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僕の小さな星 ~モノクロの天使~

作者: 島津 光樹

    プロローグ


 手の中の小さな星。僕の五つ目の惑星。今度こそは、失敗せずに育てたい。壊さないようにそっと運んでいたら、後ろから肩を叩かれた。

「よっ、ユエ。元気してるか?」

「シン…。うん、元気だよ。シンは?お仕事順調?」

「あぁ。いい感じにいってる。ユエのそれは…新しい星?」

「うん…。天帝様が、今度こそって仰って…下さったの。正直…僕には荷が重いかな…。」

「ふぅん…。」

 シンが僕を見る。僕はいたたまれなくて小さくなる。僕達は天子。修行を終えたら天使になれる。シンは優秀で卒業試験の最終課題『惑星育成』で高得点を取り、この春から晴れて天廟勤務になった。きっと来年には天使になるだろう。かたや僕は…まだ学生。いつもいつも『惑星育成』が上手くいかない片翼の出来損ないだ。

「ま、頑張れよ。」

 そう声掛けしてシンは去って行った。


 一人になった僕は、近くの木陰に腰を下ろして溜め息をつく。

 最初の惑星育成は上手くいったと思った。生命の種を蒔いて、色とりどりの植物を育て、緑の楽園を作った。一週間後に提出、という所で、異常気象が起きて全部枯れてしまった。

 二度目の惑星育成は、植物とそれを食べる動物を育てた。牧歌的で平和な星で満足していたのに、三日後に提出、という時に、草食だった動物達が突然肉食になり、共食いを始めて生命バランスが滅茶苦茶になって、落第。

 三度目は水中に棲む生き物を育てた。陸に干渉しないから、緑は豊か。陸と水中、上手く共存出来ていると思ったのに、大寒波が起きて生命は全滅した。温度調整には気を配っていたのに…。なんで…。

 四度目は、高度な文明を持つヒトを育てた。惑星は今迄で一番の発展を見せた。先生にも「この調子なら、史上最高の出来」と太鼓判を押されていた矢先、戦争が起こって惑星が壊れた。話し合いで解決する穏やかなヒトばかりであった筈なのに…。

 僕には惑星育成は向いてない…。そう言って辞退したのに、天帝様自らがまた、新しい星を下さった。

「ユエ。私は君に期待しているんだ。だから、君の作った星を私に見せておくれ」って。

そういうのは、優秀なシンに頼めばいいのに…。シンは大きくて立派な黄色い翼を持っている。片翼の僕なんかとは全然違う。どうして、僕だけ片翼なのだろう…。


 手の中の小さな星を見ながら考える。今度はどんな星にする?今までと同じじゃ、きっとまた駄目になる。

 だったら、いっそのこと…。


     Ⅰ


 僕はまたヒトを育てる事にした。前回みたいに緩やかな進化ではなく、急激な進化を遂げさせた。案の定、一定の進化を超えた時点で、ヒトは争いをはじめ、それが引き金となって大規模な自然破壊が起こり、連鎖するような異常気象の到来でヒトの文明は崩壊した。残ったのはガレキの山と植物を始めとする僅かの生命体。これでいい。ここから、復興出来たなら、それは僕にとっての理想の星になる筈だから。


 けれど…傍から見たら、僕の星は失敗作に見えるらしい。

「ユエ。これは一体どうしたんだい?これまでの経験があるからと言って、ちょっと急速に生命を進化させ過ぎたんじゃないのかね?酷過ぎる。」

 惑星育成担当の天帝補佐官であるリュウラ様に注意されてしまった。

「えぇっと…。その…すみません…。」

 僕は俯いて答える。こんな時、上手く説明出来ない自分がもどかしい。

「君と同期だったシンは、天廟配属早々、素晴らしい評価をもらっているのですから、貴方もシンを見習うように。」

「…はい…。」

 きゅっと胃が痛くなる。出来のいいシンと出来損ないの僕なんかを比べないで欲しい。僕は僕の小さな星を抱えて、教室を後にする。何だか涙が零れそう…。こういう時は、誰も来ない所に行きたい。急いで角を曲がったら、誰かにぶつかった。

「…痛っ!」

「ご、ご、ごめんなさいっ!」

 慌てて謝ったら、良く知ってる声が返ってきた。

「あれっ、ユエ?」

 僕は顔を上げる。シンだった。どうして、こういう時に会ってしまうかな…。僕は俯く。

「ユエ、大丈夫か?ぶつかった時に怪我してない?」

「うん、平気。ごめんね、前を良く見てなくて…」

「いや。俺は平気だ。ユエに怪我が無くて良かった。手に持ってるそれは…、新しい星?にしては、随分と荒廃してるんだな…。」

 …シンに僕の星を見られてしまった。恥ずかしくなった僕は星を抱えてもっと小さくなる。

「さっき…リュウラ様にも言われた…。ぼく…僕は、きっと惑星育成に向いてないんだ!僕は天使になんか、きっとなれない!」

 そう叫ぶと僕はシンの前から走って逃げた。いたたまれなかった。


 天界の外れ。楡の木の森まで来て、漸く僕は息をつく。抱えていた星を目の前にかざす。僕の小さな星は荒れ果てて、死にかけの星に見える。だけど…、ちゃんといるんだ、生命が。僕のお気に入りの狼と目の見えない白い肌の少女。僕は、彼らを見守りたい。


          ***************


 天廟の執務室にて。

 入室した補佐官に向けて、水晶球の前に深く腰掛けた天帝が口を開く。

「やぁ、見ていたよ。リュウラ、私のお気に入りにあまり酷い事を言わないで欲しいな。」

「ですが…天帝。これまでの星とは比べようがない程、酷い有り様でしたので…。一言言わずにはいられなかったのです。お許し下さい。ですが、今年度は、ユエの星以外は順調に生命が育ち、様々な発展を見せております故、卒業試験後は、宇宙に沢山の彩りが生まれるかと…。」

 恭しく頭を下げてリュウラが言う。天帝に機嫌を直してもらうべく、香りのよい茶を淹れて差し出した。一口飲んで、天帝は言う。

「…そういうのは、もういい。飽きた。ちらっと見たが、どれも似たりよったりの星だった。リュウラ、私はね、もっと美しい物が見たいんだ。そうして、それを私に見せてくれるのはユエだと思っている。」

「…失礼ながら…、天帝はユエを買いかぶりすぎかと…。あの子の同期のシンの方が我々補佐官一同から見れば余程優秀に思えます。」

「…お前達補佐官の目は節穴ばかりだな…。」

 天帝はそう言うと溜め息をつく。

「何を…?」

「もういい、下がれ。」

「…はい。」

 リュウラは深く頭を垂れて、執務室を後にした。


 リュウラの足音が完全に聞こえなくなってから、天帝は執務室に鍵をかける。それから、目の前の水晶球に手をかざし、ユエのいる楡の木の森に転移した。


          ***************


 「泣いているのかい?」

 ふいに天帝様の声がして、顔を上げると目の前に天帝様がいらした。僕は慌てて、涙を拭い、立ち上がる。

「そのままでいいよ、ユエ。泣かないで。私には、お前のそれがとても美しい星になると分かっているからね。」

 そう仰ると真っ白なローブから手を伸ばして、僕の頭を撫でてくれた。そして、僕の隣にそっと腰を下ろす。

「天帝様、お召し物が汚れてしまいます!」

「構わないよ。君の星を私に見せておくれ。」

 そう言われて、僕はおずおずと星を差し出す。ガレキだらけの灰色の星だ。

「まだ、進化の途中だね。これからだ。」

 そう言われて、少し嬉しくなる。

「あ、ありがとうございます…。皆は僕を馬鹿にするけど、僕、見てみたいんです。「愛」とか「希望」とかそういう…今はもう化石になってしまった物を…。この星でなら、きっと見られると思うのです。」

