17・【ロゼ視点】新たな味方
カレン先生にお話も伺えて、わたくしはとても嬉しかった。
カレン先生は、レオ様と旧知の仲という事で、これからもレオ様の事を色々と教えてくださると言ってくれた。今度、是非、友人も連れて救護室へ遊びに来て欲しいと。
おしゃれの話なんかも盛り上がって、とても仲良くなれそう。
それにしても……まさかカレン先生が男性だったなんて!
いえ、認識は女性で間違いないのかしら? ……と、とにかく、カレン先生曰く、レオ様には今お付き合いされているような方はいらっしゃらないとの事だった。懸念事項が一つ減って本当に良かった。後は、レオ様とお近づきになるだけ。ゆっくりと、慎重に。
そう思って、もう数日。レオ様の姿を探すけれど……どこにも見当たらない。
勇気を出して教諭室に行っても、不在。
しばらく、出入り口に立って待ってみたりもしたけれど、出てくることは終ぞなかった。
騎士科の学生達の指導をしていると聞いて修練場に行ってみても、わたくしが行くといなくなってしまっている。
とはいえ、会いに行ける時間は限られている。初年度は特に忙しく、空き時間はあまりない。結局は、昼食を食べる時間か、放課後しかないから、単にすれ違ってしまっているだけなのかもしれないけど……。
……もしかして、避けられている?
頭の中でそう言葉にしてしまうと、じわじわと心が抉られる。
自分の思考にズンッと沈みそうになるけれど、頭を振ってなんとかその思考を振り払おうとしていたら、後ろから凛と通る声が聞こえた。
「レディ・フォンテーヌ……今、お時間よろしいでしょうか?」
振り返ると、数名の女生徒が立っていた。中心にいるのは、透明感のあるベージュ色の長い髪を持ち、透き通った榛色の瞳を持つ女性。……たしか名を、セレーナ・レイヴンスタイン伯爵令嬢。
わたくしが振り返ると、セレーナ様は流れる様な所作でカーテシーをした。その洗練された雰囲気に、高い教養を感じる。
「突然、お声がけをして申し訳ありません。レイヴンスタイン伯爵家が娘、セレーナと申します。わたくしの事は、気軽にセレーナとお呼びくださいませ」
倣うように、両サイドにいる女生徒達もカーテシーをし、口々にご挨拶をしてくれる。右サイドにいる深緑色の髪の女性が、オリビア・モンティーグ伯爵令嬢。左サイドにいる白に近い水色の髪の女性は、ルーシー・ドゥルーズ子爵令嬢。
爵位が下の者から上の者へ声を掛けてはならないという習慣は古いものとなったけれど、両サイドの女性は少し緊張している様子が見受けられる。縁あってクラスメイトになれたのだから、そう畏まらなくても良いのに。わたくしもセレーナ様に倣い、カーテシーをしてご挨拶をする。
「丁寧なご挨拶に、心から感謝申し上げます。みなさまもどうか、わたくしのことはロゼとお呼びくださいませ」
わたくしが柔らかい笑顔を心掛けながらそう言うが、固い雰囲気はなくならない。思えば、クラスメイトの女生徒達とは、ゆっくりお話する機会がなかったように思う。レオ様との一件以来、わたくしの周囲はとても静かで、グレースや時々イス――イスは、未だに周囲に人がたくさんいるから――と過ごす事が多く、自らも話しかけようと思わなかった。今日は、イスは公務で学院に来ていないから、話しかけやすかったのかしら?
セレーナ様が代表して、口を開く。
「ご体調はいかがですか?」
「ええ。もうすっかり。お心遣いありがとうございます」
「そうですか……」
……? なんだろう?
三人は視線を交わし合って、発言を躊躇っているように見えた。
……やっぱり、レオ様との事かしら?
きっと噂になっているとは思っていたけれど、直接確認に来るような人はこれまでいなかった。もし、尋ねられたら何とお答えすれば良いかしら。もしくは、わたくしの行いに対する非難という事も考えられる。
お三方がゴクンと息を呑む。つられて、わたくしも息を呑んでしまう。
すると、セリーナ様が意を決したように声を出す。
「その……わたくし達、感銘を受けましたの!!」
…………へ?
声に出さなかった事を褒めて欲しい。わたくしが目を瞬かせていると、皆さまが続々と口を開く。
「わたくし、涙が出そうになってしまったのです。その身一つで愛を貫こうとされる健気なお姿に! 愛しい方にお会いした時の、あの真珠の様な美しい涙……。そして、勇ましくも愛しい人を庇おうとするそのお姿! まさしく、愛と豊穣の女神を支える“花の精”そのものでしたわ!」
「え? え??」
「わたくしも、滾りますわ! 王家が定めた皇太子殿下との婚約という障害を越え、愛しい方の元へ走っていくお姿! 創作意欲が湧き立ちましたわ!」
……ん? イス? 創作意欲??
