18・【カレン視点】レオノールと言う男
軍医から王立高等学院の養護教諭になって、もう5年。レオノールがやって来ると聞いた時は、とても驚いた。
と言うのも、レオノールと言う男が教鞭を持つ姿など想像が付かなかったから。それも、貴族が集うこの学び舎で。平和の象徴みたいなこの場所と、あいつが、頭の中で噛み合わなかった。まあ、あたし自身。まさか、16、7歳の子供達を相手に仕事をするとは思いもしなかったから、おあいこかもしれない。
「「「姿がみえない?」」」
あたしと、イシドール皇太子殿下、グレース・ウィンドモア伯爵令嬢の声が重なる。
その言葉に、フォンテーヌ侯爵令嬢……改めロゼちゃんは、優雅にカップを口をつけながら、神妙に頷く。
先日、ロゼちゃんが来た時の帰り際に「ぜひお友達も連れて遊びに来てね」と言ったあたしの言葉通り、ロゼちゃんはお友達を連れて来てくれた。
あたしが着任当初、男達でひしめき合っていた救護室も、あたしが実は男だとわかると急に誰も来なくなった。――あ゛?
仕事はとても好きだけど、どこかいつも退屈だったから、子供たちが遊びに来てくれるのはとても嬉しい。用務員を呼びつけて、早速お茶が出来るテーブルと椅子を用意し、レイアウトを変えたところで、まさか皇太子殿下が訪れるとは思わなかったけど。忘れそうだったけど、ロゼちゃん、侯爵令嬢なのよね。上位貴族恐るべし……。
姿が見えないと言うのは、レオノールの事。
ロゼちゃんは、健気にも勇気を出して教諭室に行ったようだけど、いつ行っても不在。騎士隊や騎士科の生徒達の訓練を見ていると聞いて修練場に足を向けても、何故か見当たらないと言う。
「……あ゛ん゛の゛男ぉ」
あたしの地を震わせるような低いボイスにロゼちゃんがびくっと肩を跳ねさせる。
あら、失礼。つい心の声が零れちゃった。
しかし……あいつ、戦場で培った気配を察知する力を無駄遣いしてやがる。
こんな幼気な少女一人、相手に出来ないのか大人気ない。
ロゼちゃんが、シュンと肩を落として零す。
「わたくしは……嫌われてしまったのでしょうか」
あ゛あ゛あ゛あ゛! こんな可愛い子にこんな顔をさせて何やっているのよあいつは!
ロゼちゃんの頭に垂れたうさ耳が見えるわよ! 妄想よ! なんか文句ある!?
つい心の中で一人乗りツッコミをしながらも考える。
あの日のあいつは、酷く動揺していた。顔を真っ赤にして、馬鹿みたいに椅子に蹴っ躓いたり、扉にぶつかったりしながら部屋を出て行った。その様子を見るに、決して嫌っていると言うわけではないと思う。
落ち込むロゼちゃんに、グレースちゃんが首を傾げながら言う。
「単に、すれ違っているだけじゃないか? 放課後や空き時間にしか行けていないんだろう?」
グレースちゃんはいつも冷静ね。ちょっと鈍感で明け透けな様子も伺えるけど。
タイプとしては、イリーナ寄りかしら?
ロゼちゃんは、コテンと首を傾げる。いちいち可愛いな、おい。
「そうかしら? 考えすぎかしら?」
あたしは、何とも言えず口を噤む。授業が始まるまで、暇している身だ。
“フェアリー・コンプレックス”の調査も進んでいないし、何せあいつはここでは招待された特別講師の身分。雑多な書類仕事なんて、適当に目を通して事務担当に投げつけてしまえばあとは上手くやってくれるだろう。――誰も何も言えないでしょうから。
確実に逃げてる。そして、隠れてる。
皇太子殿下は、それに気づいてか気づかずか、微笑みを崩さないまま答える。
「伯父上は大人だから、経験がないわけでもないだろう。単に忙しいんだよ。そうじゃなきゃ、相当なヘタレだよ。情けない男だよね」
辛辣だわぁ……。この子――皇太子殿下をこの子呼ばわりするのもあれかもしれないけど――は、ロゼちゃんの恋を本当に応援したいのかしら?
