14・【ロゼ視点】好きな人を振り向かせる方法③
わたくしは、首を捻って考える。あとは、誰に尋ねようかしら?
授業中に――もちろん、要所はちゃんと聞きながら――考え、はっと思いつく。年上の男性……グレッグお兄様に尋ねるのはどうかしら、と。
グレッグお兄様は、わたくしが幼い頃から、困ったり悩んだりするたびに、よく一緒に解決策を考えてくださったわ。それも、わたくしがきちんと理解できるように根気よく。レオ様との事も、何か素敵なヒントが貰えそうな気がする。
ちょうど、昼休憩を知らせる鐘の音が鳴り響く。わたくしは、善は急げと荷物を片付け立ち上がり、早速グレッグお兄様のいる研究棟へと急いだ。
途中、研究棟の入り口で教諭室入室の許可を受付で得ていた時、もしかしたらレオ様のお姿が見られたりしないかしらと……ほんの少し期待して胸をドキドキさせながら辺りを見回したけれど、結局、お会いする事は出来なかった。ほっとしたような、少し残念なような、微妙な心地でグレッグお兄様のお部屋に向かった。
『年上の男性 グレッグお兄様談』。
グレッグお兄様のお部屋は、見たこともない魔法陣の描かれた布やちょっと怖い髑髏、古代語で書かれた本や地図が所狭しと積み上げられていた。もちろん、外聞が悪いので、入り口のドアは数センチ開けたまま部屋の奥に進む。
グリーンの革のソファーに通され、お茶を出してくれる。お茶を口にしながら、わたくしは、これまでの経緯を全て話した。グレッグお兄様は、途中驚きながらも真剣に最後まで話を聞いてくれた。
「一年で相手から求婚か……侯爵閣下らしいね」
「お兄様は、どう思われますか?」
グレッグお兄様は、少しお疲れのご様子だけど、滲み出る聡明さや優雅さに乱れはない。いつもスマートでいらっしゃるのに、時々研究に没頭すると、今日みたいに全体的にトロンと言うか、ゆるっとしている日があり、今日もその事に関しては「気にしなくて良い」と言われた。お体の為にもゆっくりと休んで欲しいけど……ひとまず言われたとおりにする事に。
机の前の椅子に腰かけすらりと長い脚を組む。優雅にカップとソーサーを持ってお茶を飲み、穏やかに微笑まれながらじっくりと答えを探してくれる。少しの後、お兄様はカチャっとカップをテーブルに置き、口を開いた。
「変わらないね、ロゼ。殿下に、『そんな事できるわけがない』と言われたら、『何もしない内から、なぜそんな事がわかるのですか』って怒って。君は昔から、こうと決めた事は決して諦めなかったからね」
「そんな……ことも、ありましたかしら?」
皇太子殿下に食って掛かるのはお前位だとよく言われた無鉄砲だった自分を思い出し、思わず、覚えていないふりをして首を傾げる。グレッグお兄様は、ははっと笑って、お話を続ける。
「レオノール様の新しい記事が出ては、僕らに見せに来てくれたよね。瞳を輝かせて、その活躍を語って……そして、それを必ず明日の自分に繋げていったよね。いつか憧れの人の隣に並ぶ、理想の自分でいたいからと。すごいなぁっていつも感心していたよ」
もぞもぞと、何とも言えない心地になる。嬉しいような、恥ずかしいような。グレッグお兄様は、ギッと音を立てながら組んでいた足を解き、椅子の背もたれに身を任せた。目を閉じて、一つ一つ昔を思い出すように言った。
「たぶん、寂しい日もたくさんあったと思うんだ。侯爵閣下も……フローラ様も、お側にいなくて。それでも、どんな日も君は、希望を失わずに一日一日を乗り越えてきた」
「……はい」
フローラというのは、わたくしのお母様の事。わたくしが産まれたその日に亡くなってしまって、わたくしは姿絵しか見たことがないけれど、グレッグお兄様は頻繁にお会いになられていたそうだ。わたくしよりも、きっと余程寂しかったのだと思う。時々、お名前が出てくるから。
「思い出……というと軽く聞こえちゃうかな。そんな1日1日を積み重ねて、今の君がいると思うんだ。君という歴史がある」
「はい」
「そしてそれは、きっとレオノール様にも」
「え?」
お兄様の言葉に合わせて、自分を振り返っていたところに急にレオ様の名前が入ってきて、驚いて声が漏れた。お兄様は、そろそろと目を開け上体を起こし、体ごとこちらを向いた。
