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51・【イシドール視点】調査へ


「イス、大丈夫か? 調子が悪そうだな」


 男装して、街の記者風の格好をしているグレースが尋ねる。

 僕は髪を黒く染め、光属性の魔法で瞳の色にゴールドの色彩を加え、人物が特定されないように姿を変えて路地裏で壁に身を齎せながら気だるげに答えた。

 

「……ああ、ごめん。大丈夫だよ」


 そう口では言いながら、最近、とにかく体が重い。

 ロゼがマグマアントの巣に落ちた日あたりからだ。

 王城の医師には、過剰に魔力を放った為、その後遺症のようなものだろうと言われている。

 

 試しに鍛錬ついでに魔力を放ってみれば、使う分には問題はなく、むしろ切れ味が増しているように感じた。ただ、放った後はどうにも気だるく、段々魔法を使うのが億劫になるほどだった。


 そして、夜になると時々、不思議な夢を見るようになった。

 それは、寝ている自分を眺めているという夢だ。

 

 それも、ただ眺めているのではない。何と言うか……意識が物凄く鋭敏に引っ張られるような感じと言えば良いのだろうか。寝ている自分の吐息、鼓動、脈、そのすべてが、振動が伝わるほど耳のすぐ側で聞こえ、目の前の自分が生きている事に安堵を覚える一方で、じゃあ今ここに居る自分は誰なのかという疑問が生まれて急に膝から崩れそうになるほどの恐怖に襲われる。


 叫びたいのに声は出てこず、逃げ出したいのに足は重く動かない。

 

 自分を眺めている方の自分の体が妙に冷たく感じられ、寒さに震えて座り込むと、月の光の差し込む窓から……何故かロゼが心配そうにこちらを見つめて入ってくる。そして、「大丈夫?」と口を開き、「もう大丈夫よ」と抱きしめて来る。その温もりを抱きしめ返し、もう大丈夫なんだと安堵する。あっちの寝ている自分は偽物で、今感じているこの温もりこそ真実だと。不必要な音を除外せよ。視界を閉ざせ。感覚よ失せろ。僕らはもう離れることは無い。僕が()()()()()必要もない。ただ、彼女の一部になるんだ。


 そこで、大体目が覚める。その夢を見た日は、体が酷く重く感じられて、落胆する。また、()()()()()()()()()()と。

 

 あまりにも生々しい余韻に、夢と現実の区別がつかなくなってしまいそうで、最近はまともにロゼを見る事も出来ない。




 

 

 僕は、今一度はぁっと深く息を吐き、重い体を引き摺りグレースの側に寄る。グレースは、路地裏から一つの小さな建物の様子を伺っている。


「動向は?」

「まだ、何も……。まあ、あの規模だ。人を雇っている様子もないから、売り上げの管理や今後の打ち合わせなどやる事は色々あるんだろう」

「……新鋭の彫刻家。名を上げ始めたのはここ数年なのか」

 

 僕は、街の情報誌を見ながら呟く。

 僕らは今、ケイティ・ハンゼン子爵令嬢とその両親、ハンゼン子爵夫妻を追っている。

 彼らは3人連れ立ってこの街に来て、ギャラリーに入ってから小一時間出てきていない。

 

 

 グレースと二人で事件を洗い出し、僕らは、やはりまずは最初の被害者の一人――ケイティ・ハンゼン子爵令嬢に狙いを定めた。伯父上も言っていたように、子爵令嬢は妙にきな臭い。


 ただ、僕らは手分けしてこの数週間彼女を張っていたが、学院内での彼女は至って普通の令嬢だった。物静かに控え、人間関係も必要最低限にしている。放課後にその後を追ってみても、他の令嬢もそうであるように、ただ邸宅に戻るだけだ。怪しい素振りはまるでない。ならば、本当に問題があるのは両親の方なのではと思いついたのは、グレースだった。

 

 公務に託けて子爵と接点を持てないかとも思ったが、それでは話が公になり伯父上に伝わってしまう。子供っぽいとは思うけど、出来るところまで自分の力で調べてみたいんだ。その為に、今日は僕付きの護衛さえ巻いてきた。

 

 貴族達は、あらゆる芸術家、専門家、職人を支援する。それは、王国の文化振興という意味合いが大前提だが、貴族達にとっては、自身の家の財力を示す指針ともなるからだ。このサウスクランは、そんな貴族達のお抱えの職人が多く居る。広場近くの高台にある店は、それこそ王家により近い貴族達が占めている為、子爵家ともなると坂の下の大衆向けの店や職人を支えるので精一杯だろう。それでも、持っているだけ頑張っている方だ。王城に上納されている貴族業績監査報告書によるとハンゼン子爵家は、一人の彫刻家を支援していた。