 僕がそう言うと、ふふっと天帝様が微笑まれた。そして、僕に言葉を下さる。

「ユエ。君の、そういう美しい魂が私は好きだよ。君の純白の翼同様、とても綺麗だ。そうだ、今日はユエにこれを渡そうと思って来たんだ。手を出して。」

「?」

 僕が右手を差し出すと、天帝様が僕の掌に虹色の鍵を載せた。

「…これは?」

「君の星へと行ける鍵だ。行って、成長をその目で直に確かめるといい。でも、その鍵を使うのは自室にいる時だけにしなさい。しっかりと部屋に施錠した後の夜、誰にも見られない時間にね。その鍵の事は決して他の者に言ってはいけないよ。そして、今回はその星を教室に置くのはやめにして、いつも手元に持っているといい。」

「あ、ありがとうございますっ。」

 僕は鍵を握りしめてお礼を言う。嬉しい。自分が育てている者達とコンタクトをとれるなんて思ってもみなかった。どきどきする。

「お礼を言うのはこっちだよ、ユエ。君の綺麗な心根に私はいつも癒されているのだから。昔、初めてここで君と出会った時に、君がここで私に聞かせてくれた滅びた星の生き物の話はとても面白かった。下等だと思っていた動物にあった高貴な心に触れて感動したよ。是非また聞かせて欲しいな。」

 天帝様の翡翠の瞳が優しく微笑む。なんて綺麗な色なんだろう…。僕は話し始める。滅びた星の残骸から掘り出した「本」を解読して分かった物語。

「昔、ある星にロボという強くて賢い狼のボスがいました――――」


     Ⅱ


 祈り。

 祈っている。

 祈りが終われば、全てが終わってしまうような気がして…。

 祈る。

 少女は祈り続ける。


          ***************


 ガレキが崩れて、砂埃が上がる。崩れた箇所から、四つ足の生き物が這い出して来る。ピンと立つ耳、やせ細った尻尾。鋭い眼光に尖った牙を持つ白銀の毛に覆われた生き物。滅びた星にかつて生息していたという狼と呼ばれた生き物だ。

 それは、辺りを伺い、歩を進める。群れは無い。嗅覚を最大限に活かし、食糧を探す。やがて見付けた木の実を枝から採ると、己では食べずに口に咥えて、とある場所を目指す。


 崩れた教会の前に来ると、それは一吠えする。

 その声の後、しばらくしてから扉が開いて少女が顔を覗かせる。

「こんにちは、ウォルフ。また、食べ物を持って来てくれたの?」

 ゆっくりと探るように、彼女はそれに触れる。それは目を閉じ、大人しく少女に撫でられる。

「あったかい…。ウォルフ。いつもどうもありがとう。」

 その少女の目は見えない。異常気象によって蔓延した病気にかかった際に失明した。医療は崩壊していた。死ななかっただけ、マシだと思っている。それ位、ヒトは死んだ。彼女の家族も死に、彼女の貴重な食糧になった。そうしなければここでは生きていけない。家族は柘榴の味がした。今、ウォルフと呼ばれた狼が差し出したのもその実だ。

 少女はその実に噛り付く。


 もはや、何の為に生きているのか分からない。

 夢?希望?そんな物は、とうの昔に滅んだ。果たして、この荒廃した星に未来はあるのか?分からないが、彼女は聖職者として生まれた。生きている限り、「神」に祈りを捧げなければならない巫女なのだ。祈りの巫女は教会の敷地から出る事を生涯禁じられている。だから、「外」が今、どうなっているのか、彼女には分からない。

 だけど、たまに「神」の声が聞こえる。「神」は言う。『じきにこの星は再生するから大丈夫だ』と。信じるしかない。信じるしかないのだ…。


「ウォルフ…。私達、一体どうなってしまうのかしら…。」

 心細さから、少女は寝台の上で狼にしがみつく。狼は大人しくしている。少女は自分以外の体温を感じて安心する。本当は自分が抱きしめるのではなく、昔両親にされたみたいに、誰かに抱きしめてもらいたかった。誰かの体温に包まれると、人は安心出来るのだ。しばらく、そうして動かなかった一人と一匹だが、少女が眠ったのを確認すると、狼は少女の腕からするりと抜け出す。そうして、後ろ足で器用にドアを閉めると教会を後にした。地面の匂いを鼻で追いながら、マゼンダに染まった空の下を、食糧を探して彷徨う。


 やがて、匂いの元に辿り着いた。そこには夜霧のマントを纏った少年が立っていた。

「初めまして。僕はユエ。君のこと、いつも見てたよ。こうして、君に会う事が出来て、とても嬉しい。」

 そう言って、極上の肉をくれた。貪った。ユエと名乗った少年は傍らに腰を下ろして、狼をずっと撫でていた。

「美味しい?良かった。また明日持ってくるね。明日は、あの子にあげる食べ物も持ってくるからね。だから、頑張って生きてね。」

 そう告げると帰っていった。何処へかは分からない。


          ***************


 ユエと名乗った少年は、それから毎日決まった時間にやって来た。食べ物をくれる。自分と少女の分。自分が肉を食べている間、少年はずっと毛を撫でて、話をしている。何を言っているかは理解できなかったが心地よい声と優しい手つきだった。

「ねぇ、君は彼女と話をしてみたいと思わない?」

 ある日、ゆっくりと確かめるように、こちらの目を見て訊いてきた。頷いた。

「そう…。そうしたら、明日、君をヒトへと進化させてあげる。約束だよ。」

 少年はそう言うと、小指を出して狼に差し出す。前足にこつん、と合わせて「指切った」と小さく言った。不思議そうに見上げると、ふふっと笑った。

「これね、滅びた星の約束の儀式らしいよ?」

 そう言って、小さく笑った。


     Ⅲ


「やぁ、リツ。星の調子はどうだい?」

「あぁ、シン。久し振り。見てくれ、順調だ。今年は皆、惑星育成が上手くいってるよ。ユエを除いて、だけど…」

 教室の前で立ち話をする天子達。

「ユエは、リュウラ様に言われて以来、授業の時にしか星を持ってこなくなっちまったんだよな…。まぁ、あれだけ荒んでたら、誰にも見せたくないだろうからなぁ…。」

「そんな事を言うなよ、リツ。」

「いやいや…。シンもアレを見たら、そう思うって!荒廃しきって灰色だったのが、変な毒でもあるんじゃないかって思う位、今はマゼンダに染まってるんだぜ。」

「そうそう…。あれはヤバいって…」

 級友達が口を揃える。

「卒業試験を待たずにあれは、落第決定でしょ!」

「でも、ユエは五年目だろ。学校を辞めるんじゃないかな?」

「そうなのか?」驚いてシンが訊く。

「いや…。ユエがそう言った訳じゃないけど、流石に五回も星を駄目にしたとあっちゃ、いくら天帝様のお気に入りと言ったって、ここにはもういられないだろ。片翼は片翼らしく、大人しく施設に入ってりゃいいものを、両翼の学校になんかくるから、ざまぁねぇな。」

