42・【グレース視点】小さな夢
ご連絡が遅くなった事、お詫びいたします!
推敲にお時間をいただきたく、
次の投稿は、10/15を予定しております。
お待たせしてしまい、申し訳ありません!これからも、どうかよろしくお願いいたします。
私は、今日はサバイバルナイフを手に、ノーマン卿と討ち合った。
スピードも、体の捌き方も段違いなのが分かる。ノーマン卿は、私の攻撃を交わしながらどうすれば良いのかを的確に教えてくれる。
暫くの間そうしていたが、息を整える為に、廂の下に用意されたベンチに移動し少し休憩する。かなり討ち込んだのに、ノーマン卿は息一つ切れていない。くそっ、基礎体力の違いか。走り込む量を増やさなければいけないな。
そんな事を考えていたら、ノーマン卿が水の入った筒を手渡してくれる。
それを二人飲みながら、ノーマン卿は隣に腰掛けた。
無言でいるのも喉が詰まるので、私は話題を提供する。
「貴君は、なぜ騎士になろうと思ったんだ?」
私の問いに対し、ノーマン卿はきょとんと眼を丸くし、平然と答える。
「合法的に武具を使用できるので……」
「……本当に、そんな理由なのかっ!?」
「はい」
彼はニコニコと人好きしそうな顔で笑いながら言う。そのギャップがまた恐ろしい。
騎士道とは一体……。私が頭の中をぐるぐると混乱させていると、彼は聞いてくる。
「そういう、貴方はどうなんです? 僕より余程、こんな血生臭い世界とは縁遠い方ではないですか」
「? そうか? 我が家も固有の騎士隊を持つし、然程関係なくは……」
「いやいや。だって、貴方は貴族のご令嬢ではないですか。フォンテーヌ侯爵令嬢と違って、跡継ぎの兄上もいらっしゃると聞きました。こんな風に砂埃に塗れて、手に血豆が出来るほどに剣を握らなくとも、お洒落をしたり、恋をしたりと忙しい年頃ではありませんか。……ご婚約の、お話などは出ていないのですか?」
ああ、そういう事か。私は、ふぅと息を吐き問いに答える。
「両親とは、在学中に一先ずの相手を見つける事は約束しているよ」
「在学中……」
「ああ。だが、それまでに何とか文武どちらも優秀な成績を叩き出して、兄上の座を奪うつもりだ」
ノーマン卿は、貴族ではない。腕一本で騎士になった人だから、後継云々はよく分からなかったようで、その言葉を聞いて少し考え、首を傾げてさらに尋ねてきた。
「よく、分からないのですが、そんな事も可能なんですか?」
「さあ……非常にレアケースではあるな。どのポイントで父上の心を動かせるかもわからない。だから、半分は普通の子女のように嫁ぐ覚悟も決めているよ。幸い、我が家は小さな家ではないからな。縁繋ぎになりたい家は幾らでもあるし、腕を活かしたいなら魔獣の森に隣接する領地に嫁げば幾らかは役に立てるだろう」
私が淡々とそう言うと、ノーマン卿は納得がいかないと言う顔で口を開く。
「……何と言うか、現実的ですね。夢がない」
「そうかな? 夢いっぱいだと思うけどな。『兄の座を奪う』なんて言って、小言くらいで許されるのは我が家くらいだ」
私がははっと笑うと、ノーマン卿は眉根を寄せて首を横に振る。
「そちらではなくて、結婚についてです。想いを寄せる方とかはいないんですか?」
「いないなぁ。これまでかつて、そんな気持ちになった事がない。ロゼが公爵閣下に対していつも一途で、凄いなと思っているくらいだ」
「フォンテーヌ侯爵令嬢を羨ましいと思った事はないんですか?」
「あるよ」
ノーマン卿の声が返ってこず、不自然な間ができた。不思議に思い、ノーマン卿を見れば、驚きで固まっているようだった。彼は、絞り出すように声を出した。
「……あ、るん、ですか?」
「あるよ。何だ、その反応。そんなに意外か?」
「……正直に言えば、はい。我が道を行くタイプだと思っていましたので…………」
それを聞いて、私はまた少し吹き出す。本当に失礼な男だ。でも、その正直さは嫌いじゃない。くすくすと笑いながら答える。
