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34・【ロゼ視点】二度目のデート?



「ほら。どうだ?」

「……はい! 動きますわ」


 わたくしは、手を握ったり開いたりして感触を確かめる。レオ様は、光の属性の魔法も使えるようで、足の傷口に手を翳しすぐに麻痺を解いてくれた。ただ、光の魔法は普段自分に向けてしか使用していないらしく、自分以外の人間に使うのはあまり得意ではないという事で、細かな傷の手当などは戻ってから、どなたかにやって貰った方が良いと言われた。


「よし! じゃぁ、行くか」


 レオ様は、そう言うとわたくしの弓を肩にかけ、代わりに手に持つ明かりをわたくしに渡してきた。わたくしは、反射的にそれを受け取り、きょとんと首を傾げていると、レオ様の体が近づいてきてふわっと体が浮いた。


「え……っきゃ、わ!」

「『きゃわ』って……なんて声だしてんだよ」


 レオ様が、ふっと笑う。まさか、二度目の抱っこがあるなんて思わなかった。

 かぁっと頭に熱が集まるけれど、砂まみれの自分の姿を思い出し、慌てて告げる。

 

「レ、レオ様! わたくし、歩けますわ!」

「良いから、暴れてないで掴まれ。毒の耐性を高めただけで、毒抜きしたわけじゃない。しんどいだろ。……それより、ほら。見てみろ」


 レオ様が足元を見つめるので、わたくしも下を見る。明かりを翳すと、一面に凄い量の真っ赤な花びらが散らばっていた。


 

「これは……」

「マグマアントが放った炎を、花びらに変え無害化したんだろう。敵の魔力を自分の魔力で包み込んで形を変える“変質”という技だな。相手の魔力よりも完全に力が上回らないと出来ない大技だ」

「え……」

「ほらな。意外と使えるもんだろう?」


 レオ様が、嬉しそうににっと笑う。色んな気持ちが込み上げてきて、喉がぐっと詰まる。わたくしの魔法は、決して使えないものではなかった。ちゃんと守ってくれたんだ。よかった……生きていて、本当によかった。


 わたくしは、緩んだ涙腺からまた雫が零れそうになるのをぐっと堪えて、そろそろと手を伸ばしレオ様の肩に掴まった。すると、レオ様はまたふっと微笑み、歩を進めた。たぶん、わたくしが辛くないよう慎重に。それでも、自分で走っていた時はとても遅く感じたのに、景色がとても早く流れていっているような気がするから不思議。


 わたくしは、レオ様の息遣いにドキドキしながらも、気になった事を聞いていく事にした。


「レオ様は、どうしてわたくしの居場所がわかったのですか?」

「ん? ああ。土の魔力を広げて動きがある場所を探ったんだ。俺は四元素全ての魔法が使えるから」

「! すごい……! わたくしの元に来るまで、灯りを持っていないようでしたが、それも土魔法ですか?」

「いや。それは、光魔法の応用だ。瞳に光を貯めて置けば、一定時間夜目が利くようになる」


 ほぅ……っと、感動してレオ様を見つめる。実戦で魔法を使うと言うのは、こういう事なのかと改めて感じる。レオ様は、そんなわたくしを見て、またははっと笑う。


「本当によく顔に出るな。何考えているか丸分かりだぞ」

「っ! み、見ないでくださいませ! 今は、そう、ほんの少し気が抜けてしまっていて……今だけです!」


 レオ様の肩に掴まっているから、顔を隠す事も出来ない。わたくしは咄嗟にレオ様のお顔から視線を外し、顔を隠すように俯く。頭上からレオ様の声が聞こえる。


「ああ、悪い。そうだよな。……そう言えば、上にはアルカイルフェザーとハンマーゴーレムもいたな。上の奴らに報告を受けるつもりだが、何があったのか聞いても良いか?」


 わたくしは、はっとして顔を上げる。そう言えば、他のみんなはどうなったんだろう。

 