 そう吐き捨てたゼンをシンが咎める。

「片翼か両翼かは関係ないだろう。見た目で差別するな!」

「ハイハイ…。流石、優等生で天廟勤務のシン君は言う事が違いますね~。」

 ゼンが肩を竦めて、そっぽを向く。

 そこに、向こうからマゼンダの星を抱えたユエが来た。

「ユエ!星は大丈夫か?」駆け寄ってシンが訊く。

「あ…あぁ…。うん…。今の所、なんとかもってるよ。」

 視線から隠すようにローブの中に星を仕舞い込むユエ。

「じゃ、じゃあ!授業始まるから!」

 そう言うと、慌ただしく教室内に駆け込んで行った。その後ろ姿を見て、リツが言う。

「な?すごい色してただろ。あれは、試験前に壊れてもおかしくない。現に、もうリュウラ様も何の助言もしなくなっちまった。匙を投げる、ってやつだろうなぁ…。でもよ、そんな風になったのに、今でも最前列でリュウラ様の講義を聞くその姿勢だけは感心するよ。俺達はいかにさぼるかで、後ろの席を争ってるけどね。一緒に最前列で講義を受けてたお前がいなくなって、ユエは寂しいんじゃないかな?」

「あぁ…、そうだな…。お前達は、ユエの隣に座ったりはしないのか?」

「まさか!あんな星の近くに置いて、俺達の星まで腐敗したら困る!」

「だよな~。じゃ、授業始まるから!シンは仕事頑張れよ~!」

 そう告げて、級友達は教室の後ろに固まる。擂り鉢状になった教室の最前列に座るユエの近くには誰もいない。教室の外からでは、ユエの星は良く見えない。気になるが、今日母校に来たのは、重要書類の受け渡しの為なので後ろ髪をひかれる思いで、教室の前から立ち去った。


          ***************


 一日が終わり、夜が来た。

 最近の僕は真夜中を心待ちにしている。寮の皆が寝静まった後、窓と扉にきっちり鍵をかけてから、僕の星へと繋がる虹色の鍵を使って、僕は僕の小さな星に降り立つ。荒廃した星。だけど、そこには、僕が大好きな生き物の狼がいるんだ。

 今日は約束の日。僕はウォルフを探す。


 見付けた。焼けた廃墟の中に蹲っている白銀の毛玉。

「ウォルフ、僕だよ。約束通り来たよ。」

 そう言って、そっと硬い毛を撫でる。狼が瞼を上げて僕を見る。僕は狼を撫でながら、呪文を唱え始める。動物からヒトへの進化の詠唱は難しい上に非常に長い。ほぼほぼ完璧、と思った時にくしゃみが出た。ほんの少しだけ、呪文の形が変わってしまったけれど、もう引き返せない。僕は続ける。唱え終わって、ふっと息を吹きかけると、狼がヒトに進化した。あぁ、けれど…くしゃみのせいで狼の耳と尻尾だけが残ってしまった。キメラな獣人になってしまった…。

「ご、ごめんなさい…。僕がくしゃみをしたばっかりに…。」

小さく謝ると、上から優しい声が降って来た。

「いや。こうして、言葉や知恵を与えてくれた君に感謝する。」

「……ウォルフ!」

 なんて、いい人なんだ。ちょっと、じーんときた。

「あ、あのね…。狼の時の君にも言ったと思うけど、僕ね、狼が大好きなんだ。滅びた星の残骸から発掘された「本」にね、素敵なお話があったんだ。『狼王ロボ』って言うの。ロボはね、すごく賢くて強い狼なんだ。人間が仕掛けた罠になんか、決してかかりはしないの。でも、そんなロボがね、唯一愛したのが白い狼のブランカなの。ハンターにそれを気付かれて、ブランカは捕まって殺されてしまう…。ブランカを奪われた怒りのあまり、冷静さを欠いたロボもまたハンターに捕まってしまうのだけれど…。ロボはね、最期まで決して人間に屈することなく、気高い魂のまま死んだんだ。僕の周りの友達は、四つ足を下等生物だっていうけど、僕はそんな風には思わない。生き物は皆、それぞれに大事な愛を持って生きていると思ってるから!」

 一気に言った。ウォルフはこんな僕を笑うかな…?そっと見上げると優しい眼差しと出会った。

「ユエ…。君の考え方は美しいね。こんな荒廃した星にあっても、君のような心を持っている人がまだいるんだと思うと俺は嬉しいよ。いつも食べ物を恵んでくれてありがとう。ずっと君にお礼を言いたかったんだ。とても感謝している。本当にありがとう。それにしても、君は一体、何処から来て、何処に帰っているんだい?」

「ご、ごめんなさい…。ウォルフ…、その質問には答えられないんだ。でも…、僕は、この星を守る為に活動しているから!僕を信じて欲しいんだ。僕が今、手を差し伸べているのは君と彼女だけだけど、他にもこの星には生命体がいるかもしれない。彼らも見付けて、助けてあげないと…。」

「うん…。ユエ、君が言うなら信じるよ。でも、それはとても大変な事だと思うから、俺も手伝ってもいいかな?」

「えっ?ウォルフも手伝ってくれるの?」

「あぁ。俺は狼だから、ユエと違って嗅覚と聴覚には自信がある。きっと役に立つと思うんだが、どうかな?」

「ありがとう!とっても助かるよ!」

 僕がそう言うと、ウォルフが小指を差し出した。

「?」

「ユエが言った約束の儀式。」

「うん!」

 僕は嬉しくなって笑顔でウォルフと指切りをした。

「じゃあ、今日から早速一緒に探索しよう!あ、でも…。その前にシェリに会いに行こう。」

 シェリは祈りの巫女だ。僕達二人は、崩れた教会を目指す。ヒトになったウォルフがドアの前で、困ったような顔で吠えた。狼の時みたいな遠吠えにはならなかった。

「…ウォルフ?」 

 いつもと違う声に戸惑う声がドアの向こうから聞こえる。

「シェリ…。信じられないかもしれないが聞いてくれ。俺は狼からヒトへと進化したんだ。おかげで、こうして言葉も話せるようになった。俺に進化の魔法をかけてくれたユエも一緒だ。良かったら、ドアを開けてくれないか?」

 カチリ、と音がしてドアが開いた。少女はそっと手を伸ばしてくる。ウォルフの髪の毛と獣のままの耳に触れると微笑んだ。

「本当だ…。貴方、ウォルフね。話せるようになって嬉しいわ!」

 そう言うと、自分より大きくなったウォルフにぎゅっと抱き着いた。そっと抱きしめ返してから、ウォルフはシェリに僕を紹介する。

「こっちにいるのが、ユエだ。不思議な力を持っている。」

 そう言われて、シェリは僕におずおずと手をのばして触って来る。ちょっとくすぐったい。

「ふふ…」と声が洩れる。

「あ…、ごめんなさい。私、目が見えないから、触らないとどんな人かが分からなくて…。不快な気持ちにさせてしまっていたらごめんなさい…。」

「大丈夫だよ、シェリ。ちょっとくすぐったかっただけだから。」

 自分の不遇に文句を言わない祈りの巫女。彼女の祈りを早く叶えてあげたい。君の祈りは無駄なんかじゃないよ、って教えたい。

「これを今日は君達に食べさせたいと思って持ってきたんだ。」

 僕は鞄から、白いパンを差し出す。あと小さな金平糖を握らせた。

「…美味しい…。こんなに美味しい物を食べたのは、いつぶりかしら…。もう思い出せない程昔だけど、美味しいわ。ありがとう、ユエ。」

「ううん…。本当はもっといろいろ手に入れたいんだけど、なかなかそうもいかなくて…。ごめんなさい…。」

「ユエ、謝るな。ここでは、食糧がある事自体がありがたいんだ。」


 僅かな食事を終えると、シェリは祈りに入った。僕とウォルフは教会を後にして、他の生存者を探す。ウォルフが匂いを辿ってくれる。今日は北を探索した。そろそろ夜明けが来そうだったので、僕はウォルフに別れを告げる。

