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前世の半・引きこもりより、引きこもり王子へ

作者: さんっち

趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。


pixivでも創作小説投稿をしております。

物心ついたとき、エル・ワーカーという少年は、自分が「他と違う人間」であることを察した。サラサラした黒い短髪と澄んだ赤い瞳・・・今の自分の顔に、何故か「自分じゃない」という違和感を憶えたからだ。しかし長い間、その理由も分からず過ごしてきた。


そんなある日・・・突如思い出した、寝癖だらけの黒髪と下がり目の成人男性の姿を。仕事は一応やっていた社会人。しかし色んな事情が重なって、週の大半は外に一歩も出ず、ずっと部屋で一人過ごす男。友人や家族など、人との関わりも最低限。そんな「半・引きこもりな自分」を思い出した。インターネットが拡充していたり、周囲も理解してくれたりした世界だったからこそ、対人を避けて生きることが出来ていた、そんな自分も。


そんな自分が、どんな風に力尽きたのか・・・・・・そこは覚えていない。まぁ覚えていても意味は無いだろう。今こうして、全く別の人物として生きているわけだから。そして、その記憶が戻ったと同時に理解してしまった。自分は全く見覚えのない世界に、転生しているのだと。


(異世界転生ってヤツか・・・・・・マジで??)


そう思った瞬間、エルは自分の置かれた立場に慌てた。ワーカー家は長年、“王族”のアンドラ家に仕える一族。15歳になれば自然の流れとして、彼もアンドラ家の使用人になることが決まっていたのだ。この時、彼は既に14歳。しかも1ヶ月後に誕生日を迎える。


「無理、無理無理!!使用人とか、人前に出る仕事じゃんか!!おまけに王族とか、超重要なポジっぽいし・・・無理無理ムリィイイイ!!」


彼は前世の記憶から、対面に酷く拒絶反応を憶えてしまった。どうにかして使用人になるのを回避できないか、色々模索する。しかし行動力もないため、あえなく撃沈。時は残酷にも過ぎていき・・・・・・ついに15歳になり、彼の運命の日が訪れた。


両親から期待(圧力?)をかけられ送られたのは、王都にある貴族街の外れに位置する古い屋敷。ここが今日から、彼の住居兼職場になる。プレッシャーとやるせなさに気分を下げつつも、仕事と割り切るしかないだろう。


「・・・お初に、お目にかかります。本日よりお世話になります、エル・ワーカーと申します」


昨夜に必死で暗記した挨拶は、どこかたどたどしい。特に言及されなかったのが幸いだが。「エル・ワーカーさんですね」と迎え入れてくれたのは、長く働くメイド長の女性。主の姿が見当たらないが・・・どんな人なのか。なんとなく尋ねると、彼女は少し視線を反らしてしまう。


「ここの主、クリストファー・アンドラ様。お年はエルさんと同じですわ。あと・・・最低限の関わりである方が、クリス様はお喜びになりますので。干渉しすぎないよう、お願いしますね」


そう言って、彼女はエルの部屋へと案内を始める。思った感じと少し違ったので、エルはしばらく呆気にとられていた。


「引きこもり王子」・・・それが第3王子、クリストファー・アンドラのあだ名だ。現王の弟を父に持つが、母が庶民・・・しかも娼婦であったことから、幼少期は庶民として育っていた彼。しかし元々優秀な人材であり、母の死を機に、父方である王族のアンドラ家に引き取られたという。


・・・が、彼が引きこもりがちになったのは、それからすぐのこと。娼婦の息子であることで、王族達は彼をひどく毛嫌いした。父親も自分が娼婦と関係を持ったことを恥じていたのか、あまり接触しようとしなかった。彼の父が亡くなると、孤立はさらに加速する。王族が嫌っている以上、使用人達も表だって彼と関わらない。結果、彼は王宮の中で居場所を失い、中心地から外れた古びた屋敷に移り住んだ。今日も彼はほぼ1日、自分の部屋に閉じこもって過ごすという。


