13・【ロゼ視点】好きな人を振り向かせる方法②
『友人、イスとグレース談』。
学院に到着し、イスの顔を見て挨拶と同時にいの一番に尋ねる。そしたら、イスは顔を――古い付き合いの者にしかわからないほど微妙に――赤らめて、「ここで急にそんな事を聞かないでくれるかな?」と言うので、授業が始まるまでの間、グレースも誘い棟の上階にある講堂の入り口でお話をする事に。朝は滅多に人が来ない場所だ。
わたくしは、グレースにも同じように尋ねる。好きな人に振り向いてもらう為には、どうしたらいいと思う? グレースは顔を真っ赤にして、ブンブンと横に振る。
「そ、そんな事聞かれても、私もわからないよ! そもそも、誰かを好きになったこともないんだから!」
なんだか、グレースがとても可愛らしい。グレースはいつも冷静だから、恋の話で慌てている姿を見ると胸がキュンとなる。そんなわたくしの気持ちを他所に、イスはどこか呆れたように言ってくる。
「ほら。僕の言った通りじゃないか。と言うか、君はまだ諦めていないのか? 伯父上に『恋愛対象外』と言われたんだろう?」
「あら、違うわ。『そういう対象に見れそうもない』と言われたのよ。『見れそうもない』という事は、『見れる可能性もある』という事でしょう?」
「なんでそうなるんだ!?」
「ねえ、イス。あなたは、どう思う? もし好きな方がいらしたとして、あなたならどうする?」
「それを、君が僕に問うている辺り、もう少し人の感情に聡くなった方が良いと思うけど……」
「ん?」
イスがボソッと何かを呟く。わたくしは上手く聞き取れず聞き返すけれど、それに対する返答は無く、イスは大きく溜息を吐いて答える。
「なんでもないよ! そうだな……僕は、好きな人が喜ぶ顔が見たいから、その為に手を尽くすよ。例え実らなくても、いつだって幸せだって感じていてもらいたい。もちろん、どこかで振り向いてくれないかなとは、いつだって願ってはいるけど」
「イス……」
イスが珍しく、本当に頬を赤らめて俯く。わたくしは、その言葉に感動し、ついイスを見つめてしまう。グレースも、同じように目を見開いてイスを見つめている。二人の視線にイスはたじろぎながら、声を出す。
「な、なにさ……」
「あなたって、本当にいい人ね!」
「君って、本当にいい奴だな!」
わたくしとグレースの声が重なる。若干、表情の固まるイスを他所に、わたくしとグレースは、きゃっきゃっと話を進める。
「イスの気持ち、よくわかるわ! 好きな方には、いつも笑顔でいて欲しいものね。でも、『実らなくても』というのは、いただけないわ。わたくしたちの間だけでも『必ず実る』と信じましょう?」
マーサも、信じる事が大切だと言っていたもの。グレースはグレースで、何かを納得するようにうんうんと頷きながら言う。
「いや~、私はイスはどこか自虐趣味があるのかと思っていたよ。いつも、目的達成の為なら裏であくどい事も厭いませんって顔をしてるのに、いざ恋愛になると急に腰が引けてるから、その距離感を楽しんでいるのかと。考えを改めるよ」
「え! イス! まさか、本当に好きな方がいるの? それに、グレースはイスが誰を想っているのか知っているの? 酷いわ! わたくしだけ抜け者なんて! わたくしだって、全力で応援するのに!」
わたくしがむっと膨れると、イスは何故かがくっと項垂れる。グレースは、わたくしの手に自身の手をそっと重ねて首を横に振る。
「いやいや。そうかなぁと思っているだけで、聞いたわけじゃないんだ。そっと胸に秘めている想いなら聞き出すのも野暮だし……確実じゃないことは、話すべきではないだろう? 特に、イスの様な身分では」
「そ、そうよね。ごめんなさい。わたくしったら、ついはしゃいじゃって。それに、もしきちんと分かっていたら、グレースがこっそりわたくしに教えてくれるものね」
わたくしは、ふふっと笑いながら半分冗談でそう告げる。一方、グレースはわたくしの瞳をじっと見つめ、ぎゅっと手を握り返しながら言ってくれる。
「……当たり前だよ、ロゼ! 私と君の仲じゃないか! もしイスから相談されたら、君にだけは絶対教えるよ!」
「いや、教えないでよ! せめて僕の口から言わせてくれよ! ……というか、君達年々僕への対応が雑になっていないかい!?」
あら嫌だ。そんな事ないわ? イスはいつだって、わたくし達が支えるべき大事な人。だから、わたくしは笑いながらも伝える。
「でも、本当に何か力になれる事があったら言って頂戴ね? わたくしは、あなたにも幸せになって欲しいわ」
イスは、むーっと口を噤んだ後、ぼそっという。
「……ああ。ありがとう。でも、実らない想いがあるという事も、考えて置いて欲しい」
「え……」
わたくしは、思わず言葉を失っていると、イスは真剣な眼差しで言う。
「諦めろと言っているわけじゃない。可能性の話をしているんだ。人には様々な事情がある。想いを寄せている相手には別に想いを寄せている人がいる事もあれば、身分の差や何らかの障害があって結ばれる事の出来ない人もいる。誰かに想ってもらいたいと思ったなら、根気よくその相手の気持ちや事情を汲んで待ち続けなければいけないし、たとえ待ち続けたとして、必ず返って来るとも限らないんだ」
わたくしも、イスの言葉に真剣に耳を傾ける。イスは続ける。
「だから……もし、万が一、その想いが実らなくても、それは決して君のせいじゃない。君に何らかの欠陥があって、そうなってしまったわけではないと、考えて欲しい。空虚に感じることもあるかもしれないが、君の未来は続いていく事を、覚えておいて欲しい」
「イス……」
イスの優しさが、じんっと胸に染み入る。隣でその言葉を聞いていたグレースも、その言葉に加える。
「そうさ。私もイスも、君がこれまで頑張ってきたのをよく知っている。それは、例え公爵閣下に届かなかったとしても、決して無駄じゃなかったと私は思うよ。それに、公爵閣下ばかりじゃ寂しいじゃないか。私達との未来も考えてくれなくちゃ。折角三人で、幼い頃から国の未来を散々語り合ってきたんだ。叶える夢は、一つじゃないだろう?」
「グレース……」
そうだった。忘れてはいけない、大切な友人。そして、大切な夢。全てわたくしを構成する、大切な物たち。わたくしは、両手に二人の手をそれぞれに取り、精一杯感謝の気持ちを込めて微笑む。
「ありがとう、二人とも。約束するわ。二人の言葉を、決して忘れないと」
イスもグレースも、安心したように笑ってくれる。ちょうど授業開始の予鈴の鐘の音が鳴り、三人で急いで教室に戻る。戻ったら、ノートに書き記さなくっちゃ。『好きな人の笑顔の為に力を尽くす』『大切な友人達も、幼い頃からの夢も、決して忘れない』と。
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