「また明日来るからね。」

「あぁ、ユエ。気をつけて。」

 言葉を交わした後、ユエの体は空中に消えた。残されたウォルフは不思議そうに空中に手を伸ばす。自身も消えるかと思ったからだが、そんな事は無かった。

「不思議だ…。ユエは「神」なのか?」

 ウォルフは呟く。だが、詮索はしまい、と思った。彼がこの星を守りたい、と言った瞳に嘘は無かったから。だから、自分に出来る事をしようと思った。ユエと別れてから更に北を探索した。生存者は、いなかった。


     Ⅳ


 「ふぁ…」

 欠伸がでる。最近、夜は僕の小さな星に行ってばかりだから仕方ない。僕の小さな星は相変わらず、マゼンダ色の空だけど、心配はしない。ウォルフと星を調査しているうちに、あのマゼンダは別に有害なガスなんかじゃなく、繁茂した植物が己の身を守ろうとして出している気体だと分かったから。この気体のおかげで、惑星は外部からの干渉を受けにくくなっている。ある意味、バリアの役割を果たしているんだ。ありがたい…。植物ってすごいなぁ…。最初と二番目の星の時には分からなかった進化を目の当たりにして僕は感心する。適応能力の高さを見せつけられている気分だ。これ一つでも、十分なレポートが書けそうだな…。そう思って、僕は鞄の中をそっと見る。綿毛でくるんだ僕の小さな星が入っている。気になって仕方ないから、部屋に置かずにこうして持ち歩く事にした。傍から見ると、ちょっと荷物が増えただけ。だけど、常に自分の星と一緒。とても素敵な気分だ。もっと早くから、こうして持ち歩いていれば良かった。そうしたら、些細な変化にもきっと気付けたのにな…。ううん、と僕は首を振る。過ぎた事はもういい。今度こそ、この星をしっかりと育てなくては!


 木陰で、一人ランチを食べ終えて、教室に向かおうとしたら背後から声を掛けられた。

「ユエ!」

 振り向けば、シンがいた。手には書類の束があった。

「シン、お疲れ様。」

「あぁ。この前は少ししか話せなかったが、お前の星は大丈夫か?お前、このままだと学校を辞めてしまうのか?」

「え?」

「あ…いや…。この前、ゼンが…。惑星育成を五回も失敗したら、もう学校に居られないんじゃないかって…。」

「あぁ…。うん、そうだね…。そういう事も考えないといけないね…。」

「お前は天帝様のお気に入りだろう?何とかならないのか?」

「う~ん…。別に僕、お気に入りって訳じゃないと思うよ。たまたま、片翼の僕が入学式の日に倒れた所を助けてもらっただけで。あの時の出来事だけで、ずっとそう言われるのはちょっとなぁ…。せいぜい片翼が珍しくて見付けやすかっただけだと思うよ。」

 天帝様が息抜きに楡の木の森に来るのは内緒だから、そう告げる。実際、僕らがあそこで会話をしてる事を知ってる人はいない。

「そうなのか?天帝様から直々に星をもらっているじゃないか。」

「そういうシンも貰ったでしょ。僕が成績優秀者の上位五人に入ってるからで、他の人も貰ってるし…。別に僕だけじゃないのに、なんだかな…。この羽根のせいで変に注目されて困っちゃうよ…」

 僕は小さく溜め息をつく。シンが僕の頭を撫でた。

「困った事があるなら、俺に相談しろよ。星の事で何かあったら、力になるからな。」

「うん…。ありがとう。でも、大丈夫。自分でなんとかしてみせるよ。じゃあね。」

 僕は手を振って、教室に向かう。それから、シンが抱えていた書類の束を思い出す。運ぶのを手伝ってあげれば良かった。時計を見る。まだ授業が始まるには時間がある。今からでも追いかければ、一件分位は僕も手伝えるかも!そう思って、慌てて踵を返す。円柱の向こうにシンが見えた。声を掛けようとしたら、凄い顔でシンが舌打ちした。見た事ない顔だった。僕と別れてから、何か良くない出来事があったのかもしれない…。良く知っているシンが、別人のように見えて…声が掛けられなかった。僕はそのまま教室に戻った。


 午後の授業は眠くて、つい最前列だと言うのに寝てしまった。教官のクウヤ先生にこっぴどく怒られた。

「最近のユエは、たるんでますね!リュウラも言ってました。貴方、五年目だというのに、そんな事でいいと思っているのですか?今年、卒業出来なかったら貴方はもう退学ですよ!」

「……ハイ…。」

 背後から、笑い声が起こる。小さな声で「ま、片翼だしな…」という声も聞こえる。僕は悲しくなって…、項垂れる。寝てしまったのは、確かに僕が悪い。だけど、僕が片翼なのは僕自身ではどうしようも無い事で…。それを笑われたり、蔑まれてしまうのは、いたたまれないんだ。ぽとん、と一粒涙が零れた。こんな所で泣きたくなんかなかったのにな…。

 今までは、講義中にこんな事を言われたらシンが庇ってくれた。でも、もうシンは先に進んでしまったから学校にはいない。いつまでもシンに守ってもらいたい訳じゃない。現に今日見たシンは知らない人みたいだった。皆変わっていく。僕も弱いままじゃなくて、強くならなきゃいけないんだ…。涙を拭って、残りの講義を受けた。終業の鐘と共に、僕は教室を飛び出して楡の木の森に行った。誰も来ないあの森で、一人になりたかったんだ。  


          ***************


 楡の木の森で、ひとしきり泣いてすっきりして寮に帰ったら、すごい騒ぎになっていた。寮に泥棒?が入ったとかで、あちこちが滅茶苦茶になっていた。慌てて、僕も僕の部屋に行く。滅茶苦茶に荒されていたが、幸いな事に取られた物は無かった。何かを探したけど目当ての物が無かったから、腹いせに鏡とコップが割られた印象を受けた。他の皆の部屋もそんな感じだったらしい。


 夜の食堂で、ご飯を食べながらリツ達と話す。

「マジ最悪。こないだ手に入れたばかりの玻璃のグラスを割られてた」と立腹のゼン。

「俺の部屋は窓硝子を割られてたよ…。今夜は冷えそうだ…」とリツ。

「僕は鏡とコップを割られたけど、それより室内が滅茶苦茶なのが困るよ…。レポート用の資料もバラバラだもん…。」

「確かに~。俺達より、ユエの部屋の荒されっぷりはすげぇよな!それも片翼だからか?」

「ちょっ…!」

 リツがゼンを窘める。…そうか、こういう時でも、片翼は標的になるのか…。僕は口に含んだ食べ物をごくん、と無理矢理呑み込む。水を一口飲んで席を立つ。

「ユエ…。もう食べないのか?」

「ううん…。ちょっと今日は疲れたから、残りは部屋の片づけをしながら、一休みした時に頂く事にするよ。寮母さんにもそう伝える。」

 トレイを持って立ち上がり、寮母さんにそう告げると「あんたは細いんだから、これも食べてもっと体力つけな!」と林檎までつけてくれた。有難い。僕はお礼を言って、食堂を後にする。


 部屋に戻って、しっかりとドアの鍵をかける。窓もしっかり施錠する。これまでの天界は平和だった。寮で泥棒騒ぎなんて起きた事無かった。だから、僕は天帝様に言われるまで、特に部屋に施錠とかはしてこなかったけど、もうここは安全じゃないんだ、と思った。怖かった。見知らぬ悪意が。僕は何もしていないのに、片翼というだけでこんな標的にもなるのかと震えた。それから、鞄を開けた。真綿に包まれた僕の小さな星。この星に被害が無くて良かった。こればっかりは持ち歩いていたおかげだ。首から下げた虹色の鍵もローブの上から、ぎゅっと握りしめる。この二つは僕にとって、とても大切な物。決して離さずに持ち歩かなくては、と強く思った。