「まあ、違いますわよね? 公爵閣下はあくまでも隠れ蓑で、本当は幼い頃から交流のあったグレッグ・ウィンドモア伯爵令息と恋仲だと伺いましたわ。お父様に反対されて、致し方なく爵位が上の公爵閣下にお願いされていると……契約婚約なんて、物語みたい! 是非、お力添えさせてくださいませ!」
え? え? グレッグお兄様? なにが、どうなっているのかしら?
わたくしが、口々に言われたじろいでいると、お三方はその事に気が付いてくださったようで、それぞれに姿勢を正す。そして、セレーナ様がコホンッと咳払いをして、改めて口を開いた。
「も、申し訳ございません。つい昂ってしまって。実はわたくし達、先日の中庭での事や教室での出来事を通りすがりにお見掛けしまして……いつも楚々として“淑女の鏡”と言われているロゼ様が、好きな方への想いを貫こうとされているそのお姿を見て、とても勇気をいただいたのです。わたくし達も、そうありたいと……ね?」
セリーナ様は、ご自身の想う方を思い出しているのか少し頬を染めて微笑まれ、お隣のお二方に同意を求める。オリビア様とルーシー様も、頷きながら快活に口を開く。
「そうなのです! クラスの女子達は、密かに応援している者が多いのですよ? どのような障害も乗り越えて、ぜひ想いを叶えて欲しいと……本来であれば、愛と豊穣の女神フレイの御心のまま、恋路などそっとして置くことが一番だとは思うのですが、ぜひ何かお力になれたらと思いまして」
「ふふ。ルーシーは、趣味の執筆の為でもあるのでお気を付けくださいませ。わたくしは、毎日たくさんの方に声を掛けられているにも関わらず、嫌がる素振りもせず一人一人丁寧に対応されているロゼ様を見て、密かに憧れておりました。……このように、今水面下では様々な噂が飛び交っております。噂は、放って置くと良からぬ方向に進んでしまう事もあるので、風化のお手伝いが出来ればなと思ったんです」
わたくしは、じんっと瞼が熱くなるのを感じた。
本当は、どこかでずっと気落ちしていた。だって、あんな大失敗をしてしまったんだもの。侯爵令嬢として、あるまじき行いだわ。そんな自分が恥ずかしくて、これからどう振舞ったら良いのかさえ迷ってしまっていた。だから、セリーナ様達のお言葉がとても嬉しくて、瞳に涙が溜まる。
「みなさま……本当に、ありがとうございます。そんなにも温かく、わたくしを気に掛けてくださって」
わたくしが、瞳の端から零れてきそうな涙を拭って、微笑みながらそう言うと……何故かみなさま、ほぅっと溜息を零して固まってしまわれたけれど、すぐにはっと何かに気が付いたように意識を戻され、場所を移動しようと勧められた。
途中グレースに声を掛けようと思ったけれど、すれ違ってしまったようで、同じクラスの方に伝言を残しカフェテリアに向かった。
セリーナ様達のお話では、わたくしの噂は何通りかあるようだった。
一つは、わたくしが父の反対を押し切って、密かに恋仲であったレオ様との想いを遂げようとしているというもの。これが一番事実には近いかもしれない。悲しいのは、まだ恋仲ではないと言うところだけど……。
二つ目は、何故かわたくしとイス、牽いては侯爵家と王家が婚約を推し進めようとしているが、わたくしには想い人がいて、それがレオ様だと言うもの。
三つ目は、わたくしとグレッグお兄様が恋仲で、レオ様がその二人を応援してくれて力を貸してくれていると言うもの。
その他、色々とアレンジが加えられているようで、バリエーションに富んでいるのだとか。
レオ様がわたくしの為に作ってくれた噂……真実を明かすことを少し躊躇ってしまったけれど、セリーナ様達には正直にお話した。あくまでも、本当にただわたくしが一方的に想っているのだという事。けれど、状況は厳しいという事も。セリーナ様は、はぁと溜息を零して言葉を漏らす。
「ロゼ様ほどに美しい方でも、そのような事があり得るのですね……」
わたくしは、かぁと頬に熱が集まるのを感じる。ただでさえ、思い余っての告白に失恋にと恥ずかしいのに……美しいというお褒めの言葉は嬉しいけれど、なんと言って良いものか困ってしまう。わたくしが、頬を赤らめたまま小さくなっていると、セリーナ様が慌てたように声を重ねる。
「あ! 違うのです! 少し、安心してしまって! ロゼ様は、その、なんというか……爵位もさることながら、どこか人間離れしたものを感じてしまって。わたくし共と何ら変わらない、好きな方を想って心悩ませる一人の女性なのだなと感じてしまって……」
「わかりますわ! 何と言うか、こうぐっと親近感が湧きました! はじめは、お年の差もありますし、その、様々な噂もあったので……何故公爵閣下なのかしらとも思いましたが、教室でのお二人を見て、とてもお似合いなんだなって思いましたの。公爵閣下の深い包容力を感じましたし」
「わたくしも、公爵閣下がロゼ様を抱き上げて出て行かれた時、思わずくらっとしてしまいました! 大人の魅力というのかしら……素敵でしたわ」
みなさまが盛り上がり、わたくしは一人さぁと血の気が引いていく。
ついに、生徒達の中にもレオ様の良さに気づく方が現れ始めてしまった。
ゆっくりと、慎重になんて、のんびりしている場合じゃないのかもしれない。
どうしよう。どうしたら良いの?
