【遺書】②
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「……佐倉っ!」
佐倉はすぐに見つかった。
格納庫横の自動販売機スペースで一人、長ベンチに腰掛けていた。
「……有馬くん……」
俯いていた佐倉だったけど、俺の声を聞いて顔を上げた。
出撃の度に父親に遺書を書いていただなんて、相当に辛かったと思う。
案の定、佐倉の目は真っ赤に充血していた。
長いまつ毛が涙に濡れて、大きな瞳を潤ませて。
ハンカチを握って俺を見上げた。
「これ……なんだよ」
俺はオヤジさんから奪った遺書を佐倉の前に突き出した。
丁寧に書かれた遺書の文字も、乱暴に扱ってしまったのでクシャクシャになってしまっていた。
気持ちを込めて書いたんだろうけど、シワになった遺書を見た佐倉。けれどそれを咎める事なく、優しい口調で言う。
「……遺書、だよ。言い残したい事とか、感謝の気持ちとかを書いておくの。もし私に何かあった時のために。私が生きてるうちに書いておくの。知らない?」
「知ってるよっ!」
自分では普通に言ったつもりだったけど、思ったより大きな声が出てしまった。異世界から来た俺に気を使ったのは分かったけど、彼女の気遣いに配慮してる余裕は無かった。
佐倉は一瞬だけ驚いたように俺を見たが、「……だよねぇ」と言って目を逸らし、優しく、けど儚げに微笑んだ。
「……パイロットだからね、私。出撃の度に書いてお父さんに渡してる」
出撃の度に。佐倉はそう言った。そしてそれはオヤジさんも言っていた。
今まで何回出撃したのだろうか。遺書を何枚書いたのだろうか、渡したのだろうか、受け取ったのだろうか?
何回、死を覚悟したのだろうか。
自分の死を、娘の死を。この親子は何回覚悟したんだろうか。
佐倉はパイロットだ、死を覚悟しなければいけない立場なのは分かる。分かるけど……。
考えただけで、頭の奥がチリチリとしてくる。
そして俺の胸をぎゅっと締め付けてくる。
「……どうして」
気がつけば俺は、自分の声のトーンをコントロール出来なくなっていた。
「なんでそんな事出来るんだよっ! 死ぬのが怖くないのかよっ! 佐倉じゃなくてもいいだろぅ!?」
何も佐倉一人が全てを背負う事はない。
〝魔女〟は他にもいるんだろ? 誰か別の人に、他の〝魔女〟に頼ってもいいんじゃないのか。
……その誰かにも家族はいるだろう。
だけど、そんな遠くの誰かよりも、目の前の家族が辛そうにしている事が耐えられなかった。
これは俺のワガママだ、そんな事は分かってる。
佐倉は佐倉の意思で操縦桿を握っているし、オヤジさんや佐倉のお母さんもそれを割り切った上で娘を送り出している。
だけど、言わずにはいられなかったんだ。
当然俺の言葉に、佐倉はかぶりを振った。
「……ううん、私は〝魔女〟として生まれてくることが出来た。この基地、この街で〝魔女〟は私だけ。この街を守れるのは私だけなの。……これは、私にしかできない事」
「有馬くんの力を借りないと戦えないけど」と付け加えて、佐倉は眉を下げて苦笑した。
たった二日間の付き合いだけど、その中で佐倉の責任感や正義感の強さは、ひしひしと伝わって来ていた。
そして、家族や基地の仲間のことが大好きなんだという事も。
あくまでも優しく、落ち着いた声色だった。
きっと何回も何回も考えて、行き着いた答えなんだろう。
佐倉は声を荒げた俺を優しく見上げる。
「……もし“ワルキューレ・ブレイズ”がやられちゃったら、有馬くんは逃げて」
「……は?」
突然何言い出すんだよ。
佐倉の言葉を理解出来なかった。今佐倉は俺になんて言った? 逃げろっていったのか?
「私も一応だけど【パトリオット】は操縦出来るから、私だけ置いて逃げて。アナタは軍人じゃないんだから命まで捨てる事はないよ」
努めて明るい声で話す。
……それが俺の感情を逆撫でする。
「私は〝魔女〟だし、軍人だからさっ。私が食い止めてるうちに出来るだけ遠くに。私がみんなを守らなきゃ、私しかいないから、【パトリオット】の操縦出来るのは……」
握った拳。爪が自分の手のひらに食い込んできた。
「……ふざけるなっ!!」
気がつけば、俺は叫んでいた。
突然のことで佐倉は目を丸くして俺を見た。
こんなに大きな声を出して怒ったのは初めてだ。それ程に我慢が出来なかった。
「私が私がって、うるせぇんだよ!! 【パトリオット】の操縦? 〝魔女〟? んなもん他にいくらでもいるだろうがっ!」
自分が、自分が……。
全部自分がやればいい。全てを背負い込んで……。
それが許せなかった。……俺は何が許せないんだろう。
「でもっ――」
「〝魔女〟もパイロットも代わりはいるけどな、『佐倉莉子』は一人だけなんだよっ!」
休憩場に俺の声が響く。
「『娘』も『お姉ちゃん』もっ! 『佐倉莉子』はお前だけなんだよっ!」
平和を願い、幸せを願う。
そのために戦いに身を投じる佐倉。もちろん自分の意思で戦っているんだろう。それはわかる。分かるけど……街の人たちの希望を一手に引き受けて。
家族を守る為、仲間を守る為。その為に、この〝魔女〟と呼ばれる女の子に全部背負わせるのは違うんじゃないのか。
「私がみんなを守らなきゃっ! 誰が家族を守ってくれるって言うのっ!? 私がやらなきゃ――」
「うるせぇえ!! 俺がいるだろうがッッ!!」
「っ!?」
それでも佐倉は戦う。
〝魔女〟として生まれた誇りと、責任を背負って。
たった一人で、全てを背負って――。
勝手に死人を呼び出しておいて何なんだ、ふざけるな。
「確かに俺は自分の意思でここに来たわけじゃない。勝手に死んで、呼ばれたからここにいるだけの存在だ。だけど、ここまで首を突っ込ませといて、危なくなったら逃げろだなんて、ンなこと出来るかよっ!」
怒りに任せて、終いには佐倉を睨みつけてしまった。
そんな俺を佐倉はへたり込んだまま見上げる。
大きな瞳から涙が溢れている。唇を噛んで。
その瞳からは悲しさは感じられない。どんな気持ちを含んだ眼差しなのか、それは分からない。
けど、頼っていいのか。そう言っている……様に感じた。
今更なんだよ。何のために俺を呼んだんだ。
トウヤ基地唯一のパイロット。唯一の〝魔女〟。
期待、責任、任務、家族、仲間……全部背負い込んで、誰にも頼れなくて。
潰れそうにもなりながら、その強い正義感と責任感で頑張ってきた。
「……だから、こんなもん二度と書くな。全部俺が守ってやる」
「……っ」
俺は遺書をへたり込む佐倉の膝の上に置いて、格納庫へ向かった。
俺と入れ違いで佐倉を追ってきたオヤジさんとすれ違う。
「……っ……うぅ……っ!」
今まで背負い込んできた全てを吐き出すかのように佐倉は泣いた。
声に出して、大きな声で泣いた。
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続きは今日の夜更新。
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