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38・【レオノール視点】胸に秘めたる事


 諸々の事を受けて、俺は王城に来ていた。


 昼間から俺がここに来るのは些か珍しいようで、仕えの者達が慌てて道を開け頭を下げる。第一王子だった頃からの癖のようなものだろうか。その中には何名か馴染みの年寄りの顔も見えるが、俺は一先ず視線の横に彼らを流して目的の場所へ向かう。


 扉を叩き、返事が聞こえるのとほぼ同時にそれを開けば、机に向かう金髪碧眼の男とその周囲に数名の男達が立っているのが目に入る。


 俺はその者達を気にする事無く、慣れた足取りで中央のテーブルに向かい、ソファーにどさっと腰を落とした。すると、金髪碧眼の男が周囲の者達に幾つか指示を出し下がらせ、ゆったりとした動作で目の前の席に着く。


 俺がシルクスモークに火を灯せば、受け皿を寄越してくれる。

 俺はスモークを持つ手を振り、防音の措置を取る。すると、目の前の男がゆっくりと口を開く。



「……諸々、報告ありがとう。兄さん」

「ガレス」


 俺が名を呼べば、ふっと目元を細める。目尻に皺が寄り、少し疲れて見える。

 俺はソファーの手すりに肘をついて足を組んで話をするが、ガレスは背凭れに身を投げ出し声を出す。


「“魔草”か……それなら、全ての辻褄があうな」

「……()()()はどうしてる?」

「……前皇后の事かい?」

「いや、()()()じゃない」


 俺は、スモークの煙を吸いふぅと、体の中に溜まった空気と一緒に吐き出す。

 出来るのなら、この話はぶり返したくなかった。


「イシドールの……実の母親だ」


 ガレスが、苦い顔をする。それも仕方がない。

 この国の恥部であり、一握りの人間さえ知らない極秘事項だ。知っているのは、国王であるガレス、現皇后であるジュリア、そして俺と今は亡き前国王。

 

 イシドールは、ガレスの子供ではない。


 好色王と名高い前国王と、当時皇后の元で飼われていた薬師――アイラ・マノアという女の子供だ。俺が産まれた時に前皇后の激しい怒りを経験した前国王は、もう懲り懲りだと二度目の処理をガレスに命じた。もし俺に頼んでいたら、頭が可笑しいんじゃねぇかと一蹴に伏しただろう。事は当事者だけで速やかに秘密裏に行われたそうだ。

 

 だから、俺がこの事実を知ったのも、前国王が逝去しガレスが王位に就いた後だ。

 

 当時、ガレスが学院在学中に急遽現皇后との婚姻を推し進め、時期を曖昧に子が生まれたから、ほんの少しの違和感はあったが、「父の姿を見て、早く身を固めてしまいたくなった」というガレスの言葉を俺は信じていた。俺は、つい頭を掻いて悪態をつく。


「くそっ、……また、あの、クズの尻拭いをしなきゃいけねぇのか」


 こんな事なら、宰相のロドリゴを国王にしておいた方が良かったんじゃないかとさえ思う。ロドリゴは、第二子である事と体が弱い事を理由に王位継承の序列に上がれなかったと聞くが、今だってピンピンしているんだ。貴族派に偏りがちな所はあるが、問題を処理する能力には長けているのだし……幾ら武に優れていたとは言え、こうも問題ばかり起こす好色王より余程適性があったのではと思ってしまう。ガレスは、苦笑しながら口を開く。


「まあ、あの子を引き取ったお陰で父上も大人しくなってくれたから、私としては悪い話ではなかったな。今では、本当に自分の子だと思っているし、ジュリアもそう思ってくれているからね。何より、私とあの子は本当にそっくりだから」

「……俺だって、こんな事がなかったらわざわざ思い出さねぇよ。でも、この国で“魔草”と言ったら、あの女だろう」


 アイラ・マノアは、異国の小さな島国の出だった。薬師を志していたものの、理由(ワケ)あって生きるために商人になり、皇后に“魔草”を献上した所でその運命を変えた。

 透けるような金色の髪に不思議な色の瞳の女だったと聞くが、俺は実物を見た事はない。取り分け“魔草”の扱いに慣れており、アイラの母国では日常的に使用していたのだとか。人を操る事も容易いそれに前皇后はすっかり魅了され、特別に研究室も用意し囲っていた。


 けれど、それが前国王の目に留まり、結局はその歯牙に掛かってしまう。「悪いがうまく()()してくれ。方法は任せる」と言われたガレスは、選択を迫ったそうだ。イシドールを正式に王家の子とする代わりに、永久に会えずその名を呼ぶことも叶わないという盟約を結ぶか、二人で生きる道を進む代わりに決して王家に関わらないという盟約を結ぶか。俺の母親の時と全く同じ内容だ。そして、その結果も。


 唯一違ったのは、ガレスが后妃を娶らなかったと言うこと。イシドールを正式に皇后の子として認めた事だった。


 アイラが立ち去った後、研究室は取り払われた。だが、その資料は貴重な物が多く、今なお城の禁書庫で保管されている。対外的には、その内容が国を滅ぼす恐れがあった為という事で、城を追われた事になっている。


