27・【ロゼ視点】当たり前の事なのに
あっという間に季節は進み、気が付けばもう雨季も半ば。雨の露に濡れる草花が美しい季節となった。それでも、ここ数日は雨も降らずカラっと心地の良い天気が続いている。日差しは照り付けるように強いものの、通り抜ける風は涼しく心地良い。
今日、レオ様の授業は、課外授業。昼過ぎから放課後までの時間、実戦を踏まえて魔獣の森の入り口付近で採集が行われる。
服装も各々制服を脱ぎ、それぞれが用意した戦闘服……と言っても、形は乗馬服とほとんど変わらず、より生地が丈夫になったものに着替えてやって来ていた。
わたくしの戦闘服は、チャコールグレーと落ち着いたベージュを合わせたパンツスタイル。今日の為に、侍女長のマーサが用意してくれた物で、サイズも着心地もとても良い。弓矢を背に担ぎ、腰に鞄をベルトで括りつける。腕にはもちろんソーサリーワンドを巻いてきた。
グレースは、艶のある長い藍色の髪を高い位置で一つに纏めて、髪に合わせた藍色と黒の戦闘服と、得物は背中に槍を身に着けている。イスは、騎士隊の見習い用の軍服に似た深緑色の服を着て、腰にサーベルを下げている。それぞれの武具はみなレオ様に用立てて貰った物。今日まで授業で何度か使用もし、各々日々の鍛錬にも使って肌に馴染ませてきた。
森の入り口手前で一度生徒達が集まり、レオ様の説明を受ける。
「よし、今日の流れを説明するぞ。まず、3人から4人で1チームになれ。1チームに1人から2人、騎士隊の者をつける。採集する物のリストを持たせているから、各々確認するように。森の中に進んでいくと、魔晶石が黄色い光のラインを作っているのが見える筈だ。その先は中級以上の魔獣が出没するエリアになってくるから、決してラインを越えないように。初級とはいえ、魔獣に遭遇したら油断はするなよ。三刻後にここに集合だ」
今日訪れたのは、王都から馬車で数十分程の場所にあるセレンウッドの森。
水や空気が綺麗で散策にも適していて、黄色いラインのエリアまでは多少戦闘の心得さえあれば城下の人々でも気軽に訪れる事が出来る。
とはいえ、他の森同様、ぐるりと囲うように魔晶石による防護壁が張り巡らされている。この防護壁が、魔獣が人里に降りるのを防いでくれている。最近、魔晶石に刻む魔法陣が改良され、その効果が従来の数倍強くなったと言う。
わたくしは、何となく辺りを見回す。
すると、ベージュ色の髪をハーフアップにした、ケイティ・ハンゼン子爵令嬢の姿が目に入る。白い戦闘服を身に着け、背中にハンドボウを持ち、一人俯きがちに立っている。やっぱり、少し不思議な雰囲気を纏う女性。戦闘に慣れているようには見えない。チームを組めるような方はいるのかしら?
少し気に掛かりお声掛けしようか悩んでいると、後ろからイスに声を掛けられた。
「どうしたんだい、ロゼ?」
「あ、イス。彼女も同じチームに誘わない? 他の方は、みんな騎士科の方でしょう?」
わたくしがハンゼン子爵令嬢を指し示すと、イスは少しだけ眉根を寄せ、首を横に振る。
「……必要ないよ。さっき、騎士科の生徒達とチームを組んでいるようだったから」
「え? 本当?」
「ああ。大丈夫さ」
不躾にならない程度に様子を伺っていると、すぐにハンゼン子爵令嬢の元に騎士科の生徒や騎士隊の方が集まっているのが見えた。わたくしは、なんだと胸を撫で下ろし、イスに視線を戻す。イスは、「だろ?」と言うので、わたくしは笑ってそれに頷いた。
ハンゼン子爵令嬢のチームは、いち早く森に向かうらしい。
わたくし達の前を通り過ぎる。
……あれ?
