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1・【ロゼ視点】プロローグ

新しい物語がはじまります。楽しんでいただけたら幸いです。


 

 あなたに初めて会ったのは、わたくしがまだ6歳の頃。

 

 今でも鮮明に憶えてる。薔薇の花が咲き誇る、春の麗らかな日。

 王都にある屋敷では、その日、お父様を筆頭に多くの騎士達が出兵の準備をしていた。透き通る空の下、応援に来た王国の騎士達も合わせ、続々と馬に鞍がつけられ物々しい雰囲気が漂っていた。


 本当は、そこには来てはいけないと普段から厳しく言われていたの。けれど、前の夜、眠い目を擦りながら手を進め、朝になって(ようや)くお父様に贈るハンカチの刺繍が完成した。お父様の大好きな、ミモザの花の絵柄の刺繍。お母様が生まれてすぐに世を去られたわたくしにとって、お父様はたったひとりの大切な家族。だから、愛する家族の手作りの物――刺繍や組み紐が、騎士様のお守りになるという話を聞いて、どうしても渡さなくてはと思ったの。これを渡せたなら、きっとお父様はご無事に帰ってきてくれる……そんな風に思って。


 今にして思えば、使用人の誰かにお願いすればよかったのかもしれない。でも、もしかしたらほんの少しでも、お父様のお姿が見えるかもという期待がどこかであったのだと思う。だから、物陰からそっと騎士達の動きを眺めていた。その様子が、思った以上に恐ろしくて。飛び交う怒号も馬の嘶く声も初めてで、小さなわたくしは心細さに震えながら、救いを求める様にたった一人の愛しい家族を探して懸命に視線を彷徨わせていたの。そうしたら、頭の上から声が降ってきた。


「どうした? チビ」


 心に響くような、低く深い声。声に誘われて顔を上げると、灰茶色の髪を短く切り揃え、まだ(あご)のお髭も生やしていない、若々しいあなたがいた。あなたは、たぶん、わたくしの様子をすぐに察してくれた。だからそっと、わたくしと目線を合わせるように跪いて、目尻に少し皺を作りながら、アンティークゴールドの瞳を優しく細めて聞いてくれたの。


「なにか、探し物か?」

「……おとうさま」


 わたくしは、震える声を押し出すようにして言ったわ。聞き取り辛かったようで、あなたは少し考える素振りを見せた。


「……お父様? ああ、フォンテーヌ侯爵か。よし。ちょっと待ってろ」

「ダメ!」


 わたくしは、立ち上がろうとするあなたの腕を抱きしめるように飛び付いて、その動きを止めた。何故、自分がそこに来てはいけないと言われていたのか。騎士達の動きを見て、お父様のお気持ちを肌で感じて、ならばせめてご心配をお掛けしない良い子でいたいと欲が出てきてしまったから。


「ごめんなさい……でも、ダメなの。ダメって、言われているの。だから、これ」


 握りしめていたハンカチを差し出す。小さな手は、傷だらけだったと思う。


「お願い、これを渡して。……あ、ごめんなさい。あなたのお邪魔もして」


 騎士様の邪魔をしてはいけないと、繰り返し聞かされていたのに。思考が情けない自分に行き着き、わたくしの瞳はついに決壊してしまった。やっぱり、言いつけを守っていれば良かった。色々な気持ちが小さな体に渦巻いて、抱えきれず、ぽたぽたと雫となって溢れてきてしまった。

 

「ごめ、ん、なさ……」


 何とか涙を止めようと手で拭っていたら、あなたが、わたくしを落ち着かせるように頭をぽんぽんっと撫でて、ハンカチを受け取ってくれたの。


「必ず渡してやる。だから泣くな」

 

 たぶん、暫くそうしてくれていたと思う。頭に置かれた大きな手の平から熱が伝わって、ぽんぽんっというリズムと一緒に呼吸が段々と落ち着いて、涙が止まった。


「大丈夫か?」

「……うん」

「よし!」


 にっと歯を見せて笑う、頼もしい笑顔。見ているだけで、心がぽかぽかと温かくなった。だから、どうかあなたも無事でありますようにと願って、手を伸ばした。


「騎士様にも、これ」


 その時、わたくしが使えた唯一の魔法。手の平に小さな薄桃色の薔薇の花を一輪出した。6歳の少女の手の平にピッタリなくらい、本当に小さな花。わたくしの髪と同じ色。あなたは、目を瞬いて少し驚いた顔をしていたわ。


「どうか、無事に、帰ってきてね」

 

 祈りが届きますように――あなたはその花をそっと受け取って、胸のポケットから手帳を取り出し、それに挟んでまた胸にしまった。そして、今度は手帳のある位置にぽんぽんっと手を当てて、跪いたまま約束してくれたの。


「ありがとう。お前の大事な物も、全部守ってやるからな。良い子に待ってろよ」


 チカチカと、光が走った気がした。世界に色が急に溢れ、胸が高鳴り、鼓動が早まるのを感じた。あなたの事を、もっと知りたいと思った。だから、わたくしは聞いたの。


「おなまえ……」

「俺か? 俺は、レオノール」

「サー……れおのーる?」

「レオで良い。レディ・フォンテーヌ」


 名前を呼ばれて、カッと頬が熱くなった。恥ずかしくて、目も合わせられなくなってしまった。ふわふわと足元が覚束ない、初めての気持ちを知った。


 そして、あなたは今日までずっと、わたくしとの約束を守り続けてくれている。


 あの日から、あなたはわたくしの唯一。わたくしの愛する人。一日でも早く大人になって、絶対にあなたに追いつくわ。そして、毎日あなたを笑顔にしてあげる。だからお願い、愛と豊穣の神様。どうか、チャンスを。どうか、勇気を。どうか……――。


貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。

続々と投稿していくので、ぜひブクマお願いします。

また、いいね、ご感想、お待ちしています。本当にありがとうございます。


みなさまに楽しんでいただけますように。精進します。

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