そんな話を聞くと、どこか同情する。前世の自分も、似たような生活を送っていた。少々普通とは言いがたい家庭で育ち、変化の多い環境に慣れず、人を避けようと孤立していったのだから。しかし、そんな自分にとっては好都合かもしれない。下手に関わりを持つより、仕事だけ淡々とこなす方が正直楽だ。そう思いながら、彼は与えられた部屋へと入った。荷物を片付けたら、説明があるから応接間へ来るように。メイド長はそう言って、そっと扉を閉める。


「うわぁ~」


思わず声が出た。長年使われていなかったと聞くが、実家よりも大きい部屋で、家具も何もかも清潔に保たれている。自分のような使用人には不釣り合いな気がした。その美しさにしばらく見とれていたが、慌てて我に返る。ぼんやりとはしていられない、人を待たせているのだから。


「・・・さっさと荷物、片付けるか」


と言っても、持ってきたのは片手1つのバックに入る分だけ。数分も経たずに終わる。そして、彼はすぐに応接間へと向かう・・・その途中。ヒソヒソと、他の使用人の声が耳に入ってきた。・・・どうやら、クリスについての会話のようだ。


「まったく、せっかく王族の使用人だって言うのに・・・なんで、あんな引きこもりの世話をしなくちゃいけないのよ!」


「まぁまぁ、同じことの繰り返しで楽じゃない。面倒なことも起きなさそうだし」


「それはそうだけど・・・そもそも、何であんな奴が王族なのよ!教養があっても、人前に出られないんじゃどうしようもないじゃないの」


「それは一理あるわね。引きこもってばかりで、王族のお荷物になってるし。本当に、どうしてこんなのが王家にいるんだか」


「ホント。引きこもるなんて、あり得ないくらい馬鹿なのよね。迷惑ったらありゃしない!!」


彼女たちは堂々と陰口を言う。それを聞いて、エルは心の中で舌打ちをした。


(アイツら・・・人の気持ち、何にも分かってないんだな)


確かに他人に迷惑をかけることはダメなことだが、引きこもりは誰にでも起こりうる。病気や怪我、人間関係によるストレスなどが原因で、外に出られなくなったり、人に会いたくなくなることもある。そう、誰だってあり得ることなのに・・・。


前世は生活の大半は引きこもっていた彼だが、ここまで酷く言われたことはない。勿論、冷めた目で見られたり酷いことを言われたりしたこともあるが、それなりに理解はしてくれていた人もいた・・・。


おっといけない、人を待たせているのだ。エルはすぐさま、応接間へと向かう。


「・・・・・・・・・・・・」


走って行くエルの後ろ姿を、ドアの隙間から見つめる視線が合った。



それから数日、エルはこの屋敷での仕事を覚えていく。しかしその間、主のクリスの姿を見ていない。食事や衣服は別の使用人が運んでいくし、屋敷の中を歩いている姿も見たことがない。本当にここにいるのか、疑問を感じるほどだ。前世の対面嫌いが顔を出すときもあったが、必死にそれなりの使用人を演じ、なんとかやりきっていた。


そんなある日のこと、エルは初めてクリスと対面することになる。手が空いていた彼が、クリスの衣服を運ぶことになったのだ。年は同じだと聞いているが・・・どんな人なのだろう。いや、そもそも扉を開けてくれるだろうか。まぁ無闇に部屋に入られるのを、エルは前世の記憶から嫌に分かってしまう。ここは、さっと流すように置いてしまおう。扉の前で、小さくノックをする。


