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35・【グレース視点】馬車の中で



 ロゼがマグマアントの巣に落ち、その後を公爵閣下が追った。

 イリーナ様は、生徒に帯同するすべての騎士達に連絡を出し、森の入り口へと収集を掛けた。


 私はどうしても残りたいと言ったのだが、イシドールや私を始め、みなの身を守る為どうか理解して欲しい……ロゼの事は必ず公爵閣下が連れ戻すからと説得され、後ろ髪を引かれながらも指示に従った。確かに、万が一これ以上の襲撃があった時、私達は足手まといなる。悔しくはあるが、弁えなくてはいけない。


 森の入り口では、やってきたカレン先生と会い、私達はそれぞれ処置を受ける。

 幸い、大きな傷もなく、私に至っては処置の必要はまるでなかった。

 イスは、魔力を振り絞るようにして使ってしまったので、これから多少倦怠感や眩暈など、魔力が枯渇した際の症状が出て来るだろうという事で、早めの帰路を促された。


 それもあり、私達は素直に馬車に乗った。ノーマン卿がイスと私を帯同してくれると言うので、私は遠回りしても良いからと自分の家の馬車を先に返し王宮の馬車に乗り込んだ。


「イス……大丈夫か?」

「ん? ああ……今はまだ少しだるさがある程度だよ。大丈夫」

「そうか。ノーマン卿は?」


 私が尋ねると、ノーマン卿はキョトンと目を丸くした。折角心配してやっているのになんだその反応はと思い少々剥れて見つめると、彼は慌てて答えた。


「あ! すみません! 心配され慣れていないものでして! 僕は全く大丈夫です」


 まあ、確かに現役騎士からしたら大した労働ではなかったか。

 実際、私とて然程体は辛くない。日々の鍛錬よりも動いてないから……キツイのはやはり心の方か。

 自分の手を見れば、微かに震えているのがわかる。それをぐっと握り締める。


 ロゼは……大丈夫だろうか?


 失う可能性を考えると、怖くてどうしようもなくなる。まるで落ち着かない。

 イスもきっと同じなのだろう。表には出さないが、俯いて、その表情は青褪めている。

 自分も今、同じような顔をしているのだろうか。

 


 しかし、もう間もなく王城だという所で森で見たイリーナ様の魔法――真白い雪で出来た手紙が飛んできて、ノーマン卿が空中に手を伸ばしそれを受け取る。私達は思わずそれぞれに声を上げた。


「ロゼは? どうなった!?」

「中身はなんと……!」


 ノーマン卿は中身を検め、ふっと相好を崩した。


「大丈夫です。バレナ参事官が連れ帰ったそうです。大きなお怪我もなく、ご無事だという事です」


 良かった……。

 イシドールと二人、詰めていた息を吐き出した。一先ずそれだけで、充分だ。

 

 馬車は王城に到着し、軽く挨拶を交わし、イスは数名の使用人に付き添われ王城の中へと消えた。馬車をそのまま借りて私の邸へと向かう事になったが、ノーマン卿が馬車を降り御者席へ移る腰を上げたので、私はそれを止めた。妙齢の子女が男性と二人きりになるのは外聞が悪いとされているが……正直どうでも良い。ノーマン卿は、眉を顰めて声を出す。


「しかし……」

「良いんだ。乗っていてくれ。聞きたいことがある」


 私がそう言って見つめていると、彼は諦めたようにふぅと一度息を吐き、浮かせていた腰を落ち着けた。御者に声を掛け、馬車をそのまま走らせてもらった。


 少しの間、馬車の外の景色が流れていくのを眺めていたら、ノーマン卿が口を開いた。


「……僕に、聞きたい事とは何でしょう?」


 声につられ視線を向けると、さらりと微笑む姿がある。私は、思案を巡らせながら口を開く。


「……そうだな、まず、貴方はどこまで()()()()()のかという事かな」

()()()()()?」

 

 ロゼが助かったと聞いて、落ち着いてくれば、段々と今日の事を冷静に考える事が出来る。カシャンと何かが割れる音、現れる筈のない二体の中級魔獣。これらが示すもの。


「まず。私の推測を聞いて欲しい。今回の件は、まず間違いなく何者かに(けしか)けられたものだろう」

 

 犯人の目的は不明だ。けれど、今日を狙ったものである事は間違いないだろう。

 魔獣を呼び寄せる魔道具なんて、一般に流通している物ではないし、それなりの値段もする。今日の授業内容を把握し、私達の後をつけタイミングを見計らったとしか考えられない。授業の内容に関しては、学院の者ならば誰でも知る事が出来ただろう。森の中に入ってしまえば、怪しまれずに身を顰めながら後を追う事など雑作もない。


「……だが、暗殺が目的なのだとしたら、少々やり方が遠回りだ。どこまでが予測の範囲内だったのかは不明だが、確実性に欠ける。実際、私達はこうして生き残った」

 

 金を掛けた嫌がらせとしか思えない。……まあ、貴族ならあり得ない話でもないが、折角そこまでしたんだ。忠告なり警告なり、何かしら伝えたいメッセージがあったのではないだろうか?

