プロローグ
立ち止まり、大きく深呼吸。正面の真っ黒なローブを羽織った敵をじっと観察する。
ここからは目だけを信じる。勘と経験は全部捨てて、見えるものだけに反応しろ。
「また何かするつもりなの?」
凛とした声が響く。
「もう変な小細工しませんよ。」
小手先だけじゃ敵わない。なら、出来る事に全力を注ぐしかない。
「そう?なら、そろそろ終わらせる、よっ!」
その真っ黒な姿が揺れるように霞み、視界から消える。でも、目だけに全神経を集中させれば追えないことはない!
読み合い、フェイント、技、全部捨てて見える攻撃だけに全力を注ぐ。これだけ長いこと見ていれば馬鹿でも目が慣れる。捌くだけなら、ギリギリ出来なくもない!
目にも止まらぬ速度で切り掛かってくる剣を全て当たる寸前で撃ち落とす。さっきまでより鋭くなってるけど、俺も冴えてる。
でも、凌いでるだけじゃ勝てない。どこかでこの防戦一方から攻めに転じないと。
この均衡は無理矢理保っているに過ぎない。ちょっとでも隙が出れば一瞬で瓦解するだろう。だったら最後の作戦!
「肉を切らせて、骨を!!断つ!!」
踏み込んできた脇腹への一撃を受けることなく少しひねることでかすり傷に抑える。HPはもうギリギリだが少しでも残ればそれでいい。振り上げた腕に全体重を乗せ、肩先から切り裂くよう振り抜く。
――完全に入った。
「惜しいけど、ちょっと単純かな。」
その声が聞こえた瞬間、まるで世界が止まったような錯覚に陥る。極限の集中とでもいうのだろうか。振り抜く寸前で手が止まっており、全てが止まって見える。
そんな世界で、動くものがひとつ。素早い動きで風になびいたフードから、今までずっと見えなかった顔がようやく明らかになる。同い年か歳下ぐらいだろうか。まだ幼さの残る可愛らしい顔。
めちゃくちゃ可愛い。こんな整った人形のような顔、俺は知らない。
目と目が合うのを感じた。その顔がニコッと笑顔に変わる。
笑顔もすげー可愛いな。
「バイバイ。」
と次の時には、急激に世界が動き出す。
振り抜こうとした腕はその願い叶わず、俺の体は胸の辺りを横に真っ直ぐ斬られていた。
HPが0になり視界が真っ暗になる。
あぁ、負けたのか。理解した時にはもうすでに体はそこになく闘技場の前へと帰ってきて立ちつくしていた。