46話 「激情」
ああ、もう本当に。弱い自分がこんなにも歯痒い。
どうして俺は今立ち尽くしているんだ。
はてな先輩が俺を庇ってダメージを受けて、それでも何も変えられない自分。
辛い、辛い、辛い辛い辛い。
どうしてこんなに弱いんだ。今のこの状況を覆せるような力が欲しかった。全てをひっくり返せるような圧倒的な力。
その憧れの対象であるはてな先輩が目の前にいて、動きも見れて体も動かせる。
だというのに体が動かない、動けない。どうして俺はこんなに遅いんだ。どうしてこんなに体が硬いんだ。どうしてこんなに弱い。どうしてどうしてどうしてどうして―――。
反芻する自問に頭を抱える。
だが、そんな事をしても現状が何一つ好転しないのは自分でよく分かっている。
なら、せめて。せめて恥じない戦いをしたい。はてな先輩に守られてあまつさえ身代わりにさせるような真似、誰に顔向けできると言うんだ。
この人は本当に凄い人で、本当はもっと有名になるべき人のはずなんだ。
頭の中にはてな先輩のあの煌めくような笑顔が浮かぶ。
「私も出るんだよ。負ける訳ないでしょ。」
そう言ったのは俺をパーティーに誘ってくれた日。
まだあの時は二人だけで大会に出るのが実際に出来るなんて全然想像出来なかった。
あれからメンバーは集まって、ついにここまで来た。
はてな先輩はいつだって自信満々で、それでいて優しい。
みんなの事を気遣ってくれるのは勿論、雰囲気を悪くしないように場を繋いでいるのが分かる。
実際に会ってみたらそれはもうとんでもない美少女で、本当にこんな人がうちの学校にいるのかってぐらいの衝撃だったけどちゃんと実在してて。
はてな先輩に誘ってもらった日から確かに俺の生活は彩りが増したんだ。
その恩を。感謝を今返そう。
「もう、大丈夫です。気合いは入りました。」
そうだ、俯いてる暇なんかない。
前を見ろ。敵から目を逸らすな。甘えを捨てて自分の力で戦うんだ。
真っ向からリョーマとエトに向き合い、相棒の短剣を中段に構える。
「‥‥!」
はてな先輩は少し驚いたように息を呑むがすぐに同じく剣を構える。
「へぇ、ちょっと雰囲気変わった?だとしても、勝つのは俺達だよ。」
「悪いけどこんな所で負ける訳にはいかないんだよね。」
リョーマとエトもそれに応えるように長剣を構え直す。
俺に向けられたリョーマの鋭い一撃を軌道を変えかろうじて回避し、そこに休む間もなく畳み掛けられるように素早くエトの連撃が浴びせられる。
何とか受け流し、フリーであるはてな先輩が間に割り込み難を逃れる。
が、それで終わる事なく今度はリョーマの攻撃が向かって来ている。
反応するのがやっと。考えてる暇なんてない。
というか、これじゃまるで―――。
「気付いたか?お前が穴なんだよ。」
目の前のリョーマがそう口に出す。その言葉は俺が最も気にしている事だ。
「クロ、お前の相方は凄いよ。上位でだって通用するんじゃないかってぐらいの腕を持ってる。あんなのを相手にしてたんじゃ体力がいくらあっても足りない。でも―――お前は凡だ。多少動きはいいが、はてなとは比べるまでもない。あいつの穴なんだよ。」
「‥‥!そんなのっ、自分でよく分かってるっ!」
さっきからの集中狙い。落としやすい方から落とす。
俺だってそうする。何も間違っていない。
自分が足枷になっているのだって分かっていた。
凡。きっと言う通りなのだろう。認められて誘われて。調子に乗っていたのだ。
俺は何者でもない。リョーマにもエトにも及ばない実力だ。
でも、恩は返さなきゃいけない。俺が俺であってもいいんだと思える自信がいる。
「負ける訳には‥いかないんだ!!」
受け止めた長剣を全力で押し返す。その予想外の力にリョーマがよろける。
いける!!今なら一矢報いることが―――。
「――やっぱりクロ。お前は穴だよ。」
一瞬で体勢を翻したリョーマの一撃が胸を貫き、そのまま体を貫通する。
か‥‥はっ‥!吸い込もうとした息が上手く取り込めず吐き出される。
HPバーの減少とともに視界が段々と暗転していく。
そうか、俺は負けたのか。
「クロ君!!!」
遠くでそう叫ぶはてな先輩の声が聞こえる。
黒く沈んでいく世界の中でエトと切り結ぶはてな先輩がこちらに手を伸ばしている。もう、手遅れだというのに。
手からカランと音を立て短剣が滑り落ちる。
本当に、自分が情けない。
◆◯◆◯◆
リョーマはクロが完全に動かなくなったのを確認し、その体から剣を引き抜いた。支えを失った体はどさっと力なく倒れる。
正直、際どい場面はいくつかあった。クロのことを穴と表現したが、普通のチームであればエースであってもおかしくはない実力だ。あくまで比べる対象が異次元だっていうだけだ。
そんな二人が組んでいるのだから、崩すのだって容易でない。挑発するような事を言ったのは判断を鈍らせるためだ。
結果的にその狙いは上手く言ったと言っていいだろう。
ムキになって突っ込んできてくれたのを楽に狩れた。
相当に目が良かったみたいだから真正面からじゃもっと骨が折れていた。悪い事をしたと思うが、勝負の世界。
分かってくれるよな。
「クロ‥‥君‥‥?」
どう見ても既に魂のこもっていない体に、そうはてなは呼びかける。信じられないといった様子だ。
「いくら強いとは言え、こうなったらこっちの有利は明白だよ。後は2対1で相手させてもらおうか。」
呆然と立ち尽くしているはてなは何の反応も見せない。
仲間がやられたのがそんなにショックだったのか?
「‥‥さっき、散々な事言ってましたよね。うちのパーティーメンバーのクロ君に対してお前が穴だなんだと。そんな訳ないでしょ?うちのパーティーメンバーをいじめないで。」
今までの陽気な印象を受ける声から一転。
低く、暗い静かなトーンで淡々と言い聞かせるようにそうはてなが呟く。
そのローブの下の表情は分からない。相変わらず真っ暗なままだ。
だが、間違いない。その声には隠しきれない怒りが滲み出ていた。
「2対1だったら負けない?すぐにそんな事言えなくしてあげる。そして、クロ君にも謝罪を。」
ゆらゆらと歩き出し、クロが落とした短剣を左手に拾う。
その雰囲気。迫力に思わず臨戦体勢をとる。
何だ。剣を拾った瞬間ゾッとするほど気温が下がったように錯覚する。さっきまでの戦いからして、いくら強いとは言え二人がかりなら大丈夫だとそう思ったはずなのに。
何故か悪寒が止まらない。
これは‥‥やばいのを怒らせたかもしれない。
エトも顔を強張らせているのが分かる。この変化を感じ取っているのだ。
今までと違う。そのことがはっきりと伝わって来ていた。
ゆらっとはてなの体が揺れる。
来るっ‥‥‥!!
だが、その時は来なかった。
『試合終了!!クリスタル破壊によりチームフランダルの勝利です!』
そう宣言され、試合は唐突に幕を下ろした。