言外に、早々に諦めてしまえって気持ちも伺える気がするけれど……きっと複雑なのね。甘酸っぱいわぁ。
けれど、当のロゼちゃんは「ヘタレってなぁに?」って首を傾げている。
伝わっていない、色々と。残念ねぇ。
あたしはふぅと息を吐いて、天井を見上げ、ぼんやりレオノールと言う男について考える。
まあ、もしかしたら、レオノールの行動も仕方ないのかもしれないとも思う。
あいつは、きっとこの子達が思うほど、まともな経験など踏んでこなかっただろうから。
◇◇◇
あたし達が出会ったのは、もう15年くらい前。その頃は、あたしもまだ男の姿で軍医をしていて、あいつも、今よりも随分とギラギラしていた。その持ち前の強さと賢さでグングン戦果を叩き出す反面、敢えて死にに行くような無茶苦茶な戦い方に、付いていけないと離れていく者も多かった。まるで、第一王子としての周囲の期待を、わざと削いでいくような立ち振る舞いだったし、実際そういう意図があったんだと思う。
味方を置いて、一人、戦線に向かってしまう事もあって……仲間内では、中々心を許してくれない彼に歯噛みする事も多かった。
政略の為に、血筋の為にと結ばれた婚姻も、彼の居場所には成り得なかった。奥方が亡くなられたという訃報も、戦地で聞いたと聞く。共に暮らしたのは、正味数か月の話だろう。
数多の女達だって、すれ違う中で慰み程度の触れ合いしかしてこなかったのかもしれない。
レオノールという男は、ただ戦地にのみ――命と命を掛けた、刹那的な時の中にのみいる……。そういう男だった。
ただそれも、前国王陛下が崩御され、現国王陛下のガレス様が王位についてから、少しずつ落ち着いて行った。情勢もあるけれど、戦地の子供達にどこか柔らかな表情で声を掛け、復興が必要な街では率先して力仕事を引き受ける姿に、少しずつ余裕が感じられるようになった。同時に、決してにこやかではないけれど、気取らない彼の姿はどこかカリスマ性を持ち、人々を惹きつけた。確かに、彼がもしそのまま王位を目指していたら……今のような平穏は、この国にはなかったかもしれない。
彼をよく知る者ほど、敢えて自らが闇を背負い陰になろうとするその意思を汲み、口を噤んだ。何も知らない貴族達は、面白おかしく彼を語る。さも自分は正しいと言う出で立ちで。社交界とはそういう所。人のマイナス面ほど美味しいネタになる。
あたし自身、こんな形をしているものだから社交界にいる事は出来ず……軍医をしている内に授かった一代限りの爵位を持って家を出た。
◇◇◇
それから数年。まさか、こんなところで会うなんて……縁って本当に不思議。
久しぶりに会ったあいつは随分と肩の力が抜けていて、あたしはほっとした。反面、どこか空虚で、どこに居ても居心地の悪そうなやるせない表情をする時もあって、それが少し心配だった。
そんな時、ほぼ同時にこの可愛らしい子が現れた。
聞く話によると、もう10年もあいつに片思いをしてると言う。ひとめぼれに近いようだ。
レオノールは、幼い熱だと言うけれど、本当にそうかしら?
少なくとも、あたしには真剣な想いに感じられた。それに、今逃げ回っているレオノールよりは、余程大人だわ。
『彼は、この国の英雄です。この国に住まう者はみな等しく、彼に守られて生きてきたと言っても良いでしょう。どのような戦いがあったのか、どのように傷を負ったのか、その痛みを想像さえせず、彼を語るのはおやめください!』
彼女が噂話を囁く生徒達に放ったとされる言葉。人伝えに聞いて、胸がすっとした。
姿を見せず語る彼らに、声を大にして言い放つことがどんなに勇気のいる事か。
彼女の想いが本物なら、レオノールにとって、彼女はまるで奇跡のような人よね。
案外、不動なあの男を、再会して早々にここまで振り回せてしまうのだから、良い組み合わせなんじゃないかしら?
折角、国の為に頑張ってきたのだし、そのぐらいの天からの贈り物があっても良いわよね。
ふむ。やっぱり、ここは一肌脱ぐしかないわね。
とはいっても、この方法は侯爵令嬢には難しいかしら。
少し悩みながら、あたしは口を開く。
「ねえ、一つ提案があるんだけど……」
もしこれで責任を取らされて教職を追われたら、あいつに責任をとって貰いましょ。
あたし達は、耳を寄せあい作戦会議を続けた。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
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