わたくしは、まだ熱の冷めやらぬ顔に両手を当てながら、盛り上がりを見せるお三方におずおずと言葉を発する。
「だ、だめです……レ、レオノール様は、わたくしが好きな方なのです。お譲り、できません……」
思っていたよりもずっと気弱な声になってしまった。
でも、ダメなんだもの。好きになられては、困るんだもの。
すると、お三方は顔を同じように赤らめて、前のめりで話し始めた。
「あ、当たり前です! ええ! 公爵閣下のお相手は、ロゼ様以外にはありえませんとも!」
「左様ですわ! 何でしたら、わたくしからも外堀を埋めるべく手を尽くしましょう!」
「そうです! もういっその事、既成事実でも作ってしまいなさいませ! 今の時代、女がリードするのもありだと、わたくしはそう思いますわ!」
き、既成事実は、いけません!
わたくしは、頭からぼんっと煙が出そうなほど茹で上がり、身を固める。その様子に気が付いたようで、セレーナ様達もピタっと動きを止まる。
それぞれに視線を交わし合い、全員徐々に熱が落ち着いてくると、誰ともなしにくすっと笑いが零れる。
わたくしは、くすくすと笑いながら告げた。
「みなさま、ありがとうございます。でも、バレナ公爵閣下にこれ以上ご迷惑をお掛けしたくはないのです。出来るところまで、自分で頑張ってみたいと思います」
でも、これからもぜひ相談に乗ってくださいませとお願いすると、みなさま笑顔で頷いてくれた。次いで、セリーナ様が口を開く。
「ロゼ様のその思いは、きっと公爵閣下にも届きますわ。ぜひ、諦めないでくださいませね」
さらに、オリビア様が続ける。
「そうですわ! それに、わたくしは、少しくらい困らせてやるくらいで良いと思うんですの。殿方を振り回してしまえる女性って、魅力的ではないですか? わたくしの母もよく『押すのではなく、惹きつけなさい』と言っていますもの」
まあ……すごく参考になりそうな言葉。ルーシー様も大いに頷いて言う。
「そうやって、笑っていてくださいませ。ロゼ様の笑顔に、どんな殿方も骨抜きですわ!」
わたくしは、今度こそしっかりと頷く。後で、ノートに書かないと。
『諦めない』『押すのではなく、惹きつける』『笑顔で』と。
……念のため、『既成事実』と『外堀を埋める』も書いて置こうかしら。念のため、ね?
◇◇◇
その後も和やかにお話していると、ルーシー様が思い出したと言うように声をあげる。
「そうだわ! そういえば、聞きまして? 巷では今、“思いを叶える秘薬”というものが流行っているらしいですわ」
“思いを叶える”という言葉に興味を惹きつけられる。それは、他のお二方も同じだったようで、オリビア様が興味深げに聞き返した。
「まあ、また“惚れ薬”の類かしら?」
“惚れ薬”というのは、数年前から流行るお菓子の事を指す。
ククルの実にほんのり高揚の作用がある事が判明し、“惚れ薬”というキャッチコピーで売り出されたのだが、目に見えるような効果はない。ただ、“惚れ薬”という事を相手も認識して食べるので、気持ちが伝わりやすいのだというだけで。ルーシー様は、笑って答える。
「いいえ。もっと、気軽なものらしいのです。自分自身に使う、いわゆる美容関連のサプリメントのようなものらしいですわ。お肌が綺麗になって、体も少し引き締まるのだとか。それに、不思議と勇気が湧くと伺いましたわ」
「まあ。どこのお店で販売しているの?」
セレーナ様が尋ねるが、ルーシー様は溜息を吐きながら首を横に振る。
「それが……口伝のように、人から人へと流れているらしいのですわ。だから、偶然巡り合わなければ手に入れようがないらしいのです。まあ、わたくしも人伝えに聞いただけの話なので、本当にあるのかどうかさえ疑わしいのですけどね」
ルーシー様は、茶目っ気たっぷりに笑う。
ふむ……少し残念。でも、侍女のエマが、美は一日にしてならずといつも言っているもの。それに簡単に手に入れた美は、簡単に崩れてしまうとも。美しさに自信を持つためには、地道に運動とケアを繰り返すしかない。それに、恋は難しく、美しさだけで叶えられるものでもない。とにかく、時間を積み重ねていかなければ。それには、まずはやっぱり、レオ様とのお時間を重ねる事よね。
今日、新たにできた友人に沢山力を貰った。諦めない。絶対に。
愛と豊穣の神様。どうか、見守っていてくださいませね!
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、素敵な事が沢山ありますように(。>ㅅ<)✩⡱
いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています!




