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23・【レオノール視点】思惑


 

 授業初日の翌日の正午、俺は教諭室に居た。


 カップを片手にぼんやりと窓の外を眺める。

 カフア・ブリュ――黒い豆を焙煎した苦みのある飲み物――を飲み、頭をすっきりとさせて昨日の出来事を思案する。


 ハンゼン子爵令嬢と俺が実際に顔を合わせたのは、昨日が初めての事だった。

 

 しかし、授業の始まりからして、俺をじっと見定めるような視線を感じた。極めつけは、古魔術についての質問だ。きな臭い事この上ない。だが、俺が“フェアリー・コンプレックス”を調査しているという事は、ハンゼン子爵令嬢が知る筈もない。だとすると、俺と子爵令嬢との繋がりはあくまでも別件でという事になるが、それが何かは予想も付かない。

 

 不可解な事は、もうひとつある。

 

 昨日の放課後に起きた、()()についてだ。

 俺が通り過ぎた直後、騎士科の訓練の為に積まれていた丸太が一気に崩れ落ちてきた。それが、不運にも俺ではなく年若い騎士に直撃してしまった。カレンに聞いたところ、軽い脳震盪で命に別状はないし、少し休めば後遺症も残らないと言われ安堵したが……。

 

 丸太を括った紐を見ると引き千切られたような痕があった。劣化と重みで千切れたのかは不明だが、そこそこ重量のある丸太だ。意図的に押すなどしなければ、そう簡単に崩れるものではない。けれど、周囲に怪しい人物はいなかったし、少なくとも四元素の魔法を使った気配は感じられなかった。

 

 人に恨まれる心当たりは、無くはない。だが、この学院という場では俺もまだ日が浅い。旧知の人間か、もしくは一連の事件に関連する者のどちらか……最悪、考えたくないのは、()()繋がりだな。

 


 

 

 俺は、溜息を吐きながら振り返り(もた)れていた机にそっとカップを置く。そして、机の引き出しを引いた。そこには、綺麗に洗われ小さく畳まれた真白いハンカチがある。それを取り出し、何気なくそれも机の上に置く。先日は気が付かなかったが、ハンカチの隅には彼女らしい薔薇の刺繍が施されていた。


 昨日が、返すチャンスだったのかもしれない。けれど、皺をつけてしまうのが忍びなく、持ち歩くことが出来なかった。

 

 こんなものを、大切に扱う自分が信じられない。

 むしろ、もしかして、気持ち悪いんじゃないか?


 カレンに言ったら、確実に笑われるな……。その様を想像して、ガクッと頭を垂らす。

 どうしたいのか、どうしたらいいのか、全くわからん。


 もし、俺への攻撃が彼女を想う人間のやっかみの様なものだったら、少し気に掛かる。

 派手に噂を流したから、あり得ない事でもない。イリーナの事だから大丈夫だとは思うが、念の為、懸念事項として伝えておいた方が良いだろう。


 そんな事を唸りながら考えていると、扉をノックする音が聞こえた。返事をすると、不機嫌そうな顔を隠そうともしないイシドールが入ってきた。

 

 

「伯父上。全員分の資料をお持ちしました」

「ああ。ありがとうな」


 イシドールは資料をローテーブルの上に置き、自分はそのすぐ脇のソファーにドサッと腰掛ける。同時に、吐息交じりに言葉を発する。

 

「それで……僕に何か用があったのでは?」

「……どうして、そう思うんだ?」

「伯父上は、普段、公私混同される方ではありません。もし僕に用がないのであれば、授業では敢えて別の生徒を指名していたような気がしましたので」

 

 ほお……と、思わず感心してしまう。

 こういう勘の鋭い所は、ガレス譲りかもしれない。俺は、躊躇わず手元にあった資料をイシドールに手渡す。イシドールは、何食わぬ顔でそれを手に取り、目を通してさっと顔色を変えた。


