31話 「異次元」
―――深夜達は険しい山道を乗り越え、フェンリルの元までやって来ていた。
周りは森一色。息を吸い込めばそのマイナスイオンをはっきりと感じられ、森の香りが体一杯に広がる。
そんな清らかな空気を一気に凍らせるような冷たい存在感を放つ鉄の扉。もう何度も出会い、見慣れて来たその扉の先には、このフィールドのボス。フェンリルがいる。
「フェンリルは雷属性の狼。遠距離攻撃も駆使して戦ってくるテクニカルなモンスターだよ。私達の作戦はいつも通り。彦丸くんがタゲを取って、その隙にみんなで削る。表面の体毛は硬いから柔らかい所からね。サヤちゃんがやばいと思ったら彦丸くんよろしく。クロ君は自分でなんとかするんだよ。詳しいことはその都度私が言うから!」
愛刀の短剣を手元で回転させながら作戦を語るのは真っ黒なローブに身を包んだ小柄な女性。はてな先輩だ。
深夜に対する指示が他に比べて、雑に感じるがそれは信頼の裏返しだ。自分のことについて何も触れないのも言うまでもないという事なんだろう。
「分かりましたよ‥。ここまで来たんだったらもうやるしかないじゃないですか。いつも通り暴れてやる。」
頭を抱えていた深夜だったが、ここまで来たなら仕方ないと開き直り前を向く。その目には闘気がみなぎっている。
「俺がいる限りサヤに攻撃が当たることはないから安心してくれていいよ。タゲ取りは任せろ!!」
信彦も気合い充分な様子だ。ここまで言い切るんだ。相当自信があって、信彦であればきっと裏切ることはないだろう。
「ツキノちゃんは、見つからないように援護でもしてくれてれば大丈夫だから!私たちに任せて!」
そう言うのはこの間新調したばかりの杖を手に持つサヤだ。ようやく完成した冥王の杖。多額のゴールドと希少な素材を使ったんだ。その効果の程を見るにはまさにこれ以上ない機会と言えるだろう。
さっきまではてな先輩の無茶に頭を悩ませていたような感じだったが、心なしか楽しみ始めているような気がする。
サヤまで戦闘狂になったらまともな感性の持ち主が居なくなってしまう。そんな空間では何が普通かの基準さえ狂ってしまいそうだ。
「私は最低限の援護はしますけど‥‥どうなっても知りませんからね。」
お気楽としか思えない4人の様子に、ツキノはもはや止めることすらしようとしなかった。
そもそも、フェンリルは先ほども言った通り中級者から上級者への壁とも言われているような、キーモンスターなのだ。多くのパーティーがこのフェンリル相手に散り、今も頭を悩ませ続けている。彼らとて、弱くはないのだ。このフェンリルに挑むだけの装備と時間。知識に経験を積み重ねた者達であるのは疑いもない。そんな彼らを以てしても強敵と言わしめる難敵なのだ。
それがどうだ、このパーティーは。何に挑むかも知らされておらず直前で発表。ただでさえ、推奨レベルに誰1人として届いていないというのになんなのだこのお気楽さは。無謀が過ぎる、とツキノは内心で愚痴った。
今回もハズレかな。ヤバくなって来たらさっさと帰ろう。
流石にフェンリルを1人で討伐できると思うほど、ツキノも奢っていない。このパーティーには悪いが途中で見切りをつけさせてもらう。
「じゃ!行くよみんな!」
はてな先輩の明るい掛け声とともに重い巨大な鉄の扉が開かれる。ギリギリギリと軋む嫌な金属音を奏でながら、ゆっくりとその先の景色が露わになってゆく。
扉の先に広がっていたのは、まるで庭園。森の一角を綺麗に切り取ったような砂場が広がっており、砂利やこぶし大ほどの石が所々混じっている。足を取られるほどにきめ細やかでないため、しっかりと踏みしめることができ、歩けばじゃりじゃりと音が鳴る。
何とも幻想的な景色だろうか。森の最深部でこんな綺麗な景色を見ることができるなんて。何かの画のようだ。その風景画の最奥。
バチバチと帯電するような体毛に包まれた狼。狼の普通と呼べるサイズが分からないがその大きさは普通ではなかった。自家用車ほどはあるだろうか。その巨体から覗く凶暴な牙と爪。その危険度は見るだけで容易に推し測れる。そんな凶悪な見た目の狼、フェンリルが侵入者である5人を思わず萎縮してしまうような鋭い眼光で見つめていた。
