30・【ロゼ視点】戦闘
「……! ええ! そうだわ。ハンゼン子爵令嬢よ。お一人かしら?」
周囲に騎士の姿は見えない。もしかして、逸れてしまった?
だとしたら大変だわ! わたくしとグレースの様子に気が付き、イリーナ様が「どうかされましたか?」と駆け寄ってきた。わたくし達は事情を話し、ハンゼン子爵令嬢がいた方向を指し示すがもうその姿は見えなかった。
イリーナ様は少し目を細めて森の奥を見つめた後、安心させるように微笑み口を開く。
「……同じ授業を受講しているのであれば、あちらにも帯同する騎士がいる筈です。万が一逸れてしまったとして、足取りを追っているでしょう。念のため、状況を魔法でレオノール様にお伝えしておきます。なので、お二人ともご心配なさらないでください」
「ですが……」
すぐ側にいるのに。
そう思って、わたくし達はイリーナ様を見つめるが、イリーナ様は首を横に振る。
「申し訳ありません。私共は、ロゼ様、グレース様、皇太子殿下の3名をお守りするよう命じられております。この場を離れるわけには参りません」
イリーナ様の言っている事は、間違っていない。何となく心苦しかったけど、この状況ではイリーナ様の判断に従うしかない。わたくしとグレースは顔を見合わせた後、頷いて言う。
「「わかりました」」
「では、失礼いたします」
イリーナ様はそう言うと、掌を上に向け空中に真白い雪を発生させる。
雪の魔法は、生まれつきの魔力量も重要だが、さらに水の属性に磨きをかけ上級魔法にまで育て上げなければいけない。
実際に見るのは初めてで、つい見入ってしまう。雪の粒が輝きながら手紙の様な形状に変わっていく。幻想的で、とても綺麗。
完成すると、イリーナ様はそれを軽く放り投げるような仕草をする。すると、手紙は目にも留まらぬスピードで空に舞い上がり、どこかへ飛んで行った。
わたくしとグレースが思わず小さく拍手をしながら、目を輝かせて「すごい、すごい!」と言い合う。イリーナ様は少し照れているご様子ではあったけれど「お望みでしたら幾らでもお見せ致します」と言ってくれた。そんな風に笑い合っていると、近くで音が聞こえた。
――……カシャンッ
何かが割れる音だった。わたくしは、思わず音の方向を見る。グレースもイリーナ様も気が付いたようで、そちらを見るが……数秒後すぐに周囲の異変を察知し、視線を鋭くし辺りを見回す。その異変は、わたくしでも分かった。とても強い魔力を持つ何者かが、こちらに真っ直ぐ向かってくる気配がする。
「ウィル!」
イリーナ様がノーマン卿に声を掛けると、ノーマン卿は頷き動き始める。
「皇太子殿下! 申し訳ありません! こちらへお願いします」
じりっと後退し、岩肌を背に全方向に意識を向ける。
わたくしも、落ち着いてと自分に言い聞かせて弓を構え、魔力を広げる。植物達と意識を繋げれば、いち早く周囲の異変に気が付ける。腕のソーサリーワンドが、忠実にわたくしの命に従ってくれるのがわかる。
チリっと、魔力が反応した。
「上だわっ……!」
木々が大きく揺らされる感覚を得て、その方向に弓を射る。矢は、風の魔晶石が込められている為、通常の数倍の威力で飛んでいく。手ごたえはあったが掠っただけのようで、虹色の羽が数枚落ちてくる。その羽を見て、イリーナ様とノーマン卿が叫ぶ。
「アルカイルフェザーだっ!」
「中級の魔獣がどうしてここに……!」
イリーナ様とノーマン卿が素早くサーベルを抜き、空を睨みつけ敵を探す。
アルカイルフェザーは、中級の魔獣。羽の光沢と光の魔法を利用し、光の反射や屈折を用いてその姿を隠す。空を旋回し、死角から猛スピードで攻撃し獲物を狩る。
わたくしは、少し後ろに下がり先程より更に強く植物と意識を繋げる。見えない敵には有効で、アルカイルフェザーがこの場を囲う森の木々の間を縫うように旋回しているのがわかる。
イリーナ様がわたくし達を囲う様に魔法の膜を展開し、急な攻撃に備えて防護壁を作る。恐らくアルカイルフェザーは力技で防護壁を打ち破ろうとするだろうけど、イリーナ様の魔法は強力で、負ける筈が無いように思われた。けれど、今度はズンッズンッという振動と共に、大きな人型の魔獣が森の奥から姿を現した。
「ハンマーゴーレムっ……!」
ハンマーゴーレムも、アルカイルフェザー同様、中級の魔獣。片手の先がハンマーのようになっていて、人二人分ほどの背丈がある巨人だ。ボォオオオオオオオオオ……という咆哮を立てた後、右腕を振り上げ、容赦なくそれをわたくし達目掛けて振り下ろす。ズズンッと言う圧力と共に防護壁に衝撃が走り、暴風が巻き起こる。ピシっと防護壁が音を立て、イリーナ様の喉から「くっ……」と辛そうな声が漏れる。防御一片では、打開できない。
どうしたら……と思っていたら、いつの間にか防護壁を抜け出していたノーマン卿が、木から木へ飛び移る反動と恐らく風の魔法を使い勢いをつけて、再度上空に持ち上がるハンマーゴーレムの腕をスパンッと切り落とした。
けれど、着地するノーマン卿を狙って、今度はアルカイルフェイザーが急降下してくる。
「危ないっ……!」
