21・【ロゼ視点】授業がはじまりました!
周囲のみんなに教えを請い、勇気を貰ってレオ様攻略(?)に動き出すも、中々チャンスが得られずに頭を悩ませたけれど……カレン先生のご助力を賜り、なんと、レオ様とお出掛けまでしてしまった週末!
まさか、マーサの助言にあった『二人でお出掛け?』が、こんなにも早く実現できるなんて! 普段のレオ様の事も、レオ様の好きな物もたくさん知れて、嬉しい事尽くめだった。
幸せすぎて、頬がずっと緩んでる。
思わぬプレゼントまで貰ってしまって、自分の手首にあるブレスレットを眺めては、心ときめいてしまう。本当に嬉しい。
邸に戻ってから知ったのだけれど、良質な魔晶石の原石を腕に沿うような形で贅沢に加工したもので、相当に高価なものらしい。マーサ曰く、武具は一生ものだからそれなりに良質な物を設えた方が良いという事で……レオ様は、その辺りもきちんと考慮して贈ってくれたのではとの事だった。
そんな風に、心の籠ったものをさらっと贈れてしまうレオ様は、やっぱりとっても素敵。
普段と違ったラフな姿も、いつもは掛けていない眼鏡も、似合っていて格好良かった。
大好きな気持ちが溢れてくる。でも、ダメね。浮かれすぎては。まだ、気持ちに応えて貰えたわけではないのだし、気を引き締めなくては。
「じゃあ、武具を選ぶ際に気を付ける事は何かわかるか?」
レオ様の声が耳に届いて、ドキッとする。
そう、ついに今週から選択授業が始まった。
レオ様の授業は、武具を見に行ったり、実際に採集や討伐に行ったりと課外授業が多くなるらしい。けれど今日は、初日という事もありまずは今後の説明と座学をという事で講堂で行われていた。
見回すと、30人程度の生徒がいる。
選択授業は、一学年から三学年、どの学年の生徒でも必修授業と被らない限りは希望し、受ける事が出来る。騎士科や来年以降騎士科進学を目指す生徒が多いようだが、わたくしやイスやグレースの様に、国や領地の為に受ける者も少なくない。
実はグレースは、わたくしと同じくして密かに女領主となる事を望んでいる。理由は、グレッグお兄様に古魔術の研究に専念して貰いたいという事から。元々、グレースは文武両道の優秀な人で、剣もさることながら槍の腕も非常に高く評価されていた。来年以降は騎士科に進むことも検討し、知識と力の双方に磨きをかけ、ウィンドモア伯爵を説得するつもりらしい。グレースの切れ長な瞳が真っ直ぐ板書を見ている。その真剣な横顔がとても綺麗で、わたくしも頑張らなくちゃと気合が入る。
レオ様の質問に、一人の生徒が答える。
「武具に込められた魔晶石の属性と、自分の魔力の属性の親和性ですか?」
「それも重要だな。基本を浚うと、魔晶石には大きく“有属性”と“無属性”の2種類がある。日常生活で多く使われているのは、魔晶石そのものが属性を持つものだ。火を使ったり、水を使ったり。自分の属性と打ち消し合うものを選ばないのは勿論だが、俺は武具では“無属性”の物を持つように薦めている」
「あの……何故ですか? 火なら火、水なら水で自分の属性を増幅させる方が良いのではないでしょうか?」
また別の一人が手を挙げて質問する。わたくしも、同じ疑問を抱く。
わたくしは、属性が“花”だから無属性のものしか扱えないけど……四元素の属性を持つ方なら、自分の属性と同じ属性を持つ武具を手にした方が倍々に力が増すのではないだろうか?
レオ様は、首を横に振る。
「いや。敵の中には、こちらの攻撃を反射させるような奴もいれば、吸収しちまう奴もいる。自分が放つ魔力に対して、常に自分自身が優位にいれる事が望ましい。“無属性”は、威力は劣るが増減のコントロールがしやすいんだ。……じゃあ、それぞれの魔晶石がどこで取れるか知っているか?」
騎士科の生徒が数名手を挙げる。適宜レオ様が生徒を指していく。
「有属性は、魔獣の中から。無属性は、鉱山からです」
「そうだな。正しくは、宿主が生物か無生物かで分かれる。生物は、己が生きる環境に合わせた属性が身に付く。海なら水、山なら土……その方が、その性質の魔力が集まりやすいからだ」
「単一種の魔晶石もあるのでしょうか?」
一人の生徒が質問し、わたくしは自分に関わる事が話題になり少しドキッとする。そういえば、単一種の魔晶石の話は聞いたことがない。レオ様は、何食わぬ顔で答えていく。
「単一種の魔晶石の有無については、専門家によって意見が分かれている。先日、単一種の研究をしているベルド博士が論文を発表していたが、論理上は“ある”と言っていた。……一粒でも見つけられたら、小国一つくらいは買えるんじゃないか? 読みやすく纏められていたから、興味のある奴は読んでみろ。それでもし見つけたら、教えてやった礼に酒を奢ってくれ」
わっと生徒達が笑いを零す。レオ様の授業はとてもわかりやすく、貴族が貴族を教える為にどの授業も格式高く気難しくなりがちな高等学院の授業の中で、取り分けユーモアがあるように感じられた。
授業が始まる前は、“戦闘狂”と呼ばれるレオ様に対して生徒達が警戒している様子があったけれど、レオ様が話している内にすっかりその緊張感も和んでいった。もし、来年、再来年と続くようなら、受講する生徒の数もどんどん増えていきそうだ。
