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3・【ロゼ視点】作戦会議


 

 わたくしは自室に戻り、早速、友人達に連絡を取ることにした。今日は、二人とも予定はないと言っていたのを頭の隅に思い出す。この国には、“魔晶石”と呼ばれる魔獣や鉱山などから採取できる魔力を秘めた石があり、それを用いた通信具がある。それなりに高額で貴重なものだけれど、すぐに連絡を取れるようにと開発された年にお父様が用立ててくれた。


 ドレッサーの引き出しを開け通信具を取り出す。一見すると、宝石箱のような形をしているそれに触れ魔力を送る。すると、通信具は淡く光り、予め繋がりのある別の通信具に信号を送る。数秒後、30フィーネ程に縮小された親友達の姿が空に映し出される。


 

「ロゼ。珍しいな。こんなに日も高い時間に連絡してくるなんて」


 そう口を開いたのは、グレース・ウィンドモア。先日、わたくし達の中ではいち早くお誕生日を迎えて16歳になった。緩やかに波打つ艶のある濃紺の髪を後ろに流し、琥珀色でアーモンド型の瞳を持つ、理知的な顔立ちの美しい女性。わたくしの家と縁戚関係にある伯爵家の娘であり、乳姉妹。母同士が友人同士で、生まれたその日に母を亡くし、父が討伐に赴いていて側にいなかったわたくしにとって、ウィンドモア家の人々は恩人のような存在。特に同い年のグレースは、言葉にしなくても思いを伝え合えてしまえる双子の姉妹のような人。


「お父上と何かあったのかい? 侯爵は、確か今は王都に滞在しているんだよね?」


 次に声を発したのは、イシドール・ヴァナラント。金髪碧眼の王子様然とした彼は、間違いなくわたくし達が暮らすこのヴァナラント王国の第一王子であり、皇太子殿下であり、本来であればわたくし達がお仕えする方。レオノール様とは、伯父と甥の関係にあたる。けれど、物心がついた頃から共に学び、頻度高く交流を持てば、自然と幼馴染のような関係になる。特にイス――親しみを込めてそう呼んでいる――は、忌憚なく接して欲しいといつも言ってくれているので、今や異性の壁も超えて何でも話せる友人となれている。彼もまたわたくしと同じ年で、3人は揃ってこの春王立高等学院に入学する事になっている。


「ええ。(ようや)く、婚約の話に妥協案を貰う事が出来たの。それで、あなた達の知恵を借りたくて……」


 わたくしは、お父様と話した内容を掻い摘んで話した。条件として、1年以内に彼の方から結婚を申し込んでもらわなければいけない事も。真剣に話すわたくしに対し、二人は楽しそうに笑いを零す。


「お父上の気持ちも、わからなくはないな。ロゼは、本当に可愛らしい女性だから。私も男だったら、間違いなく求婚していただろうね」

「国宝は面白いな。皇后陛下(ははうえ)に言って、リストに追加して貰おうか? ロゼが城に来ると、城の者たちが君を一目見ることが出来ないかと急にソワソワしだすんだよ。“花の精(フィオラ)”はどこだって。弟達にも、いつも羨ましがられる」


 わたくしは、かぁと頬に熱が集まるのを感じる。“花の精(フィオラ)”とは、この国が主神とする愛と豊穣の神フレイに仕える花の精の事だ。宝石のような瞳を持ち、誰もが愛さずにはいられない絶世の美女とされている。そのフィオラに例えるなんて、恐れ多くて身が縮こまる。ブランドンの所為だわ。いつも大袈裟に言うのだから。側にいる使用人達が、ニコニコとしながら得意げに頷いている。わたくしは熱を払う様に、両手で少し顔を仰ぎながら映像に向かって話す。

 

