4・【ロゼ視点】入学初日/再会/涙の理由
ヴァナラント王国王立高等学院。入学に際しては、入学試験にて一定以上の一般教養が求められ、その他にも家格や家庭教師など師事していた者からの推薦書も求められる。それがない場合は、何かしらの方法で優秀な功績を残すなど、国も認める程の何かを成し遂げなければいけない。
今日は学院にて、入学記念式典が催される。わたくしは、初日と言う事もあり、幾分早めに馬車に乗り込んだ。明るい春の日差しに照らされ、夜露が空気中に舞い上がり空気が清々しい。
ふと自分の姿が目に入る。真新しい真白い制服に光が差して眩しい。腕には家紋の刺繍が入り、わたくしがどこの家の者か一目でわかるようになっている。家を出る時、お父様をはじめ、家の者が全員で見送ってくれた。お父様は、わたくしの姿を見送った後そのまま領地に戻られる。また、しばらくお会い出来なくて寂しい日々が続くけれど、その分良い報告が出来るように頑張りたい。沢山の愛に守られて、今ここにいるのだという事を決して忘れないようにしよう。レオ様の事はもちろんだけど、それ以外の事も、彼らの期待に恥じないようしっかりと学ばなくてはと決意を新たにする。
ほどなくして馬車が到着し、窓の中から並走してくれていた護衛騎士のヨルダンに別れを告げる。わたくしを乗せた馬車だけが、身分確認の後、人の背丈の三倍はあるのではないかという黄金の門を通り過ぎる。一つの街を閉じ込めたような広大な敷地が広がり、中央には時計を掲げた塔が見える。
わたくしは、馬車の中で身だしなみを確認しておこうと、鞄から手鏡を取り出した。覗き込むと、制服に合うよう控えめにメイクを施した自分の顔が見える。腰のあたりまである髪は、色々と考えた結果、三つ編みで一纏めにする事に決めた。綿密な調査――レオ様と同世代の男性使用人達への聞き取り調査――の結果、少しあどけなさを残すくらいが良いのではという意見が多かったから。解いた時とのギャップも、大切なんだとか。なるほど?
それになにより、真面目な生徒だと思ってもらえたら嬉しい。顔周りは緩く後れ毛も出し、固すぎない印象になるよう、侍女のエマが可愛らしく仕上げてくれた。髪の乱れもなさそうだ。
馬車が止まり、御者から敷地内の馬車止めに到着したことを告げられる。わたくしは、胸に手を当てて、一度深呼吸。愛と豊穣の神様。どうか、わたくしをお導きください――革の鞄を持って馬車を降り、御者に別れを告げ、背筋を伸ばして揚々と歩を進めた。
◇◇◇
……のだけれど。それから、数分後。わたくしは、途方に暮れていた。
どうしましょう。完全に道に迷ってしまったわ。
早く来すぎてしまった事も、良くなかったようだ。今日は新入生だけが呼ばれているようで構内に居る者が少ない。用意された看板を頼りに歩いてきたのだけれど、途中から人の気配がまるで無くなって、……一体どこで間違えてしまったのかしら?
こんなことなら、グレースと門のところで待ち合わせをしていれば良かった。うろうろと校舎を彷徨っては外に出て、彷徨っては外に出てを繰り返している。その内、騎士達の修練場と思われる場所が一望できる回廊に辿り着く。
誰もいない修練場は、とてもきちんと整頓されていた。普段は、きっと活気溢れる場所なのだろう。ここで学び、鍛えた者達が、いずれ国を守る為に命を懸ける。わたくしは、こういう瞬間に、彼を思い出す。レオ様も、かつてはここで修練を積んだのかしら? そう思うだけで、特別な場所に感じる。
レオ様を思い出し、また少し心がぽかぽかと温かくなった所で、修練場を離れ回廊を渡る。また一層、人気のない所に出てしまった……。明らかに、こちらではなさそう。進むのをやめて、一度戻った方が良い。そう思い踵を返そうとすると、生垣の隙間から声が聞こえてくる。
「いいのか? 一応、教職者だろ?」
低く深い、艶のある声。わたくしは、思わず目を見開いて動きを止める。声は、幼い頃の記憶過ぎて、正直うろ覚えだった。うろ覚えの筈なのに、その声は心に深く響いた。直感的に、鼓動が高鳴る。それは、過去との邂逅。でも同時に、この状況に対する警告音。
「いいでしょ? 教職者だって人間よ。ねえ、お願い……」
悪戯な笑みを含み合う声。ふらっと、一歩二歩後ずさると、後ろ脚で石に躓いてしまう。「きゃっ」と小さく声が漏れ、尻餅をついてしまった所で「誰だ!」という声と共に生垣の隙間から人が飛び出してくる。
灰茶色の肩口まで無造作に伸ばされた髪は顔周りだけをハーフアップにしてすっきりと纏められ、精悍なお顔には顎にお髭が生えていて……頬と額の傷が、彼の歴史を物語っていた。深みのあるアンティークゴールドの瞳がわたくしを捉える。逞しい腕の傍らに、嫋やかな女性を侍らせながら……。
私達が数秒、視線を合わせていると女性の方が誤魔化すようにほほほと笑いながらその場を離れた。私が呆けたまま思考を停止させていると、彼は気まずげに首の後ろを掻いて話しかけてくる。
「あー……っと、大丈夫か?」
目の前に大きな手が差し出される。その手を伝って顔を見れば、アンティークゴールドの瞳と目が合う。
「どこか、痛めたか?」
私は、気が付けば大粒の涙を瞳から溢れさせ、一も二もなく走り出した。「あ、おいっ……!」というレオ様の制止の言葉が背中に聞こえた気がしたけれど、止まらなかった。だって、泣いている顔なんて見られたくなかったんだもの。