 室内を少し片づけて、言い訳が出来るようにしてから、僕はトレイの上の林檎やパンを持って虹色の鍵を使う。


          ***************


「ユエ。どうした?顔色が悪いぞ?」

 会って早々、心配そうに僕を気遣ってくれるウォルフがいた。

「大丈夫…。今日、ちょっといろんな事があって…。疲れてるだけだよ。」

「そうか…。なら、おぶされ。」

 そう言って、かがんでくれるウォルフ。「大丈夫」って言ったのに、無理矢理おんぶされた。あ、でも…こうやって、誰かの体温を近くに感じるのはなんだか安心する。ゆっくり歩くウォルフの歩きのリズムも心地よくて…。僕はついウトウトしてしまった。

 目覚めたら、シェリの寝台だった。寝ていたらしい。額にシェリの冷たい手が当てられていて気持ち良かった。

「…起きたの?ユエ、気分はどう?」

「あ、大丈夫。心配かけてごめんなさい…。ここのところ寝不足だったから、ウォルフの背中が気持ち良くて寝ちゃったみたい…」

「そうか。寝心地良かったなら、良かったよ。」

 ウォルフがそう言って細く笑う。野性味があって格好いいな、と思った時に思い出した。今日の食べ物をまだ渡して無かった。

「今日はね、林檎があるんだよ。」

 そう言って、僕は鞄から赤い果実を手渡す。ウォルフが器用に二つに割ってシェリに手渡した。

「瑞々しい…」放心したようなシェリの声。ウォルフは無言で齧ってた。それから、パンも渡す、一息入れた後にウォルフが言った。

「昨日は西に行ってみたが、特に生存者は見付けられなかった。今日からは南を探した方がいいと思う。」

 その後に、シェリが口を開いた。

「あの…。ちょっと気になる事があるの。最近、私が祈りを捧げているとね、神の声じゃないものが聞こえる時があるの…。なんと言っているのかは分からないのだけれど…、良くない物である事は確か。なんていうのかしら…物凄い悪意のようなものを感じるのよ…。だから、ユエもウォルフも十分注意して。この星には私達以外もいるかもいれない。けれど、それらが善意を持っているとは限らないのだから…」

 そう言われてドキリとする。今日、寮で感じた悪意。この星にも悪意があるというのか?

「ユエ…。顔色が良くない。今日はもう帰って自分の家で休んだ方がいい。俺達も今日は大人しくしている。明日、ユエの体調が良かったら、探索の続きをしよう。探索は何が起こるか分からない。万全の体調で臨んだ方がいい。」

「…分かった…。じゃ、また明日来る。」

 

 僕は自室へ帰った。そのまま、寝台に倒れ込む。夢の中、遠くでガタガタと騒がしい音がした気がしたけど、最近の寝不足が祟ったのか、起き上がる事が出来なかった。


     Ⅴ


 風を感じて目が覚めた。

 風…?慌てて、飛び起きると窓が開いていた。

 なんで?辺りを見回す。枕元に置いて寝た筈の僕の小さな星が床に落ちていた。急いで拾い上げる。ヒビが入っていた。血の気が引いた。ローブの上から虹色の鍵を握りしめる。こっちは無事だ。星を抱えて窓へと近づく。金具が壊されていた。確実に僕、もしくは僕の星を狙っての犯行だった。見知らぬ悪意に身の毛がよだった。


 僕は慌てて、寮監の補佐官のいる部屋に走った。事情を説明する。

 直ちにリュウラ様が調査に来てくれた。後ろにはシンもいた。

「ユエ。貴方も星も無事ですか?」

「ユエ。災難だったな。ほら、これでも飲んで温まるといい。」

 渡されたお茶を両手に持って僕は腰を下ろす。膝の上にヒビが入った僕の小さな星もある。

「それ…、ヒビが入ってないか?」シンが言う。

「うん…。侵入者にやられたみたい…。修復出来るかは…分からない…。」

「そうか…。元気出せよ…」

 そう言って、そっと頭を撫でてシンはリュウラ様の元へ行く。今日中に直すのは無理かもしれないなどという会話が聞こえてくる。シンが僕の所に駆け寄ってきた。

「ユエ。この部屋は今日中には直らなさそうだし、昨日の泥棒騒ぎの犯人もまだ捕まってないから不安だろ?良かったら、今日から、俺の部屋に来ないか?」

「…え?でも、向こうは天廟勤務の方達のお住まいでしょ?僕なんかが行ったら…」

「こんな状態だから、平気だって!」

「あ…じゃぁ」と言いかけた時に、「一体、どういう事だね、これは?」と声がした。そこにいた僕を含めた全員が一斉に起立した。

 天帝様だった。

「天帝!自らご様子を見にいらしたのですか?」

 リュウラ様が驚いて聞く。

「あぁ。これまで、このような騒ぎはなかった。なのに、この有様はどうした事だ?ユエ。」

「は、はいっ!」

「ユエは今から、私の私室に避難しなさい。この状況を鑑みるに、確実に狙われているのは君だ。君の星ごと、私預かりとする。」

「な…!」

「リュウラ、分かったか。行くぞ、ユエ。着いてくるが良い。」

「は、はい…」

 僕は慌てて僕の小さな星を持って天帝様に駆け寄る。すっと白い衣に包まれたと思ったら、天帝様の私室?に転移していた。

「こ、ここが…?」

 白を基調とした部屋の天井には宇宙が広がっていた。

「そう。ここが私の私室だよ。補佐官の一部しか入った事がない。学生の身で入ったのは君が初めてだ、ユエ。」

「きょ、きょ、恐縮です…」僕は小さくなる。

「そんな事より」と天帝様が続ける。

「君の星は無事か?」

「あ…。ヒビが入ってしまいました…。僕が寝ている間にやられたみたいです…」

 天帝様が僕の星を手に取り、検分する。

「あぁ…。確かに亀裂が入っているな。だが、まだ大丈夫そうだ。君が星に行っている間にやられたのではなくて本当に良かった。こちらに帰れなくなる所だった。」

 そう仰って、ふーっと長い息を吐いた。

「すまなかった、ユエ。昨日の泥棒騒ぎの時に君をこちらへ避難させれば良かった…。私も油断していた。君への悪意がこんなにも激しい物だとは思わなかったんだ。」

「悪意…」

「あぁ。君は気付いてなかったかい?」

「いえ…。薄々感じてはいました…。実は昨日、僕の星に行った時にも、祈りの巫女であるシェリが「星に向けられた悪意を感じる」と言っていました。」

「星に住む者までもが感じとれる事が出来る程の悪意か…」

 天帝様が腕を組んで、僕を見る。

「ユエ。私が渡した鍵は無事か?」

「はい。鍵はこうして、常に身に着けておりましたので…」

 僕はローブの中から、首からつるした虹色の鍵を見せる。天帝様が安堵の息をつく。

「ユエ。君は暫く、ここから出るんじゃない。」

「え?でも、学校に行きませんと…」

「こんな状態で行っても騒ぎが大きくなるだけだ。」 

「は、はい…」

 答えながら、困ったな…と僕は思う。天帝様が親切にして下さっているのは僕にも分かる。でも、こんな事が皆に知られたら、また「片翼が」「天帝様のお気に入り」って好き勝手言われるんだろうな…。心が軋んだ。

「…ユエ?」

「な、なんでもございません…」

 僕は慌てて頭を振る。

「ユエ、こちらにおいで。気分転換に、宇宙を見せてあげよう。」

 天帝様が優しく手招きして、僕を抱き上げる。ふわりとした風に包まれて、僕達は宇宙を見下ろしていた。沢山の星。宝石のような煌めき。そのうちの一つに、僕の小さな星もなれるといい。


      Ⅵ


 世界が大きく揺れて、激しい地響きが起きた。目の前の大地が割れるのをウォルフは見た。

「一体…、何が起こっているんだ…。」

 マゼンダの空の一部が裂ける。そこから滲むように広がる漆黒の雲。その雲がじわじわと空を覆い尽くしてゆく。やがて、一つの雲からぽつん、と滴が落ちる。

「恵みの雨…か?」

 手を出し、雨粒を掌に受けたウォルフは、「グ…ッ」と激痛に顔を歪めた。それは生き物を焼き尽くす黒い雨粒だった。


 この星に異変が起こっている!シェリとユエに知らせなくては!ウォルフは教会に向かって走り出す。本格的に降り出す前に、シェリに絶対に建物の外に出るな、と伝えなくては!ユエには?ユエにはどう伝えればいい?いつもの時間まで待つしかないのか?


