アタシを貴族に!? だったら実力で言うこと聞かせてみろってんだ! 〜田舎の女ガキ大将が男爵令嬢になるまで〜
「はいはいアンタたち! 喧嘩しちゃダメだろうが! 今は兄ちゃんの方が譲ってやれ!」
「おいアンタ! 大人だからって子供をいじめんのは卑怯だろ! そんなのはアタシが許さねえ!」
「今日は山に行くぞ! ついてこい!」
とある小さな村に、少女の元気な声が響く。
彼女は花のように小さく可愛らしかった。黙っていればどこの貴族令嬢だろうかと思うくらいである。
しかしその実、彼女は村のガキ大将だった。
愛らしい見た目に対し口が悪いことから、『毒兎』だなんていうあだ名で呼ばれている。
けれども彼女は子供たちを率いて仲を取り持ち、悪事を見つければ大人にでも食ってかかるなど、なかなかに正義感の強い子供であった。
そしてその日もガキどもを連れ、野山を駆け回っていた。
駆けっこをしたり虫を取ったりして遊んでいた彼女たち。だが、ふと小さな少年が声を上げた。
「ねーちゃん、だれかくるよ」
こんな山奥に人が?
少女は眉を顰める。もしかすると獣かも知れないと思い、自分が様子を見に行くことにした。いざとなれば他の子供たちを逃がさなくてはならない。
そうして足音の方へ歩いて行った少女。彼女が出会ったのは――。
「なんだ、アンタ」
獣……ではなく、全身を甲冑で纏った男だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その男は、少女へまっすぐ剣を突きつけていた。
血が染み付いた様子のない新品の剣だ。それでいて、村の子供らが遊ぶようなおもちゃでないのが素人目にもわかる。
その冷たく鋭い剣先は、こちらを脅しつけるように妖しく煌めいている。
「おっさん、それはアタシらに敵意があるってことか? もう一度聞く。何だ、アンタは」
仁王立ちになり、少女が問いかける。
その言葉に相手は答えた。
「私は男爵様直属の騎士だ。この村の娘を引き取りに来た」
「娘だ? つまり、誘拐ってことだな?」
「誘拐ではない。――――という娘を、知っているか?」
騎士が口にした名は、驚くべきことに少女の名前だった。
少女はふと、あることを思い出す。自分の母親が昔、男爵の妾であったと話していたことを。
「そいつはアタシだ。で、アタシに何の用なんだ、おっさん?」
あくまで睨みつける姿勢を崩さずに問い詰めると、騎士はこう語った。
男爵夫人が病死し、妾であった少女の母親を後妻に娶りたいと。従って、少女を男爵家に迎え入れ、男爵令嬢として扱いたいと。
そして、「これが男爵様の意向であり、逆らうことは許されない」とも。
それを聞いた少女、否、毒兎は――。
「アタシがお貴族様になるだ!? 勝手に決めつけてんじゃねえよ、このバカ!」
騎士相手に躊躇いなく、回し蹴りを放っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「な、何をする!」
思い切り蹴飛ばされた騎士は、しかしなんとか堪えて立ち上がり、再び少女に剣を向ける。
しかし彼女が慄くことはなかった。
「急にこの村に現れて、アタシに貴族になれって!? 誰がいいって言った! アタシはなぁ、そんな話一個も聞かされてねえぞ!」
村の子供たちが背後で「そうだそうだ!」と叫んだ。
それに背中を押されて毒兎はさらに吠える。
「それが誘拐と何が違うってんだ!? 自分が金持ちだからって何でも言うこと聞かせりゃいいだなんて、おふざけも大概にしな!」
慄いたのは騎士の方だった。
まだ十五にも満たない田舎っ子が、精一杯の怒声を上げている。ただそれだけなのに、彼女の言葉に怯んでしまったのだ。
「母さんがどういうかは知らねえが、アタシはアンタらの言う通りにするつもりはねえよ!」
この少女は、田舎で愛されて育った。
だからこの村が大好きなのである。こんな初対面の人間なんぞに「出て行け」と言われて、大人しく出ていくつもりは毛頭なかった。
「大体なぁ。お貴族様ってのはな、農民の税収でなんとかやってんだぞ! ちっとは平民に気遣いしろってんだ!」
少女の言い分はもっともである。
子供たちが「やっちまえ!」とさらに騒ぎ立てる。彼女はますます調子づいた。
「アタシを攫おうって気なら、村のみんなに言いふらしてやらあ! そうしたらどうなるか、いくらバカでもわかるだろ?」
農民のストライキが起これば当然ながら領地の経営は傾く。
そこを突かれ、騎士はぐぅの音も出なくなってしまった。