「これは……」

「今、その調査をしている。まあ、()()()()()()にな」

「暇つぶし?」

「ああ。ガレスにそう言われてる」


 資料は、“フェアリー・コンプレックス”のこれまでの概要を纏めたものだ。先日、カレンやイリーナに見せた物にさらに近況が加わっている。城下では、今、夢遊病患者が着実に増え始めている。各医院には、夢遊病患者が出たら国に報告するように通達を出し、併せて、事故や事件に巻き込まれる可能性を家族に強く示唆するよう要請もしている。誘拐事件に関しては、毎日行方不明者の捜索願いが一定数出る為、一つ一つ精査していくのは難しい状況だ。年若い娘を中心にリストアップするようにしており、報告のあがった夢遊病患者の名前と一致する者に関しての調査を進めている。


 イシドールは、隅々まで資料をじっくりと読み込んでいく。俺は、水と土の魔法で防音と部屋に近付く者がいればそれを察知する措置を取り、イシドールの向かいの席に腰掛ける。イシドールは、最後のページまで目を通すと、資料を置き顔を上げた。


「ちなみに、この件に関する議会には誰が参加しているんですか?」


 議会は、公爵、侯爵、辺境伯、あとは一部の伯爵位の者達が席を持つ。ただ、実際にどの議題に対し誰が顔を出すかは、都度、陛下ならびに宰相、もしくはそれに準ずる者――例えば王の側近、縁者、公爵位を持つ者など――が決める。

 

「被害が王都に留まっているから、関連する機関の者と中枢の貴族達だけだ。陛下(ガレス)を始め、宰相、書記官、王都守備隊の隊長副隊長と、あとは王都周辺に領地を持つ者が数名だな。もちろんハンゼン子爵も参加してる」

「……随分と少ないですね。捜査に充てる人員はまだそこまでではなくても、もう少し幅広く意見を求めても良さそうなのに。そのメンバーは誰が選出を?」

「まあ……宰相だよな」

「また、あの男か……」


 イシドールが、眉根を寄せてこめかみを押さえる。俺は、気まずくポリポリと頭を掻く。

 現宰相は、前王時代からの重鎮で、現議会の中では最年長だ。ロドリゴ・フォン・シュヴァルツベルク公爵。気難しく貴族然とした男で、血筋にかなり重きを置いている。


 ……ちなみにこの男は、俺とガレスの叔父であり、俺の元妻の父親でもある。俺の血筋を確かなものにする為に前国王から命じられた婚姻だったが、俺が戦場にいる間に妻は川沿いに打ち上げられた馬車だけを残して行方が分からなくなった。世間ではもう儚くなったものとして見られている。ロドリゴにはそもそも良く思われていなかったのに加え、今や娘を失った悲しみが俺への恨みに変わっていて、縁戚関係の取り消しを求められただけでなく、国の方針等の決定に関しても俺が関わる事に意を唱えられている。

 

 イシドールは、妻の件に関しても血筋に関しても俺に非はないと思ってくれているようで、私情を挟みあからさまなロドリゴを快く思っていないようだ。


 俺も思う所がなくはないが、今はロドリゴの肩を持つ。


「そう言ってやるな。ロドリゴの言う事にも一理ある。若くして国を背負うガレスには必要な人間だ」

「伯父上も伯父上です。何故、黙っているんですか? 戦闘が終わった今、父上の影となり後ろに立つのではなく、これからは隣に立って国を率いていかれるのかと思っていました。何故、他の貴族達に好き勝手に言わせているのですか? 現国王の兄であり現公爵のあなたなら、退ける事はいくらでもできる筈だ」


 珍しくいきり立ってるな。俺は、深く息を吐きその問いに答える。


「そうは言っても、国はその貴族達がいなきゃ回らないだろう? 流石に他国と戦争でも始めようっていうなら参謀参事官として出張るかもしれないが、国の運営が上手く機能しているなら俺は特別意見するつもりはないし、敢えて波風を立てる必要もないだろう」

「……そんな事言って、めんどくせぇって顔に書いてありますよ」

「あ、バレたか」


 俺は、ははっと笑い、手を伸ばしてローテーブルの上に置かれていたナッツを口の中に放り投げる。イシドールは、暫くじとっとした目で俺を見ていたが、諦めたように深く溜息を吐く。


「まあ、良いです。その件はいずれまた……。それにしても、では何故、伯父上は間者がいる可能性が最も低いとされるこの場所にいるんですか? もっと他に色々と……」


 そこまで零すと、イシドールは何かに気が付いたように目を見開き、はっと動きを止める。俺が黙っていると、驚きを隠せない様子で、ほんの少し声を抑えて聞いてくる。

 

