41【グレース視点】友への誓い
昨日の話は、筆に迷いが出て、
何度も改稿したので驚かせてしまったら申し訳ありません。
今日はロゼの親友グレース目線です!
今日も張り切って行きましょう!
「精が出ますね」
ロゼと別れた放課後。
制服から戦闘服に着替え、修練場の一部を借り素振りをしていると、ノーマン卿が後ろから声を掛けてきた。ロゼがマグマアントの巣に落ちたあの日以降、私はこうして早朝と放課後に彼の指導を受けていた。ただ、私から頼んだのではない。ノーマン卿が、「もっと強くなりたくはないか」と提案してきたのだ。
私はその提案を、一も二もなく受け入れた。
現役の騎士の個人指導など、中々受けられるものではない。
私の得意とする獲物は槍だが、間合いが広い分、小回りが効かない。
短刀や暗器も使いこなせるようになりたいと言ったら、目を輝かせて懐から様々な種類の武器を取り出して見せてくれた。「何故、こんなにも武器を持っているんだ!」と尋ねたら、ニコニコと表情を変えずに「趣味です」と言ってくる。やはりこの男は、ヤバい部類の人間だった。絶対にロゼには近寄らせたくない。
けれど、ハンマーゴーレムとの戦いっぷりは見事だった。
腕は確かで、教え方も適格だ。だからこそ、こうして教えを乞うている。
私は、腕で汗を拭いながら質問に答える。
「……まあな。出来るだけ早く強くなりたいんだ」
「そんなに焦らなくても、今でも同じ世代の中では充分お強い方だと思いますが」
「はっ。敵に同世代がどれだけいてくれるかな。勝てなければ意味がないんだ」
今回の一件でそれを痛感した。さらに、私には急ぐ理由もあった。
◇◇◇
あれは、事件があったあの日から数日後の事。
ロゼとイスを探して回廊を歩いていたら、中庭を挟んだ向こうの回廊で、急にイスが救護室から飛び出してきたのが見えた。遠すぎて声は聞こえない。養護教諭のカレン先生が後ろから追いかけきて何やら宥めているようだったけれど、イスは酷く気が立っている様子だった。二人は暫く何かを話し、その後、イスがカレン先生を振り切るように去って行った。だから、私はイスの後を追った。
一度見失いはしたが、向かった先を探してみると一つの棟の裏手に小さな庭があった。
構内は広い。こんな所もあったのかと内心驚きながらイスの姿を探せば、鬱蒼と茂る草木の向こうに一人、小さなベンチに腰掛けるイスの姿があった。頭を垂れて、顔が見えない。私は、歩みながら声を掛けた。
「イス」
イスは、顔を上げる。何とも言えない顔色だ。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「……いや、別に」
イスは、それ以上何も言わない。私はひとつ溜めていた息を吐き、イスの座るベンチから数十センチ離れた隣のベンチに腰掛ける。小さなベンチだから、隣に座ると言うのもな。
そして、重ねて尋ねる。
「事件の事か?」
「……」
「……私には、話せない事か?」
イスは俯いて押し黙る。まったく、何が起きていると言うんだ。
イスもロゼも口を割ろうとしない。3人で居て、こんなことは初めてだ。
すべてを詳らかにせよとは言わない。けれど、待つ方の身にもなってほしい。どうしたものかと悩んでいると、イスの声が聞こえてくる。
「なあ」
「なんだ」
「……どう思ってる?」
「何が」
「事件の事さ」
「……何か、知っているのか?」
イスは、再び黙る。沈黙の隙間に、風が通り抜け草花を揺らす。
ロゼは、一度心を許した人間に対しては、とことん心を許す。
それこそ、心の内を全てさらけ出すように、考えている事が顔中に広がる。
でもイスは、とても頑固な性質だ。
簡単には心を許さないし、心を許した人間にすら全てを見せない。
皇太子として正しくあろうとしているのだろうが、それでは自分を追い込むばかりだ。
ロゼだったら、どうしていただろう……。
つい、そんな風に考えてしまう。彼女は、人の心を肌で感じるタイプだ。イスが心地良くあれるよう、自らが心を開き、明るい方へ引っ張っていくのが本当に上手い。私は、いつもそんな二人を側で見てきた。時々、ロゼに乗っかるように揶揄ってやれば、ますますメッキが剥がれて急に年相応になったりする。でも、今はそのロゼもいない。
どうしたものか……。
「……手伝ってくれないか?」
