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婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜  作者: あまぞらりゅう


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25 秘密の訪問

 今にも雨が降りそうな黒い雲が空を不吉に染めていた。


 わたしは、王都の路地裏を急いでいた。顔が分からないように黒に近い灰色のフードを被って、つらつらと早足で進む。


 目的地はとある古美術店。スカイヨン伯爵から教えてもらった店だ。そこは国内外の珍しい絵画や骨董品などが売買並されていて、その筋では有名な店だそうだ。


 しかし、わたしの目的はそうじゃない。アンドレイ様のお土産を買うわけではない。その古美術店にはもう一つの顔があるのだ。




「いらっしゃい。今日はなにをお求めで?」


 ガランという低い鐘の音を鳴らしながら店に入ったわたしに、すぐさま店主が声を掛けた。中は至って普通の古美術店。古めかしい道具やカンバスなどが所狭しに陳列してあった。



 わたしは一呼吸したあと意を決して、


「……溶ける魚はあるかしら?」


 声を潜めて訊いた。途端に店主の眼鏡の奥の瞳が鋭くなる。


「活きが良いのが入っていますよ。どうぞ、こちらへ」


 わたしは店主に続いて奥にある扉へと向かった。その向こうはすぐに階段になっていて、二人で地下に潜る。真夜中みたいな湿っぽい静けさで、コツコツと二人の靴の音だけが響いた。


 地下に降りると更にまっすぐ進んで、最奥にひときわ大きな扉が待ち受けてある。

 店主は「では、ごゆっくり」とだけ言って去って行った。



 ゴクリと唾を飲み込んだ。ノックをしようとする手が覚えずに震えた。


 ここはお金を払えばなんでも教えてくれるという情報屋だ。大陸中に支部があって、情報の正確さと確固たる匿名性で、とても信頼されている個人機関らしい。


 わたしはアンドレイ様の違法競売の真相をここで調べて貰うことにした。

 はじめはレイにお願いしようかと迷ったけど……正体も知られたことだし……国際問題になりかねない扱いづらい案件だと思ったので、諦めてここに頼むことにしたのだ。


 もともと、ここの存在はスカイヨン伯爵から「将来、諜報機関を統括するのなら一度彼らと接触しておいても良いでしょう」と、教えてもらっていたのだ。

 まさか、こんなことに利用することになるなんてね……。


 アンドレイ様のことは正直まだ迷っていた。


 わたしは生まれたときから彼の婚約者で、それ以外の選択はあり得なかったから。

 このまま知らない振りをして、決められた人生を歩んだほうが幸せなのかもしれない。


 でも…………、


 あの日以来、わたしの中でずっと警鐘が鳴り続けているのだ。それは自身にずっと問いかけてくる。

 これからも一生、ずっと彼らの人形を一生懸命演じていくつもりか、と。





 ノックの合図は、


 ――トン、トトン。

 

 少し間を開けて、


 ――トントントン。


 そして最後に、


 ――トン。


 これで、中から返事があるはずだ。

 急激に緊張感が襲ってきて、心臓がバクバクしてきた。背後から冷たい風がゆらゆらと吹いてくる。



「……優美な死骸は?」


 来た。悪趣味な合言葉。

 わたしは慎重に口を開いて、


「新しい葡萄酒を飲むだろう」


 意味不明の言葉を返す。

 するとギィッと重厚な扉が開く音がして、


「どうぞ」


 どうやら合格したようだ。

 わたしはまるで外敵から隠れるようにそそくさと中に入った。




 中は、書斎になっていた。壁全面に本が詰まって、奥には執務机。その手前にはテーブルとソファーが並べられていた。


 男性が三人。執務机にリーダー格と思われる男が奥の壁を向いて座っていて、その両隣に仮面を付けた男と深くフードを被っている男が二人立っていた。


「ガブリエル・スカイヨン伯爵の紹介よ。お金なら払うわ。ある人物について調べて欲しいの」


「それは……アンドレイ王子のことか?」と、奥にいた男がふっと笑いながら言う。


「えっ!?」


 依頼内容を喋る前に当てられて、不意のことにわたしは慌てふためいた。

 彼らには依頼人のことも筒抜けということ? まだ誰が依頼するかも分からないのに?


 ……え、ちょっと待って。


 そのとき、わたしはあることに気が付いた。

 この声、聞いたことがあるわ!


 執務机に座っていた男がゆっくりと振り向く。


 まさか……まさか……。


 わたしはみるみる青ざめた。全身の血の気がさっと引いていく。


 この状況は、覚えがあるわ。いつも雷鳴のように突然やって来て、わたしを驚愕させるのだ。

 それは子供の児戯のように、悪意のない……悪意の塊!


 男はこちらを向いて、ゆっくりと仮面を取る。口元が踊っているように緩みまくっていた。



 案の定、それは――レイモンド・ローラント王太子殿下だったのだ。


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