 ガレスは、俺の質問に答える。


「盟約が破られた様子はないから、どこかで生きている筈だ。国内に留まる事も条件の一つに入れておいたから、他国へも渡っていないだろう。ただ、取引の有無に関しては不明だな。元々、手練手管で母上の膝元にまで成り上がった巧妙な女だ。何かしら動いている可能性はある」

「監視はつけていなかったのか」

「……父上の恩情だ」

「はっ! やる事がとことんクソだな」


 全く持って頭が痛い。しかし、その女一人を探す事に注力するわけにもいかない。

 俺は、目元を掌で覆い、はぁと溜息を吐いて頭を切り替える。


「……それで、今回の件に当て嵌まりそうなものはあったか?」

「何分、資料が走り書きで読み辛い上に膨大でね。苦戦はしているが、ある程度絞れては来ているようだ。……ああ。そう言えば、()()のノートも専門家たちが褒めていたよ。丁寧で必要な情報が一目でわかると。我が国と近隣諸国の気候から、存在しうる“魔草”に絞って羅列されていた事も良かったと言っていたな。フォンテーヌ侯爵家のご令嬢だったか……噂の“花の妖精(フィオレ)”の話は皇后やイシドールからも聞いていたが、さすがだな」


 俺は、内心ぎくっと体を強張らせる。

 俺もあのノートは、素直に凄いと思った。だからこそ、ガレスの目に留まるように他の資料と共に送った。……ただ、その事がもたらす結果も、予測していなかったわけではない。


 跪いて俺を見上げる彼女の顔を思い出す。好きだの嫌いだの云々は置いておいて、彼女は本当に美しい。それは、何事も怠らない真剣な所や、常に希望を見失わず笑顔を保つ強さ、周囲の人間に惜しみなく愛情を注ぐ柔らかさから来ているのだと、俺はもう知っている。


 俺が黙っていれば、ガレスは言葉を続ける。


「どう思う?」

「……どうって?」

「イシドールの婚約者に。次期皇后に、相応しいかな?」

「……」


 俺は、考えるふりをしてスモークを吹かす。ガレスが、自分にもと言うので一本譲ってやる。ふぅっと少し深めに息を吐き、考えを述べる。


「まあ……遜色ないだろう。美しさもさることながら、意思の強さも、心根も。自分への自信のなさが少し気になるが、周囲がサポートしてやれば済む話だ」

「へえ……その割には、乗り気じゃないみたいだね? 何か気に掛かる事でも?」

「……」


 俺は、もう一度スモークを吹かす。ここ最近の色んなことが思い出される。

 洞窟内での彼女との時間も……不謹慎ではあるが、楽しいと感じている自分がいた。

 あんなにも素直に、魔獣の話をしたのは始めただった。


 照れたり、泣いたり、笑ったり……俺の前では感情をそのまま表情に変える彼女が、眩しくて時折目が痛くなる。柔らかい、彼女の心が傷つかないかだけが心配だ。

 

 俺は、煙を吐ききって、持っていたスモークを受け皿にぐっと押し付け捨てる。


「……まあ、皇后は激務だから。本人達の意向に任せたい」

「“あくまでも、彼女の気持ちを尊重しろ”という事か」

「……そうだな。子供達の誰も、傷つく姿は見たくない」


 俺は窓の外を眺める振りをして視線を外した。ガレスが、ふぅとスモークを味わっているのがわかる。そして、またゆっくりとその薄い唇を動かす。


「……イシドールの事は、心配しなくて良い。もし、今回の件で自分の出生について知ったとして、いずれは知らなければいけない事だ。敢えて話してやるつもりもないがな。私は、負い目や同情であの子を皇太子にと定めたわけではない。あの子が向き合い、乗り越え、付き合っていかなければいけない事だ」

「……ああ。わかってる」


 イシドールの様子を思い出す。ロゼの失踪に、相当に参っていたようだった。いつもなら少しばかり考えすぎなんじゃないかと思える程、周囲の奴らの意図や気持ちを汲んで動く奴なのに……かなりいきり立っていた。また、学院で少し様子を見てやらないとなと思う。

 学院では、今回の件は不測の事態だったとして学院長自らが不問にすると意向を示した。勿論、ガレスの息は掛かっている。俺は、何食わぬ顔をして授業を再開した。それがまた、イシドールには気に入らなかったのかもしれない。


 ハンゼン子爵令嬢に関しては、引き続き監視の目を光らせているが、俺の授業は欠席し続けている。元より、「ケガの恐れがある為、少しでも自信を失ったら出席しなくて良い」と公言しているので、それは別に構わない。イシドール達への接点が減り、ほっとしているくらいだ。俺は、他に思いついたことを尋ねる。


「……近隣諸国の動きはどうだ?」


 ガレスは、「ん~」と声を出して考え、答える。


「特に、変化はなかったかなぁ。()()()()()()だ」


 ガレスの言葉に俺はただ一言「そうか」とだけ呟く。ガレスは、引き続きスモークを吹かしながら続ける。


「他国から入荷している線も考えて調べてみるよ。専門家達の精査の結果と合わせて、追って資料を送ろう」


 日の光が、暑い。そろそろ本格的な夏が来る。


 この眠たくなりそうな生暖かい空気が、俺には居心地が悪い。

 今回の件が片付いたら、魔獣の調査にでも乗り出してみようか。


 命と命をぶつけ合う、その刹那の時間を……俺は、心の奥底で密かに恋しく思っていた。

 まるで故郷を思うように。




貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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