31・【レオノール視点】課外授業を目前に
時は、少し遡る。
課外授業を目前に、俺の教諭室にはイリーナとウィル・ノーマンが訪れていた。
俺は机に凭れ、二人は各々立ったまま報告をする。
「親父さん元気か?」
「ええ。お陰様でピンピンしています」
学院専属騎士隊の真新しい白い騎士服を着たノーマンが、人好きのしそうな顔で笑って言う。ノーマンの父親は、表向きは木彫り職人だが裏では武具の製作を請け負う職人でもある。かなりの名手で、その名に恥じない程の拘りを持つ人間だ。武具作成の為ならば、素材が手に入りそうな場所にならどこへでも赴くし、使い手の気持ちを知る為に自らも武具を使う。5、6年ほど前、何かの仕事で武具の製作を依頼し、使い勝手などを話し合う内にすっかり意気投合して飲み仲間になった。
息子のこいつとは、父親と共に酔いつぶれている所を介抱される形で知り合いとなったが、当時はまさか俺に公爵という身分があるとは思わず、客の傭兵のおやじだと思っていたらしい。……別に構わないが、当時は俺もまだ20代だったんだけどな。
王都の巡回騎士の中にこいつの名前を見つけ、今回、仲間に引き入れた。
「お前は職人にはならなかったんだな」
「そうですね。跡継ぎに兄もいるので。僕もいつかは家業も手伝いたいと思ってはいるのですが、作り手にはあまり向いていないようなんです。使う方が性に合ってます」
「王都での暮らしはどうだ?」
「いやぁ、田舎とはやっぱり違いますね。時々、故郷の酒と明かりが恋しくなりますが、概ね快適に暮らしています」
ノーマンがニコニコと相好を崩さず答えると、イリーナは腕を組んだまま問う。
「しかし、フロストヘイブンと言えば辺境だろう? 田舎者と揶揄してくるような奴もいたんじゃないか?」
イリーナは、貴族の娘ではあるが、西方端の辺境の地の生まれだ。ブラッドフォードは、代々辺境伯家固有の騎士隊に所属し、実はその話は騎士の間でも有名で、二代前には伝説とも呼ばれる熊のような男がいたのだと武勇伝が語り継がれている。俺も、面識はないがブラッドフォードと聞くとその熊男が浮かんできてしまい、初対面の際、その事を零しそうになってイリーナに強く睨まれた。恐らく、自身が王都に来た際散々揶揄われたのだろう。けれど、ノーマンはふっと笑いながら答える。
「ええ。先輩方もたくさん構ってくれるので、とても楽しかったです。いいですよね。僕、修練って言葉大好きです。合法で色んなことができるので」
武具の試し打ちにはぴったりですと、調子を変えずに言う。イリーナはかなり苦々しい顔で引いているが、俺は思わず顎の髭に触れながらうんうんと頷いてしまう。ノーマンの父親も腕前は確かだったが、息子のこいつは天才と言われる部類だろう。幼い頃から武具を玩具にして育っているだけあって、武具の扱いに長け動きが速い。俺も何度か手解きはしたが、入隊トーナメントは熱かった。まあ、やっかみなんて通過儀礼のようなもんだ。騎士は腕っぷしが全てだから楽で良い。もっと昔話をしていたいが、それは酒の席に残し一旦頭を仕事に切り替える。
「調査の方はどうだった?」
「ええ。言われた通り、ハンゼン子爵と“古魔術”の繋がりを探りましたが、特別なものはなにも出てきませんでした。……が、夫妻でノクタの神殿に赴いているようで、それが少し気に掛かりました」
「ノクタ? 古神か。身内が亡くなっているのか?」
ノクタは、神話上で我が国の主神フレイの親世代――この世を創り出した古い神の一人で闇を統べる神とされている。同時に、死や安息の神ともされ、身内を失ったことをきっかけに改宗する者も時折いた。ノーマンは頷き、続ける。
「息子です。10年程前に。娘のケイティと双子だったようです」
「双子? 死因は?」
俺の代わりにイリーナが問う。ノーマンは、手に持つ資料を手渡してくる。
