16・【レオノール視点】勘弁してくれ
読んでくださっているみなさま、本当にありがとうございます。
今日は日曜日だから、明日の分を早めに掲載。
楽しんで貰えたら幸いです。
逃げ場をなくしたまま、俺は床に座って処置室とベッドを隔てるカーテン越しに話を聞く。
いや、聞く気はないのだが、聞こえてくるから仕方ない。
カレンは、フォンテーヌ侯爵令嬢に椅子を差し出し、イリーナは処置台に茶と茶菓子まで用意したようだ。「毒見は私が済ませてあります!」と、生き生きとした声が聞こえてきた。長居をさせるな、早々に帰らせろ!
「騎士隊長様にまで、ご迷惑はお掛けできませんわ。どうか、わたくしに構わず職務に戻られてくださいませ」
「いいえ! 今は休憩中ですので、全く問題ありません! もし差し支えなければ、ぜひ私にもお力添えさせてくださいませ!」
上官が聞いている側で堂々とサボるなよ! 職務に戻れ!
「それで、どうしたの? 何か悩み事?」
カレンが養護教員の顔で問う。なんだかんだ、ここでの仕事は軍医として働いていた頃よりずっと好きらしい。フォンテーヌ侯爵令嬢は、少しの間沈黙し、一度深呼吸した後、意を決したように口を開いた。
「ご不快に思われたら、大変申し訳ありません。ヴォルテス先生は、レオ……バレナ公爵閣下と、その……こ、恋人同士でいらっしゃるのでしょうか!?」
「は?」
……は?
カレンの声と俺の心の声が重なる。誰と誰が恋人同士だって?
冗談でもやめてくれ……というか、あんなにハッキリ言ったのに、まだ諦めていなかったのか?
俺はカレンの返答を待つ。すぐに爆笑して否定すると思ったのに、何故何も言わないんだ? ソワソワとしていると、漸くカレンの声が聞こえてくる。
「……だとしたら? あなたはどうするの?」
おい! 余計状況をややこしくするなよ! 思わずしゃがんだまま振り返り、カーテンの隙間から彼女の表情を伺い見る。大きな瞳が困惑気に揺れ、傷ついたような顔をしていた。やめてくれ! こんな奴の言う事でそんな顔をするのはやめてくれ!
「もし、そうだとしたら……黙ってこの部屋から出ていきます。綺麗事かも知れませんが、お二人を傷つける意図はなかったのです」
「へぇ、諦めるの? 聞き分けが良いのね」
カレンは何がしたいのだろうか。フォンテーヌ侯爵令嬢の本意でも探るつもりか?
確かに、これまでの事が全て計算だとしたら、女とは恐ろしいという感想しか出てこないが……彼女は一体何と答えるのだろう。
少し待っていると、彼女はじっとカレンを見て……その内、プルプルと小刻みに震え、藤色の瞳から大粒の涙を零し始めた。その様子に、一同驚愕し、アセアセと慌て始める。なんだ、あの小動物!
「ご、ごめんなざい゛! 泣くづもりは、なぐで……」
「ううん、ううん! いいの、いいの! こちらこそ、ごめんなさい! 全然関係ない! あんなの全く関係ない! むしろあっても関係なくす!」
おい。
「何やってるんですか、カレン様! いくらあなたでも許しませんよ!」
「本当にごめんなさい! 泣き止んで! ちょっと冗談言っただけ! 嘘だから、嘘!」
「……うそ?」
フォンテーヌ侯爵令嬢がピタっと泣き止む。カレンとイリーナがコクコクと大袈裟なほど頷くと、彼女はふにゃりと微笑んだ。
「良かった……。先生がとても綺麗で、魅力的な方だったので……どこかで、お二人が思い合っていたら仕方ないわって、思ってしまっていたんです」
カレンが顔を真っ赤にして机を拳で叩き始める。本当に何がしたいんだよお前は。
復活しないカレンの代わりに、イリーナが片手で鼻を抑え、反対の手で彼女にハンカチを差し出しながら問う。
「それを確認しに、こちらまでいらしたのですか?」
フォンテーヌ侯爵令嬢は、礼を言いながらそれを受け取り、涙を拭きながら姿勢を正した。
「いえ……もし、バレナ公爵閣下とお親しければ、ぜひ彼の好きな物ですとか、嫌いな物ですとか、差し障りのない範囲で構いませんので、教えていただけないかと思いまして」
その問いに対し、カレンは、復活したようでがばっと体を起こし尋ねる。
「え? あんなにハッキリ言われたのに、諦めてないの? あいつのどこがそんなに好きなの?」