 教会まであと少し、という時に、高台に立つ夜霧のマントを纏った人物が見えた。一瞬ユエかと思ったが、大きさが違う。瞬時に身を潜めた。あれは…誰だ?ユエと探索した時も、一人で探索をした時も他の生存者はいなかった。どこから来た?侵入者か?そっと様子を伺う。その人物は辺りを見回す。暗闇でほんのりと灯りの見える教会に気付いたようだ。勢いよく歩き始めた人物のマントが揺れた。マントの陰の口元に明確な悪意が見てとれた。アイツを教会に行かせてはならない!ユエにも早く知らせなくては!

 でも…、どうやって…?


 ……ヒトは、言葉を話せてすごい。ヒトになったから、シェリと言葉を交わして会話が出来る。ヒトだから、シェリを腕に抱きしめられる。でも…、代わりに失った物は無かったか?ウォルフは自問自答する。嗅覚と聴覚は狼の時のままだ。他に狼の時でなければ出来なかった事はなかったか?じっと五本の指を見てから、己の喉に手を当てる。そうだ…、叫びだ。遠吠えだ。ヒトになった時に失ったモノ。ここからユエのいる場所まで叫べれば、この状況を知らせる事が出来る。そうして、俺がアイツをひきつけるんだ。ユエがここに来てくれるまで、アイツをシェリのいる教会に近づけてはならない。


 ぎゅっと拳を握りしめる。足元に落ちていた石を拾う。それを侵入者めがけて放った。侵入者の肩に命中した。侵入者がこちらを振り向く。目が合った瞬間に、ウォルフは教会と反対方向に向かって走り出す。

「ユエーッ!」

 腹の底から叫んだ。ユエと叫んだ筈が、いつのまにやら、「アォォォーーーーン!」になっていた。二本の足で駈け出した筈が、いつのまにか四肢で走っていた。この近辺で最も高い崩れた崖に駆け上がり、声の限り、ユエに向かって叫んだ。


          ***************


 ふいに、僕を呼ぶ声がした。

「天帝様っ!」

「あぁ…。私にも聴こえた。行きなさい、ユエ。君の星を守る為に。」

「ハイ…ッ!」

 頷いたユエが虹色の鍵を使って星に転移するのを見届けてから、天帝は呟く。

「思ったより、早かったな…。」

 それから、ユエの小さな星を掌に載せると執務室に転移し、補佐官全員を緊急召喚した。


「一体、何が起こったというのです?」

 クウヤが慌てて駆け込んでくる。リュウラをはじめ、補佐官全員が揃ったところで天帝が口を開く。

「今から、このユエの星で起こっている事を私の水晶球に映すから、君達の目で良く見るがいい。ときに、君達は、どうしてユエが片翼なのかを考えた事があるかい?」

 その問いかけにクウヤが答える。

「先天性の身体異常でしょう?それ以外に何があるのですか?」

 天帝は溜め息をつく。

「他の意見がある者はいるか?」

 答えはない。

「では、質問を変えよう。ユエの羽根の白さについてだ。ユエ程の白さの羽根を持つ者を他に知っているか?」

「いえ…。存じておりません。ですが、それが何か?羽根の色は千差万別。基本が白というだけで、赤寄りの桃色だったり、青寄りの空色だったりするでしょう?ユエはたまたまアルビノだっただけなのでは?」

「リュウラ…。君にはがっかりだ。先の天帝が最後に残した論文を、君は読んでいないな。羽根の色は心根の色を表している。皆、心が少し汚れているから、大半がくすんだ白になる。怒りっぽい者の羽根は赤に寄り、悲観的な者の羽根は青に寄る。そうして、黄色は裏切りの色。君達補佐官が口を揃えて褒めるシンを私が好きになれないのは、彼の翼が黄色いからだ。特に最近は彼の黄色が強くなった。これは…何を表していると思う?」

 天帝はじっと補佐官達を見渡す。

「まさか…」

「答えは、ここにある。」

 天帝がユエの星を指差す。


     Ⅶ


「このっ!四つ足風情がッ!」

 侵入者が、手にした不思議な鞭で狼を絡めとる。そのまま勢いよくガレキに叩きつけ、落ちた所を力いっぱい踏みつけた。踏みつけられながらも狼は遠吠えをやめなかった。苦しそうだが、よく通る声が黒い空一面に響き渡る。

「何だよ…。その目…。気に入らないな。俺の肩を傷つけた事も許さないぞ。」

 侵入者がギリッと唇を噛んで、狼の鼻先を踏みつける。


「やめてっ!」

 その声と共に、ユエが現れた。狼を踏みつけていた侵入者目掛けて、力いっぱい体当たりする。侵入者がよろける。ユエは狼に縋りつく。

「ウォルフ!しっかりして!大丈夫っ?」

 ゴフッ、と狼の喉から血の塊が吐き出される。体を見る。狼は傷つき、血が滲んでいた。凹んだ胴体から、内臓が潰されている事が分かった…。

「こんな状態で…。君は僕を呼んでくれてたの…?」

 狼に触れる指先が震える。狼はぐったりしながら頷いた。自身が傷つけられても悲鳴は上げす、遠吠えを続けたウォルフ…。それはきっと僕に星の異変を知らせる為。僕が話したロボ同様、高貴な魂がそこにはあった。

「折角ヒトに進化させてあげたのに…。こっちの姿に戻ってまで…君は僕に異変を知らせてくれたんだね…。」

 身体が震えた。何かが体の奥から湧き出してくるのを感じた。ふつふつと煮えたぎる感情。これは…怒り?