風の音の合間に、イスの声が遅れて聞こえた。私は、一拍停止し、ばっとイスの方に視線を向ける。イスは、こちらを見ず、真っ直ぐに前を見据えている。
「伯父上に、この件から一旦手を引けと言われた。でも僕は、とても納得できそうもない。僕だけの事ならまだしも……君やロゼも巻き込まれたんだ」
「……私達の為に言ってるのか?」
「それは、違う。ただ、僕は本来、全ての指揮を執る立場なんだ。あの事件の日にしても……今回の全ての事に関して。僕に相応の力と知恵があれば、父上はわざわざ伯父上を学院に寄越したりはしなかっただろう」
「それは、わからないが……」
私が否定しようとすると、イスは首を横に振って答える。
「いいんだ。自分の力不足は自覚している。だからこそ、素直に従ってきた。ただ、ここで僕に外れろという伯父上の判断だけは、少し疑問を抱く。伯父上はお強い。それも、規格外に。だからどうしても、他の全ての存在を侮っている。僕を含め……」
私は、う゛~むと腕を組んで唸る。確かに、公爵閣下はお強いのだろう。
私達生徒に対しても、子供扱いしている所は否めない。
でもそれは仕方ないのではなかろうか? 年の差もさることながら、場数が違いすぎる。
イスの言っている事はわからなくはないが、その彼の判断であれば、仕方ないのではないだろうか? 私が悩んでいると、イスは重ねて言ってくる。
「皇太子になる際、父に尋ねられたんだ。『すべてを疑い、誰を敵に回そうとも国に対して従順に、和平の為だけに心を公平に保たなければいけない。大切な者の窮地にさえ駆け付けられない事もある。それを生涯し続ける覚悟はあるのか?』と。僕は、その覚悟の上で皇太子となった。もちろん、伯父上の意見を蔑ろにするつもりはない。ただ、情報が欲しい。正しい判断を下すための」
イスが漸くこちらを向いた。その表情はとても切実で、どこか痛ましいほどだった。
「知れるところまでで良いんだ。無謀な事はしないと約束する。……頼む、どうか、力を貸してくれ」
私は、少しの間逡巡する。ロゼだったらきっと、ここで彼を上手に宥めるのだろう。
そんな無茶をする必要はないと。陛下は、イスの力量や心根を分かった上で皇太子に任命したのだと。公爵閣下の判断も、何か理由があったのだろうと。でも、私は……。
「わかった」
イスが弾かれたように目を見開き、瞳を揺らしながら聞いてくる。
「……本当か?」
「ああ。だけど、約束だ。無謀な事は決してしないと」
「……必ず」
イスは、クシャっと顔を歪める。私はふっと肩から力を抜き、立ち上がり、イスの脇に歩み寄り膝をついた。
「“常に我らが行く先を愁い、照らさんとする貴方の傍にあれる事は、私に許された時の中で最大の誉れであり幸いとなりましょう。貴族の名誉と伝統を誇り、国に栄光と平和をもたらす為に私の力の全てを捧げ、我が国の光り輝く新しき太陽に忠誠を誓います”」
イスは、驚きで固まりぐっと息を呑んだ。これは立太子の際、貴族達がイスに対して述べる宣誓の言葉。実際に、数年前に城内の大聖堂で行われた立太子の儀に参列したのは、ウィンドモア家の代表である父と後継に示されている兄だった。だから私はこのセリフを言う事は出来なかった。でも、いつか言ってやろうと思っていたんだ。
今回の事は、ロゼには言えそうもない。しかし、私はイスの親友でもある。
これまで彼がどれ程必死に学び、研磨を重ねていたのか、ずっと見てきた。一人くらい、味方になってやれる人間がいても良いだろう。
私が頭を垂れていると、イスはぼそっと呟くように「……ありがとう」と言った。
それから、私達は持ちうる情報を共有した。“フェアリー・コンプレックス”なる秘薬の件は、実は私も聞いたことがあった。実際、どこで買えるのだろうかと沸き立つ女生徒が居たのも事実だ。軽く聞き流していたが、そんなにも危険な物だったとは……。
それから以降、私とイスは秘密裏に、情報を集めることに専念した。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、今日も素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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