「クリストファー・アンドラ様。本日のお召し物をお持ち致しました」


・・・・・・返事が、ない。「分かった」などの一言もないので、このまま立ち去って良いか分からない・・・。どうしようと思っていると、小さく声が聞こえる。


「・・・・・・聞いたことない、声。・・・誰?」


そうだ、ここに来て数日。まだ直接会うどころか、挨拶もしていない!慌ててエルは跪き、自らを名乗る。


「失敬致しました。私はこの屋敷で働くことになった使用人、エル・ワーカーと申します。以後、お見知りおきをお願いします」


「エル・・・、えっと・・・・・・キミが、数日前に来た、新しい使用人?」


「はい、そうです。ご挨拶出来ず申し訳ありませんでした。ではこれにて・・・」


「あ・・・ま、待って!」


去ろうとした彼を、思わずクリスの声が止める。何だろうとエルが首を傾げると、閉ざされていた扉がゆっくり、半分だけ開く。そこには・・・。


「えっ」


思わず言葉を失う。そこにいたのは、真っ白な髪に蒼い瞳を持つ青年だった。長いこと手入れされていない髪に目を奪われるが、整った顔は簡単に「イケメン」の分類に入るだろう。動いていないためか痩せ型だが、エルよりかなり背が高い。彼が、クリストファー・アンドラ・・・。呆気に取られていると、彼は困ったように微笑む。


「・・・ごめんね、驚かせて。ボクが・・・クリストファー。よろしくね、エル君」


そう言って手を差し出す彼に、エルは慌てて握り返す。ようやく見られた姿が、想像の何倍も素敵なことに、エルは心の中で興奮する。きっと今日は、比較的前向きな気分だったのだろう。改めて挨拶をすると、クリスはまた悲しげな顔になっていた。


「・・・突然の挨拶で。しかも・・・初日に出来なくて。本当に・・・ゴメン」


「い、いえいえ、滅相もございません!無理せず、クリストファー様が出来る範囲でしていただければ、私は良いのです!人にはどうしても、無理なモノや出来ないことが存在します。自らのペースで、大丈夫です!!」


「・・・・・・君は、不思議だね。今までの人は皆、僕の引きこもりを悪く言っていたのに」


マズい、引きこもりを理解する前世の自分が、少し出しゃばってしまったようだ。焦るエルに対し、クリスは優しく笑う。


「・・・ありがとう、エル君。き、君となら・・・今までの人より、仲良く・・・なれそう」


「あ、えと・・・きょきょ、恐縮です!!」


エルはすっかり、前世の人付き合いが苦手な自分になっていってしまう。頭でグルグルと、謎の熱が動き回っては、思考を奪っていく。それに、先程の言葉からも分かるが、彼は使用人に対する態度も丁寧だ。王族ならもう少し横暴な態度を取ってもいいのに、それすらも感じられない。彼は良い人、それは確実だ。こんな方に、自分なんかが・・・!!慌てて色々視線を動かしてしまうと、クリスは少し頭を抱える仕草を取る。


「・・・久しぶりに話して、なんか、体調が・・・」


「あ、では・・・お話は、また後日といたしましょうか・・・!体調が優れたら、いつでもお申し付けください・・・!!」


そうしてエルは衣服を渡すと、そそくさと彼の前から立ち去った。・・・・・・自然と次会う約束をしたことに気付いたのは、それから数分してからだった。



それからというもの、エルはクリスが比較的調子の良い日に、交流を重ねるようになる。食事や衣服をもってくるだけで、扉越しの会話しか出来ない日もあった。しかし少しずつ扉が開かれ、目を合わせた会話が出来る頻度が次第に増えた。遂にはクリスの部屋に入り、会話や勉強を出来るようにまでなった。あまり無茶をさせないよう、クリスのペースに合わせて交流していく。


「・・・今までの人は、無理矢理外に連れ出すことが多かった。・・・王族は金髪だから、白い髪の僕を拒絶する人とかも。・・・少し、怖い言葉を言ってきて・・・・・・まるで、僕の存在・・・否定するようで。何日も、布団でくるまったことがある。・・・絶対に、扉を開けない人も決めてる」