「当たり前のことだけど、レオノール様にも歴史がある。それも、君よりも17年分も多いんだ。さらに言えば、その間、レオノール様の歴史の中に君が登場したのは、ほんの1日だ」
「…………」
思わず、口を噤んでしまう。レオ様の歴史。戦闘の歴史は全て把握しているつもりだったけど、幼い頃のレオ様か……想像もできない。わかっているようで、わかっていなかったのかもしれない。でも、年齢を近付ける事は出来ないんだもの。どうしたら良いと言うの?グレッグお兄様は、続ける。
「躊躇ってしまうのは、仕方ないと思うんだ。君だって、急に物事が変わっていけば、恐ろしく感じることもあるだろう? 大切なのは、そんな躊躇いも含めて、受け止めてあげる事じゃないのかな?」
「躊躇いも……含めて?」
「そう。相手を変えようとするのではなく、躊躇う気持ちも理解して、17年分プラスの歴史がある事も配慮して……レオノール様の心と自分の心の歩幅を揃えていく、という感じかな?」
「心の、歩幅……」
グレッグお兄様は、わたくしの漏らした声にニコニコと頷いた。そして、付け加える様に言った。
「僕も最近、レオノール様とお話するようになったけど……特に彼は、とても大人なんだと思うんだ。落ち着いていて、常に全体を見ている。そんな彼が寄り添い、頼りに出来る存在は、どんな人なんだろうね?」
「……」
「僕はね、ロゼ。君なら、彼に近付けるような気もしてるんだ」
「え?」
驚いて、グレッグお兄様を見つめる。深い海の色の瞳と目が合う。だって、きっと、彼の心に寄り添えるのは……彼と同じように、大人な人、でしょう?
グレッグお兄様は、わたくしの思考を見透かすようにふふっと瞳を細める。
「僕たちのロゼは、人の心に寄り添える子だ。そして、諦めない強さも持っている。レオノール様の心の内を想像しながら、レオノール様の言葉にじっくりと耳を傾けてごらん? どんな場面でもそうだけれど、相手の立ち位置に立って考えると言うのは、思わぬ収穫があるものだよ?」
「……レオ様は、また、わたくしとお話ししてくださるかしら?」
「大丈夫だよ。さっきも言ったと思うけど、彼は大人だ。きっと彼の方もまた、君の心に配慮しながら話を聞いてくださる筈さ」
わたくしは、お兄様の言葉をじっくりと考える。この10年……大人になりたいと、ずっと思っていた。1日でも早く、彼に追いつきたいと。だからこそ、勉強も作法も鍛錬も、全部頑張った。でもそれは、表面的な物に過ぎない。無駄だったとは思いたくないけれど、また別の新しい方向で努力しなくてはいけないのかもしれない。
心の中で、彼の歴史をイメージして、そっと胸に抱きしめる。あらゆる歴史を超えてきた、今の彼を愛する。それなら、出来るかもしれない。
ひとり、うんうんと納得したように頷いていると、お兄様はまたふふふっと笑ってくれた。
「……なんだか、本当に先生みたい」
「一応……本当に先生なんだけどね?」
二人で笑い合い、わたくしが丁寧にお礼を伝えると、「僕の意見で良ければ、いつでもどうぞ」とまた笑って言ってくれた。
その後は、グレッグお兄様と会えていなかった日々にどんな事があったのかや、お兄様の方もお土産話を色々と話してくれた。お話を聞いてくださったお礼にラベンダーの花束を出してお渡しした。少しでも休んで頂けたらいいな。
帰り際に、実際に幾つかお土産もくださった。後で、イスやグレースにも分けてあげないと。お兄様とお話が出来て良かった。また一つ学べた気がする。
教室に戻り、わたくしは薔薇のノートに追記する。
『レオ様の歩んできた歴史を大切にする』『レオ様の立ち位置に立って、レオ様の言葉に耳を傾ける』『心の年齢を近付けていく』。
この数日で、たくさん学べたように思う。
あとは、実戦あるのみよね! でも、無理のない範囲で実行できるところからやっていこう。
まずは……懸念事項を解決しなければよね?
放課後。わたくしは意を決して、レオ様をよく知るであろうある方の元へ向かう事にした。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
この回は悩むことが多く、何度も改稿してしまいました。申し訳ありません。
今日、読んでくださった方には、いつもの3倍は素敵な事がありますように!
本当にいつも、ありがとうございます!