「し、しかし! 男爵様の元へ娘を持ち帰らねば首が飛ぶ! 私には愛する者もいるんだ。ど、どうにか大人しくついて来てくれっ」
彼は今にも泣きそうだった。
それを見て少女はしばらく考え込む。
確かにこのままでは、あまりにも騎士が可哀想だ。でも彼女はこの村から離れたくはないし、貴族になるのなんてごめんだった。
「……。それだったら、アタシに一つ提案がある」
「――?」
「アタシと勝負して、実力で言うこと聞かせてみな! ただし、剣はなしだ。拳と拳、一対一の殴り合い! これでアンタが勝ったらアタシはアンタについていく。負けたら大人しく諦めろ。いいな?」
年端のいかぬ少女は、しかし立派にそう言い切った。
だから騎士は。
「……わかった、受けよう」
こうして、騎士と村娘、側から見れば明らかに実力差があるであろう両者の、本気の殴り合いが幕を開けたのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
拳で、脚で、肘で、体で。
それは殴り合いというにはあまりに激しく、そして、熱い戦いだった。
いつの間にか少女の怒声を聞きつけた村人たちが山に集まり、その戦いを固唾を飲んで見守っている。その間にも戦いは白熱した。
「やぁ!」
「がぁ、はっ」
「そんなんじゃ弱っちいってんだ!」
「お前、なかなかやるな」
「アンタも、な!」
少女と騎士は体格が一回りや二回りどころではないほどの差がある。
だのに、互角の勝負を繰り広げ、一秒も気を抜くことが許されないほどだ。
「ねーちゃん頑張れ!」
「おらも入る!」
次第に、観戦していた子供たちも加わってくる。
一人、二人と騎士へ殴りかかり、そして弾き飛ばされる。もはや子供らはそれを楽しんでいるようだった。
ガヤガヤと周りが騒ぎ出す。
そのうち、どちらが勝つかで賭けを始める者まで現れた。
「俺は騎士にかける」
「勝つのはもちろん毒兎の嬢ちゃんだろ」
「毒兎、ファイト!」
戦いも終盤に差し掛かる。
両者、足元がふらつく。拳が赤く腫れ上がり、血が滲み出していた。
「勝つのはアタシだ!」
「俺の首にかけて勝ってやるぅっ」
ぶつかり合い、離れ、またぶつかる。
そして――。
「終わりだぁぁぁ!」
兎のように大きな足で大地を踏み締め、全力で騎士に頭突きを喰らわせる。
てっきり飛び蹴りするのかと思っていた騎士は驚き、対応に遅れたようだ。見事胸元に頭突きが命中し、今度こそ彼は遠くの方へ吹っ飛んでいったのである。
――これは間違いなく、少女の勝利であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はーあ、疲れた疲れた」
少女は、ふぅと息を吐いた。
全身ボロボロであるにも関わらず、彼女はとても満足げだった。
子供も大人も一斉に彼女に駆け寄ってくる。
「おめでとう」とか「頑張ったな」とか。少女はそれに、「最初から勝つに決まってんだろ?」と勝ち気な微笑みで返した。
打ち負かした騎士の方をじっと見やる。
彼は泡を吹いて倒れていた。死んではいないが、骨の一本や二本は折れているかも知れない。
「はぁ……。アンタ、なかなかだったな。楽しませてもらったよ。――ってことで前言撤回だ。アタシはアンタの強さを認めた。だから、アンタに敬意を示す」
そして少女が高らかに叫んだ。
「決めた! アタシ、貴族にでも何でもなってやんよ!」
村人たちが唖然としたのは、言うまでもないことである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして毒兎娘は、生まれ育った田舎を離れて男爵家の娘となることを決めた。
もちろんのこと村の皆はそれを止めたが、彼女の意思は簡単には曲がらない。
「アタシのことは心配すんな。帰って来たくなったらいつでも帰って来てやんよ!」
「ふふん」と鼻で笑い、少女は彼らを振り切った。
そして母親と一緒に男爵邸へ向かったのだった。
……ちなみに。
完全に余談であるが、例の騎士は『名誉の負傷』により引退、無事に愛する人と結ばれたのだとか。めでたしめでたし。
後に、『田舎っ子男爵令嬢』と呼ばれるようになる少女は、王子にハイヒールキックをお見舞いしたり、公爵令息をぶん殴ったりするのだが……。
それはまだ、この時の彼女にとっては想像もしないことである。
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