「そうなんですか・・・」


「・・・だけど、君は違った。強引に開けることもなければ・・・僕のことを馬鹿にすることも、ない。ただ・・・今の僕を、受け入れてくれた」


「そんな、大層なことは・・・・・・」


「・・・・・・ううん、それが嬉しかったんだ。・・・・・・ありがとう、エル君」


この世界には、閉じこもっていても社会と繋がれるツールがない。だから人々は部屋から出ない者に対して「何も出来ない」「お荷物である」と思う風潮が強いのか・・・と、エルは考える。


でもクリスは、自分よりずっと優れている。勉強も色々教えてもらったし、自分より人のことを思う優しい性格だ。だが「王族の恥」と言われ傷ついた過去が、彼を動けなくしている。


「・・・このままじゃ、ダメなのは、分かってる。でも・・・・・・何も、出来なくて」


クリスは毎日のように落ち込み、自分を責めることが大半のよう。今まで色んなモノに振り回されていたんだ、彼には幸せになってほしい。エルはクリスを救うべく、色々模索することになる。対面が中心で物事が動く世界で、人前が苦手な彼でも、活躍できるには。そんなことを考えていると、ふとクリスが勉強で使うノートに目が入った。


「・・・・・・クリス様、文字が美しいですね」


「・・・そ、そうかな?母上から“誰でも読みやすい文字は、幸せを作る”と教えられたから・・・かな」


この世界の文字は、エルの前世と全く違う。学校も一般的ではないため、文字を書ける人は限られている状況だ。現にエルもクリスに教わるまで、基本的なことしか出来なかった(例えるなら、平仮名は書けても漢字が書けないようなもの)。その時、エルは閃いた。この文字の上手さを使って、部屋の中で仕事が出来るようになれるのでは?彼は仕事も出来るし、人前に出ることもない。一石二鳥ではないか!


「クリス様、これです!」


「・・・・・・え?」


「私が考えました!これを、この屋敷内で広めてください!きっと、皆様が喜びます!!」


「・・・え、ええ!?」



この世界にはインターネットなどない。その代わり、書類や手紙が多くの情報媒体となっている。ならば、文字の綺麗さは武器になるはずだ・・・エルはそう考えたのだ。こうして、クリスは手紙の代筆業を始めることになる。


最初は、使用人達の依頼を受けるところから始まった。メイド長から娘夫婦への手紙を引き受けると「初めて返事が来ました、綺麗な文字を感謝します」と、嬉しい報告を受けた。メイド長はこのことを他の使用人達にも伝えてくれ、1人、また1人と、文字を書いてほしいと言う人が増えていった。今まで冷ややかな態度だった使用人達も、ありがとうと感謝を言ってくれることが増えていく。


その文字の美しさは次第に評判になり、屋敷の外からも少しずつだが、依頼を受けるようになった。相変わらず部屋から出られないクリスだが、その表情は以前より明るいモノになる。その様子を見たエルは、ただただ嬉しかった。インターネットを手に入れたり、引きこもりを理解してくれた人を見つけたりした前世の自分も、こんな風に思っていたのだろうか。そう思うと、なんだか懐かしい気持ちになる。


ただ、相変わらずクリスは人前には出られない。腫れ物扱いされた時に出来た傷跡が、ずっと心に残っているのだから。出たくないモノは避けて良い、嫌いなモノは嫌いであって良い。それは、彼が自分らしく生きるために必要なことだと、エルは信じている。


ところがある時、クリスに1枚の手紙が届いた。・・・・・・王族より、年に1度の交流会への招待状だ。あんなに関わりを絶たれていたのに、こんな時に来るとは・・・エルは少し不安だった。当の本人であるクリスも、過去のトラウマが呼び起こされたらしく、ベッドの上で震えている様子もあった。しかし・・・。