「もう、二人とも止めて。と、とにかく! 何とかしてレオ様にお近づきにならなくてはいけないの。何かいい案はないかしら?」


 わたくしは、祈るような気持ちで二人に問いかける。首を捻りながら悩むグレースに対し、イスがふふふと得意な笑いを零した。


「それに関して、僕は一計を案じたよ。感謝してもらいたいな」

「イス。どういう事?」

「少し前に、王城の騎士達を指導している伯父上と偶然お会いしたんだ。最近、隣国との情勢も、魔獣の討伐も落ち着いているだろう? どうやら、時間を持て余しているようだったから、それなら今年度から高等学院で教鞭を取って貰えないかとお願いしたんだ」

「え! それで、どうなったの?」

「最初は渋っていたけどね。学院長も呼び出して何度か頼んだら、騎士科の生徒達の指導と、特別講師という形で武具と魔術を用いた実践的戦闘術の授業で教鞭を取ってくれることになったんだ」

「……っ!」


 わたくしは、思わず目を見開いて輝かせる。『武具と魔術を用いた実践的授業』は、必修科目ではないけれど、空き時間さえ合えば選択し続ける限り3年間受けることが出来る。それはつまり、断続的に接点が持てるという事だ。両手を口元に添えて、喜びのあまり言葉を詰まらせてしまうわたくしに、イスは、調子を崩さずに続けた。


「前例が無くはないとは言え、教師と生徒だから。その後どうなるかは君次第だけどね。これでも結構頑張ったんだから、僕との約束も忘れないでくれよ?」


 この国において、教師と生徒が婚約関係になることは、それほどタブー視されていない。家の事情での婚姻となると、どうしてもそうなることもあるからだ。わたくしは、跳ねるような心持で調子よく答える。

 

「もちろんよ、イス! ああ、なんてお礼を言ったらいいのか……」

「約束?」

 

 グレースが、きょとんとした顔で首を傾げる。それには、わたくしが答える。


「舞踏会の時に、お互いのどちらかにパートナーが出来るまでは、イスの最初のダンスのお相手をわたくしが勤めるというものよ」


 はじまりのダンスには特別な意味があり、婚約者同士か婚約関係を考える程に親しい者、そういう者がいない場合は親族やそれに準ずる者と踊る事になっている。だから、わたくしにとっての最初のダンスはお父様となるわけだが、生憎イスには女性の親類が皇后陛下しかいない。陛下と皇后陛下は、慣例的にダンスフロアに降りてくる来ることはないので、イスの相手が定まっていないのだ。


「ロゼが僕と踊ってくれれば、みんな勘繰るだろう? ()()が削がれて、良い牽制になるんだ」

「ああ。そうか。確かに。正式に高等学院にも進んだことだし、ご令嬢達も我先にという感じなのか。でも、そんなことをしたら、公爵閣下にも二人の関係を疑われてしまうんじゃないか?」

「誰かに尋ねられたら、まだお相手が定まっていない殿下に頼まれて幼い頃から交流のあるわたくしが役割を引き受けただけで、婚約などの話は全く出ていないときちんとお伝えするわ。でも、そうなの。本当は、レオ様にもお伝え出来たら良いのだけど……」

「それは、まあ大丈夫だよ。ロゼのファーストダンスのお相手はお父上である侯爵なのだし。その後、声を掛けた僕と踊るだけだから。伯父上には、僕も折を見て説明しておくよ」


 わたくしとイスは、視線を合わせて微笑み合う。グレースは、何故か少し渋い顔をした。

 

「……イス。君……」

「……良いアイディアだろう? 何かあれば、()()()()()()

 

 二人が会話している間、わたくしは、高等学院でレオ様と再会できる事に頭がいっぱいで、その語りはあまり耳に届いていなかった。彼を思い出し、つい頬が緩む。入学までの数週間、まだ私に出来る事はあるかしら? どんな髪形で通おうかしら。いつお会いしても大丈夫なように、スキンケアは入念にしないと。わたくしがそんな事を考えていると、グレースがふと思い出したように言葉を零す。


