をかき乱してしまって……」
セレーナ様やイスに言われた言葉を思い出す。イスは本意ではなかったとしても、言っていた事は間違っていない。わたくしは、本当に身勝手だった。
誰かを想うという事が、こんなにも切ない気持ちなんだという事を改めて実感した。みんな色んな気持ちを抱えて、それでも諦めきれない想いを抱きしめて、必死に歩んでいるんだ。
わたくしは、思わず立ち止まる。それに倣うように、レオ様も足を止める。
顔を上げれば、レオ様と視線が絡む。それだけで、息を飲むほどにドキッと胸が跳ね、彼に、そしてこの時間に愛おしさが募る。ずっと、見つめているだけで気持ちが伝わってしまいそう。それくらいに熱が溢れて来る。それが恥ずかしくて、わたくしはパッと視線を下げる。
「……本当に、ごめんなさい」
少しの間、レオ様は何も言わなかった。わたくしは、段々沈黙が不思議になり、レオ様の様子を伺う為にそろそろと顔を上げた。するとそこには、まるで固まってしまったようにわたくしを見つめて来るレオ様の姿が合って、わたくしは首を傾げる。
「……レオ様?」
「あ、ああ……いや……」
レオ様は、視線を逸らされる。怒っている空気ではないけれど、わたくしからは何も言う事が出来ず、静かに帰ってくる言葉を待つ。すると、レオ様は徐に歩き出すので、わたくしも急いでその後に続く。レオ様は、両手に手を埋めてはぁ~と溜息をお零され、顔を上げると歩き続けたまま言う。
「俺の事を考えてくれての事だというのは、わかったし……どちらかと言うと、きちんと考えていなかったのは俺の方だ。その場しのぎで、何とかすれば良いだろうくらいに考えていた。だから、そうだな……代わりに考えてくれて、ありがとうな」
その言葉だけで、全てが報われた気がした。
わたくしなりの精一杯の誠意が、きちんと届いたのだと思えて、すごく嬉しかった。今回、ノクタの神殿に宰相閣下がいた事もお話した。きっと、レオ様ならその真意に気が付いてくれる気がする。ただの、憶測でしかないけれど……ノクタは、亡くなった魂の安らぎを守る神。宰相閣下は、今も尚、ソフィア様の事を偲ばれているんじゃないかと思う。
決して、人でなしなんかではないのなら、何とかならないかしら?
そんな事を考えていると、わたくしのお腹がくぅっと鳴った。
「「…………」」
わたくしは、恥ずかしさでかぁっと顔を赤らめる。
気が付けば、時刻は正午を大幅に過ぎていた。歩き疲れてしまって、もう元気が出ない。
するとレオ様が弾かれたように、はははっと声を立てて笑い始める。
「わ、笑うなんて酷いですわっ……!」
「ああ、悪い悪い。じゃあ、飯に行こう」
わたくしは、渋々レオ様の後に続く。う゛ぅ……。折角、精一杯のお洒落をしてきたのに、今日も何だかボロボロだわ。
レオ様は、広場近くのレストランに連れて行ってくれた。サウスクランの中でもきっと有名なお店で、高級感のある落ち着いた上品なつくりをしていた。内された円卓は、窓から街を眺める事が出来るようになっており、レオ様と隣り合って座る。マーサとヨルダンは、少し離れた別の席に座って食事を取る事になったみたい。
レオ様は、このお店の全てのメニューを頼んだのではと思うほどに沢山注文してくださった。そんなに食べれるかしら……と、何だかソワソワしてしまう。
お料理を待っている間、わたくしはちらっと顔をあげてレオ様を見る。レオ様はそれに気が付き、凄く優しい笑顔でふっと笑ってくれる。わたくしは、驚いてまたさらにかっと頬を染め、視線を外す。何だか、いつものレオ様の三割増しで優しい気がする。
レオ様が「あ~……」と声を零しながら話し始める。
「……週明けには、イシドール達も含めきちんと話すよ。遅くなって悪かったな」
わたくしは、顔を上げて尋ねる。
「……よろしいのですか?」
「ああ。実は、魔草の種類も特定できそうなんだ。さっきの話から、大まかな関係者もわかってきた。もうここまで来たら、知っておいた方が良いだろう」
「……あの、イスも……イスもきっと、色々と思う所があったのだと思うのです。ですから……その……」
何と言えば良いのか、あまり叱らないであげて欲しい。わたくしが悩みながら口籠らせていると、また優しく微笑んで答えてくれる。
「ああ、わかってる。大丈夫だ」
レオ様の表情にドキドキしながらも、わたくしは良かったと胸を撫で下ろす。
そう言えば、あの後レオ様は奥様と何を話されたのかしら。聞いはいけない?
悩んでいたら、先にレオ様が口を開かれる。
「なあ……この後、時間あるか?」
「え! あ、はい。特に用事はございませんわ」
わたくしが、フリフリと首を横に振って告げると、レオ様はにっと笑って言う。
「なら、食べたら少し付き合ってくれ」
「は、はい。わかりまし、た……?」
レオ様が可愛らしい笑顔を向けられて、また胸が跳ねる。でも、一体どこへ?
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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