第5話 「???」
「ハァァッッッ!!」
突っ込んできた強面騎士の大剣を間一髪、短剣で受け流す。手がジーンと痺れ、剣の重量差を実感する。
しかし、その痺れを誤魔化すように改めて短剣を強く握りなおし、無防備となった相手の胴を切り裂く。
どさっと崩れ落ちる騎士を眺め、深夜はほっと肩の力を抜いた。
あれから1時間程度。次から次へと連戦に次ぐ連戦。
しかし、その悉くで勝利を収めてきた。時間によって、感覚は鈍ることなくむしろどんどんと研ぎ澄まされていっているのが分かる。
もしかして、俺強いんじゃね。
思わず浮き足立ち、顔が綻ぶ。実際、レベル15以下限定の初心者マッチとはいえ、本当の始めたてのころ以来負けていないのだ。気分も良くなる。
「この分じゃ、レベル上げて次のランク行っても問題無さそうだ。」
まだ、16時。信彦も夕方には帰ってくると言ってたからもう少し時間がある。もうちょいやるか。
慣れた手つきで再マッチング。すぐに相手が見つかった。
『 クロ vs ??? 』
???。なんて読むんだこれ、はてなはてなだろうか。
相手の武器は、こちらと同じく短剣。珍しくもないが同じ短剣使いなら、今まで勝ち続けてきたプライドがある。絶対負けられない。
よし、と気合いを入れ直す。
砂埃の先に見える相手の姿。でも、その姿は異様なのだ。不自然なほどに黒い。はっきりとは見えないが真っ黒な布に覆われているように見える。
そこから、手だけ出しているのだろう。持っている短剣らしきものが光を反射しキラキラと輝いている。
真っ黒な風貌から、剣だけが輝いている姿はあまりにも不気味。不自然極まりない。
個性的なキャラデザだな。名前も読めない事だし、仮として黒と呼ぼう。俺のプレイヤーネームもクロだからお揃いだな。
くだらない事を考えているうちにまもなく開始されます、という声と共にカウントダウンがスタートする。
5、4、3、2、1、0。
スタートと同時に、影のような見た目の黒がぬるりと動く。
とりあえずまずはお互い定石通り。距離をつめる。
近づくにつれ、遠くからでは良く分からなかったその服装が見えるようになる。遠目からでは、黒い布にすっぽり覆われているように見えたのだが、実際はローブのような作りになっておりフードまで被っている。柄はなく、本当にただの黒。小柄な身体つきで妖精のようにも見える。
中央の更地で、お互いに距離をとって立ち止まる。
どうやら、すぐに突撃してくるわけではないらしい。それならば、とまずは様子見。
黒は、右手に持った短剣をクルクルと手の中で回している。随分と余裕があるというか、器用なもんだ。フードの奥の表情は、目深に被っており暗くて見えない。
そしてふと、クルクルと遊んでいた手を止めてじっと立ち止まる。
次の瞬間。揺れるようにぼやけ、物凄いスピードで切り掛かってきたのをなんとか受け止める。
何だこいつ!余裕な感じ出してると思ったら急にやる気出してきやがった。
決して油断してた訳じゃない。注意はしていた。それでも、あのスピードで突っ込んでくるとは思っていなかったから、反応が少し遅れた。
最初の突進を止められ、少し意外そうな雰囲気を出しながら黒が一歩下がりそれとほぼ同時にまた切り掛かってくる。一歩下がったと思えば次の瞬間には目の前。来ると思えば引いていく。
なんとか凌いでいるが、その独特すぎる動きに防戦一方にならざるを得ない。
つかず離れずの距離でちょろちょろと!凄くやりにくい。
ただでさえ、スピードが速いのだ。それに、独特な動きまでされたんじゃどうやっても凌ぎきれない。このひと、まじで上手い!
反射神経だけでどうにか受けるが、見てから対応してるだけに過ぎない。予想も何もあったもんじゃない。
段々と防御が追いつかず、じわじわ体が削り取られていく。
右から攻撃が来てると思ったら次の瞬間にはまた下がって今度は左、正面。それに、真っ黒なローブなのもまた動きが読みにくい。ひらひらと、揺れるような動きと合わせて次にどう動くのかまるで見当がつかない。
今までの戦って来た相手は言えば素人。狙いも動きも単調で分かりやすかった。それと合わせて俺の反応速度があれ被弾することすら、滅多になかったっていうのに。
ここまで翻弄されるなんて今までとは別格!
どんどんとスピードを上げていく黒の剣を紙一重で捌く。そろそろ本格的にやばい!
黒の剣にピッタリ合わせ強めに薙ぎ払う。当たり前かのように、特有のゆらゆらとした動きでかわされるが、ようやく距離を取ることが出来た。
スピードが自慢だったっていうのに、そのスピードが全く活かせない。黒のキャラコンが神がかりすぎて隙も何もないのだ。
今までのユートピアエデン人生で間違いなく1番の強敵。装備とかレベルとかそんな話じゃなく、ここまでの動きは見たことがない。同じ動きをしろと言われてもきっと似ても似つかぬものにしかならないだろう。
でも。ただこのまま負けてやるほど折れちゃいない。どうにかここから一杯食わせる!
ペースを握られちゃ今の俺じゃ捌ききれない。なら、やることはひとつ。俺から仕掛ける!
懐に潜り込むように低い姿勢で下から切り上げる。いたはずの真っ黒な塊が、剣の軌道上から消えるのが見えるが諦めない。避けた先にも突き出すが、後ろに下がるだけで避けられる。
「クッソッ‥!」
見える側から剣を突き出すがその全てを綺麗に避けられる。決してスピードで負けている訳じゃない。単純に読みと動きが違いすぎるんだ。やけになって大振りな攻撃をするが、それでもかすりすらしない。
強引に突き出した腕に黒がまとわりつくような姿が見えたような気がした瞬間。凄い力で地面に組み伏せられる。
剣を取られ、動くことすらままならない。
「‥‥降参だ。」
Lose!視界に敗北の青文字が流れ、ようやく拘束が解かれる。
驕っていた。ここまで力の差を見せつけられる事になるとは考えてもいなかった。
「キミ、目いいね‥」
???が倒れている俺を見下ろす形で突然口を開く。
驚いた。話しかけてくる人なんて滅多にいないのに。
「えっと‥ありがとう‥」
これはシンプルに褒めているのか?それとも嫌味か。
「私の動きについてくる人なんて見た事無かった‥本当。」
顔に出ていただろうか。褒めていると念を押されてしまった。
それに‥私?顔はフードの奥でほとんど見えないが女性だったのか。ここまで動きの凄い人もいるんだな。
「じゃあ、それだけ‥」
黙っていると、くるっと後ろを向きそのまま退出してしまう。
「あ、まって!」
呼び止めようと思ったが、もう既に抜けてしまった後。やってしまった‥。もう少し動きとかについて聞きたい事話すことはあったはずなのに。
ため息をつき、はぁと漏らす。まぁいいか、と思い俺も退出しようかと画面を開くと新しい通知が1件来ている。
『???からフレンド申請が届いています。』
フレンド申請‥。怒って抜けたわけじゃなかったのか。一応認めてくれたって事なんだろう。あんな上手い人と繋がれる機会なんて滅多にない。それにリベンジだってしたいしな。
迷わず許可を選択する。
この時はまだこの「???」との繋がりがあれほど強くなるとは思いもしていなかった。