15・【レオノール視点】受け入れられない気持ち
昨日の回は、筆が迷ってしまい改稿ばかりで申し訳ありませんでした…(;>₋<;)
あれから数日。俺の生活は、穏やかなものだった。
教諭室にいても、特別人が訪ねてくるようなこともなかった。まあ、16やそこそこの人間に、爵位も年齢も遥かに上の男に何の準備もなく突っかかるのは、中々難しいものがあるだろう。それに、なんせ相手は『冷酷で冷徹な戦闘狂』だしな。
教室での発言に関しては、少し迷ったが、彼女も俺を10年間ずっと思っていたというくらいだ。すぐに他の家の者と縁繋ぎになりたいとは思っていないだろうし、しばらくは、『水面下で婚約の話でも持ち上がっているのでは?』くらいの匂わせがあっても良いだろう。放って置いてもその内、彼女の内面を知り、真実を知って寄り添う者が出てくるだろうし。彼女なら一時俺と噂が立ったという事くらい、幾らでも挽回できるだろう。イシドールだって……あれは、密かに“花の精”に想いを寄せているんじゃないか?
なんだか着任早々に妙な嵐に巻き込まれた感はあるが、授業に先んじて騎士隊や騎士科の学生の訓練も始まった。幸い、思っていた通り騎士科に所属するような奴らは実力主義で、力の差が一目で分かる俺に突っかかってくるような奴はいなかった。……まあ、最終的に全員いなしちまったから、言う暇もなかったのかもしれないが。体を動かせば、それなりに気分もすっきりする。
放課後にはまた、“フェアリー・コンプレックス”に関して情報共有をする為に、カレンとイリーナと救護室に集まる。今朝、俺の元に軍部から“フェアリー・コンプレックス”に関する調査報告書が届いたが、あまり進んではいないようだった。やはり、一つ一つの状況から精査していくしかないと。カレンは、俺の渡した報告書に目を通し、唸りながら首を捻る。
「そもそも、調査員の数も少ないのよね。なんで、公開捜査にして摘発しないのかしら? 依存症と夢遊病よ? もう、手に入れないように注意を呼び掛けるべきじゃない?」
「私も同意見です。……が、事件の絶対数が少ないのでしょう。平民の娘たちが、痩身や美肌を手に入れる為に、多少体に悪い薬品に頼るというのは、そう珍しい話じゃありません。ハンゼン子爵令嬢のように、この薬を多用していたからこうなったという事例が貴族の中でもう2、3件あれば、国も積極的に動くのでしょうが……」
「でも、下手したら気が付いた時には大々的に被害が出てましたって状況にもなりかねないわよね? 国が内部から侵されている可能性はないのかしら?」
「症状が、“夢遊病”だからな。微妙な所だろう。狙われているのは平民の若い娘のようだし、小悪党の小遣い稼ぎだろうと言うのが、議会の今のところの見解だ」
カレンは、眉間に皺を寄せ「ん゛~~~」と低い声で唸る。俺はその様子を見てふっと口の端を緩める。カレンの元々の生家シェフィールド子爵家は、代々名医を輩出する名家で、貴族の中では珍しく貴賤問わず治療に当たる生粋の医師の家だ。貴族寄りな考えに納得がいかないのだろう。
カレンの気持ちはわからないでもないが、国の方針も現段階では間違っているとは言えない。ただ、やはりその巧妙さが気にかかる。証拠の隠し方もうまいし、何より存在そのものが良くわからない謎の薬というのがスッキリしない。
俺は、頬杖をついてぼんやりと資料を眺め、そんな事を考えていると横からじーーーーーーっという強い視線を感じる。唸っていたカレンが、気持ちを切り替えたようで何か言いたげにこちらを見てくる。非常に面倒くさそうだ。面倒くさそうだが、聞かないわけにもいかない。
「……なんだよ」
「んっふっふ~。それで、“花の精”ちゃんとはどうなったの? あたし、何も聞いてないんだけど? そろそろ教えてよぅ」
「それは、是非、私も聞きたいですね。……どう、なったのですか?」
一人はニマニマと軽すぎだし、一人は座っている俺を頭上から睨みつけて圧が強すぎる。