「レオ様、上は……上の様子は、いかがでしたでしょう? 皆様、ご無事でいらっしゃいましたか?」

「ああ、大丈夫だ。傷を負っている様子の者はいなかったよ。恐らく、イリーナやノーマンが指揮を執って、もう撤退している筈だ」

「そうでしたか……」


 よかった。わたくしは、ほっと胸を撫で下ろした。魔獣は、概ね討伐したつもりだったけど、アルカイルフェザーはしぶとかったし……あの状況では、何が起きているかなんて分からない。わたくしは、順を追って経緯を説明した。何かカシャンと割れるような音が聞こえた事、それから森の様子が変わり、魔獣が現れた事。レオ様は真剣な表情で、何か思案を巡らせているようだった。


「……ハンゼン子爵令嬢の姿は見なかったか?」

「……ハンゼン子爵令嬢ですか? いえ……あら? でも、何故かしら? わたくし、何かを助けるつもりで、防護壁から飛び出したのですが……」


 頭の中が疑問符でいっぱいになる。所々、記憶に穴が開いている気がする。思い出そうとしても、何故か霞がかって思い出せない。わたくしが困っていると、レオ様が気遣う様に声を掛けてくれる。


「いや……もういい。ありがとな。大体わかった。それにしても、次から次へと中級の魔獣と相対して、怖かっただろう? 今は大丈夫か?」

「あ……」


 魔獣に遭遇すると、トラウマになって眠れなくなったり、森に近付けなくなる者もいると聞く。でも、わたくしは……。


「はい。思いの外。……それどころか、少し美しくも感じてしまいました」

「美しく?」

「はい。アルカイルフェザーも、ハンマーゴーレムも……マグマアントでさえ。体いっぱいに魔力を帯び、真っ直ぐにこちらに向かってくる力強さや、何と言えば良いのか……その“生”が、しなやかでした」


 レオ様がふと立ち止まり、わたくしはどうしたのだろうと顔を上げる。すると驚きで目を見開いたレオ様と目が合う。わたくしは、随分と変な事を言ってしまっていたのだと気が付き、声を上げる。


「あ、あのっ、申し訳ありません。変な事を申しました……」

「いや! ……いや、違うんだ。すまない。同じ考えの者がいたのかと、少し驚いてしまって」


 え……?

 わたくしが首を傾げていると、レオ様は気恥しそうに視線を逸らし、再び歩き始めながら言った。


「俺も、長年そう思っていたんだ。でも、中々同意が得られなくてな。黙っていたんだ」

「そうでしたか……」

「ああ。……嬉しいものだな。共感できると言うのは」


 レオ様が、ははっと嬉しそうに笑う。わたくしも何だかぽかぽかと嬉しくなり、顔を綻ばせながらふふふっと笑ってそれに答えた。その後レオ様は、アルカイルフェザーの凄い所や、マグマアントの集団行動の緻密さなどを語って聞かせてくれた。わたくしも、興味深く、気になった事を質問しながら話を聞いた。そうこうしている内に、遠くに明かりが見えてきた。


「あ……」


 レオ様も、明かりを前にゆるやかに歩みを止めた。


「あそこの大穴から入って来たんだ。良かったな、無事帰って来れて」

「……はい」


 でも、この時間が終わっちゃうのかと、少し残念な気持ちになる。

 

 何を思っているのかしら、わたくしったら。折角、レオ様が助けに来てくれたのに。それに、こんなボロボロの姿のまま……デ、デートしたって、嬉しい筈ないのに。


 そんな風に葛藤していたら、ふと、レオ様が立ち止まったままな事に気が付く。不思議に思い顔を上げると、視線をこちらに向けずに何か言いたげなレオ様の顔が見える。わたくしは、首を傾げて問う。


「レオ様?」

「……ああ、いや。その、なんだ。えーっと……」


 レオ様にしては珍しく歯切れが悪い。わたくしは、何だろうと眉を寄せながら続きを持つ。すると、レオ様は視線を彷徨わせながら口を開く。

 

「俺は、たぶん、君が思っているほど、出来た人間じゃない」

「……そう、なのですか?」


 何が言いたいんだろう。レオ様がん゛んと咳ばらいをしながら、困ったように続ける。


「……だから、出来れば今日のように、今後は普通に話して貰えたら助かる」

「あ……」


 わたくしは、普段の自分の様子を思い出し、かあっと顔を赤らめる。胸がドキドキとまた痛いくらいに脈打つけど、レオ様が折角こうして話してくれているのだから、わたくしもきちんと話さなくてはとぐっと喉を鳴らす。