「そうか。私はそんな風に見えているんだな。でも、昔はロゼみたくなろうと努力したこともあったんだ。容姿や言葉遣いを」
「ええ? 何故ですか?」
「誕生日パーティーだよ」
「誕生日パーティ?」
常と違う怪訝な様子のノーマン卿の顔を楽しみながら、私は昔の事を思い出す。
空を見上げれば、優しく淡い水色に朱鷺色が混じり、日の光が遠くなるほどに雲の影が濃くなっている。
今日は修練も終わりの時刻かなと、頭のてっぺんで結わいていた髪を解く。それだけで、少し肩が楽になったような気がする。結わいていた所に溜まっていた熱も放つように手を入れ、ふぅと少し落ち着いてから口を開く。
「私とロゼは、生まれが一週間違いなんだ。ロゼのお母上が、ロゼを産んだのと同時に儚くなられて……ロゼのお父上が戦場から帰ってくるまで、私の母が私とロゼに乳をあげていたらしい」
「……なるほど。文字通り、“生まれた時からの付き合い”だったんですね?」
ノーマン卿の言葉に、私はコクンと頷く。
「ああ。母同士が仲が良かったこともあってな。その内にロゼは領地に帰って行ったけれど、たびたび我が家に滞在していた。そして、誕生日パーティーは王都の私の邸宅でいっぺんに行う事が多かったんだ」
「それは、移動の事もあって?」
「ああ。私のパーティーに出席した後、ロゼの邸宅や領地でまたパーティーをするのは些か手間だろう? 来るメンバーも大体一緒なのに。それに、普通貴族の家でそうした催し物を管理するのは、女主人の仕事だ。でも、ロゼの家にはその役回りを出来る人がいなかったから、母が提案したんだ。一緒にやってしまおうと」
毎年行われるそれに、ある程度の年までは疑問さえ抱かなかった。
私の誕生日を起点にロゼの誕生日までの一週間。大好きなロゼが、私の家で過ごしてくれる。それが、ただ純粋に嬉しかった。
「でも、ある程度の年になってから気が付いたんだ。パーティーに来る客が、みんなロゼ目当てなんだって事に」
それは同世代から大人達まで。主役は二人いる筈なのに、ロゼの華やかさや美しさ、そして輝かしい爵位を前に、花や水辺に集まる蜂のように群がっていた。ロゼもまた、それに丁寧に対応していく。それだけで、会場の空気はロゼを中心に動いているようだった。
「別に、それさえも気にしていなかったんだ。友人達を前にするとほんの少しの寂しさもあったけど、仕方ないと思っていた。でも、陰口を聞いてしまってね」
「陰口?」
ノーマン卿が眉をぴくっと動かし、表情をほんの少し険しくする。私は、その様子を見てふっと笑い、続ける。
「ああ。『気持ち悪い』ってな。12、3歳の頃だったかな。当時、私もロゼも同世代の中では飛びぬけて背が高かったんだ。子女の中では、私は今もだけど。でも、ロゼのような膨らみが私にはなくてね。顔も中性的で、なんというか少年みたいだったんだよな。それで、同世代の男子達が話しているのを聞いてしまったんだ。『フォンテーヌ侯爵令嬢は、同じように背が高くてもただ美しいだけなのに、ウィンドモア伯爵令嬢は男がドレスを着ているみたいだ』って」
「……はぁ!? なんて馬鹿なっ!」
ノーマン卿が珍しく感情を露わに怒り出す。私は宥めるようにははっと笑った。
「まあ、わからなくもない。それで、それならと男の口調になってみたんだ。そしたら今度は両親さ。『なんだその喋り方は。それでは、嫁の貰い手がなくなるぞ。フォンテーヌ侯爵令嬢を見習え』ってな」
ノーマン卿は、ぐっと歯噛みして黙り込んだ。本当に、どうしようもない話だ。言葉も出てこないだろう。
「嫌気がさしたよ。ロゼの事は大好きなのに、嫌いになってしまいそうだった。……でも、一番嫌だったのは、そんな自分かな。ロゼのように女性らしくなれないからと言って、ロゼを疎ましく思う自分が嫌いだった。ロゼになりたいって、いつも思っていたよ」