「……父上と伯父上は、貴族(身内)を疑っているのですか? もしかして、他国の関与も?」


 俺は、思わず口の端を緩める。答えを曖昧にしたまま、可能性の話を告げる。

 

「……まあ、誰がどう得をするのかっていう話でな。金か、国としての基盤か。娘たちが誘拐されている理由がわからない以上、断言はできないが、薬の性質上どうしても年若い者達がターゲットになりやすい。どちらにせよ一番国としてダメージが大きく、金が動く場所として最終的に狙うのは()()だろう?」

 

「なるほど……それでもし他国が関与しているのであれば、国内に流通させるには国内の人間の手引きがいる。それも、本当に高等学院内(ここ)で流通させたいのなら、高位貴族の手引きが必要になってくる。もしかして、父上は初めから議会に出席した者達も疑って、別ルートで伯父上をここに送り込んだのですか?」


 国王陛下(ガレス)は、議会の連中のようにこの件を軽視はしていなかった。そもそも、国の機関が定められないような“謎の秘薬”を、そう簡単に小悪党に生み出せるはずがない。


「まあ、他国への牽制も兼ねてな。相当暴れてきた甲斐あって、他所の国では俺の名は()()()()恐れられているらしい」

()()()()なんてレベルじゃないでしょう。出来る事なら、関わり合いたくないでしょうね」

「あくまでも可能性の話だ。ただ、俺が捜査の為と表立ってここに来れば、手引きしている者が雲隠れする可能性もある。だから、()()()()の為にここにきたんだ」


 本当に、我が弟ながらよく頭が回る

 

 筋書きとしては、“フェアリー・コンプレックス”とは全くの別件で、俺を学院に送る必要があった。イシドールの提案は渡りに舟だったのだろう。イシドールが気づいていたかは不明だが、学院長が何度も登城したのは恐らくガレスの一言もあったからだ。俺を学院に招いて欲しいと。懇願する学院長の姿を、周囲に見せるのも目的の一つにあったのだろう。

 

 そして一方で、俺らは平素から俺とガレスの不仲説を敢えて一定数の貴族の間に広めている。俺達の関係性を考えると不自然な話じゃない。俺は普段あまり社交の場に出ないし、俺達の仲が良好な事を知るのは身近な人間だけだ。


 戦場という居場所を失った俺の扱いに困ったガレスが、俺の力を削ぐ為に、息子の願いを叶える形で世間から切り離された空間である高等学院に俺を押し込めた……と、国内の貴族ではそう思っている者も少なくはないだろう。慎重な貴族達は疑わしく思うだろうが、軽く目くらまし位にはなる。

 

 万万が一、ただの懸念で終わったとしても、後手に回るよりは余程良い。()()()()という言葉には、そんな諸々の事情が込められていた。あいつの意図をそこまで正確に読み取るのは、俺やイシドールくらいだろう。だからこそ、執務室でも自然とイシドールの名前が出てきたのだと思う。


 イシドールは、上手く育っている。俺は、少し嬉しくなりながらも、それを見せずに話を進める。


「正直、手詰まりでな。手伝ってくれないか?」

「具体的には何を?」

「生徒に混ざって、情報を仕入れて欲しい。どんな些細なことでも良い。現段階で知る事はないか?」

「ありませんね。恐らく、この手の話は女生徒の方が詳しいでしょう。少し探ってみます。ハンゼン子爵令嬢はどうするんです?」

「そっちは、一先ず騎士隊の者をつけている。下手に近付くな。少しヤバい匂いがするからな」


 ハンゼン子爵令が俺の授業を選択したのは、明らかに何らかの思惑があっての事だろう。それが何かはわからないが、こいつを不用意に巻き込むわけにはいかない。


 

 イシドールは、ふぅ~と少し長めの溜め息を溢し、答えた。


「わかりました。以降報告は、僕の影を使わせてください」

「助かる」

「……それはそれとして、僕は伯父上にもう一つ尋ねたいことがあるのですが?」

「? 何だ?」


 他に何かあったかと思案するが、思い付かない。イシドールは、じとっと俺を見て尋ねた。


貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。

読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱


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