「あの、はい。ごめんなさい。わたくし、その、今日も変な態度を取ってしまって……」

「ああ。そう言えば、何だったんだ?」


 やっぱり、レオ様にも伝わってしまっていた。グレースの言う通りだわ。わたくしの、わたくしのツンツンが……。ちらっと視線を上げると、どこか心配げに、眉をほんの少しだけ顰めるレオ様と視線が合う。


「わたくし……焼き餅を妬いてしまったのです」

「……は?」

「イリーナ様に……」

「はあ?」


 レオ様が、何の事か全くわからないという様子で声をあげる。だから、わたくしは弁明するように声を重ねる。


「……だ、だって! レオ様、イリーナ様の事だけお名前でお呼びになるんですもの。わたくしの事は、君とか家名とかですのに……」

「ああ、そういうことか……」


 思えば、レオ様と呼ぶことさえ許されていなかった。つい、心の中でいつもそう呼んでしまっていたので、今日もずっとそう呼び続けてしまったけれど……。わたくしは、レオ様の肩に回した手にほんの少し力を籠め、顔を上げ真っ直ぐにレオ様の瞳を見つめる。


「……あの、わたくしの事も、どうか“ロゼ”と、呼んでいただけませんか?」

 

 二人きりの時だけでも構いませんので……と伝えると、急にずるっと体が揺れる。レオ様の腕の力が抜け、わたくしは「きゃっ!」とその首にしがみ付く。レオ様も、「わ、悪い!」と、改めて力強く抱えなおしてくれる。……そろそろ、重くなってきてしまったかしら?


 わたくしは、心配になり再びレオ様のお顔を見て、驚きで目を見開いてしまう。レオ様はそっぽを向かれてしまっていたけど、その頬やお耳はかぁっと朱に染まっているのが分かった。


「……善処する」


 レオ様の低い声が心に響く。漸く、わたくしの熱が、少しは伝わってくれたのかしら?

 わたくしの顔も、きっと同じくらい赤い。高鳴る鼓動は、わたくしのものなのか、レオ様のものなのか……。わからずに戸惑っていると、レオ様は再び歩みを進め、ぐんっと跳躍し、わたくし達は地上に出た。空は眩しいほどに明るく、透き通る青空が広がっていた。



 ◇◇◇


 穴の外では、イリーナ様の他に、数名の騎士様とカレン先生が待機していた。イスやグレースはノーマン卿に付き添われ、他の生徒同様一足先に帰路についたと言う。幸い、手当の必要もなかったとか。わたくしは、外に用意されていた寝台に座らされ、カレン先生の手当てを受けた。カレン先生の光属性の魔法はとても強く、すぐに体が楽になった。泥に(まみ)れた上着を脱ぎ、温かいタオルで顔と髪を拭う。カレン先生は「気になるでしょう?」と言って、ほつれた髪を梳いてくれた。漸くほっと、力が抜けた。


 

 レオ様は、改めてイリーナ様の報告を受け、後に他の騎士達の報告も受けていた。報告を終えたイリーナ様がやって来て、わたくしの前に跪き、わたくしは瞠目する。


「な……! どうして……!」

「ロゼ様……いえ、フォンテーヌ侯爵令嬢。今回の事の責は、全てわたくしにございます。お怪我を負わせてしまった事、危険に晒してしまった事、誠に申し訳なく……。お望みとあらば、この剣を折る所存でございます」


 イリーナ様は脇にサーベルを置き、胸に手を当て頭を下げる。わたくしは、どうしたらと思わず少し離れたところに居るレオ様を見る。すると、レオ様はわたくしの視線に気が付き、ふっと微笑まれて、「何を言っても大丈夫だ」と言わんばかりに一度だけ頷かれた。わたくしは、少しの間思案し、そっと立ち上がり声を掛ける。