「・・・・・・平気だ、僕は・・・大丈夫・・・・・・僕はもう、あの頃とは違う・・・・・・だから・・・」


王族からの誘いだ、断ればどうなるか分からない。クリスは意を決して、参加の意向を示した。もう昔とは違うんだ、行かなきゃ・・・。でも、なんて言われるか・・・。そう怯え続けるクリスに対し、エルは優しく声をかける。


「大丈夫ですよ、クリストファー様。私が必ず、貴方をお守り致します」



そして、遂に当日がやって来た。クリスはエルのみを連れ、交流会の会場に足を踏み入れる。この日のためにとメイド長は張り切ったらしく、クリスのボサボサだった白い髪は、きっちり整えられた。ボロボロだった部屋着は正装にして、汚れひとつない。引きこもり王子はそこにはいない、彼はちゃんとした清潔感溢れる王族の姿だろう。


しかし周囲は物珍しい白い髪に目を向けては、「あれが噂の・・・」と、どこか冷めた目で見てきた。その度に震えて涙目になりかけるクリスだが、エルの存在でなんとか歩けている。クリスの手は震えていて、今にも倒れそうだ。そんな彼の手を、そっと握りしめる。


「・・・・・・エル、君」


「クリス様、安心してください。私はずっと貴方の味方です」


「・・・・・・うん、そうだね。・・・ありがとう、エル君。キミのおかげで・・・なんとか頑張れる」


そうして、エルはクリスをエスコートしながら、ゆっくりと歩みを進める。とはいえ、こんなにも大勢の人はエルでも疲れてしまう。なるべく目立たずに、穏やかに進めばいい・・・・・・だが、その期待は叶わなかった。


ドン!!と豪勢に扉が開かれる。ほぼ同時に聞こえる、第1王子の怒号。



「クリストファー・アンドラ!王族でありながら、この極悪人め!」



王族からの罵声。それは、周りにいた人々にも響いた。視線が一気に、王子とクリスに向けられてしまう。何事かと騒ぐ周囲に構わず、今度は第2王子が言葉を続ける。


「とぼけた顔をしても無駄だ。悪事は既に明るみに浮かんでいるのだからな!」


「・・・・・・?」


青ざめた顔のクリスに対し、見覚えのない攻撃が続いていく。


「貴様は、王族の機密情報を他国に売りさばいたのだ!実物も押収しており、証拠も揃っているぞ!!」


そう言って彼らが取り出したのは、高級な紙に記された手紙や書類の数々。・・・これは一体、どういうことなのか?クリスは困惑する。外に情報を売るなんて真似をしたことはない。もしかしたら、代筆業が絡んでいると一瞬考えたが・・・・・・代筆したモノの中に、あんな高級な紙など無かったはず。


「・・・・・・な、何」


「黙れ!今更言い逃れ出来ると思っているのか!?そもそも貴様がここに来た時から怪しい動きを取っていたから、わざわざ遠くへ離したというのに・・・裏でこんな悪事をしていたとは!」


第1王子たちはクリスに有無を言わせず、責め立てる。「娼婦の息子はそんなことまでしでかすとは」「なんとも恐ろしい」と、ヒソヒソと噂が止まない。・・・・・・周囲の人々は、クリスを蔑むような目で見る。


エルは戸惑った、当然クリスはこんな馬鹿げたことするはずない。こんな騒ぎなど、無視しようと考えた。


「引きこもりなんぞ、外の世界に出て来なければ良かったものを!!」


「何も出来ぬ上に、害にしかならん奴はさっさと消え去れ!ここから出て行け!!」


「そもそもお前のような奴、産まれたこと自体が間違いなのだ!!」


しかしその台詞を聞いた途端、エルの脳裏で何かが吹っ切れる。同時に、1つの記憶が蘇ってきた。・・・・・・同じようなことを、実の親から言われたことがあるのだ。



ーーー親不孝が!お前なんか、産まなければ良かった・・・!!