フォンテーヌ侯爵令嬢は、目を瞬かせて、その後にじわじわと顔を赤らめていく。大きな瞳を揺らしながら、あわあわと口を動かす。
「ど、ど、どこがと申しますと……それは、強くて勇敢なところはもちろんですが、優しくて大きなところや……」
彼女は考える様に一度言葉を切る。そして、頬を赤く染めたまま、藤色の瞳を潤めて言う。
「昔も、ですが今回も、わたくしが困っていると、その身を挺してでも守ろうと、助けてくださるところですとか、少しぶっきらぼうな話口調で『大丈夫か?』と心配して聞いてくださるところも……それから、笑うと目尻に皺が寄るところや、逞しい腕も、低い声も……もう存在そのものが全部、好き、です」
フォンテーヌ侯爵令嬢は、恥ずかしそうに口元にハンカチを押し当て顔半分を隠してしまう。
いやいやいや。俺は居たたまれず、沈み込むように俯く。年甲斐もなくドギマギしてしまう。紛らわすためにくしゃっと頭の髪を掴むが、何の慰めにもならない。
すると、フォンテーヌ侯爵令嬢の声が少し落ち着いたものに変わって聞こえてくる。
「一度は、諦めようとしたのです。でも、わたくしは、そんな気持ちを何一つ伝えられていないって気が付いたんです」
それは……俺が、最後まで彼女の気持ちを聞かず、遮ったからだ。
憧れてという一言に過剰に反応して、大人気もなく突き放したから。
「この10年、わたくしは本当に、レオ様の事を心から思っていました。わたくしの知れる範囲でではありますが……いつ出兵したのか、どんな活躍をされたのか、殆ど空で言える程に憶えています」
城の出兵記録をさらったのか。結構な量だ。俺も手あたり次第、城を開けていたから。
どうして彼女は、あんな一瞬しか会った事のない俺を、そこまで思えるのだろうか?
「どんな街に行き、どんな人々と触れあったのか……知りたくて、護衛騎士を一人連れて、戦線跡地にも行ったことがあります」
俺は驚いて目を剥く。戦線の跡地など、お嬢様が行くような所ではない。殆どが整備さていない、残党や気が立った魔獣の生き残りなどが横行する、大きな危険が伴う場所だ。
「どんな景色を見て何を感じていたのか、どんな思いだったのか……自分で少しでも感じたくて、赴きました。でも、本当は、全部レオ様のお口から、直接聞きたいんです」
思わず、いつかも思い出した戦場の夜空を思い浮かべる。
満天の星のその下に、幼い頃の自分と、彼女と、それぞれが佇むイメージが湧いて、なんとも不思議な心地になる。
「わたくしは、漸く、お互いの声が届く距離にまで来られました。レオ様がどんな事に幸せを感じて、どんな事に心を痛めてしまうのか、どんな事でも知りたいですし、わたくしがどんな人間なのかも知ってほしい」
彼女の声に、迷いわなかった。
「これから、はじめたいんです。だから、わたくしは、まだ諦められません」
カレンも、イリーナも、感じ入るように黙っている。
その真っ直ぐさが、本当に心臓に悪い。勘弁してくれ。
少しの間の後、カレンがぽつりと口を開く。
「……いい。いいわ! フィ……じゃない。ああ、もう、ロゼちゃんで良い? 何でも聞いて? あんな奴の事で良ければ、何でも答えちゃう!」
おい! 人を売るな!
「私も、微力ながらお手伝いさせていただきます! ぜひお役立てください!」
イリーナ! お前はただお近づきになりたいだけだろう!
お前が役立つ分には勝手にすれば良いが、俺を役立てるな!
「あの……では、早速なのですが、」
フォンテーヌ侯爵令嬢が、おずおずと話し始める。顔がさらに熱を帯び、また耳まで真っ赤にして、上目遣いで二人に問う。
「レ、レオ様は……その、わたくしのようなタイプの女は、お嫌い、でしょうか?」
……何も聞こえない。二人は、まず間違いなく陥落したのだろう。
俺は、たまらず手の平に顔を埋め、ずるっと脱力する。だから本当に勘弁してくれ。大の男の赤面なんて、需要はないのだから。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
次回は、明後日の朝7:00を予定しています。
みなさまに、素敵なことがたくさん、たっくさん、ありますように!
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