第8話 「唐突なリベンジマッチ」
約束の時間は19時。今の時間が18時過ぎだから遅れるって事はないだろう。だらだらアイテム整理でもしていればすぐに時間はすぎる。
もう既に、深夜は待ち合わせ場所の闘技場へとかなり余裕を持って到着していた。当然、30分以上も前に来ればまだあの真っ黒な姿は見えない。
深夜がそこまで律儀な性格で普段からここまで計画性を持って行動しているかと言われると、決してそんな事はない。
ただ今回の待ち合わせに関してはワクワクしてしまったのだ。昨日、ボコボコにされてからもう何度もあの動きを思い出している。捉えどころがなく、こちらの攻撃全てがぬるりと避けられる。打ち合いにすらならないのだ。加えてあの体術。一瞬すぎて何が起きたかも良く分からなかったが合気道のようなものだろうか、隙を見せた瞬間地面に転がされた。
一言で言うなら、そうだな。めちゃくちゃ悔しい。あれだけ気持ちよく勝たれてしまったままじゃ俺のプライドが許さない。どうにか再戦を申し込んで、あの動きを攻略したい。それに、まだ話しかけてきた理由だって聞けていない。
ストレージに溢れかえった大量のスライム素材を整理すること30分。ぴょんぴょんと視界の隅に真っ暗な塊が飛び跳ねているのが見え、ストレージを閉じる。
「ごめんね、もう来てたんだ。待たせちゃったね。」
まだ約束の時間には少し早いがそれでもきちんと謝罪をしてくれる。
昨日見たのと同じ。黒いローブでフードをすっぽりと被り、頭から爪先まで真っ黒の???さんがそこにはいた。
昨日は、気づかなかったがこうして改めて聴くとちゃんと女性の声じゃないか。透き通るような聴き心地のいい声で一瞬ドキッとする。
「大丈夫ですよ。えっと‥はてなさん‥?なんて呼んだらいいんですか。」
「何でも好きなように呼んでいいよ。呼びやすいように呼んで。まずは何から話そうかな、うーん。」
はてなさんは考え込むように、顎に手を当て唸る。
「じゃ、とりあえずもう一回戦ってみようか!それから色々説明するよ。」
「え。」
そんないきなり!?そりゃもちろんリベンジしたいな〜とは思っていたけど昨日の今日だし。会話もほとんどしてないし話も何も聞いてない。何から何まで急だ。
でも、せっかく向こうがやる気になってるんだ。だったらやるっきゃない。
「分かりました。これでも対策色々考えてきたからそんな簡単には負けませんよ。」
「うんうん。それじゃ、やろっか。」
『???からフレンドマッチの申請が届いています。』
ゆっくり息を吐き深呼吸。大丈夫、何を考えてるのかは全く分からないけど昨日はなす術なくボコボコにされた。あれより酷い結果になる事はない。一泡吹かせてやる。
許可を押した瞬間視界が歪み転送が開始される。歪む世界の中で、はてなさんが手を振って消えていくのが朧げながら見えた。
目を開ければそこはもう闘技場内。今回は至ってシンプル。
丸い円の外側を水が囲うように流れている闘技場だ。剣士同士、1体1をするのなら、余計な地形や遮蔽物は必要ない、という事だろう。
搦め手は使えないけど、色々考える必要がない分、こっちの方がありがたいな。目の前だけに集中できる。
開始の合図とともに体が軽くなる。昨日と同じく、やはりはてなさんは最初から飛び込んではこない。かと言って、あんまりダラダラしてるとまた一方的に主導権を握られる。
落ち着け、まだ大丈夫だ。頭の中に昨日から考え続けていた対策を思い浮かべる。まずは一つ目!攻撃に緩急をつける!
余裕の振る舞いで棒立ちしているはてなさんに、容赦なく首元を鋭く狙う。しかし、あの独特なぬるっとした動きでかわされる。構う事なく次々と突き出すがまるで当たる気配もない。
ここまでは昨日と同じ。変えるならここから!緩急作戦。
今まで出来るだけ素早く動かしていた体を意図的に遅くする。
「ん?」
気づいたはてなさんが疑問の声を上げる。仕方ない。やる気がないとしか思えないようなスピードで剣を振り回しているのだから。でも、この作戦はこれから。
落としていたスピードを一気に加速。懐に飛び込んで真っ直ぐ突き出す。が、フードをふわっと押すだけでそこに体はない。続け様にまたゆっくり緩め急加速、寸止め。を繰り返す。
しかし、相変わらず捌くのに剣さえ使わせられない。くそっ、不規則な動きには不規則な動きで対応しようと思ったのに。
まだまともに攻撃もされていないっていうのにもう心が折れそうだ。もちろん、攻撃されるのも警戒しながら突っ込んでるけどそんな素振りすらも見せないのだ。ひらひらと避けるばかり。遊ばれてるのか?