あの時は身内を亡くし、両親も辛かったのだろう。しかしこれを機に、あと一歩のところで暴力沙汰に発展するまで、関係が悪化した。その言葉を聞いてから自分の中で最悪な時期となり、部屋で暴れるくらいにまで陥った。・・・・・・暴れて疲れ果てた後、突然甘い物がほしくなって。家から飛び出し、コンビニへ駆け込んで・・・そこでたまたま居合わせた人からやけに心配され、嫌になって色んなことを言い放ってしまう。


暴言になっていった途中で、我に返った。また、なんとも言えない疎外感の目で見られてしまう・・・。でもその人は、普通にそこにいた。



ーーーそうか、そうか。辛かったね。



その人は何も自分に言わなかった。アドバイスも、忠告もしなかった。ただ、自分の話を全部聞いてくれた。静かな場所でと外に出たけど、暴言を注意しなかったし否定もしなかった。その後は・・・・・・どうなったのだろう、記憶はここまでだ。だけど、どれだけ自分は救われたのか・・・それはしっかり覚えている。



今を奮起させるには充分の記憶だ。前世のエルは知っている、追い込まれたときの自分のふがいなさを。誰にも分からず、拒絶された気持ちを。それを受け止めてくれたことへの喜びも。救われたときの心を。


だから、あの王子達の行動を・・・・・・誰よりも許せない。存在を拒絶しただけでなく、あらぬ罪まで着せようとするなんて・・・!!


「・・・待ってください」


震えるクリスを庇うように、エルが間に割って入る。彼は怒りに満ちた表情を、王子達に向けた。「何者だ!?」と王子の怪訝な顔にも動じず、エルは淡々と名乗る。


「お初にお目にかかります。私はエル・ワーカー、クリス様の使用人です。お言葉ですが、クリストファー様はそのようなことはしません。・・・・・・お伺いしますが、その手紙や資料は“クリストファー様が記した”という証拠品なのですね」


「あぁそうだ、こやつは我が国を他国に売った裏切り者だ」


エルはジロジロと、証拠品とやらを拝見する。そして・・・・・・「フフフ」と、小さく笑う。次の瞬間には「アーッハッハッハッハ!!」と、大きな口を開けて笑い出す。


「貴様、何が可笑しい!?」


「アハハハ・・・それらが証拠品?ふざけないでいただきたい、こんなモノでは証明になりませんよ」


「な、なんだと!?」


「殿下はご存じありませんか?クリストファー様は、手紙の代筆を承っているのです。そこで数多の執筆を見てきた私には分かります。文字の癖や書き順の違いを。それに文章の構成も、もっと丁寧な表現を使っています。こちらの手紙は、まるで慣れぬ者が書いたように拙いです」


エルは次々と、クリスの書いた文字ではないと指摘していく。文字の太さ、形、クセ・・・彼らがでっち上げるモノと、大きく異なっている。普段から見慣れているエルだからこそ分かる違いだ。


「これは明らかに、クリストファー様の字ではないですね。いくらなんでも、これは下手すぎますよ。・・・・・・これが貴方がたのやり方ですか?ありもしない悪行をでっち上げ、不都合な者を陥れるとは」


「だ、黙れ!!貴様はクリスの使用人だから、そうやって主を守っているだけだ!こやつも共犯だ、早くこの無礼な使用人も・・・!」



ーーー無礼なのは、貴様らの方だ。



そう声を出し、1人の男が前に出た。立派な王冠を被った国王は、立腹した表情で息子達へと近づく。


「ち、父上!?無礼とは一体・・・」


「戯けっ!お前達の呆れた狂言に付き合ってられるか!その使用人の言葉が真だ、クリスの筆跡と大きく乖離していることなど明らかだ。返答の際に送った文字と、この書類・・・私の側近が密かに代筆を依頼したモノと見比べて見ろ!!」


そう言って隣の側近が取り出したのは、クリスが交流会に参加する意向を示した手紙と、王宮会議での挨拶文だ。どうやら側近はクリスの噂を聞きつけ、実情を隠して彼に代筆を依頼していたという。