「そういえば。うちの兄も、この春から学院で教鞭を取ると言っていたな」

「え! グレッグお兄様が?」

「もう、探索の旅は終わったのかい?」

「ああ。古代魔法の資料が色々と手元に集まったから、今度は学院で研究の作業に入ると家に帰ってきたんだ。その傍らで、古代魔法や歴史の授業を受け持つらしい」

「まあ。お兄様にもお会い出来ていなかったから、とても嬉しいわ」


 グレースの実兄である7歳年上のグレッグは、わたくし達3人にとって恩師のような存在であり、わたくしとイスにとっても実の兄のような人だった。大変優秀で、学院では若くして古魔術を専門とする博士号を取得している。とても穏やかな人で戦う所は見たことがないけれど、古魔術の資料を集める過程で魔獣を相手にすることも多いらしく、グレース曰くとても強いのだとか。グレッグお兄様の古魔術を巡る旅のお話は、いつもとても新鮮で刺激的だったのを思い出し、学院に通う楽しみがまた増えた。

 

 

「しかし、話は戻るが……いつもロゼから公爵閣下の話を聞いているから、彼の事を好意的に感じてしまっているけれど、実際はどんな人なんだろう。社交界での評判は分かれているだろう? 情に厚く、どんな魔獣の前にも率先して飛び出していき、国を守る英雄と言われることもあれば、血を見なければ落ち着かない戦闘狂で、冷酷で冷徹。身なりも態度も貴族らしからぬ様子で、目に余る程の傍若無人な男だと……」


 

 そう、悲しいことにグレースの言う通り。そもそも、王兄であるレオノール様が国王にならなかったのも、様々な噂故であり、彼を煙たがる貴族も多いからだ。精悍で素敵な方なのに再婚の話も極端に少ないと言う。数年前に、額と頬に大きな傷を負ってしまった事も要因の1つかもしれない。そのニュースを聞いたときは、本当に生きた心地がしなかった。


 わたくしとしては、レオ様の素敵な所はわたくしが知っていればそれで良いのだけれど、もしレオ様が望むのであれば、噂払拭の為のレオ様普及活動に勤しむ事も(やぶさ)かではない。そうね……具体的には、自伝などどうかしら。わたくしの日記やスクラップブックを(めく)れば、逸話など幾らでも出て来るし。劇団にお願いするのも良いかもしれない。その際は、わたくしは完全に裏方に回って、脚本も監督もこなさなければいけない。わたくし程、レオ様の素晴らしさを知っている者はいないと思うから。……今から少しずつ準備を始めておこうかしら?

 わたくしが一人、自分の思考にうんうんと頷いている傍らで、二人が話を進める。

 

 

「多少尾ひれはついているけれど、真実な部分もあるかな。戦場での彼を直接見たことはないけど、敵には容赦ないと聞くし、街の傭兵のような態度でもある。でも、僕は叔父上の事が好きだよ。ここだけの話だから言うけど、もし彼が国王になっていたら、父上とは違うタイプの為政者になっていたんだろうなと思う。……ロゼの目は、あながち間違っていない」


 友人二人が、同時にわたくしを見る。何のお話をしていたか、きちんと聞いていなかった。わたくしの思考は、舞台の上でレオ様そっくりな俳優がどんな台詞を言うかと言う所まで飛んでいた。


 彼を思い淡く(ほて)る頬に手を添えたまま、わたくしは二人にふにゃりと微笑む。そんなわたくしを、二人が微笑ましい表情で受け入れ、揶揄(からか)ってくれる。その後は、いつものように談笑をしたり、色々な事に意見を交わして時を過ごした。窓の外を見ると、暖かい日差しに照らされた木々にふわふわとした黄色い花が咲きみだれ、まるでわたくし達の未来を彩ってくれているかのように感じる。愛と豊穣の神様。本当に、ありがとう。どうか変わらず、わたくしを見守っていてくださいませ。



 それから、数週間後。穏やかな日々を経て、わたくしは、王都王立高等学院入学の日を迎えた。

 

 

貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。

ブクマ、いいね、感想、お待ちしております。


※1cm=1フィーネ

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