「頭を、お上げください」


 イリーナ様はゆっくりと頭を上げ、真剣な眼差しでわたくしを見る。わたくしは、すっとしゃがんでその真っ直ぐな眼差しと視線の高さを合わせる。今度は、イリーナ様が驚きで目を見開かれた。


「この授業では、実戦形式である為、傷を負う事も覚悟で挑むことが事前に知らされていました。わたくしも、その覚悟を持って武器を手にやって参りました。イリーナ様に、責はありません。不測の事態にもかかわらず、わたくしを始め、大切な人達を守ってくれたこと、心から感謝しています」

「ロゼ様……」


 わたくしは、手の指でイリーナ様の顔についていた泥を拭う。

 

「この日の学びを、生涯忘れません。将来、この国を統べていくであろう生徒達の側に、貴方のような騎士が在る事を、わたくしは心から誇らしく思います」


 わたくしがふっと微笑むと、イリーナ様は瞳を潤ませてわたくしの言葉を受け止めてくれた。わたくしは、イリーナ様の手を取って立ち上がる。


「ふふ。だから、いつもの通りに戻ってくださいませ。わたくしも、こんな難しい事ばかり言っていられませんわ」


 わたくしがそう言うとイリーナ様は立ち上がり、わたくしの手をぎゅうっと握り、頬を紅潮させて言う。


「ロゼ様っ! わたくしは、生涯ロゼ様に忠誠を誓いますっ! もう隊を辞めても良いで……っ」


 イリーナ様が言い終わる前に、いつの間にかイリーナ様の後ろに来ていたレオ様が、何かの資料でばさっとその頭を(はた)く。


「今の話を聞いていたのか馬鹿野郎。滅多な事を軽々と言うんじゃねぇ」

「なっ……参事官! 私は本気ですっ!」

「本気なら、尚の事手順を踏めって言ってんだ!」


 お二人がやいのやいの言い合う。……もう! やっぱり、二人して仲良し。ずるいわ! わたくしも(はた)かれたい!

 後ろから、カレン先生の声が掛かる。


「はいはい。そこまで。ロゼちゃんには休養が必要よ。森の外まで歩ける?」

「あ……俺が、」

「いいえ! 大丈夫です! レオ様。わたくし、歩けますわ」


 わたくしがレオ様の言葉を遮り、首をふるふると横に振ると、レオ様は「無理するなよ」と言ってくれた。カレン先生のお陰で、元気百倍。もう、大丈夫。


 騎士の方々も機材を持ち、みなで撤退する。弓や鞄は、レオ様が持ってくれた。森を歩きながら、たった数時間の出来事なのに、色々あったなぁと今日の事を振り返る。みんなで楽しくお話しながら歩いていたら、あっという間に森の入り口に辿り着いた。


 魔獣の住む森と人里を隔てる防護壁を越え、最初に集まった場所に辿り着くと、帰路につく実感も湧いて来る。すると、ふと、始まりの事を思い出す。ふわっと風に乗って、記憶が蘇ってきて、思わず足を止める。

 

『……ハンゼン子爵令嬢は見なかったか?』


 何故、今、その言葉を思い出したのだろう。

 

 後ろを歩いていたカレン先生と、レオ様が順に気が付き声を掛けてくれる。


「? どうしたの、ロゼちゃん?」

「どうした?」


 お二人の声ではっと意識を取り戻し、わたくしはレオ様を見る。


「あ、あの……」

「ん?」


 わたくし達の様子に、前方を歩いていたイリーナ様まで立ち止まり振り返る。他の騎士の方は、もう随分と前を歩いている。このメンバーだけなら……良いかしら?


 わたくしは、声を潜めて言う。


「あの、ハンゼン子爵令嬢のことなのですが……」

「……! ああ、どうした?」


 なんと言ったら良いかしら?

 わたくしは説明を省き、一先ず思っている事を端的に伝えることにする。


「……先生方から、注意を促して欲しいのです。彼女は、恐らく……“魔草(まそう)”に、侵されています」


 レオ様、カレン先生、イリーナ様が、息を呑んだのがわかった。




貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。


9/30、10/1が都合により、投稿をお休みいたします。

次話は、10/2 7:00~ の予定です。

お待たせして申し訳ありません。


ここまで読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱

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