ハンゼン子爵令嬢が通り過ぎた時、風に乗ってふわりと何かを感じた。
わたくしは、その感覚に覚えがあり瞬時に思い出そうとするけれど、後ろから声が掛かり記憶は霧散した。
「ロゼ様」
振り返ると、癖のない真っ白な長い髪を一つに束ねた美しい騎士様、高等学院専属騎士隊隊長のイリーナ様がいらっしゃった。相変わらず、その凛としたお姿が光り輝くようでとても素敵。わたくしは、思わず嬉しくて顔を笑顔にして彼女に近づく。
「イリーナ様! 今日、わたくし達を率いてくださるのは、イリーナ様なのですか?」
わたくしが足取り軽くイリーナ様の側に寄ると、何故かイリーナ様は「くっ」と声を漏らされて、片手でお鼻の辺りを抑えてそっぽを向かれてしまった。お顔も少し赤い気がする。お体の調子でも悪いのかしらと少し心配になり、眉根を下げてイリーナ様を見つめていると、ますますお顔が赤くなってしまう。
ど、どうしたら……と思っていたら、イリーナ様の背後に長身の男性がやって来た。光に当たると微かに緑色の入った茶色の髪とモスグリーンの瞳、白い騎士服と腰に下げているサーベルから騎士様とわかるけれど、騎士様にしてはとても柔らかい雰囲気の方。わたくしと視線が合い、ペコっと小さく頭を下げた。
「あなたは……」
わたくしがそう呟くと、イリーナ様ははっと気が付き、ゴホンッと咳払いをして後ろの方を紹介してくれる。
「申し訳ありません。ロゼ様のチームには、私と、もう一人騎士が付きます。ご紹介します。騎士隊所属のウィル・ノーマンです」
ノーマン卿は、人好きのしそうな顔でにこっと微笑み、胸に手を当て騎士の礼を取った。
「ウィル・ノーマンです。お初にお目にかかります。どうかよろしくお願いいたします」
挨拶を受けて、イスが「ん?」と首を傾ける。
「? どうしたんだ、イス」
「いや……もしかすると君、3年前の入隊トーナメントで優勝した騎士じゃないか?」
「! はい! 皇太子殿下にご存じ頂けているなんて、光栄です」
「予選の段階で群を抜いて強かったと聞いて、決勝戦を見に行ったんだ。心強い。今日はよろしく頼む」
「はっ!」
ノーマン卿が背筋を伸ばし、再び騎士の礼を取る。その喜びが伝わってきて、わたくしも胸がくすぐったくなり、ふふっと笑ってしまう。
すると、そこにレオ様がやって来た。わたくしの胸は、勝手にドキッと飛び跳ねる。
レオ様は、イリーナ様とノーマン卿の前で立ち止まり、お二人に声を掛けた。
「どうだ? 行けそうか?」
わたくしは、ドキドキしながらその精悍なお顔をこっそり眺める。レオ様は、普段と大きく変わらず、シャツにパンツと言う非常にラフな格好をしていた。背中には、大きなベルトでかなり重量がありそうな大剣が括られている。けれど、それを気にする様子もない。どうしましょう、困るわ。レオ様が、頼もしくて格好いい。
「はい。今、ご挨拶が済んだところです。間もなく出発します」
「そうか。俺も巡回はしているが、何かあったら笛を鳴らせ」
「「はっ!」」
お二人が騎士の礼を取り、レオ様がこちらを向く。わたくしは、思わずぱっと視線を下に下げる。好きになって貰いたいと、距離を縮めたいと思うのに、実際に側にいると言葉が出てこなくなってしまうのは何故なのかしら? ドキドキしてしまって、お顔もまともに見られない。
二人でお出掛けした日は、ちゃんとお話が出来たのに……。ヨルダンもいたけれど、実質二人きりと言う状況に追い込まれていたからかしら?
わたくしが、ほんのり熱を持つ頬を隠すように視線を下げて黙っていると、レオ様はわたくしだけでなく、グレースやイスにも向けて声を掛けてくる。
「あ~……お前たちも怪我しないように気をつけろよ。イリーナとノーマンから離れるな」
……ん?
何かに引っかかり、思わず身体がピタっと固まる。何かしら?
今、胸が急に苦しくなったような……。
不思議な心地で胸に手を当てて首を傾げていると、レオ様は再度口を開く。
「イリーナ。出る前に、少し良いか」
「はい」
……イリーナ。
ああ、気が付いてしまった。わたくしったら、なんて狭量なのかしら。
お二人が、業務連絡のような内容の会話を交わしている。全て、当たり前の光景なのに。
……わたくし、レオ様に名前を呼ばれたことがない。
ガーンっと、頭の中で打ち付けられたような音がする。
同僚の、それも部下の方のお名前を呼ぶなんて、騎士の間では普通の事として聞く。
なぜ、ノーマン卿は家名なのかしらと思わなくもないけれど……イリーナ様の家名はブラッドフォード。少し呼びにくいのかもしれない。
イリーナ様は、とても素敵な女性で憧れの人。でも、レオ様とは特別な関係ではないし、わたくしとの恋も応援してくれると言ってくれていた方。そう、だから、心配しているわけではないの。でもこれでは……わたくしは、レオ様に関わる全ての女性に焼き餅を妬いて回らなくてはいけなくなる。
視線をあげて、お話しているレオ様のお顔を眺める。もしかしたら、傷ついたような、乞うような瞳を向けてしまっていたかもしれない。
お話を終えられて、その視線に気が付いたようでレオ様がこちらを向く。
視線が合って、再びドキッとする。レオ様は、少し困ったような表情で首を傾げた。
「どうした?」
どうしましょう……今は、きちんとお話しできない気がする。
わたくしは、剥れた顔のままふいっと視線を逸らし森に足を向ける。
「……な、なんでもありませんわ! さあ、みなさま、参りましょう!」
「ロゼ! 君、方向音痴だろ! 先陣を切るな!」
「イス。ロゼは方向音痴なんじゃない。現在地と目的地が曖昧なんだ」
「だから、それを方向音痴と言うんだろう!」
「ロゼ様……方向音痴、かわっ……!」
「え? あ? え? えっと、そ、それでは失礼いたします!」
「お、おう。とにかく、全員気をつけろよ」
レオ様に見送られ、一同森の中へと入った。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています!