途中、わたくしがいない事を心配したグレースが探しに来てくれて、幾つか通り過ぎた廊下の途中で彼女と鉢合った。わたくしは、口元を抑えて、次から次へと溢れる涙を、止めることで精一杯だった。彼との再会は、そのようにして終わった。
◇◇◇
それからわたくしは、心ここにあらずのまま式典に出席した。遠目に、レオ様の姿を見つけ、ああ、こんなにも近いところに来れたのだと胸がいっぱいになった。声を掛けることなどもちろん出来ないまま、わたくしは式典中ずっと彼を見ていた。イスが、新入生代表として壇上で話していた筈なんだけれど、正直何も覚えていない。――イス、ごめんなさい。
式典後、クラスに移動して入学後の選択科目の説明などを受けた。イスは同じクラスだったけど、生憎、グレースは別のクラスになってしまった。説明を聞いている間、知らず知らずに溜息が零れた。ダメね、しっかりしなくては。入学早々、躓くわけにはいけないのに。帰路につく前に、イスとグレース引き留められ、三人で構内に設置されたカフェで話すことにした。カフェは構内に幾つかあり、今日は深みのある木目が特徴の落ち着きのある店舗を選んだ。お茶をして、やっと一息ついて、レオノール様と再会したことを話す。グレースが、私を気遣うように声を掛けてくれる。
「で、でも、ほら、あれだ。何事も良い側面がある。気づきがあって良かったじゃないか。次に繋げればいい」
イスはテーブルに頬杖をついて、購入したお茶菓子を口に投げ込みながら、呆れたようなどこか拗ねた口調でそれに答える。
「気づきってどんなさ。想像に難くない事じゃないか。事前に心構えをしていなかったのが悪いよ」
「イス!」
「イスの言う通りだわ……」
グレースと私の言葉が重なる。私は、ほぅっと今一度溜息をついて、顔を上げる。
「でも……だって、あんなに素敵になられているなんて、思っていなかったんだもの」
「「………………は?」」
私は、今朝会ったレオノール様を思い出し、胸の前で手を組む。
「絵姿や凱旋式で騎乗されている姿は遠目で何度も見てきたけれど、近くで見た彼はその何十倍……ううん。何百倍も素敵だったの。時を経て益々逞しくなられたお体も、深みの増した声も。長い髪がとても似合っていたし、顎のお髭もとても男性的で。なのに、わたくしを心配してくれるあの瞳の優しさはそのままで。あの瞳を見た瞬間、本当に、息が止まってしまうかと思った。それで、思わず泣いてしまって……馬鹿ね。わたくしってば、折角お近づきになれるチャンスだったのに。感極まってどうしたら良いかわからなくて逃げ出すなんて。2人の言う通りだわ。わたくしのイメージ力が足りないばっかりに……でも、何とかこの反省を次に繋げれば」
「ちょ、ちょっと、待て待て待て! 彼に幻滅して逃げ出してきたんじゃないのか?」
グレースが慌てて声を荒げる。イスも、目を見開いてわたくしを見てくる。2人とも、何を言っているのかしら。わたくしこそ、2人の反応に目を瞬かせる。
「どうして、わたくしがレオ様に幻滅するの?」
「だって、女性と密会していたんだろう? 教師と言う身分でありながら……」
グレースの言葉に、わたくしは、ふふと小さく笑う。
「教師と言う身分である彼に、生徒と言う身分を利用して近づこうとしているのは、わたくしの方よ? それに、あんなに素敵な方だもの。恋敵の1人や2人、覚悟していたわ」
「僕は、失恋のショックで泣いていたのかと思ったよ。もし、伯父上がその女性と本気だったらどうするんだい? 綺麗な人だったんだろう?」
イスに問われて、わたくしはレオ様の側にいた女性を思い出す。背の高い、ゴージャスなブロンドの、自身が満ち溢れた美しい顔立ちの女性だった。大人の魅力と言うのかしら。艶のある目の前のテーブルに、ぼんやり映る自分の姿が目に入る。どうしても、まだまだ子供っぽいかもしれない。でも、打ち払う様に首を振る。
「それは……、もし、レオ様に直接言われてしまったなら、仕方ないわ……でも! 恋の成功の秘訣は、恋敵を見ることではなく恋する相手を見ることだって、侍女長のマーサに教わったもの。まずは、わたくしとレオ様が、どんな関係を築けるかでしょう? レオ様は、まだご婚約の意も唱えていないんだもの。それに、もしかしたら、わたくしの勘違いかも知れないのだし……あんな一瞬の出来事で、挫けたりなんかしないわ」
2人が呆けた顔でわたくしを見てくる。伊達に10年間、彼を追い続けていない。そんなに甘く見てもらっては困るのだ。イスが呆れたように溜息を零しながら聞いてくる。
「どうして、そんなに叔父上が良いんだい? 直接会ったのは、幼少期の一度きりなんだろう?」
その質問に、色んなことを思い出す。でも、わたくしは微笑みながら口の前に指を一本立てる。
「ナイショ……ですわ」
イスは、それ以上は問うのを止めたようで、肩を竦めながらお茶に手を伸ばした。わたくしも、それに倣ってお茶をまた一口含み、次の手筈を考える。彼はどう思ったかしら? 突然泣き出したりして……きっと、おかしな子と思われたわよね? 何とか今日の事を挽回しなければいけない。愛と豊穣の神様。折角チャンスをくださったのに、活かせなくて本当にごめんなさい。でも、どうか次こそは、彼の手を取る勇気を。……あと、どうかブロンドの美しい彼女が、恋敵ではありませんように!
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