どうしたら、ロゼのようになれるのか。試しにレースのリボンを買ってみた事がある。それでも、まるで浮き上がる自分がいる。一人部屋の中で、言葉遣いを直してみる。『わたくし、このお花がとても好きなの』。冗談じゃない、胡散臭いから止めてくれと自分で自分にツッコミをいれた。眉に手を入れて、肌を整えて、そんな事をしても、自分の顔はきりっと凛々しくなるばかりだった。
私は足を組んで、ベンチにまで届きそうなほど長い藍色の自分の髪を、指先でくるくると弄る。すると、ノーマン卿が真剣な面持ちで訪ねてきた。
「……今は、違うのですか?」
「ん?」
「今は、どう思っていらっしゃるんですか?」
フォンテーヌ侯爵令嬢の事を……と続いた。私は、ん~と少し考えてその問いに答える。
「……どうかな。今だって、羨ましく感じる事はある。でもそれは、ロゼを認めているからであって、自分を卑下する気持ちはなくなったな」
「どうして?」
「……ロゼとイスのお陰かな」
びゅうっと風が吹き抜ける。汗が乾かされて心地が良い。
私は、風が止むのを待って、口を開いた。
「ロゼとイスが、私を頼ってくれるんだ。『どうしたらいい?』『頼む、手伝ってくれ!』って。二人はいつも色んな課題を背負っていて、何とか乗り越えようと努力しているんだ。そんな二人を見て、私も努力が出来る人になりたいと思えたし、そんな風に全面的に信頼して頼って貰えると、何だか悩んでいるのがバカバカしくなってくるんだよなぁ」
「……そういう、ものでしょうか?」
ノーマン卿は、今だ難しい顔をしている。私は、にっと歯を見せて笑う。
「そういうものだよ。二人は、私以上に私の事を良く知ってくれている。その二人が私を肯定してくれるんだ。私は間違っていないと。さすがだ、こんな所が魅力的だと日常的に言葉もくれる。見ず知らずの輩の表面しか見ていない薄っぺらい評価なんて、いつの間にか消えていたさ」
私は、特別な人間ではない。ロゼのように美しくもなければ、恋に一途にひた走る事も出来ない。イスのように、背負うものは何も無いし、精々親の小言に耐えなければいけないくらいだ。でも、二人にとっての特別な友人になれた。それだけで、充分だ。
「本当は、兄の座を奪う! なんて、夢みたいな事だってわかってるんだ。それこそ、貴族令嬢のただの我儘さ。でも、もし実現出来たら……このまま、二人の側にいられるんじゃないかって思ったんだ」
主役になれなくても良い。脇役でも良いから、わたしらしさを受け入れてくれる人々の側にいたい。それが、小さいけれど切実な私の夢。
「それが、あなたが急いで強くなろうとしている理由ですか?」
ノーマン卿が尋ねてくる。どれ程真意が伝わったかはわからないが、まあ間違ってない。
「そうだな、大体は……。後はまあ、今のところ腕っぷししか得意なものはないからな。パワーがあれば何とかなるかなって」
「脳筋じゃないですか」
「ははっ、良い言葉だな。覚えておこう」
「やめてください」
ノーマン卿も吹き出すように笑う。ニコニコと愛想の良い顔ではなくて、本当に楽しそうだとこんな風に笑うのかと思いながら、私は帰路につくために荷物を纏め始める。
ふと、イスの事を思い出す。今回、イスは秘密裏に事を進めようとしている。
影などの護衛はそのままで動くつもりだろうか? ちょっと、その辺りも怪しい。
ただ、中々人に心を開くことが出来ない友人が、やっと頼ってくれたんだ。なんとかある程度の成果を出したい。そして、もちろんロゼの事も守りたい。とにかく、もっと強くなりたい。
隣でノーマン卿が同じように荷物を纏めている。私が今一番羨ましいのは、ロゼじゃない。彼のような騎士だ。実力だけで立ち位置を得て、努力がそのまま実をつける。隣の芝生は青いと、ただそれだけなのかもしれないけれど、迷いがなくてとても良い。
歩き出すと、不意に後ろから声が掛かる。
「グレース様」
「なんだ?」
「騎士は、武勲で爵位が貰えるんです」
「……ああ、聞いたことがあるよ」
「これは最近決めた事ですが、僕、2年以内に必ず爵位を得ようと思います」
「? そうなのか? 頑張れ」