「数年前までハンゼン子爵家の主治医をしていた者をあたり、記録を取ってきました。名を、エイベル・ハンゼン。当時6歳。死因は、魔獣に嚙みつかれたことによる失血死です」
「魔獣? 護衛はいなかったのか」
「子供達二人で家を抜け出し、森で遊んでいたようです。そこへ現れたブルーフォックスに襲われてしまったとか……危険と隣り合わせの生活をしていない貴族の子にありがちな話ではあります。特に、子爵家や男爵家は高位貴族のようには護衛の数も揃えていない。抜け出すのは容易でしょう」
「そうか……」
『……弱い者は、見ているしかないのでしょうか?』
脳裏にハンゼン子爵令嬢の言葉が思い出される。あれは、そういう意味だったのか。
資料を捲ると、ハンゼン子爵がノクタの神殿にいつ訪れたのかという記録も乗っていた。恐らく、月命日か何かなのだろう。毎月、大体同じ日に訪れている。
「ノクタはおっしゃっていた通り古神なので、“古魔術”と何らかの繋がりがないか、今調べている所です」
「そうか。“フェアリー・コンプレックス”の被害状況はどうだ?」
「それは、私から。王都各地の屯所を回ってきました。まだ見切れていない所はありますが、状況から察するに、新たに3名ほどの少女が該当するかと思われます。内2人は孤児です」
「孤児か……」
孤児は、行方不明者の捜索依頼を出している方が稀だ。そうなると、今回は捜索依頼をベースに捜査を進めている為、被害者は考えている以上に多いという可能性が出て来る。ただ、孤児達は金を持っていない。金目的と言う線を消して良いのか……犯人が複数の目的で動いているのか。
「……イスの報告によると、学院内でも噂話程度だが女生徒達には実しやかに囁かれているらしい」
「……! そんな!」
イリーナが、驚きで目を瞠る。無理もない。学院内は、言わば要塞の中だ。騎士達は、連携し常に目を光らせている。生徒達は、家と学院に保護され、そういった危ういものに触れる機会はほぼ皆無と言って良い。それにも関わらず、生徒達の興味を引くような噂が広まるというのは、やはり何者かが意図して流しているからだろう。
「大体は、“美しくなれる”、“勇気が湧いて来る”、“恋が叶いやすくなる”という内容のようだ。形状など具体的な話は出ておらず、液体と語る者もいれば、錠剤と語る者もいるらしい」
「……購買意欲を煽り立てている様子ですね。貴族のご令嬢なら、何とか手に入れたいと動き出す者もいるのでは?」
「ああ、時間の問題だろうな。そろそろ、こちらも先手を打ちたいところなんだが……」
この場合、先手となり得る手としては二択。公開捜査か、囮捜査だ。けれど、正直まだ早い。被害者の娘達には申し訳ないが、そちらは地道に足取り捜査をして、もう少し犯人を引き寄せたいところだ。となると、囮捜査になるが……囮になるに適している者がいない。少なくとも、万が一拐かされた時に、自ら状況を打破できるような者でなければ。
溜息を吐きながら、頭の髪をくしゃっと掴む。ある程度予測を立てなければ、後手に回るだけだ。今段階で出来る事があるとしたら……。
「ひとまず、現行の通り調査を進めてくれ。新たに何か出てきたら、随時報告を頼む。それから、明日の課外授業では二人を皇太子の護衛に就ける。……よろしく頼むぞ」
「「はっ!」」
イシドールの側には、恐らく彼女もいるだろう……うっすらと別の姿を思い浮かべながら、イリーナとノーマンならそちらも当然守り切ってくれる筈だと、言葉に出す事はしなかった。そんな事を話したのは、昨日の事だ。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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