次いで防護壁から飛び出したのは、グレースだった。スピアをパンっと音を立てる程に素早く横に振り、ノーマン卿の上で今まさに嘴を突き立てようとしていたアルカイルフェザーを切りつけた。けれど、アルカイルフェザーの動きも早く、攻撃を避けてまた上空に舞い上がる。
「くそっ……!」
イスが声を漏らし、手を伸ばしてすかさずアルカイルフェザーに向けて落雷をいくつも落とす。けれど、アルカイルフェザーは鮮やかな程にそれを避けて再び姿を消す。心臓が、痛いほどに脈打つ。中級の魔獣と遭遇するのは初めて……。初級の者達とは、スピードも攻撃の威力も比べ物にならない。
そうこうしている内に、ハンマーゴーレムは腕を再生する。核を打たなければ、滅する事は出来ない。イリーナ様が声を上げる。
「申し訳ないが、指揮を取らせていただきます! ロゼ様はアルカイルフェザーの足取りを追って、動きを教えてください! 皇太子殿下は、それに合わせてアルカイルフェザーに迎撃をお願いします! グレース様! 防護壁内にお戻りください! ハンマーゴーレムは土で出来ている! 水魔法で足止めをお願いしたい! ウィルは一度態勢を整え、ゴーレムの核を狙え!」
すごい……瞬時にわたくし達それぞれに何が出来るかを見抜き、的確に指示を出した。全員が弾かれた様にその声に合わせて動き始める。グレースは、ノーマン卿に誘導され防護壁に戻ってくる。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「いや……」
ノーマン卿は、グレースに礼を言うとまた森の奥に掛けて行った。
イリーナ様は、わたくし達が集まると防護壁をより厚くする。防護壁を展開している以上、イリーナ様は動けない。わたくしは、一度イスと視線を合わせ頷き合い、目を閉じてアルカイルフェザーに集中する。ざわざわと、木々達が揺らめいているのが分かる。わたくしは、それに合わせて声を上げる。
「イス! アルカイルフェザーは、今猛スピードで周囲の森の中を旋回しているわ! 恐らく、こちらに向かってくる瞬間がある! その時声を掛けるから、雷撃をお願い!」
「ああ! 頼む!」
わたくしは、弓矢を持つ手に汗を握りながら目を閉じてじっとその瞬間を待つ。隣では、グレースが水の気配を全身に纏わせ、魔法を放っている。ハンマーゴーレムの動く音が、ズシャッズシャっと質を変え、重くなっているのがわかる。
すると、ハンマーゴーレムがまたボォオオオオオオオオオオオオと、地を震わせるほどのひと際大きな咆哮を立てる。その時と、ほぼ同時だった。
「イス! 10時の方向よ!」
「……っ!!」
バリバリバリズガーンッと、天を裂くような落雷が落ちた。同時に、森の奥から音もなく勢いよく飛び出してきたノーマン卿がゴーレムの胸の中央を貫いた。ハンマーゴーレムは、ボロッと綻びを見せ、ズシャンッと音を立てその場に崩れた。アルカイルフェザーはと目を向けると、雷撃を受けてフラフラと力なく飛んで軌道を逸らした。やった……!
そう、ほっとした瞬間、アルカイルフェザーはクルッと方向を変え、再び舞い上がった。
わたくしは、すかさずまた意識を森に向ける。
上空の木の葉を揺らして飛んでいるのはわかる……けれど、それが今までとは違い、少し離れた位置で、およそわたくし達を狙っているとは思えない。わたくしは不思議に思い、目を開けて狙っているだろう先に目測を付けてじっと見つめる。すると、ふわっと風に揺れるベージュ色の髪が見えたような気がした。
アルカイルフェザーは、雷の衝撃から立ち直り、徐々にスピードを上げていく。すると、ふわりと動きを止め、落ちる様に急降下を始めた。小枝がバキバキと折れているのが伝わってくる。
ダメ……彼女がいる事に気が付いているのは、わたくしだけ!
わたくしは、気が付いたら防護壁を飛び出して森の方向に走り出していた。背中から「ロゼ様っ」というイリーナ様の慌てた声が聞こえる。でも、足ではとても間に合わない。手に握り締めていた弓矢を目一杯引き、放つ。
弓矢は、再び風を切る程のスピードで飛んでいく。当たって! お願い、間に合って!
そう願いを込めていたら、運良く矢はアルカイルフェザーの体に刺さったようで、ギャアという声が聞こえた。けれど、今度はわたくし目掛けて猛スピードで飛んでくる。
「イリーナ様ぁっ!!」
「はぁぁぁぁ!」
わたくしは思わず叫び、しゃがみ込んで目を瞑る。
上空で空気を切る斬撃の音と、アルカイルフェザーのぐぇぇぇ……という醜い声が聞こえた。何が起こったのかわからない。でも、静まる音に、無事だったのかと漸く詰めていた息を吐き出し、肩で荒く何度も息をする。
その瞬間に、油断が出来た。
ビキビキビキという地鳴りと共に、ぐらっと体が沈む。
咄嗟に何かを掴もうと空に手を伸ばした時、慌ててこちらを振り返るイリーナ様の向こうに、ベージュ色の髪の人影を見た気がした。
それが現実か幻かもわからないまま、気が付くと、わたくしは真っ暗な中にいた。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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