「はい。あと」
私は、急に何なんだと思い立ち止まって振り返る。ノーマン卿は、相変わらず人好きのする顔で微笑んでいた。
「恐らくですが、グレース様に悪口を言った男共は、貴方に好意があったんだと思います」
「……………………はぁあ?」
自分でも思ったよりも素っ頓狂な声が出た。言われている事の意味がわからず思考が停止する。
「気持ちはわかりますが、手が悪かった。擁護するつもりは一切ありませんが、そいつらは相手を傷つけるような事を言うべきではなかった」
「……ああ。そうだな」
後ろを歩いていたノーマン卿の距離が、すぐ真横まで近づく。横に並ぶと、顔一個分身長が違う事に気が付く。いつもは物腰柔らかく、穏やかな空気を纏う癖に、時々こいつが怖いと思う時がある。私は、気持ち警戒しながら話を聞く。
「身長は、おいくつで?」
「……166フィーネだ」
「なるほど、覚えておきます。少なくとも僕は、今まで出会ったどの女性よりもグレース様は魅力的な方だと思いますよ」
「……へぁ?」
思わず変な声が出た。慣れない言葉過ぎて、理解するまでに数秒。理解してしまえば、顔にかぁっと熱が集まるし、反応に困る。ノーマン卿は、ふふんっとちょっと得意げに笑う。
「まあ、今日の所はこの辺りにしておきましょうか。お屋敷までお送りします。夜道は危険ですので」
そう言うと、ノーマン卿はさっさと歩きだす。失礼な事を言ったり、急に褒めたり、変な奴だ。イリーナ様も時々面白い人になるし、騎士になる人間は思いの外ユニークなタイプが多いのかもしれない。振り回されたことに若干不満を覚えながら、あまり深く踏み込んではいけないような気がして、私は黙ってノーマン卿の後に続いた。
◇◇◇
そんな風に、ロゼに隠し事をしている事に後ろめたさを感じていたある日。
公爵閣下の授業を受けていたら、隣に座るロゼの様子が気になった。
公爵閣下をぼんやり眺めて、公爵閣下がこちらを見るとすっと視線を下げる。
授業が始まった当初はこんな感じだったが、最近はすっかり落ち着いていたのに……。
すると、授業の終了を知らせる鐘が鳴る。
今日も放課後は修練場に行くかぁと考えていたら、ロゼが素早く荷物を纏めている。
いつもなら、一番のんびりしているくらいなのに。
流石にイスも気が付いたようで、いつもならさっさと席を立つのに、少し様子を眺めている。
「ロゼ?」
私が声を掛けると、ロゼはびくっと肩を跳ねさせた。
そして、そろ~っとこちらを向いて、にこっと微笑み口を開く。
「なぁに? グレース」
「いや。今日も救護室に行くのか?」
「……ううん。しばらく、お休みを貰っているの」
ほぉ……これは、ますます。
私達の様子に気が付き、公爵閣下が近づいてきた。
「どうした?」
ロゼは、ますます慌てた様子で、荷物を胸に抱いて言う。
「な、なんでも、ありませんわ。みなさま、ごきげんよう!」
ほほほっと笑いながらそう言い、一目散に走り去った。
その後姿を見ながら、まずはイスが口を開く。
「……伯父上、何かしたんですか?」
「あ~? いや? 覚えがないな……」
私は、ふむっと口元に手を当て、逡巡する。
このまま、そっとしておいて、帰宅後通信具を繋げて話を聞いてやると言う事も出来なくはないが……。
「違うな。あれは……」
声に出せば二人の視線が私に集まる。わたしは、にっと笑ってロゼの向かった先を指さして言う。
「あれは、何か企んでいる顔だったな」
そう言うと、公爵閣下は苦い顔をして首の後ろを掻きながら出て行った。
悪いなロゼ。私は、暫く忙しい。どうか、閣下の手で手厚く守られていてくれ。
事件が全て解決したら、また、三人で楽しく集まれたらいいな。
どうかみんな無事に、この件を乗り越えよう。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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