確かに側近が持つ原稿の文字と王子達が持つ原稿の文字、明らかに書いた人物は異なっている。そしてどちらがクリスのモノかは、彼の手紙から一目瞭然だ。「そんなの、コイツ以外が書いたモノでは・・・!」と悪足掻きをする第1王子達だが、図星を突かれて動揺しているようだ。


「無駄口はやめろ、クリスの代筆業はかなり知れ渡っているぞ。使用人達に聞けば、どちらがクリスの文字かハッキリするだろう」


「代筆業!?何のことです・・・!」


「知らぬもの無理はないか・・・。我らは一切、クリスについて関わりを拒絶したのだからな。側近が動いてくれねば、私もお前達と同じ過ちを犯していたかもしれぬ」


「お、お待ちください!何故あのような庶民を信用なさるのですか!?」


「・・・確かに私は、クリストファー・アンドラをあまり良くは見ていなかった。だが彼の生きる道を阻害する権利など、我らにはいっさいないではないか!彼は傷つかぬよう距離を置いたというのに、貴様らはわざわざ呼び出しこのような公の場で、ありもしない罪を擦り付けるとは・・・恥知らずめ!!貴様らには後で命を下す、それまで謹慎していろ!今すぐこの場から立ち去るが良い!!」


王の怒りは頂点に達し、2人の王子は消沈したまま連れて行かれた。相変わらず腫れ物なクリスを完全に消すための策略だったのだろうが・・・・・・あまりにも浅はかな作戦だったようだ。王はしばらくして、エルに声をかける。


「さて、エル・ワーカーと言ったか。そなたにも迷惑をかけたことを詫びねばならぬな。クリストファー・アンドラを・・・大切な主をこのようなことに巻き込み、申し訳なかった」


「いえ、とんでもございません。むしろ感謝しております。お陰でクリストファー様が無実だと証明されました」


エルとクリス、共に王に向けて頭を下げて陳謝する。しかし落ち着き辺りを見回すと、周囲の視線がほぼ自分たちに向けられていることに気付いた。目立っていることへの羞恥心から、2人は顔を真っ赤にして慌ててしまう。エルは動揺が治まらないままクリスの手を握り、大慌てで会場から逃げ出してしまったのだが・・・後日、王から直筆の見舞い状が届いたのであった。クリスの冤罪も晴れ、安心のあまり、2人で1週間は閉じこもっていた状態だったが。



その後、第1王子と第2王子は虚偽の申告をしたとして、かなり重い謹慎処分となった。自業自得ではあるが評判は悪くなり、無闇な外出も禁止され、共に王宮では肩身の狭い思いをしているという。


一方で相変わらず屋敷で引きこもるクリスだが、あの1件から面目は回復した。「信頼される王族の代筆業」として、仕事もそれなりに増えてきたからだ。今日も彼は、静かに部屋で仕事をする。ふと「クリス様」と、扉の向こうでエルの声がした。エルは許しがない限り、決して彼の部屋には入らない。それが、彼の安心であると知っていたから。


「メイド長がティータイムにと、紅茶をご用意しましたよ」


「あ・・・あ、ありがとう。でも、その・・・」


「・・・・・・承知しました、そちらにティーセットだけお送りします。私は、こちらから楽しませていただきますね」


「・・・・・・うん。ありがとう、エル君」


こうして彼らによって開かれた、扉越しのティータイム。これはすっかりこの屋敷ではお馴染みのことになり、使用人達も不思議がることもない(知らない人にはびっくりされたが)。その後、クリストファー・アンドラは大きく変わることも、大騒動に巻き込まれることなく、自分の速度で生涯を送った。そんな彼には、前世「半・引きこもり」という黒い髪の使用人が、彼の隣で・・・あるいは、彼の部屋の扉の前で見守り続けたという。


fin.

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。

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