29・【ロゼ視点】親友
最初に尋ねたのは、グレースだった。
「騎士隊は、身分も性別も関係なく、完璧な実力主義と伺ったのですが、それは本当ですか?」
イリーナ様と次いでノーマン卿が、それぞれその問いに答えてくれる。
「そうですね。身分に関してはこだわる輩もいますが、結局は実力を測る昇進試験と武勲で階級が決まりますので、最終的には何も言えなくなるという所でしょうか? 性別に関してはまだまだ偏見もありますが、女性騎士が必要な場面というのはとても多いので、配属先も比較的選びやすくなっています」
「騎士隊に入ると、通常であればまず地方の騎士隊に配属されます。地方によって人数も違い、大人数の所もあれば、たった二人で地元の自警団と連携していかなければいけない所もあります。業務内容も土地柄によって大きく異なりますし、適宜無駄を削いで環境に馴染まなければ有事の際素早く動けまので、そんな環境もまた、“実力主義”を生み出しているのかもしれません」
グレースは、何か思う所があるようで目を輝かせて聞いている。ウィンドモア家も、わたくしのフォンテーヌ家に続く武家の家紋。有事の際は協力して旗を掲げる。
各家固有の騎士隊を率いる上で、王国の騎士隊の話はとても参考になる。
レオ様の、お若い頃は……。
城で閲覧できる記録の上でしかわからないけれど、王族は通常の騎士とはやはり歩む道のりが違う。特にレオ様は、12歳という幼さで剣を取り、尚且つ初戦から一群を率いて戦線に向かった。周囲に戦いに長けた者達がいたとしても、どれ程恐ろしかっただろう。戦果は華々しいものだったと聞いたけれど……彼は、一体どんな思いで帰ってきたのだろう。
グレッグお兄様に言われた言葉を思い出す。レオ様には、わたくしの年齢プラス17年分の歴史がある。それは、想像しているよりもきっとずっと長い時間。
聞きたいこと、知りたいことは、たくさんあるのに。
もし、わたくしが、レオ様に釣り合える程の大人の女性だったら、何か違ったのかしら? 少なくとも、あがってしまって話せないなんて事にはならなかったのではないかしら。
なんだか、もどかしい。気持ちは浮上しないまま、気が付けば次の採集場所へとたどり着いた。
森の奥へと進み、日差しも弱くうっそうとした場所を歩いて来たのに、急に開けた場所に出た。目の前には、まるで地面がズレて一部が残ったというような、人の背丈ほど岩肌が広がっていた。採掘スポットのようで、所々にロープと杭で印をつけられた跡がある。
これまで採取してきた薬草は、正直、植物属性を持つわたくしには見つけるのが容易かった。その植物の気配さえ覚えてしまえば、自然と惹きつけられるように意識が向かい、見つける事が出来るから。だからこそ、今度は鉱物を見つけようと言う事になったのだ。
イリーナ様が、わたくし達を振り返り口を開く。
「もう、ここから数メートル進めば、イエローラインが見えてくる筈です。この辺りは、初級の魔獣も出没しやすくなっています。警戒を怠らないようお気を付けください。決して、私達の側を離れないようお願いいたします」
わたくしとグレースとイスは、それぞれ頷き、採掘できそうな場所を探した。
適当な所にしゃがみ込み、鞄から手袋と、小さな鏨とハンマーを取り出す。打ち付けると、黒い岩は思いの外簡単に崩れる。
わたくしは、手を進めていたら、隣に人の気配を感じて顔を上げる。すると、グレースが手に手袋を嵌めながら立っていた。
「ロゼ。隣良いか?」
すらりと背の高いグレースは、戦闘服も良く似合い、まるで男装の麗人といった雰囲気だった。木漏れ日を背負い、にこりと微笑む顔が涼し気で、レオ様じゃないのにドキッとしてしまう。もしレオ様がいなかったら、わたくしは間違いなくグレースに恋をしていたと思う。
わたくしが、跳ねる胸を押さえて目をしばしばさせながらどうぞと頷くと、グレースは「どういう気持ちの表情なんだそれは」と笑いながら隣にしゃがみ込んだ。
グレースは、鏨とハンマーで軽やかに岩肌を削りながら声を掛けて来る。
「どうしたんだ? 少し元気がないじゃないか」
「え……」
わたくしは、思わず動きを止めてグレースを見て目を瞬かせる。グレースもこちらを見て、ふふっと笑う。
「何年の付き合いだと思ってるんだ。わかるさ、それくらい」
わたくしが、ぐっと言葉に詰まらせていると。グレースは、何食わぬ顔で「まあ、無理に言わなくても良いけど」と言いながら、作業を続ける。わたくしは、ゆっくりと視線を手元に戻し、グレースに倣い作業を再開する。
「……そんなに、顔に出ていたかしら?」
「ん~、まあ、私がわかる程度だけどな。そう言えば、珍しく公爵閣下にも少しツンツンしていたな」
「っ……! つ、ツンツンなんてしていないわ!」
思わず、慌てて否定する。それを見て、グレースはにっと歯を見せて笑いながら言う。
「してたさ。まあ、そんなロゼも見ていて可愛らしかったけど。どうしたんだよ。らしくないじゃないか」
わたくしは、鏨とハンマーを握りしめたまま、深く溜息を吐いて脱力する。レオ様を、困らせてしまったかしら?