それに、レオ様の話は“実践”をとても意識しているのが良くわかる。教鞭を取るその姿も、やっぱりとても素敵。その後も幾つか武具についての説明や魔法と戦闘についての説明の後、一人の女生徒が手を挙げた。
「あの……」
ベージュ色の髪の、物静かな雰囲気の女性。一瞬、ぴくっとレオ様が眉を顰めたような気がしたのだけど、気のせいかしら? レオ様は、何食わぬ顔で問う。
「……どうした?」
「先生は……古魔術についてはどう思われますか?」
ざわざわと、教室内が少し騒めく。古魔術は、属性という概念はなく、陣や詠唱など特殊な方法で精霊たちを呼び出し、彼らの力を用いて魔法を形成する。代償は殆どが自分の魔力と言うけれど、精霊によっては髪だったり、瞳だったりを差し出さなければいけない事もあるのだと学んだことがある。陣や詠唱は絵に描くだけでも力を持ってしまうから、教え伝えていくには実際に使っている所を見せるしかない。対価も大きく、伝える方法も限られている為、もう扱える者はいないのではというのが通説だ。学院では、グレッグお兄様が第一人者と言われている分野だ。
その女性は、ただ静かに続ける。
「古魔術は、精霊の力を使います。人間には、遠く及ばない力を。どんな敵も、条件さえ揃えば確実に凌駕する事ができます。先生は、自分の放つ魔力に対して自分自身が優位にとおっしゃいましたが……それはあくまで、力のある事が前提の考え方だと思います。力のない者、弱い者ほど、自分を守る術として、持っておくべき力だとは思いませんか?」
レオ様は、何かを考えるようにほんの僅かな間をあけ、答えた。
「なるほどな……。もしもという話は好きじゃないが、じゃあ、古魔術が扱える前提で話をするとして、だとしても俺は恐らく同じように答えるだろう。自分自身が優位になれない技には手を出すなとな」
「何故でしょうか?」
別の生徒が手を挙げて質問する。レオ様は、ふぅと小さく嘆息しながら答える。
「第一に、対価を払い続けるという事が実用的ではない。その点において、まず“戦闘”で使うのは避けるように言うだろう。例え対価が魔力であったとしても、自らが放ち使っていくそれと、誰かにもぎ取られるのとでは、その後の動きに大きな差が出てくる。戦闘はな、生き延びられなきゃ意味がないんだ。常に逃げ出す事の出来る余力は残しておいた方が良い」
わたくしは、最初に質問した女生徒の背中を何となく見つめる。その肩は細く、一見、戦闘とは無縁そうに見える。不思議な雰囲気の人。レオ様は、誰ともなしに話しを続ける。
「それに、力のない者、弱い者ほどというが……なら何故力のある者に頼らない? 勘違いしてはいけないのが、幾ら古魔術を優雅に扱おうと、精霊の力は自分の力じゃないという事だ」
「……では、もし家族や大切な人が敵と対峙し苦戦していたら? 弱い者は、見ているしかないのでしょうか?」
女生徒は、静かだけれど断固とした様子で重ねて質問する。レオ様は、変わらぬ調子で答える。
「……正直、戦う気力のないものは、隠れていてくれた方が余程良いな。足手まといになる。けれど、人間は頭が回る。誰かを助けたいと願うなら、自分自身に本当に力がないのかよくよく考える事だ」
そこで、ちょうど授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。レオ様は、最後に生徒達に資料を渡していく。
「今日話した内容と資料とを照らし合わせて、自分に合いそうな武具を幾つか候補を挙げて記入し提出しろ。次回までに武具店のオーナーに概ね取り寄せておくように伝えておく。期限は、明日の正午。そうだな……イシドール。お前が全員分集めて持ってきてくれ」
「え」
生徒達がまたざわっと、今度は明るい声で騒めく。資料を手渡すだけとは言え、皇太子殿下とお話しできるチャンスが出来るのだ。イスは表情には出さないけれど、嫌がっているのが伝わってきて、わたくしとグレースは一緒にくすくすと笑ってしまう。ふと、視線をあげるとレオ様と目が合った。ドキッと大きく胸が跳ねて、思わず視線を下げる。もう、しっかりしなくっちゃ。目が合うだけでドキドキしちゃうなんて、今後が思いやられる。そうこうしている内に、レオ様が講堂から出て行ったのが分かった。ふぅと息を吐きながら、何となく顔を上げると、今度は強い視線を感じてそちらに目を向ける。
先程、レオ様に質問をしていたベージュ色の髪の女性が、じっとこちらを見ていた。ただ、それはほんの一瞬で、わたくしが顔を上げるとすぐに逸らされてしまった。わたくしは、思わずその女性を見つめてしまう。その様子に気が付き、グレースが尋ねてくる。
「ん? ロゼ、どうした?」
わたくしが、何でもないと首を横に振りグレースに答えている内に、その女性は荷物を纏め出て行った。幾つかの社交界でお顔を見かけた事があるけれど、お話したことは合ったかしら? たしか、お名前は……ケイティ・ハンゼン子爵令嬢。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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