45話 「届かぬ領域」
ここまで差があるものなのか。
深夜は己の実力の足りなさに打ちひしがれていた。
このハイレベルな戦場で唯一自分のみが遅れを取っているというのを痛いほど痛感させられるのだ。
エトの上がり続ける剣速に、対応しきれず底力の低さを突きつけられる。
正直、目では追えているのだがそれを捌けるだけの実力が追いついていないのだ。
弧を描くように次々と迫り来る長剣を体に当たる寸前で叩き落とす。まさに紙一重。余裕なんてない。
だが、それでもエトは止まる事を知らない。これ以上スピードをあげられると―――。
ガラ空きになった深夜の脇腹へとエトの長剣が突き刺さる。寸前、真っ黒な塊が二人の間に舞い降りエトを退けさせる。
はてな先輩だ。
「ごめんなさい!めちゃくちゃ助かりました!」
くそっ、迷惑をかけてる。これじゃ足枷じゃないか。
「大丈夫だよ。でも、このままじゃしんどいね。」
はてな先輩はあれだけ激しく動いていたにも関わらず、息が上がっている様子はない。
このままじゃしんどいというのは、考えるまでもなく俺がいるからだろう。
任せられた仕事すらまともにこなせないなんて。俺はエトに完全に集中させてもらっていたというのに、結果的に迷惑をかける事になってしまった。
はてな先輩はきちんとリョーマの相手をしてるのに加えて俺のカバーまでしてくれたのに。
「想像以上だ。本当に化け物だな、はてな。正直びっくりしてる。」
そう言うのはリョーマ。情けない俺の戦闘とは異なり、はてな先輩は互角以上に戦っていたのだ。
だが、それでも未だ攻めきれていない。その事実に驚愕する。
今まではてな先輩が攻めあぐねる状況なんてなかった。常に相手を圧倒し続けてきたのだ。
初見でここまで凌ぐなんて、やっぱりリョーマのあの底しれない不気味さは本物だったんだなと思わされる。
俺でなくはてな先輩が戦うと言ったのも頷ける。
「ありがとう。私もこんなに苦戦したのは初めてかも。やるね、二人とも。」
「いいところだったのに邪魔しちゃってさぁ。まぁいいんだけどね、べーだ。」
「あら、嫌われちゃったか。」
はてな先輩の言葉に、攻撃を邪魔されたエトが不機嫌そうに舌を出す。
そのやり取りの中に俺は入ることができない。ここから先は強者の世界というべきか、俺なんかが軽い気持ちで入っていける領域でない。
疎外感を感じるが、それは弱い自分が悪いのだ。同じ目線に立てていないのが凄く恥ずかしい。
「そんな顔するなクロ。笑えよ。」
その声にハッとさせられる。顔が険しくなっていたか。
いや、だとしてもリョーマからそんな声をかけられるなんて思っていなかった。
何のつもりだ?笑えよって。
むっとした表情に変わったのを見て、リョーマは吐息する。
「別に言葉以上の意味はねーよ。これはゲームなんだぜ?楽しまないと何の意味もないだろ。そんな顔する理由もわかるが、元気出せよ。」
「その通りだけど、皮肉にしか聞こえないな。」
言っていることはよくわかる。ゲームを楽しめなくなったら終わりだと思うし、笑顔に越した事はない。
だが、それを相手から言われて素直に受け入れられるほど俺は人間が出来ていない。
そんな返事に残念そうな顔を浮かべるが、それ以上は何も言ってきはしなかった。
無言で向かい合う四人。一拍おき、激しい剣戟が再開される。
息つく暇もなく入れ替わるように繰り出される攻撃にこちらも不規則な連携で応戦する。
伊達にはてな先輩とコンビを組んでいない。はてな先輩のこの独特な揺れる動き、これもかなり見慣れてきた。
合わせてくれているのだろうが、凄くやりやすい。隙を埋める完璧なタイミングで入れ替わり立ち替わり打ち合う。それほどに良くできた動き。だというのに。
リョーマとエトの連携も見事なものだ。
スピードで掻き乱すエトの奥から性格無比に狙い澄まされたリョーマの一撃が飛んでくる。
冷や冷やさせられるようなギリギリの攻防。まるで舞のような魅せる立ち周りをする皆の間を必死に喰らいつく深夜。
よく付いていっていると自分でも思うが、それでも足りない。
やはりはてな先輩は二人と比べても頭一つ抜けている。ほとんど一人で二人の攻撃を凌いでいる。凌いでくれていると言うのに、こちらが劣勢なのは完全に相方の差。すなわち俺のせいだ。
はてな先輩が上手く取り繕ってくれているがそれにも限界がある。戦況は目に見えて悪化していく一方だ。
ついに、深夜を庇おうとしたはてなが、リョーマの一閃を受け、ローブごと斬られる。
「はてな先輩!」
今のは間違いなく直撃していた。見間違いなんかじゃない。
「―――大丈夫、致命傷じゃない。気にしないで。」
だが、そう言うはてな先輩の声にも焦りが浮かんでいる。
はてな先輩の被弾するところなんて、初めて見た。
明らかに動揺してしまう。
間違いなく俺のせいだ。情けない。頼りない。申し訳ない。恥ずかしい。ごめんなさい――
ここまで都合よく行き過ぎていたから調子に乗り過ぎていた。本当に優勝出来ると信じて疑わなかった。
そんな慢心があったのは否定できない。
ああ、もう本当に。弱い自分がこんなにも歯痒い。