「……わたくしらしいって、どういう事かしら?」
「え?」
グレースも手を留めて、わたくしの方を見たのがわかる。でも、わたくしは、鏨とハンマーを握りしめて、足元を見つめたまま心の内を話す。
「わたくしは、わたくしじゃなかったらって、どうしても考えてしまうの」
「ロゼ……」
「わたくしが、もっと大人だったなら。もっと心にゆとりがあって、もっとスマートに色んな事が出来て……そうしたら、もっと、もっと自然にレオ様にお声を掛けられたかもしれないのにって……」
思い浮かべるのは……そう、例えば、イリーナ様みたいな。大人で、分別があって、自分の腕を認められて活き活きと働かれているような女性だったなら、レオ様の側にいて自然と会話が出来たのかしら。気持ちだけなら、世界一なのに。好きって気持ちだけじゃ、ダメなのかしら?
わたくしが、眉間に皺を寄せて黙っていると、グレースは、ふむと何かを考える仕草をし、閃いたとばかりに指を一本立てて言う。
「なんだ。つまり、いじけているのか」
「え゛っ……」
いじけてなんて! ……いるのかしら? もしかしたら、わたくしはいじけているのかしら? グレースは、はははっと楽しそうに笑って続ける。
「そうだろう? 君は、何だかんだ挫折を知らない。君の努力は認めるが、これまでの事は努力した分だけすぐに結果になって返ってきた。なのに、公爵閣下の事は中々上手くいかなくて、いじけているんだ」
「それは~~……そうなのかしら?」
「そうさ。ふふ。やっぱり新鮮だな。16年間共に生きてきたけど、そんな君を初めて見るよ」
「っ~~~~~……」
言葉もない。気持ちを返してもらえないからっていじけては、それこそ子供みたい。
がっくりと項垂れていると、グレースは、コツコツと鏨をハンマーで打ち付けながら、合間合間で話しかけてくる。
「まあ、そう落ち込むなよ。そもそも、これはそんなにも頑張らないといけないものなのか?」
「え?」
「君は、お父上から『1年以内に相手から求婚を』という明確なゴールを与えられてしまった。だけど、本来は人間関係なんてゴールがあるものじゃないだろう? 婚姻ですら通過点だ。ハッピーエンドはありえない」
「それは……そうね?」
「だろう? それぞれの営みが合って、その中で寄り添っていくものだ。片一方が努力したってどうしようもないじゃないか」
グレースが、コツッコツッと音を鳴らす度、一つ一つの言葉を胸に打ち付けられているような気持ちになる。グレースは、手元を見たまま何気ない顔で続ける。
「君は今、困惑しているんだ。ずっと遠目で見ていた公爵閣下が目の前に現れて。当たり前だけど、人は思った通りには反応を返してはくれないからな。さらに言えば、側にいる事で、募っていく自分の気持ちにも戸惑ってる」
「……」
「少し、力を抜けよ。君が君以外の誰かになって、何の意味があるんだ? これは、公爵閣下とロゼの歴史の一部なんだ。“素直な自分”を見せる……だったか? 人生の先輩たちに教わって来たんだろう?」
グレースには、薔薇の装丁のノートの中身を見せていた。学院帰宅後に二人で、その言葉がどういう意味なのか、通信機を使って話し合ったりもしていた。わたくしは、その事を思い出しながら、鏨とハンマーを動かす手を再開した。コツッコツッと、少しずつ。
「……ありがとう。もし、グレースが恋をしたら、わたくしも全力で応援するわね?」
「それは、ありがたいな。その手の事は全くわからないからな。ロゼが味方になってくれたら、百人力だ」
その後は、二人で笑い合い、顔に土を付けながら鉱物を探した。途中、その姿をイスやイリーナ様達に見られ驚かれたけど、概ね順調に作業は進んだ。
ふと、グレースが顔を上げて、森の奥を見て不思議そうな顔をしたので、わたくしも顔を上げて尋ねた。
「グレース?」
「ん? ああ……なあ、あそこにいるの、同じ授業を受けていた女生徒だよな?」
わたくしは立ち上がり、グレースが指し示した方向を見ると、小さくだけどベージュ色の髪の女性が見えた。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
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