俺は内心でチッと舌打ちをしながら、調査報告書をカレンの手元から取り上げ、誰にも見られないよう空中で燃やす。この部屋に誰かが近づいたらわかるよう、振動が伝わる土魔法も広げていたから、それも組んだ足をトンと動かし解除する。
「教えるも何も、この前も外で聞いてたんだろ? 彼女の言っていたそのまんまで、俺はし知らん」
「え~? それにしては? なんだか親切だったじゃない。知ってるわよ~。あなたが言い寄る女達にどんなに冷たいのか。関係を持った女にだって、心を砕いたりしないのに」
俺は、ぐっと言葉を詰まらせる。昔の事を言われると辛いものがある。俺だって、粋がっていた時代もあったんだ。
「そうもいかないだろ。相手は侯爵令嬢だ。いくら俺の方が爵位が上でも、蔑ろにはできない」
「とかなんとか言って~、満更でもなかったんじゃないの? あの綺麗な藤色の瞳が潤んで、『10年間、ずっと思っていました』よ? あたしだったら即落ち。想像しただけで心臓がいたいわ」
「……羨ましすぎる」
「……」
カレンは胸を押さえて鼻息を荒くし、イリーナは両手で顔を覆い打ちひしがれる。有難うよ二人とも。何だか逆に冷静になれるわ。
そりゃあ、あれだけの美人に言い寄られて悪い気はしないだろう。ぶっちゃけると、見た目だけで言えば滅茶苦茶好みのタイプだし。
それに、どうしても心を砕いてしまうのは、やはり幼い頃の彼女を知ってしまっているからだろう。父親の出兵を健気に見送る姿が、どうしても思い出されてしまう。
「どうして断っちゃったのよ。家格的には吊り合いも取れているし、問題は年齢差だけでしょ? 国家間の婚姻なんかでは無くはない話だし、お付き合いしてみちゃえば良かったのに」
「お付き合いなんて……軽い気持ちは許されませんよ? きちんと婚約を結び、彼女の幸せを全身全霊で守る事。さらには、全財産を彼女に残す遺書を残してくださらなければ納得できようもありません」
だから、イリーナは睨むのを止めろ。微妙に、怖ぇんだよ。
俺は後ろ頭をガシガシと掻き、二人の問いに答える。
「お付き合いもなにも……言っただろう? 俺はガキは苦手なんだ。あのキラキラした純粋な瞳で見られるだけで落ち着かねぇのに、憧れだぁ? 俺の何を知ってるって言うんだよ」
こちとら、長年他人の評価に振り回されてきた身だ。今はまだ良い。けれど、若い頃はやっぱり堪えることもあった。常に人目に晒されて、一挙手一投足に揚げ足を取られ、親程の年の奴らから人間失格だとまで罵られる。溜まらず、人知れず吐き気を催したこともあったくらいだ。なのに、言った奴らは何の悪気もないんだ。
憧れなんて、マイナスな評価じゃないだけで、やっている事は奴らと一緒だ。いや、明らかな意図をもって悪い噂を流している奴らより余程質が悪い。それで憧れの中の俺と現実の俺が違ったらどうするんだ? そんなもんに、振り回されてたまるか。
「……俺は、もうこれ以上、あの娘に関わる気はねぇよ」
苦々しい気持ちが胸に広がる。彼女が、悪い人間でないことはわかってる。もしかしたら、あそこまで厳しく言う必要はなかったのかもしれない。でも、どうしても受け入れられなかった。カレンもイリーナも、それ以上追及する気は無いようだった。
そんな時、ふと、ドアがノックされる音が聞こえる。
魔法を解除していたから気を抜いていた。
カレンが入り口に近づき、「は~い」と扉を開けると、最近聞きなれた声が聞こえてきた。
「ヴォルテス先生……お忙しい所、大変申し訳ありません。少し、お時間よろしいでしょうか?」
「え! フィオ……じゃなかった、フォンテーヌ侯爵令嬢。もちろんよ! あ、えっと、少しだけお待ちいただけるかしら?」
カレンが振り返る頃には、俺は思わず、寝台のある仕切りのカーテンの内側に身を隠していた。
本日も貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
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