10・【ロゼ視点】恋愛対象外
何という事をしてしまったんだろう。
昨日、レオ様の姿を見つけ、お会いできた喜びと愛おしさが溢れ、わたくしは思わず、本当に思わず一世一代の告白をしてしまった! けれど、それは完全に受け流されてしまい……放心状態で帰路についた。当然だわ。レオ様からしてみたら、殆ど初対面の女が急に求婚してきたのですもの。家に帰ってから自分の行動やレオ様の様子を振り返り、たまらずベッドで見悶えして過ごし、一睡も出来ないまま今日学院にやって来た。
そうしたら、時間が空くたびに人々が訪れ、その件について尋ねられる。いつもより、人数が多いような気さえする。最初はクラスメイトから始まって、隣のクラスの人々まで、訪れては探るような質問が飛んでくる。内容は、レオ様との事はもちろん、何故かグレッグお兄様の事まで。いずれにせよ、自分の招いた結果なので自分で責任を取るしかないのだけれど……朝からもう何度も同じ事を言っている。
イスも庇う様に側で応対してくれているけれど、何かを隠しているのではと中々納得してくれない方もいらっしゃって、言って良い事、言いたくはない事の合間で悟られないように思考を巡らせる。視界がぐるぐると回る。わたくし、ちゃんと答えられているのかしら。きっとレオ様にもご迷惑をお掛けしてしまっているわよね。それだけでも、申し訳なくて涙が出そうな程苦しい。こんな騒動を起こしたわたくしを、お父様はもう跡継ぎと認めてくださらないかもしれない。そうしたら、この10年の頑張りも水泡に帰してしまう。悔しくて歯噛みしながらも、せめてレオ様の誤解だけはとかなくちゃと懸命に口を動かす。
そして、お昼休みも終わりの頃。他クラスの方々数名に同様に問われ、同じようにお答えしていたら、クラスメイトの口からレオ様の名前が聞こえてきた。耳を澄ませば、悪い事ばかり。わたくしの事ならまだしも、レオ様の……それも戦いの中での事を口にするなんて!
思わずカッとしてしまい、声を荒げてしまった。だって、許せなかった。誇り高くも命を懸けて戦ってくれた騎士様に対して何という事を! そう、興奮したのが良くなかったのか、ぐらっと世界が歪み、ついには膝からがくっと力が抜けてしまった。倒れる! っと思ったら、またあの逞しい腕に助けられていた。
ダメなのに。折角、誤解を解こうと頑張ったのに。もうこれ以上迷惑を掛けて嫌われたくないのに。状況に頭が付いてかいない。それに、まさかのお姫様抱っこ! レオ様が素敵すぎて、胸が押し潰されるかと思った。「茹蛸みたいだな」と小さな呟きと笑う吐息を間近に感じ、ますます好きすぎて顔は見られなかった。本当に、何から何まで反則です!
そんな風にわたくしが混乱している間に、救護室に到着しベッドに降ろされた。そこには、入学初日に見かけた恋敵もいて、わたくしは二重に驚いた。ブロンドの髪の白衣の彼女は、「お二人でごゆっくり」と言って立ち去ってしまい、今はベッドに腰掛けるわたくしとその脇で座るレオ様の二人だけ。彼女は、レオ様の恋人ではないのかしら?
それにしても……沈黙が漂い、なんとも気まずい空気が流れる。ちらっとレオ様の顔を伺いみると、やっぱり格好良くて直視出来ない。胸はドキドキして、口から心臓が飛び出してきそう! 頭の中もまだ混乱していて何とお話して良いのか……。
けれど、はっと、まずは昨日の事を謝らなければと思いつく。
あとは、きちんと説明をしなくてはいけない。でも、どこから?
レオ様は、わたくしの事は……きっと覚えてないわよね?
なぜ、『結婚してください』という言葉に至ってしまったのか。どんな思いで、それを告げたのか。きちんとお話したい。わたくしは、よし! っと心の中で拳を握り、口を開く。
「あの……」
「なあ……」
まさかの二人で声が重なり、わたくしはまた赤面して俯く。もう、どうしたらいいの?