「…許さない…」

 今まで聞いた事無い低い声がユエの喉から出た。

「僕は…、君を許さないっ!」

 振り向きざま、侵入者目掛けて、ユエは指先から風を撃つ。放たれた疾風が侵入者のマントを切り裂いた。夜霧のマントの下から黄色い羽根が姿を現す。

「…シンッ?」

 ユエは目を見開く。


          ***************


「―――シンッ!何故、ユエの星に――」

 補佐官達がざわめく。

「どういう事です?何故、二人が育成中の星にいるのですかっ?」

 リュウラが問う。

「ユエには、私が鍵を渡した。他者の星への不可侵条約を破っている者がいる事に気付いたからな。自分の星は自分で守れるように鍵を授けたんだ。さて。この場合、不可侵条約を破っているのは誰かね?」

 天帝が問いかける。

「…シン、です…。何故、彼が…。」

「見ていれば分かる。シンはずっとユエに悪意を持っていたからね。ユエが最初の星を手掛けた時から、憎んでいた。ユエの星をいつも駄目にしていたのはシンだ。」

「なっ…!何故、それを教えてくれなかったのですか?」

「それに気づくのは、惑星育成担当の君の仕事ではないのかね、リュウラ?」

「…も、申し訳ございません…。ですが…」

 食い下がるリュウラに向けて、天帝は言葉を続ける。

「私はね、ユエを気に入っているんだ。あんなに美しい星達を壊されても、ユエの羽根は白いままだ。あの子は純粋培養で育った子だ。純白の羽根があの子の心根を表している。あの子が片翼なのはね、善意以外の心が無いからだ。だが…、この世の理は陰と陽が揃ってこそ、完全形となる。あの子が自分で悪意を知った時、ユエは完全な天使になるだろう…、ほら。」

 天帝が水晶球を指差す。


          ***************


「シン…。君が…、僕の星に悪意の種を蒔いていたの?」

 震える声で問いかける。

「あ~ぁ…。見られちまったなら仕方ない。そうだよ、ユエ。俺がお前の星を壊していたんだ。」

「な…なんで…?」

 足が震える。

「なんで?あんな完璧な星を片翼のお前なんかに作られたら困るからに決まってるだろ!」

「そ、そんな…。シンは…、いつも片翼の僕を庇ってくれてたのに…」

 それを聞いたシンはプッと吹き出した。

「庇う?ユエは本当に馬鹿だな。点数稼ぎに決まってんじゃん!片翼の落ちこぼれに優しくしてやるだけで、俺の評価は鰻上りだ。楽でいい。」

「…うそ…」

 言いながら、舌打ちをしていたシンの横顔を思い出す。いつも優しい笑顔だと思っていたシンの、本当の顔はあっちだったのかもしれない…。

「嘘じゃないって。最初からあんなに綺麗な緑の星とか作られちゃ、こっちは迷惑なんだよ。ムカつくから、熱波の呪文を唱えてやったんだ。面白い位に気温が上がってさ、自分の詠唱能力の高さに惚れ惚れしたわ。」

 そう言って、シンが笑った。 

「それで泣いて学校からいなくなるかと思ったら、次は動物まで育てやがって…。なんだよ、あの牧歌的で穏やかな星は!ムカつくんだよ…、どこまでものほほんとした穏やかな平和が!ムカついたから、アイツらに無理矢理肉を食う魔法をかけてやった。面白かったなぁ…。それまで草しか食べなかった奴らが泣きながら、お互いの体を貪ってるんだぜ。」

 その光景が見えるようで、僕の目からも涙が零れた。アハハハハとシンが高笑いをする。

「今度こそ、逃げ出すかと思ったのに、またお前は星を育てた。今度は水中か~。水の中の奴等には手出しし辛いな…と思ったんだけど、よく考えたら直接手を下すまでも無かったわ。凍らせちまえばいいんだ、って気付いたからな!凍らせたおかげで一気にかたがついて楽だったぜぇ~。」

 口角を釣り上げて、歯を見せてシンは笑った。

「四度目はまさかのヒトを育てるなんてな…。最高難度の筈なのに、お前の星は上手く発展した。よりによって、俺の卒業試験と同じ年にだ!見逃す訳ねぇだろ…。俺の評価が下がる。だから、お前の星に行って、思いっきり悪意の種を蒔いてやった。まさか、ヒトが「核」を持ち出して星ごと壊れちまうとまでは思わなかったけど…。面白かったよ、星が壊れるのを見たのは初めてだったし。お前のおかげで色んな進化が見られて、星作りの参考になった。ありがとな。」

 そう言って、満面の笑顔で笑った。

「なんで…?なんで、シンは笑っていられるの…?僕の星には沢山の「命」が育ってたんだよ…。皆、生きてた!植物も動物も!君は、彼らを殺したんだよ…。沢山の「命」を失くしたのに…、どうして、そんな風に笑えるの…?」

 震えながら、僕は聞いた。僕にはシンが分からない。「命」は星同等、いや、それ以上に重い物だと授業で教わったではないか…。

「命?下等生物の「命」なんて、塵みたいなモンだろ?ましてや、育成中の惑星だぜ?宇宙に並べられる前だ。何の価値も無い。」

 シンはバッサリと言い捨てた。

「そんでもって。そんな見ずぼらしい下等な四つ足を可愛がるお前の神経も、俺には分からないね。」

「な…っ!」

 ウォルフをけなされて、カッとなった。ウォルフは誇り高い狼だ。シンみたいな卑怯者とは違う。

「ウォルフは下等生物なんかじゃない!今の言葉、取り消して!」

「ヤダね!あばよっ!」

 そう言うと、シンは黄色い翼を大きく広げて空中に飛び上がった。それから右手を振って、こちらに雷を放つ。足元が崩れる。僕は咄嗟に血だらけのウォルフを抱えて地面を蹴った。片翼なのに…。一つの翼じゃ空は飛べない…。だから飛行術の授業は一度も受けた事が無い。受ける前に除外されてた。そんな僕が地面を蹴ったって、時間差で地上に落ちるだけだ…と思った時に背中に激しい痛みを感じた。

「…痛っ!」

 何かが背中を突き破った。耳元でバサリと大きな音がした。僕の体は地上に落ちなかった。ウォルフを抱えて空中に浮いていた。正面に浮かぶシンがびっくりした顔で僕を見ていた。

「嘘だろ…」

 自身もびっくりして地上の影を見ると、僕の背中に両翼があった。


     Ⅷ


「―――白黒モノクロの天使っ?」

「まさかっ!ユエは、二色持ち(ダブル)だったのかっ?」

 執務室が驚愕に包まれる。水晶球に映るのは、純白と漆黒の二枚の翼を持ったユエだった。

「言っただろう?陰と陽が揃ってこそ、完全形となる。あの子が悪意を知ったから、ユエは完全な天使になったんだ。私と同じだよ…。」

 そう言うと、天帝は真っ白なローブを脱ぎ捨てる。その下に隠されていたのは、白と黒の二色の翼。

「天界を統べる者は、二色の羽根を持って生まれる。だが、ユエは生まれた時から綺麗な心しか持たなかった。だから、片翼だったんだ。あの子が綺麗な心のままで生きていけるのなら、私はそれでもいいと思っていた。あの子の片翼は、とても綺麗な白だから。けれど…あの子に向けられる悪意が年々大きくなるのを感じて…、このままではいけないと思った。だから、荒療治でいく事にした。ユエには自分に向けられた悪意に向き合ってもらった。信じていたシンに裏切られたユエは、無事に悪意を知った。だから、翼が生えたんだ。」

 天帝は水晶球に映るユエを見守る。

「ユエ…。私の可愛い子。無事に帰っておいで。」


          ***************


「驚いた…。お前、ダブルだったのかよ…?」

「ダブル…?何それ?知らない…。」

「チッ!ダブルの意味も知らないなら、お前はここでくたばれ!」

 あの時のように舌打ちをした後、僕目掛けて雷が放たれる。僕はそれを風で砕く。

「ダブルとかそういうのは全然分からないけどっ、君が僕の星を壊そうとしてるのは分かる!許さないっ!僕の星から出ていって!」

「言われなくても出て行くよ!ぶっ壊し終わったらな!」

 そう言って、悪意剥き出しの雷があちこちに落とされる。ガレキの廃墟が更に崩れていく。

「やめて…!やめてーっ!」

 叫ぶ僕の耳に、小さく祈りの声が聞こえた。腕の中のウォルフが「キューン…」と小さく鳴いた。そうだ…。僕は一人じゃない!僕はウォルフを強く抱きしめる。まだ一回も使った事が無い大魔法を使ってみよう。僕は大きく息を吸い込む。耳を澄ませてシェリの祈りの声に呼吸を合わせる。風の大魔法、二重詠唱。出来るッ!