 

 私は、ちらりと視線を上げてノーマン卿を見る。

 ノーマン卿は、表情を変えずにただ静かに私の話を聞いている。

 

 道すがら、最近急遽学院騎士になったのだと聞いた。中途半端なこの時期に。バレナ公爵を追ってきたという事だったが、それだけの理由で騎士隊が急遽異動申請を受け入れるだろうか? 少なくとも、途中入隊の者がいる秋か、来年の春を待てと言われそうだなものだ。


 考えすぎだと言われたらそうなのかもしれないが、何らかの意図を持って異動が決められたのではと邪推してしまう。そして、今回の騒動だ。妙にかみ合う。


「ノーマン卿。貴殿は、何の目的でこの学院にやってきたんだ? 誰の意図かは……まあ、何となく予測できなくもないが」


 もし、少しでも不審な点がある人間なら、わざわざ皇太子(イス)の側に置くことはしないだろう。むしろ、信頼に値するからこそ置かれたと考えるのが妥当だ。

 ノーマン卿は、少しの間黙し、微笑んだまま首を傾げる。


「さあ……何の事だか僕にはなにも」

「まあ、そう答えるよな。なら質問を変えよう。今回の採集拠点は、出発時に私達の希望に沿う形で決められたよな? それでも、ある程度の候補はあったのか?」

「ええ。どの森もそうですが、安定的に採集が出来る場所と言うのは大抵決まっていますので。今回も、所謂一般的な採集場所に限定されました」

「他のチームと場所が重ならなかったのは何故だ?」

「初級の魔獣と相対した際の十分なスペース確保を意識し、予め各チームごとに選択肢を割り振られていました。我々は、その中から選んだ形になります」

 

 数ある選択肢を、さらにある程度絞っていたという事か。つまり、私達の歩む道のりはある程度決められていた事になる。


「その事を知るのは?」

「今回帯同に当たる騎士達だけです」


 となると、待ち伏せをすると言う形はやはり難しいだろう。初めから、狙いは定まっていたと考えるのが妥当だな。

 

「マグマアントの巣については、知られていたのか?」

「いえ。それは全くの想定外でした。そもそも、マグマアントは通常のアリが、魔力を帯び魔獣化する特殊な魔獣なので……あそこまで大きな巣があると知られていたら、一般公開はされていなかったでしょう」

「今回、中級の魔獣と急遽相対する事になったのは、私達だけか?」

「……ええ。そう聞いております」

「なら、やはり目的は、イスかロゼか私……もしくは、公爵閣下か」


 この授業を受講している生徒達の中で、高位貴族は私達三名。その身に何かあれば、公爵閣下は間違いなく責任を問われるだろう。ただ、だからと言って公爵位を退ける事は出来ないだろう。責任の所在を問うのであれば、隊長のイリーナ様に向かう事も考えられる。

 私は、思わずふっと鼻で笑ってしまう。


「まさしく、嫌がらせだな」


 零すようにそう言えば、ノーマン卿は目を見開き私を見て来る。何か不思議な事があっただろうかと視線を向ければ、それに答えるように口を開いた。


「それだけですか?」

「何がだ」

「いえ……お聞きの通り、僕は平民ですので。身分を盾にもう少し詰められるかなと覚悟していたので……」

 

 私は、首を傾げ、ノーマン卿のモスグリーンの瞳を真っすぐに見つめ返す。


「貴殿は、国を護る為にと国の定めた騎士だ。貴殿の考えは、イコール国を護る事。ならば、無理に聞き出して何になる。騎士である貴殿の判断を信じるよ」


 確かに騎士は、貴族を護る事が任務になる事もあるが……それはあくまで、国を護る事に繋がるからだ。私達貴族が、騎士を下に見てはいけない。国の騎士とは、国の意向そのものなだと私は考えている。


 すると、ノーマン卿は口元に手を添え、「へぇ……」とだけ零し笑った。

 段々、夕刻に近付き薄暗くなる車内で、その瞳がきらりと輝いた気がして、私は少し背筋に寒いものを感じた。まるで、獰猛な鷹や狼にでも睨まれた気分だ。

 

「嬉しいです。僕ら騎士を認めてくれて、ありがとうございます」


 次の瞬間には、ノーマン卿はニコニコと人好きのする顔で微笑んでいた。

 その笑顔が胡散臭くて、何故だか私は気持ち後ずさった。



貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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