ドキドキしっぱなしで、指先まで震えてきそう。
わたくしが黙っていると、レオ様がん゛んっと咳ばらいをし、ズボンのポケットから何か取り出した。わたくしは、俯く顔を上げ目を見開く。そこには、古い手帳と、それにずっと挟まれていたであろう小さな薔薇の花が一輪あった。
「あ……」
「『あの日』って、これをくれた日の事だろう?」
レオ様が差し出してくるので、わたくしは両手で手帳ごと花を受け取る。
覚えていてくださったんだ……。
「取っておいて、くださったのですね……」
「ん? ああ。まあ、偶然な。無事を願ってくれたものだから、粗末にするのも悪いしな」
嬉しい。わたくしは、また零れそうになる涙をぐっとこらえ、手帳の表紙をそっと閉じてそれを胸に抱いた。
「ありがとう、ございます……」
「いや……」
レオ様が気まずげに頬を掻く。小さな花に勇気を貰い、わたくしはベッドの上に座ったままレオ様の方に体を向け、まずは丁寧に頭を下げる。
「昨日は、その、本当に申し訳ございませんでした」
「ああ。いや……」
心なしか、レオ様も姿勢を正してくれる。その様子が少し可愛らしくも感じ、ふふっと漸く力が抜け、笑顔が零れた。
「この10年、ずっとレオ様を思っていました……」
2人の距離は、とても近い。手を伸ばせば、触れられる程。それだけでも夢を見ているみたい。
「わたくしは、母が生まれてすぐに儚くなってしまって、父も侵略者への対応や魔獣の討伐に出向くことが多かったので、大抵の時間を王都の邸宅で一人、過ごしておりました」
父は、心からわたくしを愛してくれた。母も、わたくしが生まれるのを楽しみにしてくれていたと言う。両親の愛情は、常に側にあった。使用人達も、みんな揃ってそれを伝えてくれた。でも、一人分しか用意されていない食卓。わたくし以外、誰も使っていない書庫。音のない庭園。何人にも踏まれる事のない美しい冠雪。ねえ、見てと、誰に言う事も出来ず眺める大きな満月。寂しさは、いつもどこかに隠れていた。目に見えない神様に、心の中で声を掛けるようになったのも、幼い頃からの癖。
「それでも、レオ様の活躍が記された記事を見ると、胸が躍って、勇気が貰えたんです。ずっと、憧れていて……きっと、あなたも同じ空の下、今も頑張られているのだろうと、そう、思えて」
レオ様のように、強くありたいと思った。語られる英雄談に、瞳をきらきらと輝かせて、時間も忘れて記事を眺めた。それは、確かな憧れの気持ち。でも、ある時からさらに形を変えて、わたくしの胸に火を灯した。その気持ちを、ちゃんと伝えたい。でも……。
ちらっと、レオ様のお顔を伺い見る。その精悍な顔立ちは無表情のまま、気持ちが全く読み取れない。レオ様の沈黙が気になってしまう。
「だから……その」
言葉にしないと。でも、胸は早鐘のように脈を打ち、手のひらがしっとり汗で湿ってくる。それをぎゅっと握り、呼吸を整えて口を開く。
「わたくしは……」
「それで? 俺にどうしろと?」
低く、厳しい声が耳に届いた。驚いてレオ様を見ると、アンティークゴールドの瞳が真剣な様子でわたくしを見ていた。目が合うと、心が凍り付くように固まった。
「え……」
「悪いな。そんなことを聞かされても、俺にはどうしてやる事も出来ない。力になれたなら良かったよ。でも俺は、俺の役割を全うしただけだ」
レオ様がおもむろに立ち上がる。わたくしは、呆然とその動きをみることしか出来ない。
「憧れを壊すようで悪いがな。俺の噂は聞いただろう? 半分は真実だ。俺は、君が思う程、綺麗なことはしてきていない」
「ちがっ……違うんです! わたくしは……!」
「結婚だ何だと言われても、そういう対象に君を見れそうもない。なんせ、年も15以上離れているしな。悪いけど、諦めて他を当たってくれ」
「お待ちください! わたくしは……」
「それから、これからは名前で呼ぶのは止めてくれ。……誤解を解こうとしてくれていたんだろう?」
わたくしは、明らかな拒絶に、もう何も言う事が出来なかった。もしかしたら、傷ついた顔をしてしまっていたかもしれない。そんなの、お門違いなのに。レオ様は、十分真摯に対応してくれたのに。何も言わないわたくしの様子を見て、レオ様が一度息を吐く。
「……お大事に」
「……」
もう、何と止めていいかもわからなかった。力なく座っていると、静かにレオ様は扉に向かった。扉の外に、先程のブロンドの白衣の女性が居たようで、声が聞こえる。
「ちょ、ちょと……。話は終わったの?」
その問いに答えるレオ様の声は聞こえなかった。何も答えなかったのかもしれない。2人分の足音が遠のいて、今度こそ救護室に一人になる。不思議と、涙は零れなかった。ただ、熱の集まってしまった頭を冷ますようにぼんやりとしていると、ふと手に残る手帳に気が付いた。返しそびれてしまったわ……。もしかしたら、もう要らないのかもしれない。ポスっと清潔なシーツに倒れ、力なく呟いた。
「もう、なにやってるんだろう……」
わたくしは、胸に手帳を抱いたまま、いつの間にか眠りに落ちていた。
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