 高く右手を上げて、僕は叫んだ!

「トルネードッ!」

 僕を中心に大きな竜巻が起こる。僕の周りのガレキとシンが浮き上がる。そのまま、空の亀裂目掛けて撃ち込んだ。


          ***************


 バリーン、と水晶球が砕けて、執務室の床にシンが落ちて来た。

「シン!貴方はなんて事を…!他者の星への不可侵条約を破って!学位剥奪ですよ!」

「チッ…」

 体の痛みからくる舌打ちか、処分に不服の舌打ちか…。そんなシンに天帝が言葉をかける。

「やぁ、シン…。酷い有り様だね。私の可愛い子に手を出して、ただで済むと思っているのかい?」

 天帝が妖艶に微笑む。

「……。」

 シンは無言で唇を噛んだ。

「とりあえず、これ以上の悪さを働かないよう、君の自由は奪わせてもらうよ。」

 そう言って、シンの前で右手をかざす。

「うぐ…っ!」

 見えない鎖でがんじがらめにされるシン。

「天帝!今すぐ、警邏隊を呼んで、引き渡しますか?」

 クウヤの問いに天帝は答える。

「いや。シンには、ここにいてもらう。ここで、あの子の星の行方を見るがいい。」

 天帝の掌には、ヒビの入った黒い雲で覆われた小さな星がある。水晶球が割れてしまったので、もう中の様子は見えない。


          ***************


 ハァハァ…。息切れがする。

 使った事無い大魔法を使ったからかな?僕の腕の中で、狼が小さく鳴く。僕は大丈夫だよ。君は?ウォルフ…。

 空から、屋根まで吹き飛んだ崩れた教会を見付けて降り立った。壊れた祭壇の前でシェリは一心に祈っていた。無事だった事に安堵し、声をかける。

「シェリ!君の祈りが僕に聞こえたんだ!君のおかげで、僕は大魔法が使えたんだよ!ありがとう!」

 そう声を掛けても、シェリは僕に気が付かない。

 なんで…?僕の声が聞こえてないのかな…?

 そう思った時に気付いた。落とされた雷による爆風でシェリの鼓膜は破れてしまったんだ。今、この崩れた教会にいるのは、見えも聞こえもしない祈りの巫女と死にかけの狼だった。ウォルフをおろして、僕もその場に蹲る。

「君も…、ウォルフも…。この星を…懸命に守ろうとしてくれたんだね…。ありがとう…。それなのに…、こんな…」

 僕の目から涙が溢れた。


 ねぇ…、どうして僕は無力なの?

 目の前にいる愛しい者達を救う力が、どうして僕にはないの?

 両翼なんていらないから、この二人を、この星を、僕は救いたいよ!


 そう強く願った時に、僕の翼が煌めいた。大きく広がって、僕の体が宙に浮く。何が起こったのか分からない。僕の目の前に、僕が今いた僕の小さな星があった。


 ここはどこ?


 声が聞こえた。

「選ばれし創造主よ。貴方の宇宙を創るが良い。」

「僕の…宇宙?星じゃないの?」

「ほほ…。星は宇宙を構成する物の一つ。星を含めて宇宙ですよ。」

 楽しそうな声がする。


 これは…夢?夢なら、何でも出来るよね。僕は楽しくなって考える。僕が作れる宇宙なら、僕がこれまで駄目にしちゃった星達も並べてあげたい。緑の星、緑と動物達の星、水の星とお人好しなヒトの星。そうして、最後にそれらをあわせて僕が作りたかった僕の小さな星に願いを込める。ウォルフとシェリ。君達二人が、始まりの二人になるんだ。


 僕の周りに光が生まれる。一つ、二つ、三つ、四つ。五つ目の僕の小さな星も煌めいて…緑の星になった。青い水が見える。星が再生したんだ!やった!やったぞ!僕の星は復興したんだ!嬉しくて嬉しくて涙が流れた。

「ウォルフ…!シェリ…!良かった…。良かったね!そうだ!今すぐ、天帝様にもお伝えしなきゃ!」

「残念ながら、それは出来ん。」

 さっきの声が言った。

「なんで…?」

「貴方はたった今、貴方の宇宙を作った。元居た宇宙とは別の宇宙だ。貴方が、この宇宙の天帝となる定めの運命なのですよ、モノクロの天使。」

「ぼ、僕はまだ…天使見習いの天子で…」

「そんなに立派な二色の羽根を持つ天子なぞおりませんよ。貴方が今日から、この宇宙を統べる者です。管理はよろしく頼みますよ。」


 そう言うと、声は聞こえなくなった。僕は一人で緑の部屋にいた。頭上には僕の小さな星が浮かぶ宇宙。手には虹色の鍵。これを使えば、僕は僕の星にいつでも行ける。

 あぁ、けれど…。少し淋しいな。天帝様に、もっとちゃんとお礼を言いたかった。リツ達にも一言、お別れを言いたかったな…。僕は小さく溜め息をついてから、虹色の鍵を握って前を向く。


 もう戻れない宇宙に、さようなら。

 僕は、これから僕の小さな宇宙を育てていくよ。


     エピローグ 


 天帝の掌にある小さな星が発光した。黒から、白へ。眩い光がおさまると、そこには緑と水の星があった。

「まさか…!あの状態から復興したというのか…!」

 驚愕の溜め息が補佐官達の口から洩れる。

「それだけではないよ…。」

 少し、寂しそうに天帝が呟く。

「君達には、この星の周りにある光が見えないかな?あの子は今、宇宙を創っている。」

「う、宇宙…?」

 びっくりしてリュウラが聞き返す。

「そ、そ、そんな高度な術を…。あの子が…?」

「そうだよ。あの子は陰と陽が完全に揃ったモノクロの天使。いや…。今ではもう、違う宇宙の天帝になってしまった。もう…ここには帰ってこない。あの美しい羽根の輝きをもう見られないなんて、寂しいな…。さよなら、ユエ。私の可愛い子。」

 その言葉が終わると同時に、天帝の掌から星は消えた。 

「行ってしまった…。ユエ、君の作る宇宙に幸多からんことを!」


 それから、天帝はシンを振り返る。

「シン。満足かい?君が憎んだユエは、もうここにはいない。他の宇宙の天帝となった。君には到底辿り着けない高みに達したんだ。君がちょっかいをかけなければ、あの子は片翼のまま、私の傍にいた。君のせいで、あの子は別の宇宙の天帝になってしまった。さて…、どう落とし前を付けてもらおうか…。こう見えて、私は子供の頃から執着する質でね。お気に入りの物をとられたら、取り返すまで気が済まないんだ。でも…、別の宇宙には手出しは出来ないからね。仕方ないから、代わりに君に見た目だけユエと同じ片翼になってもらおうか?私が死ぬまで飼ってあげるよ。君が共食いさせた動物みたいに扱ってあげる。家畜だよ。でも、餌代は出さないよ。自分で稼いでおいで。天廟をクビにしたりなんかしない。「片翼の裏切りの天子」として、皆に蔑まれながら生きるがいい!」

 そう言うと、天帝はシンの片方の翼を疾風の刃で斬り落とした。痛さのあまり、シンが呻き声を上げる。

「おや…?痛かったのかい?おかしいな…。下等生物は痛みなんか感じない筈なのに…。そうだろ?シン、君はそう思わないかい?君が壊したユエの星に住んでいた沢山の者達の命の痛みはもっと大きかった筈なのに、君はこの程度が痛いなんて…。おかしいなぁ…。」

 天帝が不思議そうな顔をした。


 これは、ある一つの宇宙のお話。

 今日もどこかの宇宙で、星が生まれ続けている――――


                                    <了>

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