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11 ダイヤモンド鉱山⑤ 〜アデュー、ダイヤモンド鉱山〜

 結局、レイの申し出を断れずに……互いに互いの弱点を握っているから抜き差しならないのよね……わたしは彼とともに鉱山の地図を作成することにした。


 わたしたちは毎晩、皆が深い眠りに入った頃に落ち合って、ひっそりと坑道を練り歩いた。

 彼は鉱山関係に明るいようで、鉱石のことや採掘の技術、加工や市場の事情など多くのことを教えてくれて、とっても勉強になった。

 普段はおちゃらけた人だけど、さすが高位貴族の令息様だと、その知識の深さに舌を巻いたわ。



 正直、レイと話をするのは楽しかった。


 初対面のときの印象は最悪だったけど……今も腹立つことが多いけど……いつも会話が弾んで退屈をすることなんて全然なかった。こんなに殿方と喋ったのは初めてかもしれない。


 でも……もしかしたら、彼がつまらない自分のレベルに合わせてくれていたのかしら?

 気を遣わせちゃったかしら?

 ――と、ちょっと気掛かりに思うこともある。


 アンドレイ様は婚約者だから、一緒に夜会に出掛けたりお茶会をしたりと二人で過ごす時間は多かったけど、わたしたちの間に楽しい会話なんてほとんどなかった。


 ……それは、わたしのレベルが低いので彼が退屈しちゃうらしい。

 だから、もっと教養を深めて彼を楽しませるようにと頑張ったのだけれど、てんで駄目だった。




 アンドレイ様にはシモーヌ・ナージャ子爵令嬢という懇意にしている令嬢がいる。

 彼女はわたしなんかより頭が良くて、文化・政・戦……更には王都での流行や面白い話もたくさん知っていて、話していて飽きないどころか王子である彼自身も脱帽するような、素晴らしい教養の持ち主だそうだ。

 だから彼女はアンドレイ様の将来の側近候補の一人として、いつも側に控えていた。


 わたしも婚約者として、彼女のようにアンドレイ様をお支えしたかったけど、いかんせん自身のレベルが低すぎて「もっと精進するように」って、いつも怒られていたわ……。


 頑張っても、頑張っても、アンドレイ様の求める基準に届くことはない。

 わたしは本当に「侯爵令嬢、それだけが取り柄」なのね。






「できた……!」


 レイと一緒に真夜中の探索を始めて約一週間、わたしたちはついにやり遂げた。

 ダイヤモンド鉱山の地図が完成したのだ!


「やった……」


 じんわりと嬉しさがお腹の底から這い上がって来る。過酷な労働で疲弊した肉体を気合いで起こして、夜な夜な坑道を彷徨った甲斐があったわ。


「良かったな」と、レイが拳を突き出す。わたしも握った拳をコツンとそれに当てた。


「ありがとう。まさか、こんなに早く完成するなんて。しかも、こんなに詳細に! それもこれもオマエのお陰だな」


「いやいや。僕はただ君のサポートをしただけさ。君一人でもかなり細かく作成していたじゃないか」


「そんな……まだまだだよ」と、わたしは肩をすくめた。


 きっとアンドレイ様は「遅い」ってお怒りになるでしょうね。報告するのが今からちょっと憂鬱ね……。


「オディオ」


 彼の呼び掛けにはっと我に返る。

 ……嫌だわ、わたしったらまたアンドレイ様のことばかり考えている。


「なに?」


「これ、やるよ」と、彼は強引に書類をわたしに押し付けてきた。


「なにこれ」


 わたしは戸惑いながら彼から受け取った書類を開く。

 目に飛び込んだ書面は、


「これ、ダイヤモンド鉱山の調査資料!」


 わたしは目を輝かす。そこには、鉱山に関する詳細な情報が載っていたのだ。


 彼はニヤリといたずらっぽく笑って、


「管理人の部屋に忍び込んでちょっくら拝借していた」


「いいの? バレない? ――っていうか、よくあの警備を掻い潜れたな」


「僕は貴族だからな」彼はしたり顔をする。「これは本物を複写したものだから持って行っても問題ないよ」


「レイ……!」


 胸がじんとして思わず泣きそうになった。

 わたしのために、危険を冒してまで骨を折ってくれたなんて。嫌な人だと思っていたけど、根は優しくていい人なのよね。


「ありがとう。凄く嬉しいよ」


「どういたしまして。これで思う存分勉強してくれ」


「う、うん……」


 胸がチクリと痛む。なにも知らないレイの爽やかな眼差しが眩しい。こんなにも良くしてくれた彼に嘘をついているのが辛かった。


 この資料は全てアンドレイ様に差し上げるのだ。彼の頑張りや善意を放り投げるようで、慚愧にたえない。

 わたしって……最低な人間だわ。





 わたしは早速ガブリエラさんに鉱山の地図が完成したことを伝えた。そして彼女が秘密裏にスカイヨン伯爵に連絡をしてくれて、数日後にわたしは鉱山を去ることになった。

 オディオの事情を知った遠い親戚の大商人が借金の肩代わりをしてくれたので、もう鉱山で働かなくてもよくなった……と、いう設定だ。


 最終日、坑夫たちがささやかなお別れ会を開いてくれた。

 とても嬉しかったし宴会は楽しかったけど、彼らにも嘘をついてる事実はまたわたしの胸を抉るのだった。


 レイはもう少し鉱山に残るらしい。変な人でいっぱい振り回されたけど、別れるのはちょっとだけ名残惜しかった。


 最後の夜、わたしたちはたくさん話をした。

 ここに来て良かった。皆に出会えて良かった。そう、心底思った。




 アデュー、ダイヤモンド鉱山。

 アデュー、レイ。


 もう二度と会うことはないでしょう。



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