「先日、一人で入ってみたんだ。あの個展」

「……一人で!? 頼んだのは僕だけど、あまり無茶しないでくれよ」

「ははっ。別に客の一人とし入っただけさ。他の客は全然入っていなかったし、私がいても誰かが話しかけてくることもなかったけど……却ってそれが作品を際立たせていたよ。儚げで神聖な雰囲気で。本当に流行っていくんじゃないか? 私にはよく分からないけど」

「ふ~ん……」


 彫刻か……教養の一環で見るポイントなどを学んだけど、僕もよくわからないな。

 ロゼは、意外とこういうのも語る。きっと、名前を出せば楽しそうに色々話し出すんだろうな。そんな事を考えていると、グレースが声を上げた。


「……っあ! 出てきたぞ」


 僕らは、すぐに路地裏に身を顰める。ハンゼン子爵夫妻は、上から下まで喪服なんじゃないかと思うほど真っ黒な服装で統一していた。その後ろを、淡いアイボリーの服を着た子爵令嬢が続く。相変わらず、幽霊のように生気のない女性だ。


 僕らは、存在を悟られないように後に続く。馬車止めのある辺りを通りすぎ、どんどん坂を下りていく。どうやら街外れに向かっているようだ。



「……こっちは民家もないのに、どこに行くつもりだろうか」


 グレースの呟きに反応し、僕は彼らが向かっている先に視線を向ける。目を細めて背伸びをすれば、木々の隙間に建物の丸い屋根が見えた。


「……神殿だ」

「神殿? フレイの神殿がこの辺りにあるのか?」

「いや……あの形状は、古神だ。ノクタの神殿だろう」

「ノクタ……死の神か」


 

 街を外れ、木々に囲まれた足場の悪い道を進み、その奥にノクタの神殿の全容が見えてくる。ドーム状の屋根の白亜の建物で、かなり年季が入っており入り口の支柱には蔦が張っている。けれど、その作りはこの街らしく意匠が凝らされ、ひとつひとつの装飾が美しい。

 ただ、僕らが驚いたのは、ハンゼン子爵夫妻と同じように黒い服を着た人間達が続々と集まり中に入って行く事だった。


 我が国は、他の神を讃える事を罰したりはしていない。ただ、主神はフレイであると公言している為、おおっぴろげに他の神を讃えている事を語る者は少ない。


 その為か、貴族と思しき紳士風の出で立ちの人間は帽子を目深に被り、女性はレースで顔を隠している者もいる。ただ、ケイティ・ハンゼン子爵令嬢のように普通の洋服で入る人間もちらほらいて、身分も様々なようだった。これなら、入る事は可能だろうか? 悩んでいると、グレースに腕を引かれた。


「……まずい! 一旦引こうっ!」


 脇の林に入り、身を顰める。すると、後ろからガラガラと馬車の車輪の音が聞こえてくる。黒塗りの馬車は、そこそこ高級なつくりであるのに家紋が入っていなかった。

 中から出てくる人物を見て、僕は思わず声を零した。


「……あれは、ロドリゴだ!」

「……ロドリゴって、宰相閣下か? 宰相閣下も、ノクタの信者なのか……」


 ロドリゴも、ハンゼン子爵夫妻同様黒づくめの装いで神殿内部に入って行った。

 僕は、立ち上がり言う。


「……僕らも、行こう」


 一歩道に踏み出し、神殿の方向へ進みだそうとしたら、ガサガサっと木々を揺らす音と共に物凄いスピードで目の前に大きな白と黒の塊が現れた。

 思わず二人、身構えて対象を見れば、その塊は行く先を遮るようにその場でゆっくりと立ち上がり冷めた視線を寄越す。僕らは、その人物に見覚えがあった。


「「……ヨルダン!」」


 そして、後方でざっと立ち止まる足音が聞こえた。ヨルダンがいるという事は……、ゆっくりと振り返ると予想通りの人物が、走ってきたようで少し息を整え、頬を膨らませて腰に手を当て声を掛けて来る。


「……もう、二人してそんな恰好をして。お話を聞かせて貰いますわよ?」


 僕とグレースは顔を見合わせて、深く溜息を吐いた。


貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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