「挑発!」
開始の合図は信彦のスキル、挑発の掛け声。それを聞き一斉に自分の役割へと散る。深夜と美雨はそれぞれ左右に散り、信彦は真正面で盾を構える。その少し後ろで、伽耶は魔法の詠唱を始める。
ツキノは邪魔にならないようにと後ろへ距離を取った。
やる気のないように見えるその行動だが、すぐにその内心は感嘆へと変わっていった。目の前で繰り広げられている戦闘。そのレベルが想像していたものよりはるかに高かったからだ。
サヤによってかけられた耐久力バフも合わさり、信彦を踏み潰すように高く振り上げられた爪をしっかりと盾で受け止める。ドンピシャで受け止めるその技量に加え、適切なバフ。どちらも欠けてはならないものだ。
その作られた隙を見逃すことなく斬りかかるアタッカー2人の反応速度にも目が見張るものがある。素早く近寄り、確実に足への攻撃を積み重ねていく。体では弾かれると分かっているからだ。ターゲットが移る頃には回避可能な距離までしっかりと後退しているのもポイントが高い。
想像していた即席パーティーのような印象とは打って変わり、そこにあったのはお互いを信頼した阿吽の呼吸のような連携だったのだ。
「うっわ、やっばい!!」
深夜と美雨に向けて放たれる複数の雷球。バチバチと激しい音を立てながら、さながら雷の矢のように飛んでいく。
そのスピードと数に深夜が悲鳴をあげるが、その悉くを斬って屈んで飛び越えて。紙一重で回避し続ける。見てから反応する深夜とはまた違い、はてなはまるで飛んでくる場所が分かっているかのように事前に回避行動を済ませている。その不思議な動きはフェンリルの方が攻撃を外しに行ってるんじゃないのかかと思うほどだ。
そんな回避劇も、伽耶の氷魔法によってフェンリルを端へと追いやることで攻撃の手を止めさせる。
驚いた。正直、ここまでやるとは思っていなかった。予想以上。期待以上だ。本来なら、瞬殺されていてもおかしくはないのだ。準備不足、レベル不足、覚悟不足、上げ始めればキリがないほどに足りないものが多すぎる、はずだった。
それがどうだ。いざ始まってみれば圧倒されているのはフェンリルの方。何も特別なことはしていない。ただタンクがヘイトを集め、その隙に攻撃。シンプルなものだ。だが、そのシンプルな攻めが、個々人の連携、プレイスキルによって格段に底上げされてフェンリルと張り合うほどに押し上げられている。
ごくりと唾を飲み込む。
このパーティー、未だ伸び代がかなりある。足りないものはまだまだ沢山あるが、それ以前に持っているものが多すぎるのだ。これなら、この人達となら―――
「結構効いてるんじゃない?言ったでしょ、行けるって!」
「油断しちゃダメですよはてなさん!まだ終わってないんですから!」
ご機嫌な様子ではしゃぐはてなに伽耶が釘を刺す。フェンリルは全身の毛を逆立て、距離をとりグルグルと威嚇をしている。
「じゃ!ラストもーらいっ!!」
フェンリルに真正面からゆらゆらと近づいていく美雨。その姿はフェンリルには隙だらけに映っているが何故か手が出せない威圧感がある。
後は任せておけば大丈夫という空気が深夜達には流れ、肩の力を抜く。それだけ、絶対的にはてな先輩を信頼してるってことだ。
「ウォォォォォォ―――!!!」
ついに目の前まで近づいて来た美雨に、雄叫びをあげフェンリルが爪を振り上げる。それに反応するように動こうとした瞬間――
「ありゃ?」
フェンリルの頭部が綺麗に吹き飛んでいた。まだはてなが動く前。勿論何もしていない。何もしていないのに目の前で崩れ落ちる狼の巨体に当然、不思議そうな声を上げる。
深夜の目には、何かが飛んできて次の瞬間フェンリルの頭部が消え去ったように見えた。一体何が――
その圧倒的威力を以て一撃でフェンリルを沈めたのは、構えていた弓を下ろしたツキノであった。
「合格です。」
ツキノのその言葉に、ようやく何が起きたのかをみんな理解したのだった。