通じないなら仕方ない。次の作戦だ。次は、上が駄目なら下作戦。
深夜の身長は175cm弱。対して、はてなさんは165cm程度だろうか。10cm程度の差がある。
その差を、グッとかがむことにより大幅に逆転させる。
上で攻め続けて駄目なら今度は下からガンガン攻める!
あの独特な動きがステップから来るようなものだとしたら何かしら影響を与えられるはず。
慣れない構えだが問題ない。冷や汗ぐらいかかせてやる!
出来る限りの素早い動きで足元に潜り込み、足や胴へ攻撃を集中させる。流石に色々な戦術を試しているのは気づいたのだろう。はてなさんも対応し、いつもよりもさらに腰を落とし、しっかりと避けられる。
でも、ようやく変化が見え始めた。焦らせるぐらいは出来てるのか?ここから畳み掛ける。
低い攻撃に加え、さらに寸止めと加速の不規則な動きも取り入れる。どんどんとテンポを上げていく。
届く!そう思った瞬間。
「ちょっと速いかも。」
カァンッッ!という高い音を立て、剣が弾かれる。ようやく、ただ避けるだけじゃなく剣を使わせることが出来たのだ。その表情は相変わらず読み取れないが、ここからは本気だと言うことが容易に想像できた。
良かった。これで通じなかったらもう当てずっぽうぐらいしかやる事なかった。付け焼き刃だけど、避けるだけじゃしんどいって思わせられたんならもう昨日よりは成長してる。本番はここからだ。勝たなきゃ終われない。
はてなさんが、今度は自分からとでも言わんばかりに真っ直ぐに斬り込んでくる。俺は、はてなさんみたいに器用な避け方なんて出来ない。慎重に正面から受け止める。止まる事なく同じ勢いで激しい追撃が来るが、それもなんとか反射で防ぐ。
やっぱりこのリズム圧倒的にやりづらい。ゆらゆらと酔っぱらいみたいな動きからは信じられないスピードと鋭さで攻撃が飛んで来る。
本当に無理!もう一回やったらちょっとは予想できるかななんて思ったけどどんな考えしてるのかまるで読めない。
その間も、全く攻撃の手が休まることはない。本当にさっきまでのやる気なさげに避けるだけだった人と同じなのかと疑いたくなる。この展開は昨日と同じだ。独特な動きに対応出来ず、少しづつ。しかし、確実に削られていく。
立ち止まり、大きく深呼吸。正面の真っ黒なローブを羽織った敵を観察する。
ここからは目だけを信じる。勘と経験は捨てて、見えるものだけに反応しろ。
「また何かするつもりなの?」
凛とした声が響く。
「もう変な小細工しませんよ。」
小手先だけじゃ敵わない。なら、出来る事に全力を注ぐしかない。
「そう?ならそろそろ終わらせる、よっ!」
その真っ黒な姿が揺れるように霞み、視界から消える。でも、目だけに全神経を集中させれば追えないことはない!
読み合い、フェイント、技、全部捨てて見える攻撃だけに全力を注ぐ。これだけ長いこと見ていれば馬鹿でも目が慣れる。捌くだけなら、ギリギリ出来なくもない!
目にも止まらぬ速度で切り掛かってくる剣を全て当たる寸前で撃ち落とす。さっきまでより鋭くなってるけど、俺も冴えてる。
でも、凌いでるだけじゃ勝てない。どこかでこの防戦一方から攻めに転じないと。
この均衡は無理矢理保っているに過ぎない。ちょっとでも隙が出れば一瞬で瓦解するだろう。だったら最後の作戦!
「肉を切らせて、骨を!!断つ!!」
踏み込んできた脇腹への一撃を受けることなく少しひねることでかすり傷に抑える。HPはもうギリギリだが少しでも残ればそれでいい。振り上げた腕に全体重を乗せ、肩先から切り裂くよう振り抜く。
――完全に入った。
「惜しいけど、ちょっと単純かな。」
その声が聞こえた瞬間、世界が止まったような錯覚に陥る。極限の集中とでもいうのだろうか。振り抜く寸前で手が止まっており、全てが止まって見える。
そんな世界で、動くものがひとつ。素早い動きで風になびいたフードから、今までずっと見えなかった顔がようやく明らかになる。同い年か歳下ぐらいだろうか。まだ幼さの残る可愛らしい顔。
めちゃくちゃ可愛い。こんな整った人形のような顔俺は知らない。
目と目が合うのを感じた。その顔がニコッと笑顔に変わる。
笑顔もすげー可愛いな。
「バイバイ。」
と次の時には、急激に世界が動き出す。
振り抜こうとした腕はその願い叶わず、俺の体は胸の辺りを横に真っ直ぐ斬られていた。
HPが0になり視界が真っ暗になる。
あぁ、負けたのか。理解した時にはもうすでに体はそこになく闘技場の前へと帰ってきて立ちつくしていた。